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5.広大な宇宙に飛び出してみて

「おぉー!」


 いつも見上げていた宇宙が薄い窓を挟んだ向こう側に広がっている。


 今まではターミナルの分厚い窓越しに見る程度で、こんなに近くで感じるのは生まれて初めて。


 本当に宇宙へとやってきたんだと実感した。


 が、感動したのも束の間、別の感情が沸々と湧いてくる。


 何故俺は宇宙(ここ)にいるのか。


 いや、俺が行けって指示を出したのはわかっているんだけど、どうやってここにきたのかという部分について正直納得していない。


 つい先日までしがない掃除夫で、嫁に逃げられ父親と死別。


 相続したのはゴミに埋もれたボロいショップシップだったはずだ。


 そこら中錆びついてところどころ穴が空いているようなオンボロ船、一応スペースシップと呼ばれてはいたようだけど、実際に旅立てるような状態じゃなかった。


 仮に無理やり飛ぼうものなら隙間から空気が放出され、あっという間に酸欠、っていうか冷凍?


 ともかくこんな悠長に外を眺めていることはできないだろう。


「まるで子供のようですね」


「生まれて初めての経験には誰しも童心に帰るものだ」


「そういうものなのですか?」


「とりあえず俺はな」


 そんな俺のに向かってアリスが子供を見守る母親、ではなく残念な大人を見るような目を向けてくる。


 残念で結構、俺は35歳にして初めて自由を手に入れたんだ、今後は好きなように生きていくぞ。


「落ち着いたら教えてください、今後について指示をお願いします。」


「それなんだがいくつか質問していいか?」


「何なりと。長くなりそうでしたら奥にピュアウォーターがございます、キッチンへ参りましょう」


「いや、長くは・・・まぁいいか」


 ピュアウォータはその名の通り不純物のないきれいな水の事、コロニーで出される再生水と違って何度も濾過されている為臭みも汚れも一切ないものの事をさす。


 ぶっちゃけると高い。


 よほどの貴族か金持ちしか飲まないようなものがなぜこんな場所にあるのだろうか。


 更にはいつの間にかアリスの服が布を巻いただけ恰好から丈の長いワンピース姿へと変わっている。


 内側に何か入れているんだろうか、ふんわりと膨らんだ裾の先からひらひらといた何かが何層も重なっているのが見える。


 この服もそうだしキッチンもそう、確かに離陸前の居住スペースにキッチンはあったけれどピュアウォーターはおろか調理道具すら置かれていなかったはず、にも関わらず案内された先はモデルルームのような広いキッチンがあり、様々な調理道具が壁に掛けられている。


 まるで脳をいじられて幻覚を見せられているかのような感覚、いったいどうなっているんだろうか。


 因みにアリスがコップに注いだ水は紛れもなく透明、においもなく口に含んでも一切雑味を感じない。


 過去に何度か飲んだことのあるピュアウォーターと全く同じということは視界をいじられているわけではないようだ。


「それで、マスターのご質問はこの水の事ですか?」


「水もそうだしその服もそうだし、何ならこの船の何もかもだ」


「この船、ソルアレスの事ですね?」


「さっきまで隙間風の吹くようなボロ船だったのに、なんでこんなことになってるんだ?」


「それはソルアレスに備わっていた再整備システムと内部進化シークエンスを実行したからです。それにより星間ネットワークよりダウンロードした最新機種のデザインを踏襲しつつ必要と思われる機能を再構築いたしました。若干燃料を消費しましたので出来るだけ早急に燃料の補充をお勧めします」


 うーむわからん。


 そもそもの再整備システムと内部進化シークエンスってところからさっぱりだ。


 恥を承知でその辺を詳しく聞いていくと、なんでも元ボロ船は新開拓時代に製作されたショップシップの中でもプロトタイプと呼ばれる非常に珍しいタイプのようで、長期間の無補給航行に対応するべく自動で船を整備し必要な機能を構築することができるらしい。


