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35歳バツイチオッサン、アーティファクト(美少女)と共に宇宙(ソラ)を放浪する   作者: エルリア


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42.物事は悪い方に傾き始めて

「わかりました」


 ある種の死刑宣告を受けてもパトリシア様は笑顔を崩さなかった。


 いや、内心どう思っているかはわからないけれど少なくとも俺達を動揺させないと努めてくださったんだろう。


 話し合いの結果、予定していた宙賊宙域の突破は断念。


 最低限の物資を残し、即座に残りをカーゴから放出し別のハイパーレーンのある宙域まで最大速度で翔けぬける事になった。


 折角買付けた物資を捨てるのは惜しいが背に腹は代えられない、今は一分一秒を争う事態に悩んでいる時間はなかった。


「カウントダウン、モニターに表示します」


「現時点ではマイナスか」


「これからどんどんと速度が上がりますので、計算上はハイパーレーン到着時にプラス一時間です」


「その一時間でパトリシア様が生きていられるんだよな?」


「時限爆弾ではありません、早い可能性もありますし遅い可能性もあります」


「つまり・・・いや、間に合わせる」


 ネガティブなことを考えている暇はない。


 俺達に出来るのは最善を尽くすことだけ、パトリシア様のいる部屋にだけ耐G機能を作動させそれ以外の機能をすべてエンジンへと回し加速を高める。


 ここからはどんどんと強くなってくるGにただ耐え続けるだけ、タイムリミットは残り七日だ。


「先の宙域に宙賊は?」


「今の所反応はありませんが、隣接している宙域ですのでゼロとは」


「そこはパトリシア様の運にかけるしかないか。仮に接触しても逃げるからな」


「戦闘に移行すれば速度が下がります、それしか方法はありません」


「でも追いかけられたら・・・」


「並の宙賊がソルアレスの加速に追いつくことは不可能です、それこそ不測の事態さえなければ」


「・・・おい」


「事実ですので」


 そこはなにも問題ありませんと言い切るところだろうが。


 そんな俺のツッコミをすました顔でスルーするアリス、ともかく今はただ飛び続けるのみ。


 それから二日、ただただ船はまっすぐ飛び続けた。


 現時点で三分の一を飛行、予定通りの進捗率という所だろうか。


「エンジンに異常は?」


「ありません、燃料も十分足りる計算です」


「じゃあこの先のコロニーで給油する必要はないんだな?」


「仮にあったとしてもこの加速を殺して給油するぐらいならぎりぎりまで飛ぶ方が可能性は高いでしょう。なんにせよハイパーレーン突入時に減速しますからそこで給油しても同じことです」


「最初のようなことにはならないと。」


「あれも私のせいではありません、本来であれば十分に足りる計算でした」


 あの時は燃料に文字通り水増しされていたせいで途中で燃料不足になってしまった。


 その教訓から常に燃料を満タンにする癖がついているんだけど、今回はそれをしている暇がない。


 後四日、何もなければいいんだが。


「ただいま戻りました」


「どうだった?」


「少し調子が悪いようですが持参した薬で何とか」


「芳しくなさそうだな」


「予定通りといえば予定通りですが、予断を許さない状況なのは間違いありません」


「こういう時自分の無力さが身に染みるな」


「マスターはお医者様ではありません、我々に出来るのは一秒でも早くハイパーレーンへ到着することだけです」


 アリスの言うことはもちろんわかる、分かるんだが苦しんでいる人を前にして何もできないのはあまりにも辛い。


 俺にできる事といえば微かな希望を追いかける為に祈り続けるだけ。


 どうか何事もありませんように。


 そんな微かな願いもむなしく、事態は想像もしていなかったような動きを見せた。


「レーダーに反応!」


「宙賊か!?」


「いえ・・・同業の船が宙賊に追われているようです」


 翌日。


 高速移動も折り返しという所で思わぬ事態が発生。


 通過するはずのコロニーまであと少しという所で前方に現れた別の船が宙賊に追いかけられていた。


 幸い敵は一機だけ、だが同業の船は攻撃を受け今にもとまりそうな感じだ。


 例えどういう状況であれここで速度を落とすことはできない、同業には申し訳ないがそこまでの命だったという事であきらめて・・・。


「頼む助けてくれ!宙賊に追われて…こっちに来るな、うわぁぁぁぁ!」


「緊急通信です、無視しますか?」


「無視するしかないだろ、ここで止まったら折角稼いだ加速が全部パーだ」


「畏まりました」


「仕方、ないですよね」


 突然船内に響き渡る緊急無線。


 無線の性質上受診するし無いにもかかわらず強制的にスピーカーから流れてしまうため止めることが出来なかった。


 無視すると決めた以上聞きたくなかった声、だがこっちも人の命を載せているんだ。


 命に値段があるとは言わないけれどこっちの方が何倍も重い・・・はずだ。


 イブさんも悔しそうな顔をしているけれど仕方ないのはわかっている。


 アリスも小さく頷き、そのまま通り過ぎようとしたその時だ。


「助けて、あげられないのですか?」


「パトリシア様!」


 コックピットの扉が開き、顔面蒼白のパトリシア様が姿を現した。


 イブさんが慌てて駆け寄り抱き留める。


 向こうの部屋は耐G装置が働いているけれどそれ以外にはかなりのGがかかっている、俺達はこの数日で少しずつ慣れてきたけれどパトリシア様にはかなりきついはずだ。


「大変申し上げにくいですが、ここで止まれば加速を失い到着が大幅に遅れます。そうなればパトリシア様の命がありません、彼らには申し訳ありませんがここは通り過ぎるよりないでしょう」


「ではあの船を、見殺しにすると?」


「・・・そうなります」


「それは、私を助ける為にですよね?」


「パトリシア様?」


 この人は一体何を言っているんだろうか。


 殺気の緊急無線はパトリシア様の部屋にも流れたはず、それはまぁ仕方のない事なんだけどそれを聞いてどうするというんだろうか。


「マスター、接触まであと一分です」


「私はどうなっても構いません、あの方たちを助けてください」


「え!?は!?」


 今この人はなんて言った?あの船を助けろって?


 自分の命よりも見ず知らずの他人を助けるっていうのか?


「相手は宙賊一機、イブ様のお力であれば可能ですか?」


「多分ですけど・・・でもそんなことしたらパトリシア様が」


「私の命で複数の人が助かるのなら安いものです、夫も私のしたことを誇ってくれるでしょう」


「いやいやいや!そんな事したら間に合わないんだぞ・・・、ですよ!?」


「もちろんわかっています。ここまで耐えてくださった皆様には申し訳ありませんが、それでも私は貴族として人々を助ける義務があります」


「接触まであと20秒」


 アリスが冷静にタイムリミットを告げて来る。


 このまますれ違えばパトリシア様の命は助かる、だが彼女は公開を抱えたまま生きていくことになるんだろう。


 だがここで止まれば今度は俺達が公開を抱えたまま生きることになる。


 また前と同じ究極の二択、なんで俺にそれを選ばせるんだ。


「接触まであと10秒」


「トウマ様、どうかお願いします」


「・・・・・・」


「トウマさん・・・」


 全員の視線が俺に集まってくるのが分かる。


 あと10秒。


 それですべてが決まる。


「接触まで5・4・3・2・1・・・」


 カウントダウンは確実に進み、肉眼でも迫りくる船がみえてくる。


「急速反転!全員衝撃に備えろ!」


 世の中どうしてこうも悪い方に傾くんだろうか。


 脳みそを揺さぶられるようなGを感じながらふと、そんな事を考えてしまった。

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