72.思わぬ場所で出くわして
「ここで間違いない・・・よな?」
「そうですね」
ローラさんをソルアレスで保護すると決めたので、当面の着替えやらなんやらを回収するべく彼女の自宅であるコロニー内居住区画の一室へ向かったのだが、現場は物々しい空気に包まれていた。
入り口には非常線が張られ、中では警備らしき人が捜査をしている。
丸見えの玄関、本来閉ざされているはずの扉は強引にこじ開けられたのか大きくへしゃげていた。
うーむ、攫われたのがついさっき・・・ってことはすぐに誰かが荒らしに入ったのか。
「お前達、何の用だ?」
どうしたもんかと悩んでいると、突然後ろから肩を掴まれた。
振り返ると警備の制服を着た男性が訝しげな顔で俺とイブさんを見て来る。
流石に攫われたばかりのアリスを連れ出すわけにはいかず、かといって女性の荷物を俺があさるわけにもいかないのでイブさんに同行してもらったわけだがこれは予想外の展開だ。
「ローラさんの荷物を取りに来たんです」
「ローラ?あぁ、この家の住人か」
「何かあったのか?かなり荒されているが無事なんだよな?」
「見ての通り物取りに入られたらしい。派手にやられてはいるが住民の姿はないからおそらく外出していたんだろう。お前たちはどういう関係だ?」
「職場の同僚です」
突然の職質にも関わらずさも当たり前のように答えるイブさん、荷物を取りに来たのは間違いないとしてよくまぁスラスラ言葉が出てくるものだ。
まさか彼女にこんな能力があるとは知らなかった。
「同僚ね、念のため照会させてもらうぞ。所属と名前は?」
「コロニー入館管理局のジョアンナ、この人は上司のカークです」
「ジョアンナとカーク・・・ちょっと待ってろ」
男は後ろを振り向き端末を操作し始めた。
いやいや、誰がカークやねんと思っているとイブさんがそっと耳打ちをしてきた。
「アリス様とイヤホンで繋がっているんです」
「だからか、なるほどな」
だからあんなにスラスラ設定が出てきたのか。
今もリアルタイムで情報を書き換えているところだろう、アリスにかかれば適当な人事記録を捏造するなんてのは朝飯前だ。
「確かに所属しているようだ。本人と連絡を取りたいんだが、出来るか?」
「何度も連絡しているんですけど出てくれなくて・・・」
「それで様子を見に来たってわけだ、いつになったら入れる?」
「内部カメラの映像は入手済み、内部の検証もあと十分すれば終わるだろう」
「待たせてもらっても?」
「構わない。ただし、持ち出したものは確認させてもらうぞ?」
「まぁ、それは仕方ないよな」
「そうですね」
別に重要書類とかを探しに来たわけじゃない、しばらくして内部調査をしていた警備と入れ替わるように部屋の中に入りイブさんがテキパキと荷物を回収していく。
俺はあくまでもおまけなので警備の男と一緒に入り口で静かに待機だ。
「お待たせしました、こちらです」
「これは・・・着替えか?」
「最近泊まり込みで仕事をしているので替えを持ってきてくれって・・・」
「流石に一人で家に上がり込むと色々と言われるからな、第三者として俺が同行したんだ」
「そういうことか。もし本人にあったら事情を説明し、大至急警備に出頭するように言ってくれ」
「わかった、すぐに伝えよう」
回収したのは服と下着を何セットか、本当は全部回収したかったんだが着替え程度でそれは怪しすぎるのでイブさんのチョイスで適当にお願いした。
確認後、ゆっくりとカバンに荷物を入れて現場を離れる。
居住区を離れながらもずっと視線を感じていたが振り返るわけにもいかず、出来るだけ自然な感じで大通りまで戻った。
「はぁ、緊張しました」
「いやいや、あんな状況でよく堂々と話が出来たな」
「前にスパイ物のホロムービーを見ていたので」
