18.小惑星群に追い詰めて
漆黒の宇宙を切り裂く白い光。
それはまっすぐ小惑星付近へと延び、オレンジ色の花を咲かせた。
「たーまやー」
「それは?」
「いや、なんとなく口に出ただけ」
「ふむ、何かの掛け声なのかと思いましたが、データベースにもありませんね」
口に出てしまった理由はわからないけど、ふとそれを言わなければならない気がしたんだ。
っていうかこれだけの距離がありながら一発で仕留められるとか、イブさんの射撃能力半端ないな。
「当たりました!」
「いい狙撃でした、次からは飛び回る獲物を追いかけることになりますのでよろしくお願いします」
「はい!」
「ん?残りも倒すのか?」
「むしろ、奴らを生かしておく理由がありますか?今までも同じやり方で何らかの理由で急いでいた船に声をかけては物資や女性を奪ってきたのでしょう。たった一隻倒したところで元を絶たなければまた復活しますから、やるからには根絶やしです。デストロイです」
なぜそこまで宙賊に敵意を剥けるのか、言いたいことはわかるけど余計なダメージを食らうことを考えたらスルーでもいいと思うんだけどなぁ。
特に今は思いもしない反撃に戸惑っているだろうから逃げるのはたやすい。
「倒せば倒す程賞金が増えますしね、頑張ります!」
「よし、ガンガン行こうぜ!」
「随分と切り替えが早いようで、先ほどの逡巡は何だったんでしょう」
「気にするな」
「そういう素直なところが嫌いじゃないんですけどね。残り三基のマーキングを完了、これより高速飛行に入ります、シートベルトをお忘れなく」
「りょうか・・・い!」
慌てて両肩のシートベルトでしっかりと体を固定、それと同時にものすごいGと共に船が加速を始める。
いやいや、こんな速度出したら荷物がつぶれるんじゃないか?
っていうか荷物だけじゃなくて、人間の方も特にイブさんとかやばいことになってないだろうか。
「イブさん大丈夫か!?」
「このぐらいでしたら大丈夫です!」
「でしたらもう少し加速できますね」
「もっとって・・・!あれ?」
「失礼、耐G機能をオンラインにしていませんでした。これで大丈夫ですね、マスター」
「そういうのは最初からよろしく頼む」
これ以上の加速はヤバい、さらなるGに構えた次の瞬間さっきまで俺を押しつぶそうとしていた圧力がふっと軽くなった。
モニター越しに見える景色はものすごい速度で通り過ぎていくのにこの中だけ別世界のような感覚になる。
これが耐G機能、軍用機や速度を出す小型船などには備え付けられている場合が多いけれども、宙賊が使うようなバトルシップやショップシップなんかにはまず導入されることはない。
ましてや急加速急減速をしない輸送船なんかには縁遠い機能と言えるだろう。
本来うちの船にも装備されているはずがないんだけれども、その辺は良くわからない機能のおかげで最新式の装備が自動で配備されたらしい。
原理については考えるのをあきらめた、そういうもんだって思うほうが人生楽なこともある。
「どうやら小惑星群に逃げ込むつもりの様ですね」
「追いかけられそうか?」
「わたしを誰だとお思いですか?」
「優秀なオペレーターとパイロットがいると助かるなぁ」
「もっと褒めていいんですよ?」
「それは無事に仕事を終えたらな」
最初の一機を撃墜されたことで残った宙賊は逃げることを選んだようだ。
勝手知ったる小惑星群って感じだろうか、そこにさえ逃げ込めば大丈夫!そんな感じでわき目も降らず突っ込んでいく。
こちらも小型船なのであの中に飛び込むことはできるけれども、無数にある隕石やデブリを避けながら飛ぶのは中々に大変な作業だ。
それを自分一人でやってしまうあたりが、アーティファクトと呼ばれる所以だろうなぁ。
「二つ目!」
「右後方に直撃・・・爆発を確認しました」
「なんであの軌道で当てられるんだ?」
「さぁ、それに関しては何とも。私も演算は出来ますが、それを生身でされるというのは経験がないと難しいでしょう」
「流石というべきか、何故かと思うべきか。まぁ残りが半分になったことを素直に喜んでおこう」
「それがよろしいかと」
イブさんの変態狙撃により残りは半分、ただしその残りは小惑星群に逃げ込んでしまったのでここから狙撃することは出来なくなってしまった。
