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第3話 未来改版

 整合指数が下がった。


 92.803%。


 昨日より、1.415%。


 数値としては誤差の範囲だ。


 だが、私は知っている。


 整合指数は、理由なく動かない。


 私は通知画面を閉じ、控え帳に追記した。


 指数低下 94.218 → 92.803

 改訂理由:空白


 そして席を立った。


 報告は、早い方がいい。


 整合院の次席監督官室は、廊下の突き当たりにある。

 扉は半開きだった。


「ラザル監督官。少しお時間を」


 彼は机の上の書類から目を上げた。


「また司法庁の件か?」


「それも含みます」


 私は端末を差し出した。


「整合指数の再計算が走っています。私の指数が低下しました」


「再計算は定期だろう」


「暦補正係数が未明に改訂されています」


 ラザルの指が止まった。


「改訂理由は?」


「空白です」


 沈黙。


 彼は立ち上がり、私の端末を自分の机に置いた。


「説明しろ」


 私は淡々と話した。


 処刑予定者一覧。

 罪状の空白。

 改版符A-17の欠落。

 欠けた円の印。

 百年前の整合崩壊事件。

 そして、暦補正係数の未明改訂。


「結論は?」


 私は一瞬、息を整えた。


「事故ではありません」


「なら?」


「未来改版が混入している可能性があります」


 その言葉を口にした瞬間、室内の空気が微かに変わった。


 ラザルは私を見た。


「未来、だと?」


「基準暦が未来時点で改訂され、その改訂結果が現在の演算陣に反映されている可能性があります」


「馬鹿げている」


「整合していません」


 私は言い切った。


「暦補正係数は王令なしに変更できません。ですが改訂履歴が存在する。改版符が連番から欠落している。百年前にも同一の印がある」


 私は控え帳を開き、欠けた円を見せた。


「この印が共通しています」


 ラザルはそれを見つめた。


 数秒の沈黙。


「演算班に確認する」


 彼は短く言った。


「強制再演算をかける。暦補正を初期値に戻す」


「承認が必要です」


「私が出す」


 私は小さく頷いた。


 演算班への緊急連絡が走る。


 王都地下の大整合演算陣が、再起動準備に入る。


 整合院が全演算を一時停止するのは、年に一度あるかないか。


 それが、今。


 数分後、端末が震えた。


 再演算開始。


 画面に、数式と魔導線の図が流れる。


 暦補正係数:再計算中。


 私は目を離さなかった。


 整合指数が再表示される。


 94.218%。


 元の値に戻った。


 同時に、司法庁の処刑予定一覧が再生成される。


 私は息を詰めた。


 一覧には、私の名前はない。


 正常。


 すべてが、正常に見える。


 ラザルが短く息を吐いた。


「演算誤差だ。未来改版など存在しない」


 彼は端末を閉じた。


「この件はここで終わりだ。控えも破棄しろ」


 私は答えなかった。


 その瞬間だった。


 室内の灯りが一瞬だけ、暗くなった。


 端末に、別の通知が表示された。


 「履歴同期完了」


 私は反射的に履歴検索を開いた。


 改版符一覧。


 A-15、A-16、A-17、A-18。


 番号が埋まっている。


 A-17が、存在している。


 私はA-17を開いた。


 内容:


 暦補正係数微調整(誤差補正)


 承認印:整合院。


 承認者:ラザル・ベネット。


 私はゆっくりと顔を上げた。


「監督官」


 ラザルは怪訝な顔をした。


「何だ」


「あなたが、未明に暦補正を承認したことになっています」


「は?」


 私は端末を差し出した。


 そこには、確かに彼の承認印が表示されている。


 改訂理由は、


 「誤差補正」


 空白ではない。


 整っている。


 完璧に、整っている。


 ラザルの表情がわずかに硬くなる。


「そんな承認はしていない」


「履歴には残っています」


 私は控え帳を開いた。


 そこには、私の文字がある。


 改訂理由:空白

 承認印:欠けた円


 画面と、紙。


 どちらが正しいか。


 整合院では、画面が正しい。


 だが、私は知っている。


 最初に見たものは、空白だった。


 ラザルは数秒、黙っていた。


 そして低く言った。


「……誰かが、履歴を書き換えた」


「整合院の履歴は改ざんできません」


「理論上は、な」


 室内の空気が重くなる。


 私は静かに言った。


「未来改版は、消えていません」


 ラザルが私を睨む。


「証拠はあるのか」


 私は控え帳を閉じた。


「あります」


「どこに」


「ここに」


 革表紙を軽く叩く。


 ラザルは苦く笑った。


「紙か」


「紙です」


 彼は椅子にもたれ、天井を見上げた。


 整合院の天井には、細い魔導線が走っている。


 演算陣と繋がる、光の導線。


「……エリス」


「はい」


「お前は、何を見た?」


 私は即答した。


「整合していない未来です」


 その瞬間、端末が再び鳴った。


 新着通知。


 差出人:王立司法庁。


 件名:


 「処刑予定者一覧(再送)」


 私はゆっくりと開いた。


 画面に浮かぶ一覧。


 一行目。


 氏名:エリス・ノヴァリア

 整合指数:92.001%

 執行予定日:三ヶ月後

 罪状:国家整合妨害


 理由欄は――


 今度は、空白ではなかった。



(第3話・了)

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