「見たそれを即実践できる人はそういないと思うぞ」
「えへへ、緊張しましたけどちょっと楽しかったです」
あの状況をスパイ映画っぽいと理由だけで楽しめるのはイブさんぐらいなもんだろう。
アリスからはリアルタイムの指示が飛んでいるらしく、今のところつけられている様子はなさそうなので回収できなかったその他必需品を買ってからソルアレスへと戻った。
「おかえりなさい」
「ただいま戻りました」
「やれやれ、まさか先手を打たれていたとはなぁ。全部回収できず申し訳ない」
「出来れば夫の物を一つでも、と思ったんですけど仕方ありません・・・」
「とりあえず着替えなどをまとめて持ってきたので確認をお願いします」
イブさんが臨時の客室へローラさんを誘導、その間にコックピットに残ったアリスと情報を共有する。
正直なところローラさん自身を信じたわけではないのでそっちの線でも探ってもらったんだが結果は白、本当に仕事の一環として調査を行い、結果こんなことになってしまったんだとか。
勤勉すぎるのがあだとなりコロニーの暗部に足を踏み込んだ結果がこれだもんなぁ。
「旦那の方は?」
「コロニー内に反応はありませんでした」
「となるともう死んでるか」
「インプラントは生体反応と直結していますので、おそらくは」
「はぁ、自分の仕事のせいで旦那が死んだってなったら・・・いたたまれないなぁ」
俺ならすぐに立ち直れないだろう。
ローラさん自身も誘拐されてもしかしたら殺されていたかもしれないわけだし、それにもかかわらず気丈にふるまいアリスと今回の件について情報共有していたらしい。
女性は強いっていうけど、ホントそうだよな。
「で、さっきの警備は本物だと思うか?」
「カメラの映像を紹介したところ実際に所属している方でした」
「ってことはあいつらが居たのは偶然か」
「住民からの通報の後到着しているのでおそらくは」
てっきりローラさんが戻ってくるのを待伏せしようとしていたのかと思ったけれど、どうやらそういうわけではないらしい。
ローラさんを誘拐しつつ証拠隠滅を図ろうとした、ってのが物取りの理由か。
「内部映像はどうだ?先に確認したんだよな?」
「物取りの映像も拝見しましたが、何かを探すというよりも手当たり次第に破壊して去っていったって感じの方が強いですね。盗んだものも、ローラ様のものではなくご主人の物ばかりですし」
「ん?つまり物取りじゃないのか?」
「それに関してはまだ何とも。監視カメラの録画時間を考えると誘拐されてから荒らしに入っていますので何かを探していたのか、はたまた壊しに来たのか。とりあえず私達が逃げたのを探しに来たって感じではありません。ネットワーク上にもまだ逃げ出したという連絡は入っていませんがそれも時間の問題かと。それと、気になる事がもう一つ」
「なんだ?」
「コロニー周辺の宙賊の動きが急に活発になっています。関連があるかはわかりませんが一応ご報告まで」
最初は宙賊がコロニー内の人を攫って人身売買をしているのかと思ったのだが、ふたを開ければ管理局にまで入り込める奴がそれを主導してそうな感じ。
正直な話、ここまでくると俺達がどうこうできるような問題じゃない。
ローラさんには悪いがさっさとここから逃げ出して彼女は関係の無い別の宙域で船を降りてもらうってのが一番確実なんだが、それをしようにも増えた宙賊をどうにかしなければならないわけで。
宙賊が必要以上に増えると被害を防ぐ為に一般人の航行が規制され、傭兵や軍がそれを片付けるまで外に出ることが出来なくなる。
つまり逃げ出そうにも奴らを片付けなければ先に進めないというわけだ。
何故タイミングで宙賊が増えたのかはまだわからないけれど、とりあえず目の前の障壁は宙賊の増加、まずはそれから片付けるしかないか。