7.宙賊に乗り込まれて
「こちらはアンバー、救難信号を聞いてやってきた」
メインモニターに映し出されたのは想像と真反対なさわやかなイケメン。
宙賊ってのはもっとこういかつくて、口とか耳にどでかいピアスを開けたような人を想像していたんだがどうやらそういうわけじゃないらしい。
どこからどう見ても普通の青年、この人が本当に宙賊なんだろうか。
近付いてきた船も比較的綺麗で一見すると普通のバトルシップにしかみえない。
俺の経験じゃ宙賊は船に落書きをしていたりかなり小汚い感じ、過去に何度か清掃したことはあるけれど中も外も最低な感じだったのをよく覚えている。
よくまぁ自分たちの居住空間をあんなに汚せるよなと感心したものだ。
「こちらソルアレスです、救難信号を受信いただき感謝します」
「どうも、素敵なお嬢さん。見た感じ外装は問題ない感じだけど何があったのかな」
「実は新しい船に乗り換えたのですが燃料の量を偽られてしまい、立ち往生してしまったんです」
「あー、最近のシップメーカーはケチだからね、大方満タンだと言いながら表示をいじってたんだろう。同情するよ」
最初、俺を見た時は事務的な表情をしていたイケメンがアリスの方を見て露骨にいい顔をし始めたのを俺は見逃さなかった。
女に困ってなさそうなイケメンでも美少女を見ると対応が変わるらしい。
その後も特に変なやり取りはなく、燃料を分ける代わりにカーゴに積んでいるピュアウォーターと現金を渡すことで交渉は成立。
ここまでは問題なかった。
「それじゃあ今から仲間をよこすからハッチに接続するよ」
「少量ですしこちらからお持ちしますが」
「女の子の手を煩わせるわけにはいかないよ。それに君は横で震える船長についていてあげたほうがいいんじゃないかな」
「お気遣いありがとうございます」
「それじゃあそういう事でその場から離れないように、通信終了」
そう言ってイケメンは一方的に通信を終了、モニターの向こうに再び宇宙が表示された。
「本当に宙賊なのか?」
「見た目で判断してはいけません。話をしながら向こうの船をスキャンしましたが大きさのわりに乗員数が多いようですね、全部で8人そのうちの5人がエアハッチからこちらに向かっています。たった3カートのピュアウォーターを運ぶのにそれだけの人数が必要だと思いますか?」
「なるほど」
「それにバトルシップにも関わらず外のミサイルには火薬が積まれていない張りぼてで武装もせいぜい小型レーザーが二丁だけ、あれでは宙賊狩りどころか護衛すらできません。代わりにカーゴにはピュアウォーターだけでなくインビジブル鉱石や食料品などが節操なく詰め込まれています。輸送をするにしては量が少ないですし種類が多すぎます。ここから導かれる答えはずばり略奪品でしょう」
どこからともなく取り出したメガネをかけたアリスが、右端の縁を右手でクイッと持ち上げる。
過剰な人員に不自然な積み荷、聞けば色々と言い訳をするんだろうけどそもそもここはメイン航路はからずれた辺境の地、そんな所をまともな船が通っているはずがない。
しばらくするとドン!という音と共に船が左右に揺れた。
おそらく向こうの船とハッチでつながったんだろう。
「どうする?マジで乗り込んできたぞ」
「心配には及びません、ソルアレスは私の支配下にある特別な船。こういうこともあろうかとしっかりと準備をしております」
「信じてるからな」
「マスターはただ私を信じてくださるだけで結構です。怖いようでしたら手を握りましょうか?それとも胸を揉みますか?」
「いや、揉まないし。っていうかなんでそうなるんだよ」
「星間ネットワークの情報に、男性は胸を揉むと落ち着くという記載がありましたので」
星間ネットワークにハッキング出来るようなハイテクヒューマノイドなのに時々変なこと言うよな、こいつは。
何百年も眠っていたせいでそういう部分がポンコツになっているんだろうか。
