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第6話 逆照会

 照会回答期限:本日中。


 国際整合連盟(I.A.C.)の通知は、淡々としていた。


 淡々としているから、逃げ場がない。


 私は端末を閉じ、ラザル監督官を見る。


「監督官。回答は保留でした」


「保留のままだ」


「期限が来ました」


 ラザルは唇を引き結んだ。


「期限が来たからといって、出せるものがない」


「出せます」


 ラザルが私を見た。


 叱責でも拒否でもない。

 ただ、確認する目だった。


「何を出す」


 私は淡々と言った。


「出せるものだけを出します。出せないものは“出せない”と書きます」


 ラザルが眉をひそめる。


「そんな回答は外交上、火種になる」


「火種はすでに出ています。隠すと燃えます」


 私は続けた。


「そして、今一番危険なのは――“整っている嘘”です」


 ラザルは目を伏せた。


 整っている嘘。

 それは、この国の一番得意なものだ。


「監督官。控え帳は監査局に保全されました」


「……ああ」


「つまり、内部証拠は奪われました。残るのは外部証拠です」


 ラザルが小さく息を吐く。


「外部証拠?」


 私は端末を開き、連携履歴の画面を表示した。


「隣国に届いた処刑予定者一覧。そこにはA-17と欠けた円が残っていました」


「……それは前に見た」


「はい。外には残っています」


 私は指先で画面をなぞった。


「I.A.C.に対して、私は“逆照会”を出します」


 ラザルが顔を上げた。


「逆照会?」


「I.A.C.側が受領した処刑予定者一覧の原本(受領時点のハッシュ)と、改版符の写しの提出を求めます」


 ラザルが眉を寄せる。


「I.A.C.が応じる保証はない」


「期限があるのは、相手も同じです」


 私は淡々と答えた。


「I.A.C.は“相互認証”の機関です。疑義があるなら、証拠の突合をする義務があります」


 ラザルは黙った。


 それは、同意だった。



 私は回答文を起案した。


 文面は短くする。

 余計な推測は入れない。

 事実だけ。


 > ①当該一覧(司法庁発)の受領は当院でも確認されている。

 > ②当院内部では当該一覧は一時消失し、現時点で改版履歴が不整合である。

 > ③暦補正係数および改版履歴の一部が閲覧権限遮断となり、当院単独では整合証明が不能。

 > ④よって、貴連盟が受領した原本(受領時点ハッシュ)および改版符情報の提示を求める。


 最後に一文だけ足した。


 > なお、当該予定者は当院所属の校閲官であり、制度の健全性上、優先確認を要する。


 校閲官。

 それは肩書きではなく、危険のサインだ。


 私は魔導署名を行う。


 担当者名:エリス・ノヴァリア。


 送信。


 送信履歴が残ることを確認してから、控え帳の代わりに“送信控え”を紙で出力した。


 紙に残す。


 控え帳がなくても、控えは作れる。


 ラザルがそれを見た。


「お前は……本当に紙が好きだな」


「紙は消えにくいです」


「消せないわけじゃない」


「消すなら、痕跡が残ります」


 ラザルは何も言わなかった。


 痕跡が残る。

 それがこの国では、唯一の救いだ。



 午後。


 端末が鳴った。


 差出人:I.A.C.


 件名:「逆照会受領」


 私は開く。


 返答は短かった。


 > 受領確認。

 > 原本照合のため、受領時点の指紋値ハッシュおよび改版符情報を添付する。

 > 当該文書は相互認証上、改版符A-17として登録されている。

 > 添付:受領時点ハッシュ/改版符情報/転送経路。


 添付。


 私は指先を止めた。


 ハッシュ値。


 整合演算陣が生成した文書の指紋。


 そして、改版符情報の欄に――


 欠けた円。


 私が写したものと同じ印が、正式に添付されている。


 私はラザルに画面を見せた。


「外部では、A-17が確定しています」


 ラザルが唇を噛む。


「……内部で埋めても無駄だ」


「はい」


 私は次に、転送経路を開いた。


 I.A.C.受領経路は、通常二段。


 司法庁 → I.A.C.

