6.宇宙の現実を突きつけられて
「アリス、ソルアレスには超省燃費エンジンが積んであるんだったよな?」
「おかしいですね」
「いや、おかしいですねって言われても困るんだが?」
「計算上ここで燃料が無くなるはずないのですが・・・、お調べしますので少々お待ちください」
宇宙の旅を始めて三日、高性能ヒューマノイドのアリスとの旅は非常に快適なものだった。
何をするにもすぐに回答が出て来るし、星間ネットワークから得た情報は非常にためになる物ばかり。
腹が減れば合成器からそれなりに美味しい食事が出て来て自室のベッドは想像以上にフカフカ、何事もなくあと数日で目的地へと到着・・・するはずだったんだけどなぁ。
あの後、予定通り近くのコロニーへ移動して燃料を補充し、ついでに合成器用の食材と水も補充して輸送の仕事を受けるべく産業コロニー『ライン』へと向かっていた俺たちなのだが何故かその途中でガス欠寸前になっていた。
最初のコロニーで聞いた話ではラインまではメイン航路を何回か燃料を補給しながら移動するらしく経由地点にはそれなりに栄えたコロニーが点在しているらしい。
メリットは交通量も多く安心安全に移動できる事、デメリットは燃料がなくなる前提で商売しているので何もかも相場よりも高い値段を吹っ掛けられるという事だ。
残念ながら最初の補給で退職金の半分が吹っ飛んだ俺にそんな余裕はない。
だが、超高性能かつ超省燃費エンジンを兼ね備えたソルアレスであれば最初の補給だけでラインへと到達できるはず、ということで通常の航路から外れた最短コースを選ん筈だったのだが、現実はそう上手くいかないらしい。
コックピットに座り、目の前に広がる真っ黒い宇宙を眺めながら待つこと数分。
すぐ下のコントロール席で何かと通信するように天井を見上げていたアリスがクルリとこちらを振り返った。
「原因が判明しました」
「聞かせてもらおう」
「最初のコロニーで給油した燃料ですが、どうやらかさ増しされた不良品だったようで実際には半分しか入っていなかったようです。不純物として取り除かれた水分は生活水として再利用できますが・・・どうしましょうか」
「どうしましょうかってお前なぁ」
アーティファクトと呼ばれる超高性能ヒューマノイドとの悠々自適な自由の旅はわずか三日目にして終わりを迎えようとしている。
アリスは内部にこれまた高性能なコアを有しているらしく100年は何もしなくても稼働できるらしい。
だが俺はそうはいかない、今ある食糧を食い尽くせばあっという間に餓死するだろう。
宇宙を旅する一番のリスクはまさにこれ、あまりにも広すぎて航路から離れた場所を飛行していた場合救難信号を出しても誰も来てくれないことがほとんどだ。
仮に救助してもらっても法外な報酬を支払わなければならず、結局首を吊るなんて話も聞いたことがある。
はぁ、アリスとソルアレスを手に入れた時はこれで俺の人生バラ色だ!とか思ったりもしたけれど、現実はそう甘くなかったらしい。
「マスター、そう悲観しないでください」
「いや、悲観するだろ。ここで死ぬんだぞ俺は」
「私はどうしましょうかと聞きましたが、どうにもならないとは言っていません」
「どうにかなるのか?」
「わたしを誰だと思っているのです?」
「ポンコツヒューマノイド」
「今日の晩御飯は合成した栄養バーのみですね」
「悪かった!謝るからあの不味いバーだけは勘弁してくれ!」
合成器から出てくるのは何も美味い飯ばかりじゃない、必要最低限の栄養分のみを摂取することに特化して生成されるのが栄養バー。
完全に食べる喜びを無視したそれは罰ゲームともよばれていてよほどの状況じゃないと食べる気にもならない。
合成器の材料を一番使わないので遭難した場合はこれが主食になるわけだけども、どうやら助かる見込みはあるらしい。
平謝りの後、アリスが考えたという作戦を拝聴する。
ふむふむなるほどと思ったのは最初の数十秒程、その後は想像すらしなかった方法でこの状況を打破しようとしている。
いや、確かに合理的だしそれが一番確実かもしれない。
だけどそれが失敗したら?
「どちらにしろ死ぬわけですから同じことです」
「自分は大丈夫だからと思って好き放題言ってるんじゃないだろうな」
「仮に失敗した場合マスターは死にますが私は永久的に彼らの慰み者になるでしょう。もしくは売られた後全身バラバラに分解されて体の隅々まで調査されたあと、集積回路のみ生かされるのです。そちらの方がよろしいですか?」
俺は死ねばそこで終わり、だが死ねないアリスには想像を絶する苦難が待ち受けている。
もちろん本人?がそれを何とも思わなければ問題ないだろうけど、いくらヒューマノイドに心がないとはいえ限界というものはあるはずだ。
「すまん、悪かった」
「ですが私がいてそのような状況になることなどありえません、マスターには指一本触れさせはしませんから」
「頼りにしているからな」
「お任せください、マスターはこの席で私と共に状況を見守っていただければ十分です」
俺は何もしなくていい、アリスがそういうのならば間違いないんだろう。
っていうかそうしてもらわないと困る。
彼女の考案した作戦は単純明快で『燃料がなければあるところから回収するだけ』、それがどこかというとズバリ宙賊と呼ばれる非合法な在在からだ。
奴らは商人などの船を襲い、荷物を奪い人を殺す。
その中に女がいれば辱めるしなんならどこかへ売り飛ばしたりもする。
金、薬、酒、それだけが生きがいの百害あって一利なしの連中だが今回に関して言えば初めての一利になるのかもしれない。
メイン航路を航行せず今回のような少し離れた場所に居を構えて俺みたいな船を攻撃するのがほとんどで、アリス曰くちょうど彼らの拠点が近くにあるらしく救難信号を発すればすぐに飛んでくるとのことだった。
後はのこのこ出てきたやつらの船から燃料を奪うだけ。
問題はどうやって乗っている連中を倒すのかという所なのだが、それをアリスに聞いても答えてもらえなかった。
俺はただここに座っていればいい、そのセリフを繰り返すのみ。
宇宙ってのは綺麗なだけではなくむしろ恐ろしい場所だという事をたった三日で知れたのを幸せと思うべきか不幸だと呪うべきか。
「それでは救難信号発信します。すぐに奴らがやってきますのでコンタクトを要求された場合はすぐにつないでください」
「え、つなぐのか?」
「命の危険を感じている人が救助に来てくれた人のコンタクトを無視すると?」
「いやまぁ、そうだけど・・・座ってるだけじゃなかったのか?」
「交渉はこちらで行いますのでマスターは情けない顔だけしておいてください」
自分のマスターを捕まえて、情けないってのはどうなんだ?
そりゃ何か言えって言われてもとっさに言えるとは思えないけど・・・。
アリスが周辺宙域に救難信号を出してから僅か10分弱、ソルアレスに向かって誰かがコンタクトを要求してきた報告がメインモニターに表示される。
アリスの方を見ると俺の方をちらりと見てわずかに頷いた。
はぁ、まさか宇宙に来て最初にやる仕事が宙賊退治とは、現実はそう甘くはないみたいだ。