「なぁ、ネットリテラシーって知ってるか?」
「失礼な、私を誰だと思っているんですか?」
「そもそもその情報を信じて出してくる時点で・・・っと、お客が来たみたいだぞ」
冷静なツッコミを入れている最中に、コックピットに繋がる扉から激しい打撃音が聞こえてくる。
普通に救助しに来たのならありえない行動、改めて本当に宙賊が来たことを実感した。
「全くマナーがなっていませんね」
「宙賊にそれを求めるのが間違いだろう。それで、どうするんだ?」
「全員武装はしているようですが生身の様ですし、おとなしくなっていただきましょう」
元があのボロ船だけに扉をぶち破られないか不安になってしまうけど、今のソルアレスにその心配はないらしい。
通路に設置されたカメラの映像を見るに扉を叩いているのはいかにも!という感じの宙賊五人組、手にはレーザーガンの他に斧やハンマーなどの物理武器も握られている。
抵抗されたらあれでドアをぶち破るつもりだったんだろう、しびれを切らした一人が仲間を後ろに下がらせておもむろにハンマーを振りかぶり・・・。
「ん?どうしたんだ?」
「やっと静かになりましたか」
「静かにっていうかどう見ても苦しんで・・・っておい、まさか!」
「この船を傷つける者に人権などありません、どの時代も宙賊は生きている価値のない残念な存在です。何か問題でも?」
さも当たり前という顔で俺の方を見るアリス。
モニターには自分の首を掴み必死にもがき苦しむ宙賊の姿が映し出されている。
ヒューマノイド憲章、本来ヒューマノイドは人を傷つけたりましてや命を奪うことを禁じられている。
彼らには彼らの考えがありそれを尊重しろとは言われているけれども、所詮は機械。
優先するべきは人間だと今のヒューマノイドには消えないデータとして書き込まれているはずだ。
だが大開拓時代以前に製造されたアリスにそのデータはなく、彼女にとって俺と船に害をなす存在は死んで当然そういう考えなんだろう。
「ハッチの封鎖を確認、これより空気を注入して気圧差を解消します」
「・・・死んだのか」
「酸欠状態で五分、仮に蘇生しても脳に何らかの異常が出るでしょう。身体検査と排出はこちらで行いますのでマスターはそのまま・・・」
「おい!お前何をした!」
突然聞こえてきたのはさっきのイケメンの声、映像表示はコンタクトが必要だが声だけであれば緊急通信モードにすると相手に送ることができる。
あくまでも一時的な通信にはなるけれどそれだけ向こうもあわてているのだろう。
「マスターとマスターの船を害そうとしましたので排除しました。後で送り返しますので受け取りをお願いしますね」
「てめぇ、調子に乗りやがって!ミサイルをぶち込んでぶっ殺してやる!」
「どうぞご自由に、そのミサイルが動くのならですけど」
アリスがなんとも言えない笑みを浮かべながら非表示モニターの向こうにいるイケメンを煽る。
これがアーティファクトヒューマノイドの本性、アリス恐ろしい子。
一方的に通信が切られ、再び船が左右に揺れる。
「ハッチを切り離しましたか、向こうもやる気ですね」
「おいおい、こっちは武装無し・・・じゃないのか」
「流石マスターわかってきましたね。ですがこの程度の相手にそれを使う必要もないでしょう、大丈夫ですもうすぐ仲間と同じ場所に連れて行ってあげますから」
モニターの向こう、ソルアレスの正面に先ほどまでつないでいたハッチを引きずるようにしてバトルシップが姿を現す。
スラスターを上手に使いその場で回転、真正面を向いたその瞬間コックピット内に甲高い警報音が鳴り響いた。
確かこれはロックオンされたという警告音、どのシップメーカーも同じ音を鳴らすように設定されていたはずだ。
つまりこの船はあのバトルシップに攻撃されようとしているわけで。
「衝撃、来ます」
「信じてるからな!」
バトルシップの両サイドが白く光り、まっすぐ伸びたレーザーがソルアレスへ発射された。