 それには大開拓時代に作られたと思われる旧時代の技術、つまりアリスのようなヒューマノイドと同じようなすごい技術が盛り込まれていたんだとか。


 船をスキャンしたところそれを発見し、そんでもってダウンロードした資料などを使ってこの形を構築したと。


 言いたいことはなんとなくわかるが、見た目も構造も変わってるとなると質量保存の法則とかそういう物理法則は一体どうなってしまったんだろうか。


「質量そのものは変わっておりません」


「材質は?」


「元素レベルで再構築しております」


「それをするにしてもかなりの熱量が必要になるだろ?その辺はどうしたんだよ」


「軍で使用されている最新式の動力システムを採用し、更に私独自の技術を組み込んだ超省エネ超高効率エンジンに進化しておりますので問題ありません。とはいえ燃料を全く消費しないわけではありませんので少なからず補給は必要です」


 わからん、さっぱりわからん。


 軍で開発されたって所からおかしな話だし、それに手を加えてそれよりも高効率な物に進化させたって所がもうナンセンスだ。


 つまりそれって現時代で一番すごいってことだろ?


 そもそも進化できる船ってなんだよ、ゲームかよ。


「食料に関しましては再構築器を利用することである程度はご希望の物をおつくりできますが、これに関しては原料となるたんぱく質や炭水化物が必要になりますので燃料と一緒に補充を推奨します。お金はありますよね?」


「一応退職金が・・・ってネットワークの全データを持っているならもう知ってるだろ?」


「銀行口座の残高から少ない友人関係、更にはマスターが先日購入したポルノのタイトルまで把握しております。」


「ちょ、おま!」


「なかなか良いご趣味をお持ちですね、もしマスターが私の可愛さのあまり情欲に負けそうな場合はどうぞご利用ください。マスターの好みとは若干違いますがこう見えてセクサロイドとしての機能も有しております。ただし、使用したが最後生身の女性には戻れる保証はございませんが。」


「怖すぎて使えねぇよ。」


 なんとなくそんな気はしていたけど、アリスの前で隠し事は出来なさそうだ。


 もしするとしてもアナログな紙でのやり取りとかになるだろうけど、ぶっちゃけそんなめんどくさいことをするつもりもない。


 ん?


 まてよ?


「なぁ、もしかして預金残高を増やすこともできるのか?」


「もちろん可能です。」


「マジか!」


「私の手にかかればそのぐらい簡単な物です。口座上の数字は所詮データですから、どこにも尻尾を掴ませないように増やしてごらんに入れましょう。ただ・・・。」


「ただ?」


「そのようなお金で豪遊する程度の夢を持つ方に仕えたと思うと残念で・・・。」


「いや、言い方ってもんがあるだろ言い方ってもんが。」


 正直金はいくらでも欲しい、世の中金さえあれば買えないものはないと断言できてしまうぐらい金がものをいう。


 俺の退職金なんて所詮雀の涙、一カ月もすれば底をついてしまうだろう。


 それならば足のつかない方法でそういう心配をせずに生きていけたらと思っただけなのに、ヒューマノイドにここまで言われてしまうとは。


 一応俺にもプライドというものがある、ここまで言われてそれでもいいからやってくれと言えないちっぽけなプライドだけどな。


「私にとっては大事なことですので。」


「そうかもしれないけどさぁ。」


「それで、されますか?」


「そこまで言われてできるかよ。」


「それを聞いて安心しました。この地域の相場を勘案するとおよそ一カ月程は生活できますが、それ以降となると何か収入源を探す必要があるでしょう。幸いカーゴには空きがありますので荷運びなどが在庫リスクなく確実に収入を得ることが可能です。そこから資金を貯めて行商などに手を出されるのをお勧めします。」


 アリスの言うように荷運びであれば収入は少なくともリスクなく稼ぐ事が出来る。


 俺にはよくわからないけれどこの船は最新の高性能エンジンと省エネ性能を備えているようなので、それを生かすのであればぴったりの仕事と言える。


 とはいえそれだけでは金はたまらない、となると安い所で物を買って高い所で売る行商が次に稼ぎやすい仕事ではあるけれども・・・。


「どこで何が安いかなんて俺にはわからないぞ?」


「マスター、何のために私がいるのですか?」


「あ、そうか。」


「私の手にかかればどこで何を買い何を売ればいいか手に取るようにわかります。とはいえ何をどう動かすかはマスターに一任しますのでその際はご相談ください。」


「了解。とりあえず今するべきは燃料を補充して仕事を探すことだな。」


「それでは一番手近なコロニーまで移動いたします。コックピットへまいりましょう。」


 ん?なんでコックピットに?


 まさか俺が操縦するのか?


 そんな俺の不安を抱えながら意気揚々とした足取りで進むアリスの後ろをついていった。

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