34.コツコツと依頼を引き受けて
朝7時。
いつものように起床して、真っ先に行われるのはイブさんのトレーニング。
船長たるもの最低限自分の身は守れないとまずいだろうというよくわからない理論の元、最低限必要な基礎体力作りが行われている。
掃除夫をしていたので体力にはそれなりに自信はあったけれど、それでも年齢における平均値よりは低く更にはポッコリしていた腹を引き締めるという意味でも大事な時間になっている。
別にモテたいわけじゃないけど前々から気になっていただけにいい機会だろう。
記憶喪失ではあるけれどなぜかそれ系の指導はできるらしく、中々にきついが充実した時間が過ぎていく。
一時間のトレーニングを終えて午前8時から朝食。
その後、ニュース番組を見ながらアリスからその補足と最新情報を教えてもらう。
なんていうかいかにメディアが情報を隠しているかを聞かされてげんなりすることもあるけれど、情報は鮮度が命なので自分の身を守る意味でもしっかりと耳を傾けなければならない。
そして午前9時、その情報を踏まえて1日の動きを決定するミーティングが行われる。
最近の動きとしては2~3日で完了する近場の依頼を引き受けて、コロニーに帰還した後1日オフ。
この流れでおよそ一週間、程よく働き程よく稼ぎながら商売人としての実績と経験を積み重ねているという感じだ。
で、新たな一週間を迎えるべくアリスから依頼の提案を受けているわけだが・・・。
「マスターこの依頼はどうですか?」
「んー、却下で」
「何故ですか?ピュアウォーターをたった二日運ぶだけで30万ヴェロスです、しかも燃料諸経費は別途清算可能。これ以上の依頼は現在存在しません」
「そこが宙賊の出没宙域じゃなかったら俺も引き受けたけど、その距離でその価格はどう考えてもヤバいって言ってるようなもんじゃねぇか!」
輸送ギルドに登録している俺の仕事は物資の運搬。
この宙域の中心でもある産業コロニーライン、ここから近隣のコロニーへ物資を輸送しつつアリスの情報収集で見つけたその地で不足している別の物資を持ち込んで売りさばき利益を上げている。
近距離故にそこまでの依頼料ではないけれど、別のを販売することでそれなりの利益は出している。
とはいえコロニー間を往復するだけでもそれなりに燃料や食糧を使用するだけに大儲け、というわけじゃないんだよなぁ。
「宙賊と言いましても小型のバトルシップが三隻程度の小物、ソルアレスのシールドを突破される心配はありませんしイブ様の狙撃能力があれば怖い物はありません。もしくは遠隔で酸素を奪えば中の略奪品もゲットできますよ」
「そもそもそういうのは傭兵ギルドの仕事だろ?俺みたいなのが余計なことをしたらまたエドガーさんににらまれるじゃねぇか」
「今回はそのエドガー様直々の依頼です、なんでも腕の立つ傭兵が皆で払っているとかで白羽の矢が立ちました」
「いや、俺達傭兵じゃないんだけど?」
「登録をしていなくても討伐報酬は貰えますし、討伐に成功した暁には傭兵ギルドから別途報酬も出るそうです」
だから傭兵じゃないのになんで討伐前提なんだよ。
確かにソルアレスのシールドは素晴らしいものがあるし、イブさんの狙撃能力があれば小型のバトルシップなんて敵じゃない。
わざと奴らに近づいてアリスの力でコントロールを奪えば奴らはただの的、物資も奪えばそれはもう大儲け間違いなしではあるんだが・・・。
「収入の見込みは?」
「輸送報酬で20万、加えて討伐報酬で25万と傭兵ギルドからは最低10万回収します。加えて宙賊の影響で医薬品が不足しているようですのでそちらの販売分を加味して70万ヴェロスは堅いかと」
「今回は燃料費や実費も出るようですし持ち出しはありませんからまるまる儲けになりますね」
「やる気満々だなぁ」
「え、やらないんですか?」
イブさんまでもがやる気十分な感じ、確かに持ち出しがないという事は稼いだ分がそのまま儲けになるわけだし宙賊が持っていた荷物次第ではもっと稼ぐ事も出来る。
普通は宙賊を相手にするというとかなりのリスクを伴うけれども、うちの場合はリスクよりも実入りの方が多くなるのでやらない理由が無いんだよなぁ。
二対一、こうなると俺が何を言おうと答えは一つしかない。
「はぁ、絶対に大丈夫なんだろうな」
「大丈夫じゃなかったことありました?」
「あった」
「多分それは気のせいですよ、気のせい」
「ったく、俺が何を言おうが受ける以外ないじゃないか」
「そんなことありませんよ、船長はあくまでもマスターですので私達はマスターの意見に従います」
口ではそういうけれど、目はそう言ってないんだよなぁ。
可愛い顔してこの美少女は目的の為ならば例えマスターであっても利用するごりっごりのリアリスト。
彼女こそアーティファクトヒューマノイドと呼ばれる世界におそらく一体しかいないであろう特別な存在、星間ネットワークを掌握したとえ軍や公安であってもネットワークに接続すれば彼女の手から逃れることは出来ないだろう。
世界にあふれる情報のすべては彼女に筒抜けになっているといっても過言ではない。
そしてその横でウンウンとうなずいているナイスバディの美女はインプラントを持たずに救命ポッドから現れた謎多き存在。
アリスの手にかかっても彼女のこれまでの痕跡を掴むことはできず、記憶喪失ながらも抜群の身体能力と射撃技術、格闘技術を有し目の前に立ちふさがる敵をことごとく打ち砕いている。
傭兵ギルドのシミュレーターでは射撃・白兵戦共にAランク、このラインにおいて彼女を超える実力者は未だ存在しないと言われている。
そんなすごい二人に囲まれた俺はというと、1日にして職を失い、嫁に離婚を突き付けられ、最後の肉親に旅立たれたという経歴を持つただの掃除夫。
誇れる部分といえば傭兵にも臆さない多少の度胸と良く回る口ぐらいなもんだろうか。
二人と比べれば明らかに劣るスペック、加えて乗っている船もこれまた規格外で、再整備システムと内部進化シークエンスを持ち、更にアリスが軍のブラックボックスを解読して独自の技術を組み込んだ超省エネ超高効率エンジンを搭載している。
太陽の翼の名にふさわしい性能と見た目を兼ね備えた素晴らしい船、ともかく俺以外のすべてが規格外なわけだ。
一応船長とは呼ばれているけれど、それに見合っているかどうかは何とも言えないよなぁ。
「じゃあ断ると言ったら?」
「別の仕事を探してまいります。もっとも、現時点でこの収入を超える依頼は長距離輸送以外にはありませんが」
「これも夢の為。やるしかないか。とりあえず依頼を受ける前にエドガーさんの所に行って文句の一つでも言ってやらないとな」
「ディジーさんが喜びますね」
「顔を出さないとすぐに文句を言うからなぁあいつは。とはいえ昨日も三人で甘い物食べに行ったところだろ?」
「行きました!」
この前の一件以降、休みになると女子三人で仲良くお出かけしているらしい。
傭兵ギルドの受付嬢ディジー、持ち前の社交性は交渉するとき非常に助かったけれどいかんせんドジというか運がないというか、まぁそこが可愛らしい所なんだろうけどオッサンには若すぎて眩しすぎるっていうね。
ともかくだ、新しい依頼を受けるべくとりあえずギルドに向かうとしよう。
まずはエドガーさんに文句を言ってそこから追加報酬の価格交渉、やることは盛りだくさんだ。