どちらにしろここを抜けなければ目的のコロニーには到着できないので俺達もそこに突っ込んでいくわけだけど。
小惑星群はすぐそこ、しばらく飛行を続けると銃座からイブさんが戻ってきた。
「すみません、二機取り逃しました」
「いや、この距離で半分に減らせたのなら十分だ。後はアリスがやってくれるだろう」
「お任せください」
「キッチンに飲み物を置いてあるから少し休憩してくるといい、シャワーも使っていいぞ。」
「いいんですか?」
「その汗じゃ気持ち悪いだろ?」
俺に言われて初めて自分の状態が分かったらしい、恥ずかしそうに胸の前を両手で隠して慌ててコックピットを出て行ってしまった。
汗でシャツが胸元に張り付きなんとも素敵な状態、いやー眼福眼福。
「マスタ―」
「ん?」
「私も飲み物をこぼしてしまいまして、拭いていただけますか?」
「いや、飲み物飲まないだろ」
「チッ、バレましたか」
バレましたかじゃないだろ、操縦しながらなにやってんだこいつは。
そんなハプニングもありながらも小惑星群へ到着、速度を落として隕石の隙間を縫うように進んでいく。
「これ、なんで当たらないんだ?」
「シールドがあるのでデブリ等の小型の物はすべてはじかれるんです。それに多少大きい物も押しのけますのでそこまで繊細でもないんです」
「その分エネルギーを消費するんじゃないのか?」
「その為のエンジンですから。横からレーザーでも撃ち込まれない限りよっぽどのことが無いと飽和しません」
「なるほどなぁ」
少々の大きさなら気にしなくていいからこそこんな風に飛行できるんだろう。
レーダーの反応を見るかぎり奴らは逃げるのをやめて小惑星の中に隠れる選択をしたらしい。
さっきまで反応があったのに急にそれが無くなってしまった。
アリス曰く、エンジンを切って船体温度を下げ、更に一切の電子機器を作動させないことで感知させないようにしているんだとか。
元々これだけの障害物があると、レーダーとしての機能をまともに使うことはできない。
だが、それを可能にしていたのは奴らの船の何かが星間ネットワークに接続する僅かな電子信号をキャッチしていたからで、それを止められた以上見つけることは非常に難しいだろう。
「さて、完全に隠れたみたいだが・・・どうする?」
「いくらエンジンを停止してもこの寒さの中いつまでも停止するわけにはいかないでしょう。時間はかかりますが耐えきれなくなったところでエンジンをかけますのでそこを捕まえます」
「確かに少しは耐えれてもそれにも限界があるわけか」
「持って五分、いや十分という所でしょうか」
おおよその位置は表示されたまま、そこから動くことは出来ないので今のうちに近づいてその気に備える、問題はどうやって奴らを排除するかだ。
「仮に見つけたとしてどうやって奴らを駆除するんだ?電子機器が止まっていたらお得意の技は使えないだろ?」
「今回の目的はあくまでも殲滅です、積み荷を必要としない以上爆破させてしまえばいいだけですから。それに仮に同じ技を使ってもここからコロニーまで曳航するのは大変ですし、カーゴもいっぱいです。そうなれば残された方法は一つしかありません」
「あー、まぁそうなるのか」
「もちろん見つけたタイミングで中をスキャンして民間人が紛れていないのかも確認いたしますのでマスターの心配事は解決できるでしょう。もっとも、仮にいたとしてもさっきの話ではまともな状態ではなさそうですから、連れ帰るほうが可哀そうかもしれません」
アリスが付きつけてくる現実。
35年間こうあるべきと思っていたものが脆くも崩れていく実感がある。
自分がいた世界はなんて狭い物だったんだろうか。
「ですが」
「ん?」
「マスターが望むことがあるのであれば、私はそれを実行致します。ですので遠慮なくお申し付けください。それが私の存在理由です」
珍しくアリスが後ろを振り向き俺の方をまっすぐに見つめて来る。
まったく、何もかもお見通しか。
「慰めどうも。」
「レーダーに反応、場所はすぐそばです」
「初仕事の為にもさっさと終わらせるぞ」
「おまかせください」
さて、最後の仕上げと行きますか。




