57.初めての惑星を目の前にして
「私も行きます!」
買い物に行く前に後一人連れていけるならディジーに声をかけよう、そんな感じで傭兵ギルドの受付に行ったらものすごく大きな声で宣言されてしまった。
そりゃ彼女にとっても夢だったわけだし、この機を逃すはずがないと分かっていたけれどまさかそんなに大きな声で返事をされるとは。
一応上司であるエドガーさんにも事情を説明して彼女を連れていっていいか確認したんだが、こちらもサラッと許可が出てしまった。
「本当に大丈夫なのか?」
「というかライエル男爵からのお誘いを断れるはずがないだろ?幸い今は仕事も少ないし、たまには羽を伸ばしてこい」
「えへへ、そういう所好きですよエドガーさん」
「そういうのは他の傭兵に言ってやれ、あいつら単純だからそういうのでバリバリ仕事するって知ってるだろ?」
「えー、こういうのは安売りしたくないんですよね~」
じゃあエドガーさんならいいのかと思ってしまったのだが、アリスの方を見ると静かに首を横に振ったのでつっこむのをやめておいた。
世の中色々あるんだろう。
「そんなわけだから彼女を借りるぞ、とはいえ土産は期待しないでくれ」
「端から期待してないがくれぐれもよろしく頼む」
「何をだ?」
「こいつが暴走しないかだ。あまりにも居心地が良すぎてここに残る!とか言いそうだからな」
「あー、確かに」
「私ってそんなに暴走してます?」
「この前の事件を忘れたのか?あれを暴走と言わずなんて言うんだよ」
どう見ても怪しい仕事なのにそれを引き受けて麻薬事件に巻き込まれたのはついこの間の話だ。
普通に考えればわかる事なのに、それすらわからなくなるのを暴走と言わずなんというのかとエドガーさんは言いたいのだろう。
とまぁそんなわけでディジーを連れて再び買い物へ向かったアリスとイブさん、俺はお呼びでないらしいのでソルアレスに戻って燃料の補充と部屋の掃除をしておくことにした。
前に一度来ているとはいえお客を招くわけだし彼女用の部屋も準備しておかないと。
前もそうだったけど部屋数が少ないんだよなぁソルアレスは。
元々シップショップだったってのもあるんだけどもう少し部屋を増やしたい。
とはいえそれをするとカーゴが狭くなるし、狭くなると荷運びの時に支障が出てしまう。
内部進化シークエンスで毎回形を変えることもできるけれども、それをする度に燃料を食うので割に合わないんだよなぁ。
いっそのこと船の大きさそのもの大きさを変えたいんだけど、そんなことできるんだろうか。
「ただいま戻りました」
「おかえり、しっかし大荷物だなぁ」
「えへへ、初めての惑星だと思うとつい色々買っちゃって」
「どんな場所かも何ができるかもわからないんだぞ?」
「だから準備する必要があるんです!水着も買いましたし、服も色々準備しました!なんでもこいです!」
テンションマックスのディジー、そしてそれを見守るアリスとイブさん。
そういえばこの二人は想像していたよりも荷物が少ないな、てっきり色々買ってくると思ったんだが。
「二人は何も買わなかったのか?」
「もちろん宣言通りとっておきの水着を買ってきました。が、先ほども申しましたように当日までの秘密です」
「いや、見せろとは言ってない買ったのか聞いただけだ」
「かなりの量になってしまったので後で送ってもらう事にしたんです。二時間後に荷物が来るので、着たら教えてください」
「・・・了解」
なんだかんだ舞い上がっていたのはディジーだけではなかったようだ。
しかし船まで運んでもらわないといけないような量を買うとか流石に買いすぎじゃないか?
そんな俺の心配を的中させるかのように、カーゴの四分の一を占拠するような荷物が到着。
唖然とする俺をよそに、女性陣は終始楽しそうに運ばれてきたコンテナの中身を開封して夜遅くまで準備を続けていた。
「こちらソルアレス、ラインコントロール出航許可願います」
「こちらラインコントロール、出航を許可、よい航海を」
そんな感じで迎えた翌日。
いつものようにラインを出発した俺達は、ライエル男爵から送られてきた情報をもとにハイパーレーンへ移動し目的地付近まで移動を開始。
惑星はここから五日間程行った先、ハイパーレーンが無かったら一か月近くかかる距離をこれだけの時間で移動できてしまうんだからほんと便利なもんだ。
「それでは惑星について改めて復習しておこうと思います、お手元の資料をご覧ください」
「なぁ」
「なんでしょう」
「この為だけにわざわざ紙で準備したのか?」
「これが古来より伝わる正当な旅行表です、何か問題でも?」
さも当たり前みたいな顔で俺を見て来るアリス。
確かに紙で手元にあるとホログラムよりも特別感が出るけれども、古来ってのは一体いつのころなんだろうか。
「まず今回行く惑星についてですが大きさとしては比較的小型、それでいてテラフォーミングされていない珍しいタイプになります。大気成分は若干酸素が多いものの中毒になるようなことはございません。表面の半分が海水でおおわれており、中には独自の生態系が築かれていますが人に害をなすような存在はいないそうです。地殻変動により発生した土地が全部で五つ、今回はそのうちの一番大きい場所へと向かいます。続きまして現地での注意事項についてですが、先方からの情報によると・・・」
紙には惑星の名前、おおよその場所、先方からの注意事項などが記載されている。
アリスがそれを読み上げながら情報を共有、特に危ない生物もいないし気を付けるべきは海でおぼれないかどうかだが、救助マシンが周囲を巡回しているので何かあれば即座に対処してくれるんだとか。
本物の大地を踏むだけでも俺達にとっては大事なのに、さらに本物の海に入ったり天然の空気を吸ったりと、全てが初めて尽くし。
ディジーなんか資料を読むだけで過呼吸になるんじゃないかってぐらいに興奮している。
「以上になります、ご清聴ありがとうございました」
説明を終え、深々と頭を下げるアリス。
それを聞いていた俺達も自然と拍手をしてしまうぐらいに面白かった。
「うーん、後四日このテンションでいるのか」
「早く行きたい!行かせてください!」
「いや、もう向かってるから」
気持ちはわかるがこれ以上早く向かうのは不可能だ。
とりあえず気持ちを落ち着けるべくキッチンで水を飲んだり体を動かしたりするけれども、そんな事でお落ち着ける筈もなく。
更にはアリスが追加燃料として惑星の写真や海の動画なんかを勝手に送り付けてくるものだから、ハイパーレーンを抜ける頃には全員中毒患者みたいにモニターを睨みつけていた。
「ハイパーレーンを脱出、映像出ます」
モニターが一瞬ホワイトアウトしてしまったが、すぐに元に戻り漆黒の宇宙を映し出す。
その中にぽっかりと浮かぶ青い宝石。
いや、マジで宝石と呼んでしまうぐらいに綺麗なんだよ。
「あれが惑星・・・」
「あそこだけ青く輝いているみたいです。いくつか大地のようなものが見えますが、あそこに着陸するんですよね?」
「そうですね、一度重力軌道に入り、少しずつ移動をしながら大気圏へ突入します」
「大気圏か、いまさらだがこの船で突入できるんだよな?」
「突入は初めてですが計算上は問題ありません」
問題ない、それを聞いた途端に不安になってしまうがここにきて引き返すなんてありえない。
大気圏の先にたくさんの楽しみが待っている。
初めて見る惑星、青い光に吸い込まれるようにソルアレスはゆっくりと針路を変えた。




