71.ひとまず船に戻ってきて
「はぁ、やっと戻ってこれた」
数時間ぶりのソルアレス。
たった数時間離れていただけなのに、なんでこんなに疲れているんだろうか。
「ハッチ封鎖、後ろから付けられている様子もありません」
「とりあえずみんなお疲れ。まぁ、色々と聞きたいことはあるけどとりあえずゆっくりしようじゃないか。イブさん、香茶をお願いできるかな」
「わかりました、すぐ用意しますね」
あんな事があったのに特に変わった様子もなく、持ち帰った銃をスツールに置くとそのままキッチンへと向かうイブさん。
コロニーの地下で謎の兵士と対峙したイブさんだったが、結果は予想通りというかなんというか、向こうに武器を使わせる間もなく締め上げ、怪我一つなく制圧してしまった。
電光石火のタックル、人間ってあんな速度で動けるもんなんだなぁと見とれてしまったぐらいだ。
武器を奪ってから縛り上げ、最初のやつと一緒に部屋の奥に転がしてから扉をロックしたのでおいかけてくることはまぁないだろう。
「マスター、改めましてありがとうございました」
「最初誘拐されたって聞いた時は何事かと思ったが、とりあえず無事で何よりだ。詳しい話は後で聞くとして、監視カメラ系は大丈夫だよな?」
「ここに戻るまでの間にコロニー内の映像、ならびに稼働していたヒューマノイドのデータはすべて書き換えてあります」
「なら足が付く心配は無いか」
俺達がアリスを探している時の映像もすべて書き換え完了、つまり人間の記憶意外に俺達が探し回っていた時の映像は無いという事だ。
アリスにかかればここに戻るまでの間にこれだけのことができるのに、よっぽど対策されていたんだろうなぁ。
「今回は不覚を取りましたが、この反省を次に生かしたいと思います」
「そもそも次があっても困るけどな」
「まぁ、それもそうですね」
「とまぁ、最低限の引継ぎはこれぐらいにして・・・、いつまでも立ったままってのもあれだし適当なところに座ってくれ」
「・・・はい」
ソルアレスに戻ってきたのは俺達とあの場に居たこの女性。
アリスに誘導されるがままオペレーター用の椅子に腰かけると、大きく息を吐くのが分かった。
まだまだ緊張した様子だが少なくともあそこにいるよりかはマシな環境だろう。
まさかアリス以外に捕まっている人が居るとは思わなかったが、そのまま放置するわけにもいかず一緒に来てもらう事にした。
正体はわからないけれど、少なくとも被害者であることに間違いはないだろう。
「皆さんお待たせしました!」
「疲れてるのに悪かった」
「いえいえ、折角なのでパトリシア様から頂いた本物の茶葉を使ってみました。上手く淹れられているといいんですけど・・・」
「んー、いい香りだ。さすが本物は違うな」
「アリスさんもどうぞ、それと貴女も」
「ありがとう・・・ございます」
爽やかな香りが鼻腔をくすぐり、つい香りをかいでしまう。
大きく息を吸って肺いっぱいに取り込み、誰も何も言わず贅沢な生茶葉香茶を堪能する。
さすが本物、合成機の粉とは全然違う。
美味しい香茶に心燃やされた後、アリスが事の次第を話し始めた。
まるでホロムービーのシナリオを聞いているかのような展開、現実はホロムービーよりもすごいというけれど今回ので一作品作れるんじゃないか?っていうボリュームだった。
「そして皆様が部屋に突入し今に至るというわけです」
「まさかコロニーで人身売買が行われているなんて、信じられません」
「アリスを捕まえた後、外部との通信を遮断する為にわざわざ専用の箱を作ってそこに押し込み、それをエアリフトであの広場まで運ばせて地下へと搬入。おそらくあそこは外とつながっているだろうから、そのまま外に連れ出されて売られていくわけか。確かに規模の割には人の往来が多いコロニーだけど、突然人がいなくなったら気づくんじゃないか?入ってきたのと出ていくのとで数が違うわけだろ?」