 I.A.C. → 整合院(共有)


 だが、今回の経路は違った。


 転送元:司法庁

 経由:I.A.C.中継符

 転送先:整合院

 備考:『暦補正同期:同時』


 暦補正同期。


 私は瞬きをした。


「監督官。暦補正がI.A.C.経由で同期されています」


 ラザルが険しい顔になる。


「そんな仕様は――」


「ありません。少なくとも私の知る限り」


 I.A.C.は文書の相互認証機関だ。

 暦補正の同期は、国家の基盤に触れる。


 そんなものを外部機関に渡すはずがない。


 私は淡々と言った。


「I.A.C.が、暦補正に触れています」


「……つまり、問題は国内だけではない」


「はい」


 ラザルの目が細くなる。


「欠けた円は、I.A.C.の印か?」


 私は首を横に振った。


「I.A.C.の印ではありません。I.A.C.は別の認証印を使います」


「なら、何だ」


 私は少しだけ間を置いた。


 答えではない。

 仮説だ。


「“上位の印”です」


 ラザルが動きを止める。


「上位?」


「I.A.C.の外側。王国の外側。制度の外側」


 私は画面の備考欄を指で示した。


 暦補正同期:同時。


「暦補正は、国の基準です。国の基準が外から同期されるなら――」


 ラザルが低く言った。


「国が、基準を握っていない」


 私は頷いた。


「はい」


 そのとき、端末がまた鳴った。


 差出人:王宮監査局。

 件名:「保全物件の追加」


 私は開いた。


 短い文章。


 > 控え帳の保全に加え、あなたの端末を保全対象とする。

 > 本日付で校閲端末へのアクセスを停止する。

 > 以後、業務は代理者を通して行うこと。


 私は瞬きをした。


 端末が止まる。


 つまり、私は“読む”手段を奪われる。


 校閲官から目を奪う。


 それは、処刑より先にできる。


 ラザルが言った。


「……来たな」


 私は端末を見た。


 読み込みが遅くなる。

 権限が落ちるときの、あの感覚。


 私は静かに言った。


「監督官。もう一つ、外に固定します」


「何を」


「私の死亡予定――いえ、処刑予定の指紋値ハッシュです」


 ラザルが目を見開く。


「I.A.C.に?」


「はい。外に残しておけば、消せません」


「消せる」


「消せます。でも“消した事実”が残ります」


 私は送信画面を開いた。


 I.A.C.宛の追送。


 > 追加提出:当院で確認した処刑予定者一覧の控えハッシュ

 > 目的:受領ハッシュとの照合、改版符A-17の真正性確定


 送信。


 送信ログが刻まれる。


 刻まれた瞬間、私は少しだけ呼吸が深くなった。


 控え帳は奪われた。

 端末も奪われる。


 それでも、外に固定した。


 私はラザルを見る。


「これで、消せなくなります」


 ラザルは小さく笑った。


 乾いた笑いだった。


「……お前は、敵を増やすのが上手い」


「整合していないからです」


 私は淡々と言った。


「整合していないものは、整合しません」


 ラザルが何か言いかけたとき、部屋の外がざわめいた。


 廊下の足音。


 黒い制服。


 監査局。


 扉が開く。


 昨日のセドリックではない。

 別の監査官が立っていた。


「エリス・ノヴァリア校閲官。端末の保全に参りました」


 私は頷いた。


「手続き文書をください」


 監査官は一瞬だけ面倒そうな顔をしたが、紙を出した。


 私は受領書の内容を確認する。


 封印番号。返還期限。


 そして、備考欄。


 そこに、見慣れない一文があった。


 「再建暦同期対象」


 私は指を止めた。


 再建暦。


 その言葉は、昨日まで存在しなかった。


 私は淡々と言った。


「監査官。再建暦とは何ですか」


 監査官の目が、わずかに動く。


「……用語の確認は不要です」


「不要ではありません。文書に書かれています」


 監査官は一瞬だけ沈黙し、低く言った。


「“将来運用”の用語です」


 将来運用。


 未来。


 私は受領書を控えとしてもう一枚出力し、鞄に入れた。


 そして、静かに言った。


「整合していません」



(第6話・了)

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