61.別の遊びの準備をして
「おはようございます、トウマ様」
「オルフェさん?どうしたんだこんな時間に」
「朝食の準備をしようと思っていたのですが、お姿が見えましたので声をかけさせていただきました。当惑星を楽しんでいただけておりますでしょうか」
惑星生活三日目。
早くも折り返しを過ぎた朝、今日も朝焼けを見ようと木の香りがするベッドを抜け出し海岸へとやっていた。
まだ空は暗く、地平線が僅かに紺色に変わっている。
楽しんでもらっているか、そんなこと聞かなくてもわかるだろうと言いたいところだがもてなす側としては言葉として聞きたいんだろうなぁ。
「お陰様で色々楽しませてもらってる。特に仲間は本物の海に感動しきりだったようだ、世の中にはあれだけの生き物で溢れているのだと色々と教えてくれたよ」
「喜んでいただけたようで何よりです。ではトウマ様は如何でしょうか」
「もちろん楽しませてもらってるさ。無理言って色々拾わせてもらったし、足を入れた時の海の冷たさも今から見るであろう朝日の美しさも言葉では言い表せないような素晴らしさだ」
「お気に召したようで何よりです」
「まぁ虫の多さやコロニーと違う重力に慣れない感じは多少あるけれど、マイナスよりもプラスの方が大きいからほとんど気にならないってのが答えだな。何事もいい事ばかりじゃない、それでもそれを上回る感動があるのなら結果的に満足する、世の中そういう物だろう?」
「ヒューマノイドの私にはわからない感覚ですが、皆様に喜んでいただけているのならばうれしく思います」
ふむ、ヒューマノイドには分からない感情・・・か。
同じようなことをアリスに伝えるとすぐに納得してくれたのだがどうやらそういうわけではないらしい、マイナスがあっても結果的にプラスで終わればそれでよし、数字的に見てもわかりやすいと思うんだがなぁ。
「今日を入れてあと二日、引き続きよろしく頼む」
「こちらこそよろしくお願い致します。因みに今日のご予定をお伺いしても?」
「んー、昨日は海を堪能したし今日は向こうの山まで行くつもりだ」
「なるほど、それでしたらいくつかのルートをご案内させていただきます。整備された道とそうでない道がありますのでお好みでお選びください」
「了解、アリスに送っておいてくれ」
「畏まりました」
折角行くなら整備された道よりも少し険しい方が達成感があるはず、一度は本物の山に登ってみたいと思っていたのでいい経験になるだろう。
朝食を作りに行くオルフェさんと別れ、俺は海岸に残って朝日を待つことにした。
随分と水平線が明るくなりオレンジ色が強くなっていく。
惑星でしか見られない光景、誰もいない海岸でまるで独り占めするかのような錯覚を覚えながら静かにその時を待っていた。
「あと30秒で日の出ですよ、マスター」
「まったく、折角静かにその時を待っていたのに勝手に現実を持ってこないでくれ」
「それは失礼しました」
独り占めするはずがいつの間にかやってきたアリスがぼんやりとした光景に現実を突きつけて来る。
なぜ人は時間を区切られるとそれをせわしないと感じてしまうんだろうか。
さっきまでまだまだ時間があると思っていたのに、数字を聞いた瞬間にそればかり考えてしまう。
アリスのセリフからきっかり30秒後、オレンジ色の太陽がゆっくりと水平線の向こうから顔をのぞかせ始めた。
「それで、わざわざ探しに来てくれたのか?」
「いえ、流されていないか見に来ただけです」
「俺は子供か」
「子供の様に貝殻を集めてはしゃいでいたのは誰ですか?」
「それはそれ、これはこれ。それにお前だって楽しんでただろ?」
「それはまぁ、そうですけど」
「つまりお前も子供ってことだ」
「私が子供、ですか。そんなこと言うのはマスターぐらいなものですよ」
35のオッサンからすればその見た目ではどう見ても子供にしか見えない。
もちろん俺よりも長いこと生きているのはわかっているけれど、毎回やろうとしてることが全部子供っぽいんだよな、こいつは。
「後でオルファさんから山の地図が送られてくるから確認しておいてくれ」
「それでしたら先程確認致しました。今日は山に行かれるんですね」
「そのつもりだが、まさかついてくるのか?」
「マスターを一人にして迷子になられても困りますから。それに、今後の為に色々と調査したかったので助かります」
「調査?」
「主に地質学的な調査ですね、一般的な情報は星間ネットワークより仕入れておりますが実際にそれが当てはまるかの確認するつもりです。今後惑星を買うのであればそういった情報をもとに調査・開発する必要がありますから」
アリス曰く辺境惑星を買う時にそこが本当に適しているかの基準となる情報を収集したいという事らしい。
惑星を所有するにあたり良い所もあれば悪い所もある、それを両方確認するのが今回の調査の意義目的なんだとか。
俺はただ純粋に山というものを楽しみたかっただけなんだが・・・まぁいいか。
「というわけでしゅっぱーつ!」
「いや、しゅっぱーつって、なんで一緒なんだよ」
朝食後、てっきり二また海に行くのかと思っていた二人がまさかの山仕様の服に着替えて登場した。
長袖長ズボンにガシッとした登山用ブーツ、水着と正反対の恰好に思わず感心してしまうがおそらくこれもオルフェさんが用意したんだろう。
「え、駄目でした?」
「別に駄目じゃないけど、昨日あんなに海を褒めてたじゃないか。てっきりまた行くのかと思ったんだが違うんだな」
「んー、確かに無茶苦茶楽しかったんですけど・・・イブさんともういいかなって話してたんです。折角の水着なのに誰も見てくれませんし」
「一応見たが?」
「んー違うんですよねぇ。いや、違うわけじゃないんですけど・・・ねぇイブさん」
「そうですね。折角の水着なのに見てもらえているのはアリスさんばっかりですし」
どうやら水着をしっかり見ないことが不服だったらしい。
二人とも中々セクシーな感じだけに、あまり見るとセクハラになると思ってみていなかったんだがどうやらそれがよくなかったようだ。
いや、見たいよ?
見たいけど終始同じ船で生活する相手をそういう目で見るのは・・・なぁ。
「では山から戻ったら水着で過ごすのは如何でしょう」
「あ、それいいかも!」
「汗をかくのは間違いないのでちょうどいいですね」
「いや、全然よくないから。そういうのは見てもらいたい人の前でしてくれ」
「・・・アリスさん、ちょっと教育がなってないんじゃないですか?」
「すみません、後でしっかり言いつけておきますので」
いやいや、なんでそうなるんだよ。
っていうかなんで俺が責められてるんだ?
何とも言えない顔で俺を見て来る女性陣三人組、なぜ山に行くだけなのにそんな目で見られなければならないのか。
そんな俺の気持ちを知るはずもなく好き勝手に言いながら先を行く姦しい三人。
アリスは惑星を買うための調査だと言っていたんだが、どう見ても遊びに行く感じだよな?
俺は元からそのつもりだけど、なんだろうこの温度差の違いは。
こうして始まった人生初の山登り、果たして向こうに見える緑の山では何が待っているのだろうか。




