43.命よりも大切なものを救って
命を救うために稼いだ速度を殺し、その場で反転。
俺の指示を受けるよりも早くイブさんはカーゴへと移動していた。
「コックピット内耐G装置を稼働、反転と同時に最大加速、アリス先方に連絡してやれ」
「かしこまりました。こちらソルアレスこれより貴船を援護します」
「こっちはエンジンをやられてこれ以上は持たない!よろしく頼む!」
脳を揺さぶられるような急激なGがふと軽くなり、俺は椅子から降りると床に座り込むパトリシア様の所へと向かった。
「後悔しませんね」
「賢明なご判断ありがとうございます、トウマ様」
「賢明かどうかは終わってからわかることです。どうぞキャプテンシートへ、あそこならモニターがよく見えます」
「ありがとうございます」
この人は自分の命よりも人の命を選んだ。
結果はどうであれ依頼主がそれを望むのであれば俺達はそれに従うだけ、なんとも言えない感情をぐっと押し殺して今はただ目の前のことにだけ集中する。
「こちらイブ、いつでも行けます」
「了解しました。敵座標送信、真後ろにつきます」
「間違っても味方を撃たないでくれよ」
「もちろんです、絶対に救って見せます」
急反転している間に輸送船と宙賊船とはずいぶんと離れてしまったが、ソルアレスのエンジンにかかればその距離もあっという間に狭まっていく。
「なんだお仲間か!?」
「かまうこたねぇ、ただの輸送船なんだ両方奪っちまえばいいんだよ!」
「違いねぇ、飛んで火にいるなんとやらだ!」
宙賊船から傍受した無線からなんとも間抜けな声が聞こえてくる。
おそらくアリスがハッキングしたんだろうけど・・・あれ?それならすれ違う時にもできたんじゃないか?
「あの速度ですれ違いながらのハッキングは流石に無理ですよ、マスター。それに、もし成功しても輸送船は長距離航行が出来ませんのでどちらにしろ助ける必要があったんです」
「・・・わかってる」
「敵船とらえました!」
「やっちゃってくれ」
「はい!」
向こうは自分の方が強いと思っているだろうけど、こっちには百戦錬磨・・・かどうかはわからないけれど、少なくとも10機以上撃ち落としている名狙撃手が控えているんだ。
アリスから回されるリアルタイムの座標データをもとにイブさんが狙撃を開始、オレンジ色の弾が複数初まっすぐに宙賊船へと飛んでいき、見事エンジンに命中。
「くそ、後部被弾!」
「なんであんな船に!うわぁぁぁ・・・・」
悲鳴と共に船は爆散、慌てて軌道を変えてデブリを回避する。
あんな雑魚の為にパトリシア様は死んでしまうのか、そんな事を考えてしまった。
「こちらソルアレス、宙賊船は撃退しました。航行は可能ですか?」
「こちらラチェット、助けてもらい感謝する。航行は・・・こりゃこれ以上は出来そうにないな」
「それではアンカーを伸ばします、エンジンを停止もしくは逆噴射を行ってください」
「了解した」
あっという間に戦闘は終了、あとは彼らの乗った船にアンカーを引っかけて最寄りのコロニーまで連れていけばいい。
これが平常時ならよかったよかったで終われる話なのに今日だけは素直に喜ぶことができないでいる。
「トウマ様、そんな顔をなさらないでください」
どうやらそんな気持ちが表情に出ていたんだろう、パトリシア様が慈愛に満ちた顔で俺を見つめていた。
「申し訳ありません」
「皆様のおかげで宙賊は撃退、あの船も無事にコロニーへと戻ることができます。皆さんはまた人の命を救った、それが全てです。」
「ですがパトリシア様は」
「私は・・・そこまでの命だったんでしょう。本来コロニーで夫に見守られながら死ぬはずだったんです、ここまで生き延びれただけでも感謝しなければ。」
自らの命よりも一般人の命を優先する、それが貴族の務めだとこの人は言うけれどそれを個萎えるという事は、一般人よりも貴族の命の方が重いんじゃないだろうか。
人の命は平等だと子供のころから教えられてきたけれど、それが綺麗事だってことはとっくの昔にわかっている。
分かっているからこそ、パトリシア様のこの選択に違和感を感じるんだ。
俺の命なんてのはそこらへんに浮いているデブリと同じ、それと比べてパトリシア様の命はその何百倍重たいもの、それが貴族という存在であり35年という人生で学んできた全てだ。
その後、無事に船を引っ張って最寄りのコロニーへと曳航。
ラチェットという船に乗っていたのは全部で6名、その中にはまだ生まれて数年という子供が二人もいた。
そんな彼らの笑顔をモニター越し見てパトリシア様が自分の事のように笑っている。
これでいい、これでよかったんだ。
そう自分に言い聞かせる。
モニターの端に表示された数字はプラスを大きく割り込み、最初よりもマイナスになってしまった。
「引き渡し手続き終了しました」
「ご苦労さん」
「コロニーのご厚意で燃料を満タンにしてくださるそうですがどうしますか?」
「そうだな、急ぐわけでもないしそうしてもらおう」
「畏まりました」
もう急ぐ必要はない。
マイナスがどんどんと増えていく数字から目をそらし、小さく息を吐く。
これが今の俺に出来る全て。
一人の命で子供を含む6人の命を救ったんだ、数字だけ見れば最高の結果じゃないか。
依頼主もそれを望ん段だし、これ以上俺にできる事は何もない。
そう割り切っている、いや割り切らないといけないのにどうしても後悔が付きまとう。
もっとできる事があったんじゃないか。
もっと早く決断していれば、最初からハイパーレーンを目指していれば、もっと速度が早ければ、もっと、もっと、もっと・・・。
それがぐるぐると頭の中を駆け巡り、そしてはじけ飛んだ。
「・・・アリス」
「どうしましたか、マスター」
「ソルアレスには自分を変化させる特別な機能がついていたよな?」
「はい。ソルアレスには再整備システムと内部進化シークエンスがあり、常に最高のパフォーマンスを維持することが可能です。また、進化が必要と判断した場合には設計図をもとにそれに最適な形へ船を変化させることも・・・まさか、マスター?」
「進化には燃料を消費する、だが腹いっぱいになればそれも可能だよな?」
出来ることはある。
刻一刻と増えていくマイナスは今の船の速度を基準にし、停止時間に応じて増加している。
ならば今の船以上の速度を出せばマイナスを減らせるんじゃないか、それこそ収納や居住空間など全てを無視して速度だけに特化した形にしてしまえば、不可能じゃない・・・はずだ。
「可能です。なるほど、その手がありましたか」
「えっと、どういう事でしょう」
「パトリシア様には大変ご不自由をかけますが、あと三日だけ辛抱いただけますでしょうか」
「それはもちろんかまいませんが・・・」
「それと、これら見ることはくれぐれもご内密にお願いします。それこそライエル男爵様にもお伝え出来ない内容です、約束していただけますか?」
「よくわかりませんが秘密にするとお約束します」
「ありがとうございます」
アリスが出来ると言った。
今頃彼女の頭の中ではこの船を進化させるにふさわしい設計図が検索されており、それに変化した後のシミュレーションも同時に行われていることだろう。
まだ何も終わっちゃいない、六人の命を救ったのなら後一人の命だって救えるはずだ。
最後の最後まで俺は諦めない。
微かに見えた小さな光、手元のチップを全て賭けるに値する最後の希望はまだ手元に残っていた。




