24.輸送業について調べてみて
ラインコロニーに戻って早四日。
俺達の要望を叶えるぴったりの宿を紹介してもらい、そこを定宿として色々と観光して回ったわけだが早くも飽き始めている自分がいた。
客室にはバストイレが別で設置され、ふかふかのベッドに打ち合わせ用のリビングが一つあるなんとも広い部屋。
普通なら一泊1万ヴェロスはするであろうラインの中でも最上級のホテル、そこを僅か3000ヴェロスで貸してもらえるあたりコロニーでの男爵の影響力はかなり強いらしい。
まさかこんな部屋を貸してもらえるとはと最初は大喜びしたのだが、それも最初だけで気づけばただ寝るだけの部屋と化している。
コロニー内も最初は物珍しさに色々と見て回っていたけれど、二日目にもなれば行く場所も限られてしまいとうとう三日目にはいきたい場所すらなくなってしまった。
確かに広いコロニーではあるけれど産業と商売を主にしているだけあって観光名所的な物は殆ど無く、面白そうな場所といえば各企業の工場見学ぐらいなものだ。
興味のある場所は早々に回ってしまったので後は買い物を楽しむぐらいなのだが、生憎と物欲が少ない人間なんだよなぁ。
「暇そうですね、マスター」
「まぁな」
自室という名の客室でゴロゴロしているとアリスが部屋にやってきた。
確か電子キーで鍵をかけてあったはずなのだが、彼女の前では鍵にすらならないらしい。
「遊びには行かれないのですか?それなりに収入もありましたし、私たちの事は気にせず遊んできてくださって構いませんよ?」
「あのな、そういう風に露骨に言われると余計行きにくくなるんだよ・・・って、イブさんは?」
「朝から傭兵ギルドに呼ばれて出ていかれました。なんでも白兵戦の講師をしてほしいとのことで、エドガーさんから打診があったそうです」
「あー、彼女は彼女なりに働き先を見つけたか」
「何もせず紹介されたホテルの一室でゴロゴロと惰眠を貪るマスターとはずいぶんと違いますね」
「遊びに行けって言ったり働けと言ったりどっちなんだよ」
「簡単に言えば掃除の邪魔なのでさっさとどこかに行ってください」
どうやらハウスキーパーの方が掃除に来ていたらしい。
もっとこう言い方ってものがあると思うんだが、残念ながらうちのヒューマノイドにそういう機能は付いていないので仕方がない。
渋々カバンを手に自室を出たものの、どこにいくかなぁ。
ソルアレスはアリスがメンテナンスだなんだと色々しているようで立ち入り禁止、傭兵ギルドはイブさんの邪魔になるのでパス。
未開拓地域の惑星については昨日色々と調べたのでこれ以上調べることが無いんだよなぁ。
はぁ、仕事をしているときは何もしない時間が欲しかったのにいざ手に入るとこんなに無駄な時間だったなんて知らなかった。
買い物に行っても別にほしい物はないし、食べたいものもまぁまぁ食べつくしている。
イブさんはアリスと一緒にエドガーさんに紹介された店をはしごしているらしいけど、俺にはそこまでする元気はない。
仕方ない、今日も図書館に行って調べ物でもするか。
とりあえず何かしらの目的を作らなかったらいつまでも暇なまま、コロニーの中央にある電子図書館へと向かい今後必要になるであろう情報を閲覧してく。
商売の仕方、マナー、輸送業の資格や方法、商材、調べるものはたくさんある。
輸送業と一言で言っても種類はたくさんあり、日用品から危険物まで様々な物が世界中あちこちの場所へと運ばれている中で、主に俺が取り扱うであろう商材は日用品や食料品等の一般消費物。
価格が安定していてどこでも需要があり、素人でも手を出しやすい。
その代わり収入はあまり高くなく大型船で物を運んでやっと収益ベースに乗る程度なので、大抵は別の商品と一緒に運ぶのが一般的だ。
とはいえこの前のように需要のある場所はそれなりにあり、そこを見極めながら仕入れと販売を繰り返していけば少なくともくいっぱぐれることはない。
次に有力なのはその地域の名産品。
ラインであれば工業製品であり、少し離れた地域では医薬品や、着陸可能な場所がある地域では生の果物や植物が高値で取引されたりする。
その代わりそういった物がある地域には必ず宙賊がいるし、何なら徒党を組んで襲ってきたりもする。
もちろんそれに対処するために傭兵ギルドがあるわけだけど広大な宇宙の中ですべてに対応するのは物理的に不可能だ。
俺達に出来るのは自衛することだけ、時には積み荷を全部差し出してでも生き残るほうを選ばなければならない時もある。
もっとも、うちの場合はアリスがいるし更にはイブさんという優秀な戦力も保持しているので何かあっても対処はできるだろう。
「ん?」
そんな輸送業のQ&A的なものを読んでいると最後に気になる文章が書かれていた。
これは一応確認しておいた方が良いだろうか、ひとまず本を片付けて図書館の外へ。
腕時計型のデバイスを操作してアリスの名前をタップする。
「アリス、ちょっといいか?」
「マスター、どうしましたか?」
「輸送業の調べ物をしていたら船体のギルド登録義務について書かれているんだが、もちろんソルアレスも登録しているんだよな?」
「してませんよ?」
「え、義務なんじゃないか?」
「義務ではありますが罰則はありません。特にメリットらしいメリットもないのであえてスルーしていました」
確かに罰則規定の所は空欄で義務としか書かれていなかった。
とはいえ今後これで商売していくのなら登録しておく方が良いとおもうんだがなぁ。
「登録することで得られる税の還付については?」
「ここに年単位で滞在するのであれば登録した方が良いでしょうけど、あちこち飛び回るおつもりでしたら別に関係ありません。報酬受け取り時に税金を引かれていますので未納の心配はありませんし、なにより私たちの稼ぎで還付を受けた所でたかが知れています」
「手間に見合わないってことか」
「そういう事です」
ふむ、そういう仕事をするのならギルドにも登録しなければならないとばかり思っていたけれど、実際はそういうわけではないらしい。
一応ギルドに登録しないと取り扱えない商材もあるようなので、そういった物を売買するのであれば登録しなければならないけれども別に今すぐそれを取り扱う必要もない、そう考えるとギルドの存在理由っていったい何なんだろうか。
「ですがそうですね、しばらくここを拠点にするわけですし下手に顔を出さずに商売をして目を付けられるのであればマスター個人がギルドへ登録してもいいかもしれません。ですが船体登録だけはしないようにお願いします」
「何かあるのか?」
「登録すると輸送業者としての基準を満たしているのかについて監査を受けなければなりませんので色々とめんどくさいのです。ほら、ソルアレスの場合は船が特殊ですから。」
「なるほど、それは確かにめんどくさい。」
「義務を武器に登録を強要してくると思いますが無視してもらって大丈夫です、気合で耐えてくださいね」
いや、耐えなきゃならない状況ってなんだよ。
俺はただ登録することで輸送依頼とかを受けられるようになるのでそれを狙いたかっただけなのだが、世の中素直に生きるのが正しいわけではないらしい。
通信を終え、ため息をつきながら輸送ギルドへと足を向ける。
向こうで一体何を言われるんだろうか、行く前からげんなりするのだった。