「コロニー管理部署にそれをどうにかできる人がいたら問題ありませんよね」
「うーむ、つまりそういうことをやらかす連中がしっかり入り込んでるってことか」
聞けば聞くほど信じられないが、実際の被害者が目の前に二人もいるんだから信じるより他にない。
やれやれ、ただ立ち寄っただけだってのに面倒ごとに巻き込まれたもんだなぁ。
「とまぁ一連の流れはこんな感じらしい。俺たちは流れ者だからここからすぐに出れば犯人に特定されることはないだろうけど、問題は・・・」
「私ですね」
全員の視線を向けられその人はまた小さく息を吐いた。
「ローラ=アッシュミーさん、コロニー内入管管理局勤務15年ベテラン。最近のお仕事はコロニー内に滞在する人の実地調査ならびに不法滞在者の確認でしたね」
「はい」
「調査をする中で本来いるべき人が突然居なくなった事実を確認、ご自身で調査をする中で奴らに目をつけられ捕まったそうです」
「ローラさんが悪事に気づき調査していたっていう事実はもう奴らに広まっているから、ここで解散してもまた捕まるのは確実か」
「それに、帰ったところで誰も居ません」
「というと?」
「攫われた際に主人と一緒でした。おそらくもう、あの人は・・・」
両手で顔を覆い涙を流すローラさん。
自分が不正を正そうとしたばっかりに旦那が巻き添えになったとなれば、そりゃ辛いよなぁ。
流石にかける言葉が見つからずただ彼女の鳴き声だけがコックピットにこだまする。
ホロムービーだったらここから復讐劇がどうのこうのって盛り上がるところだけど、現実はそんなふうになるわけがない。
イブさんが静かにローラさんの近くに移動し、その背中を優しく撫でる。
とりあえずその場は任せて、俺とアリスはカーゴへと移動した。
「で、ぶっちゃけどうなんだ?」
「どうとは?」
「俺たちが狙われる確率の話だ。一応カメラの映像は消しても奴らが生きている以上、仲間が見つけたら逃げられたことは伝わるわけだろ?さっさと逃げたほうがいいんじゃないか?」
「それでしたらご心配なく。ローラさんの前でしたので言いませんでしたが、彼らの記憶媒体にアクセスできましたのでその部分だけ抹消しています。確認しても捕まえた後突然いなくなったっという風に見えるでしょうね」
「記憶媒体って、義体化はともかく脳の電子化は違法だろ?」
「民間では違法ですが、宙賊がそんなのを守ると思いますか?」
現場で聞きたくなかった事実だな、これは。
記憶にアクセスしたことで俺たちのことは無かったことにできたけれども、そんな違法手術ができるぐらいの財力がある相手という証拠にもなる。
ただ宙賊が悪さをしていた、どうやらそれで終わらない問題らしい。
やれやれ、この前の麻薬騒動もそうだったけどこういうヤバい話には首を突っ込みたくないんだが、それでもローラさんを見捨てるって言う選択肢はない。
「はぁ、面倒なことになったもんだ」
「マスターのことですからローラ様を助けるおつもりですよね?」
「助けるって言うか見捨てられないだろ。置いていって何かあったと思ったら目覚めが悪い」
「それを助けると言うのです。具体的にどうするおつもりですか?」
「それは後で考える。とりあえずここのいる限りは安心なんだし、荷物を取りに行ってすぐにここを出よう。ローラさんの部屋に関しては前にパトリシア様が来た時みたいにすればなんとかなるだろう」
「かしこまりました、すぐに準備致します」
色々と事情はあるみたいだけど、とりあえずアリス達は無事に戻ってきたわけだしヤバそうな場所からはさっさとずらかるに限る。
とにかく今は情報が少ないのでその辺をアリスに探ってもらいつつできることをやるしかないな。
全くただ立ち寄っただけだったのに困ったことになったもんだ。