第2話 欠けた改版符
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画面の表示は、簡潔だった。
理由欄は空白。
私は深呼吸を一度だけして、端末から目を離した。
感情を挟まない。
まずは順番に潰す。
自分の案件を直接見られないなら、外側から確認する。
私は「改版履歴検索」を開いた。
整合院のすべての文書は、改訂のたびに改版符が刻まれる。
改版符は消せない。
少なくとも、制度上は。
検索条件に「処刑予定」「当月」「司法庁」を入力する。
一覧が表示された。
だが、そこに昨日見た案件はない。
改版番号A-17。
その番号は、履歴に存在していなかった。
私は指先を止める。
改版符は連番だ。
A-15、A-16、A-18。
A-17だけが、欠けている。
番号が飛んでいる。
私は控え帳を開き、改版番号を写す。
改版符A-17 欠落。
番号飛びは、事故では起きない。
事故なら重複する。
欠けることはない。
私は次に「連携経路履歴」を開いた。
司法庁から整合院へ送られる文書は、必ず転送符を通る。
転送符には、通過印が残る。
受入番号で検索する。
該当なし。
では、同時刻帯での転送履歴を抽出する。
午前未明のログが一覧表示される。
そこに一行、薄く色の違う行があった。
転送元:司法庁
転送先:整合院
処理状態:完了
改版符:――
改版符欄が、空白だった。
私は一瞬、画面を凝視した。
改版符は必須項目だ。
空白では登録できない。
だが、ここに空白がある。
私はその行を開いた。
詳細表示。
改版符欄に、小さな紋様が浮かび上がる。
円。
だが、完全な円ではない。
上部が、ほんのわずかに欠けている。
私はそれを見た瞬間、指先が冷えた。
改版符は通常、文字列だ。
紋様は使わない。
それは、この王国の形式ではない。
私は控え帳に、紋様を写した。
できるだけ正確に。
欠けた円。
書き終えたところで、隣席の書記官が声をかけてきた。
「エリス、司法庁の件、どうでした?」
「差し戻しました」
「それで?」
「消えました」
彼は眉をひそめた。
「消えた?」
「案件ごと」
彼は冗談だと思ったのか、小さく笑った。
「そんなわけないだろ。整合院だぞ」
私は頷かなかった。
整合院だからこそ、消える。
私は端末を閉じ、書架へ向かった。
次は紙だ。
整合院は魔導演算が主だが、すべての文書は紙の原本も保管される。
司法庁から届く処刑関連文書は、第三書庫。
私は索引台帳を引き出した。
当月の処刑予定。
一覧は、通常通り並んでいる。
だが、そこに私の名前はない。
当然だ。
処刑予定は“消えた”。
だが、私は別の可能性を考えた。
もし、あれが未来改版だったとしたら。
私は台帳を閉じ、古い棚へ移動する。
過去の整合崩壊事例。
整合院には、百年前の事件が記録されている。
当時も、処刑予定者が突然増えた。
だが、記録は曖昧で、詳細は不明。
私はその簿冊を開いた。
当時の処刑予定者一覧。
罪状、指数、執行日。
そして、改版符。
そこにも、あった。
小さな欠けた円。
私はゆっくりと息を吐いた。
百年前と、同じ印。
つまり――事故ではない。
私は端末に戻り、「整合指数計算式」を開いた。
整合指数は、
血統値×係数A
功績値×係数B
犯罪歴×係数C
神託適合率×係数D
暦補正係数×E
最後の項目に、目が止まる。
暦補正係数。
これは、基準暦の改定に応じて微調整される項目だ。
基準暦が変われば、指数は変わる。
だが、基準暦の変更は、王令を要する。
最近、そのような王令は出ていない。
私は暦補正係数の改訂履歴を開いた。
最終改訂:本日未明。
改訂理由:――
空白。
改訂承認印:欠けた円。
私は、無言で画面を閉じた。
確信に近づいている。
処刑予定が消えたのは、単なる誤記ではない。
基準暦が、未明に改訂された。
その改訂により、指数が再計算され、
私が「処刑対象」となる未来改版が混入した。
だが、現在の王国には、その改訂は存在しない。
未来の改訂。
未来の基準暦。
未来の整合演算。
私は控え帳の最後のページを開き、静かに書いた。
仮説:未来改版が混入している。
その瞬間、端末が一度だけ、低く鳴った。
新着通知。
差出人:整合演算班。
件名:
「整合指数再計算通知:エリス・ノヴァリア」
私は、ゆっくりと開いた。
表示された数値は、
92.803%
昨日より、下がっていた。
理由欄は、空白。
⸻
(第2話・了)
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