206.人生で初めて拉致されて
「ん?」
ふと我に返り目を開けるも目の前は真っ暗で何も見えない。
いや、辛うじて光は入ってくるも視界の上部だけでそれ以外は真っ暗だ。
起き上がろうにも手と足がそれぞれ縛られているのかくっついたまま身動きが取れなかった。
とりあえず何があったのかを思い出そうと体を動かすと同時に、首の後ろに激痛が走る。
そうだ、俺は黒服の男たちに脅されてオルビタル・フロンティア・インダストリーの非常階段を落りてその時に気絶させられたんだった。
つまりこの状態はそいつらに縛られ、更には目隠しをされているんだろう。
口はどうやらさるぐつわまではされていないらしい。
とりあえず状況を確認しようにも目の前が真っ暗じゃ確認のしようもないわけで・・・さて、どうしたもんか。
耳を澄ましてみるとゴウンゴウンと何かが動いているような低い音が響いてくる。
ということは近くに大型の機械か何かが稼働中、流石にコロニーの外へは連れ出されてないと思うけど工業地区か何かだろうか。
後ろ手に縛られているせいでうつ伏せから起きるのは難しかったが、とりあえず芋虫のようにもぞもぞとまっすぐに進んでいくと頭が壁らしきものにこつんと当たった。
よし、とりあえずここが端っこだな。
今度は体を縮めて体重を後ろに駆けながら上半身を起こし、膝をこすりながら壁らしき部分へと移動。
ようやく体を預ける部分を発見したとことで、今度は顔をそこにこすりつけて目隠しを強引にずらしていく。
ツルツルの壁らしきもののせいで中々ずれてくれなかったけれど、だんだんと光の開る部分が増えていき何とか目隠しを花の方にずらすことに成功した。
「ここは・・・まぁ、予想通りだな」
辺りを見回すとそこは薄暗い部屋、天井には小さな照明がついていているだけでツルツルの床にはゴミ一つ落ちていないことから倉庫ではないと思われる。
窓はなく金属製の扉が一つあるだけ。
ふむ、これが俗にいう誘拐というやつか。
少し前にアリスやローラさんが同じように攫われたが、まさか自分が同じ目に合う未来は流石に想像していなかった。
っていうか俺みたいなオッサンを誘拐して何をしようというのだろうか。
アリスは見た目がアレだったし、ローラさんだって本人は認めないけど綺麗な部類に入るだろう。
イブさんはもちろんのことテネスだってヒューマノイドと分かっていても誘拐されそうな見た目をしている。
それとは対照的にどこにでもいて、これと言ったとりえもなく、何なら顔だっていいわけじゃない俺を誘拐して一体何をしようというのだろうか。
もしかしてあれか?
臓器か?
それならまぁ可能性もゼロじゃない、とはいえ最近は人造臓器も存在しているしいざとなれば義体化することもできるので、そこまで重要でもないんだよなぁ。
「こんな状況にもかかわらず落ち着いてるのは何とかなると思っているからだろうなぁ・・・」
誘拐され、手足を縛られた状態。
普通に考えれば絶望するか叫ぶか暴れるかのどれかだろうけど、自分はいたって冷静だった。
体感的にアレからそう時間は経っていないはず、外に出るにも色々と手続きがいるだろうからまだアースフォージ内にいると考えていいだろう。
流石のアリス達も長時間俺が戻ってこなければ誘拐されたことに気づくだろうし、そうなればあらゆる手を使って俺の居場所を探し出すはずだ。
ここがコロニー内であれば必ず見つけてくれるはず、もちろん誘拐犯もそれを警戒しているだろうけどアリスとテネスの捜査能力を舐めちゃいけない。
あと少ししたらここにやってくるはず、確信はないけれどそんな風に感じてしまうから不思議だよなぁ。
とりあえず壁に背中を預けつつ出来るだけ楽な姿勢で静かに待っていると、コツコツと床を鳴らす足音が複数聞こえてきた。
慌ててその場に倒れ、入り口に背を向けて様子を伺う。
「本当に男爵の知り合いなのか?」
「間違いありません、傭兵ギルドにも確認済みです」
