32.おとり捜査に使われて
「これは一体どういうことだ!」
カーゴ内に響き渡る黒服リーダーの声。
コンテナの中に置かれたコンテナの中には予想通り大量の麻薬がこれでもかと言わんばかりに詰め込まれていた。
普通こういうのって別の物に入れたり隠したりするものだと思うんだけど、如何にもという透明なパックの中に白い粉が詰まっている、そりゃ入港時のスキャンで不審物があるって言われるだろ。
「どうもこうも俺達は輸送ギルドに依頼されたものを運んだだけだ。中身なんて知ってるわけないだろ」
「この方がおっしゃっているのは本当です。提出していただいたカメラデータを確認しましたが、搬入後誰もこのカーゴには立ち入っていませんし搬入時も開封された事実は確認できません」
「改ざんした可能性があるだろ!」
「それはあり得ません。このカメラデータは手を加えると必ず警告が出るようになっています、それこそがこの商品の品質を担保するものでそれを否定することは皆さんが今まで行ってきた捜査をすべて否定することになりますが」
「ぐぬぬ・・・」
「ともかく、俺達はこのコンテナの中身が何だったかなんてのは知らないしそれで文句を言われても困る。そもそも俺達はギルドの依頼を受けて仕事をしていただけなのにそれに文句を言われるどころかブツの責任まで取らされたら何の仕事もできないっての」
まだいろいろ言いたそうな黒服ではあるけれど、防護服の一団にも同じ目で見られているせいでそれ以上何も言えなくなってしまった。
「俺達は正規のルートで依頼を受けてそれを運んだだけ、本当はこれを予定の場所まで運ばなければならないんだがそれはできないのか?」
「流石に麻薬とわかってそれをコロニー内に持ち込むのはちょっと・・・」
「ま、普通はそうか」
「ですが所定の場所まで運ばなければ輸送ギルドから報酬がもらえません。」
「そうは言われましても、これらはすべて押収して公安に渡すのが決まりですので。」
「ということは公安の皆様が許可してくだされば問題ないわけですね?」
「そんなこと我々が許すはずないだろう。これはすべて押収、本当はお前たちも拘束したいところだが・・・いや、いったい何をするつもりだ?」
いつもやられっぱなしの黒服リーダー、てっきりどや顔で接収するのかと思いきやアリスの含みのある顔に何か気づいたらしい。
確か事前に麻薬関係の情報を流して公安を動かしていたはず、もしかするとそれ関係なのかもしれない。
まったく、国家権力をも自分のペースに引き込んでしまうとか普通じゃ考えられない事するよなぁこのヒューマノイドは。
「別に難しい事ではありません、私たちは仕事を終わらせ皆様は探している相手を捕まえられるそれだけですよ」
ニッコリと笑みを浮かべてリーダーの方を見るアリス、ただ荷物を運ぶだけで報酬がもらえるはずがまさかこんな面倒な事に巻き込まれるとは思っていなかった。
しかもその片棒を担がされるなんて、俺はただまじめに仕事をしていきたいだけなんだけど・・・そんなことを思っていても断るような流れではなく結局引き受ける事に。
とりあえず荷物は所定の位置に運ばれ証拠写真を撮った後それを依頼主へと転送する。
すぐに返信があり、そのままここで待機して合言葉を言うやつに引き渡せという事らしい。
一応残りの報酬は振り込まれたらしいけど、なんで俺達がそこまでしなければならないんだろうか。
「こちらA班異常なし」
「同じくB班異常なし」
「マスター、どんな感じですか?」
「どうしたもこうしたもさっさと帰って休みたいんだが」
「もう少しの辛抱ですので頑張ってください。こちらC班、異常・・・ありです」
アリスの返答に捜査員の息をのむ音がインカムから聞こえてくる。
もちろん俺もそれと同じく息を飲み辺りを見回したくなるのだが、それをぐっと抑え静かに下を見続ける。
「来ました、二時の方向」
「よぉ、今日はデブリが多いな」
「そうか?いつもの事だろ」
物陰から現れたのはどこにでもいそうな普通の中年男性、同い年ぐらいだろうか仕事帰りなのかワイシャツ姿で姿を現した。
何も知らなければ気さくな男が話しかけてきたみたいな感じなんだろうけど、さっきのセリフは合言葉。
無論公安には俺達が麻薬の売人から直接荷物を預かったなんてことは言ってないので、この合言葉についても伝えていないのだが、まぁ雑談としか思われていないだろう。
「待ち合わせなのか?」
「いや、そういうわけじゃない」
「・・・」
「・・・」
「なんだ?」
「いや、そのコンテナに用があるんだが」
「あぁ、そりゃ悪かった。さっさとお暇するよ」
早くどけと言わんばかりの圧力、合言葉を言ったらさっさコンテナから離れろと言われていたんだけど、いきなり離れると公安から目を付けられるので時間を稼ぎたかったんだが向こうからどこかに行けと言ってくれた。
後はこの場を離れて奴がコンテナを開けたら公安が突入するという算段だ。
向こうも警戒はしているだろうけどこれを手に入れなければ話にならないのでさっさとずらかるとしよう。
「いや、ちょっと待て」
「ん?」
「お前、耳に何入れてるんだ?」
「耳?ただのサウンドレシーバーだけど?」
「嘘つけ!おい、みせてみろ!」
突然男に肩を掴まれ、無理やり耳からレシーバーを外される。
さっきまでこれを使ってやり取りしていただけに正体がバレるんじゃないかとおもいきや、耳に当てた男は自分の耳に当てたまま固まってしまった。
「・・・俺の勘違いか」
「何するんだ、早く返してくれ」
「悪かったってそんな怒るなよ」
「そりゃ怒るだろ。ったく、折角いい所だったのに・・・」
男からひったくるようにレシーバーを奪い返しそのまま耳に入れ直してイライラしたような足取りで急ぎその場を離れる。
視線がずっと背中に刺さっている感じがするけれど振り向くわけにはいかなかった。
「良い対応でした、そのまま右の角を曲がってください。離れた所で二名がマスターを監視しています、誘導しますので言われた通りに歩いてください」
再び聞こえてきたアリスの声に安心したのもつかの間、まだ監視されているとのことなので誘導されるがまま大通りまで移動する。
「さっきはなんでバレなかったんだ?」
「即座に別のチャンネルに切り替えただけです」
「別のチャンネル?」
「マスターが良く聞く大人向けのチャンネルですが?」
「お前!いったい何やって・・・!」
「マスター、お静かに願います」
人ごみに紛れた所でさっきの答え合わせをしたんだがまさかの内容に思わず大きな声が出てしまった。
人の性癖を公安の職員も聞いているところで流すんじゃねぇ、そりゃ向こうの男も予想外みたいな顔するだろ。
人の性癖をむやみやたらに公表するのはどうかと思うぞ。
「・・・後で覚えとけよ」
「畏まりました、私にもそういう機能がついておりますのでお楽しみいただけるよう準備しておきます」
「だからそういう誤解を抱かせるような事をいうなっての!」
「問題ありません、横で聞いているディジーさんもそう仰っています」
「そ、そうですよ!好みは人それぞれって言いますし、トウマさんがそういうのがお好きでも私は気にしません。気にしませんよ!」
「問題大アリじゃねぇか!」
麻薬のおとり捜査に駆り出されなぜ性癖まで暴露されなければならないのか。
僅かな報酬と引き換えに俺は尊厳という大事なものを失ってしまった。




