17.宙賊との戦いを開始して
「マスターそろそろ予定宙域に到着します」
アリスの声にハッと我に返り顔を上げると、目の前のモニターには真っ黒い宇宙に茶色い帯のようなものが一本走っているのが映っていた。
あれが小惑星群、思った以上に大きいな。
あれを避けて飛ぶこともできるけど、その分時間をロスするので今回はあそこにそのまま突っ込む。
それが出来るのも俺達みたいな小型船だからこそ、加えてアリスというアーティファクトヒューマノイドが操縦するからこそできる芸当だ。
「了解、イブさんは?」
「先に銃座へ向かわれました、迎撃準備万端です」
「なんだかんだやる気だなぁ」
「マスターに助けてもらった恩返しがしたいんじゃないんでしょうか」
「そういうの別に良いのに」
「ではマスターが同じ立場だったらどうします?」
それを言われると何も言い返せないんだが、別に恩返しをしてほしくて助けたわけじゃないし、実際こうやって大事な役目を買って出てくれているので、俺からすれば何の文句もない。
航路は小惑星群のど真ん中を突っ込むように表示されており、近づくにつれ帯が大きくなってくる。
「よくよく考えればあの距離で肉眼で確認できるんだからそりゃ範囲も広いか」
「今理解されたんですか?」
「仕方ないだろ、宇宙なんて上ったことないんだから」
「そういうのをごまかさずに言えるのがマスターのいい所ですね」
「もう35だぞ?この年になって褒められてもうれしくないって・・・きたか?」
「はい、怪しげな機影を確認。間違いなく宙賊でしょう」
小惑星群に紛れるようにして動く点がモニターに表示される。
その数4、規模はまだわからないようだ。
「どうする?」
「今回も向こうからコンタクトがあると思いますのでお任せします」
「任せるって・・・どうなっても知らないからな」
「その辺は年の功で何とかしてください」
「素直に喜ばなかったこと怒ってるのか?」
「わかっているなら素直になることをお勧めします」
うーむ、まさかこんなことで機嫌を損ねるとはおもってもみなかった。
いや、35にもなって褒められることなんてまずないし、そんな素直に言われ慣れてもいない。
その代償が宙賊との交渉だなんて、気が重い話だ。
「コンタクトきました。どう転んでも我々は突き進むのみです、あとはお好きなように。」
「了解」
しばらくすると四機のうちの一機が高速でこちらに向かってきた。
表示されたのは小型のバトルシップ、武装は前と同じくレーザーのみか。
「よぉ兄弟、この先のコロニーに向かってるのか?」
「そんなところだ」
「ここを突っ切ろうなんて随分と急いでいるんだな、もしよかったら俺達しか知らない抜け道があるんだが案内してやろうか」
モニターに表示されたのは顎髭を生やした小汚いオッサン。
いや、俺もオッサンだけど身だしなみにはまだ気を付けているつもりだ。
案内する気なんて更々ないのによくまぁあんなことが言えるよなぁ。
「生憎とこっちには優秀なオペレーターがいるんで問題ない」
「そう冷たいこと言うなよ兄弟、安くしとくぜ」
「いくらだ?」
「そうだな・・・積み荷の半分とそこに映ってる可愛いオペレーターでいいぞ。それでそっちは依頼を達成、向こうでまた可愛い子を雇えばいいじゃないか」
「なるほど、その手もあるのか」
もちろん冗談ではあるけれど俺の回答に男がニヤニヤとした表情を見せる。
いや、いくら自分の身を守るためだからって仲間を売ったりしないだろ普通は。
「へへ、よくわかってんじゃねぇか。そういう頭のいい奴は嫌いじゃないぜ」
「そりゃどうも。で、案内した後はどうするんだ?」
「うちは先払いでね、後ろに仲間が控えてるからそっちに渡してくれ。なに、俺達は優しいから代金を受け取ったからって約束を反故にすることはしねぇよ」
「仲間?」
「あぁ、正直なところもう一人ぐらいいてもらうほうが助かるんだよな。うちのは乱暴だからすぐに壊すんだ」
モニターにアリスが映ってるっていうのによくまぁこんな下品なことを言えるもんだ。
別に俺も童貞じゃないしそういう話題が嫌いなわけじゃないけれど、ここまで女性の前で露骨に言うのはどうかと思うぞ。
ギラギラとした目でアリスの方を見ては露骨に舌なめずりをするオッサン、いい年して何やってんだか。
「それじゃあ交渉成立でいいな?」
「生憎とお断りだ。俺達も忙しいんでね、仲間と一緒にさっさとどこかに行ってくれ」
「なんだって?」
「何度も言わせるな、そんな臭そうな船にうちの大事なオペレーターを渡すわけないだろこのクソ野郎。大人しく風呂にでも入ってその汚らしい髭を剃ったら母ちゃんの乳でも吸わせてもらっとけ」
「この、言わせておけば!ぶっ殺してやる!」
交渉決裂。
モニター画面が急に真っ黒になり、通信が一方的に切られた。
もとより交渉などする予定はなかったけれど、話の流れでぶちキレさせてしまったがまぁいいだろう。
どうせ結末は同じだ。
「最後のセリフ、中々素敵でした」
「昔見た映画の受け売りだけどな」
「19年前の『宙賊と呼ばれた男』ですね。そこにうちの大事なオペレーターというアレンジはなかったと思いますがマスターの気持ちだと受け取っておきます」
「そういう事にしておいてくれ」
アリスにかかれば十数年前の映画のセリフなど速攻で検索できる、ネタ晴らしをされるのはアレだけど気になったことをすぐ教えてもらえるのは非常にありがたい。
最近年のせいかすぐ物の名前を忘れるんだよなぁ。
「宙賊、まっすぐ向かってきます」
「どうする?」
「牙を向けられたのなら牙を剥け、でしたよね?」
「年数は忘れたが『荒野の獣』のセリフだったな、向こうがその気ならこっちもそれにビビる必要はない。とはいえ銃座の場所から考えると正面への攻撃は・・・」
「問題ありません」
「みたいだな」
尋ねた途端に船内にアラートが響きカーゴ方向から振動が聞こえてくる。
そもそもこいつはショップシップ、銃座なんて言う迎撃兵器を持ち合わせていないはずなのだが設置するとしたらあそこしかスペースはない。
昔と違って実弾兵器を用いないのでエネルギーさえあればレーザーを発射できる分省スペース化されたとはいうものの、それでも人一人が入れるスペースとなると中々だと思うんだが、その辺がよくわからんなぁ。
「銃座の反転完了。こちらコックピット、イブさん聞こえますか?」
「聞こえます!」
「交渉は決裂、これより戦闘に入ります。現在正面モニターに敵座標を提示していますのでそちらを使って迎撃をお願いします。シールド機能を有していますので相手の攻撃はさほど問題ないのでどうぞご安心を」
傭兵ギルドで見せてもらった迎撃スキルがいよいよ実戦で花開く時が来たようだ。
上位ランカーに匹敵する射撃能力、それを一体どこで獲得したかについてはさておき迎撃手段があるのとないのとでは大きな差がある。
「エネルギー接続完了、レーザーシステムオンライン。イブさんいつでもどうぞ」
「敵座標確認、これより迎撃開始します!」
僅かな振動の後、モニターが白く輝き一条の白い光が宇宙空間を切り裂いた。