「商業都市ラインを収める男爵の推薦、そして先日のルスク・ヴェガス宙賊襲撃事件で殊勲賞を取った傭兵となれば金はそれなりに持っているだろう。しかもそんな奴がわざわざここに来て同業を見て回っているとなれば、テラフォーミング用の惑星を持っていると考えるのが妥当か。例え薬を入れてでも契約させるよう上からきつく言われているんだ、失敗は許されないぞ」
「でもこんな男が本当に惑星を持っているんですかね」
「人を見た目で判断するなよ、世の中金持ちそうにしている奴よりもこういうやつの方が案外ため込んでたりするんだよ」
声の感じからやってきたのは三人、そのうちの一人が立場的に上なんだろう。
俺の顔を見ずに見た目の話をしているという事は何かしらの資料を見ながら話しているのかもしれない。
となると、デバイスが星間ネットワークにつながっているのは確実だ。
よくあるのは居場所を特定させないためにネットワークに接続できない場所に連れ込むことだが、それをしていないという事は俺のインプラントにも接続できるという事。
助けが来るのは時間の問題だな。
「そんなもんですかねぇ」
「なんにせよ起きたら連絡をくれ。俺は優しいからな、一応話をしてみてそれでもだめなら別の手段に出るだけだ」
「了解しました!」
「くれぐれも逃がすなよ、もしこれが明るみになったらお前達の命はないと思え」
「「ハッ!」」
再び靴音が響き、扉が閉まる音がする。
が、部屋には誰かの気配はのこったままだ。
「はぁ、ピリピリしてんなぁ」
「仕方ないだろ、他所に契約取られっぱなしで上からきつく言われてるんだから。しかも顔すら見てないのに人を見た目で判断するなとか馬鹿じゃねぇの?」
「だから誘拐なんてことするんだよ・・・マジで転職しようかな」
「俺はもう次見つけてるぞ」
「嘘だろ!」
「ここ、今は売上ヤバいけど前はそこそこだったから名前だけは売れてるんだよな。今ならまだ売り手市場だし、ここよりいい所探せるんじゃないか」
「俺、この仕事が終わったら転職するんだ」
「はいはい。とりあえずこいつが起きるまですることないんだし、今のうちに転職サイトでも見といたらどうだ?」
「よし、後は任せた!」
なんとも世知辛い会話だなおい。
話の感じから想像すると、あまり売れてないどこぞのテラフォーミングメーカーが俺を誘拐して無理やり契約させようとしているようだ。
色仕掛けとかについては冗談で言われていたけれど、まさかこういう手段で来るとは思わなかった。
まぁ俺が起きなければ話は進まないみたいなので、しばらくはこのまま待機しとこう。
その後も会社の不満やら飯の話やらなんとも緊張感のない会話を続ける二人、そんな彼らには大変申し訳ないけれど今の会社に入ったことを恨んでもらう時が来たようだ。
突然ブツンという音共に小さな照明が切れ、あたりが真っ暗になる。
「なんだ!」
「照明が消えた?ちょっと見てくる」
「でも外は明るいぞ?」
「この部屋だけなのか?」
真っ暗な部屋に靴音が響き、扉が開くと外の光が線のように天井を照らし出した。
「ん?だれ・・・」
「おい、どうした!」
天井に映し出された人の影が突然消えたと思ったら、ドン!という激しい音が聞こえてきた。
慌てて体を捻って入口の方を見ると、先ほどの音に残りの一人も外に出ようとしたところで扉が勢いよく開き、ものすごい速度で入ってきた何かに抵抗することも出来ずに組み伏せられる。
それから少し遅れで別の誰が部屋の中に入ってくる。
「アリスさん、制圧完了しました」
「ご苦労様です。問題ないとは思いますが、念のため縛って奥に転がしておいてください」
「了解です!」
聞き覚えのある声と名前、遅れて入ってきたその人影はまっすぐこちらへと向かってくる。
「お待たせしましたマスター、助けに来ましたよ」
そういうとアリスはにこりと微笑みを浮かべ俺に向かって手を差し伸べるのだった。




