14.初仕事を依頼されてみて
「マスター!」
どたばたという足音の後勢いよく扉が開かれ、慌てた表情のアリスとイブさんが部屋に飛び込んできた。
ここは傭兵ギルド内の一室、応接用のテーブルに腰かけエドガーさんと打ち合わせをしていたのだがそこまで急ぎで来いとは言ってないんだけどなぁ。
しかし、あれだなアリスがここまで慌てるのを見るのは初めてかもしれない。
まだ出会って数日、その短い期間の中で常に冷静で落ち着いた感じだったのはヒューマノイドだからだと思っていたんだけど、こういう表情もできるのか。
「お、来た来た」
「コロニーに来てわずか一日、一体どんな悪さをしてご厄介になったんですか?」
「人聞きの悪いことを言うなっての、俺は仕事の依頼を受けてここに来ただけだ。ちゃんと傭兵ギルドにいるって送っただろ?」
「あれだけ見たら何かしでかしたとしか思えません、次回からはもっと詳しく内容を書いてください。」
今度はぷりぷりと怒った顔で睨みつけられてしまった。
確かに傭兵ギルドにいるから来てくれとしか書かなかったのは俺だけど、別に悪いことをしたわけじゃないんだしそこまで目くじらを立てられることだろうか。
「そんなに怒らんでも」
「でもアリスさん本当に心配されて、荷物を置いて飛んできたんですよ」
「そうなのか?」
「元々かなりの量になったので頼むつもりでしたから慌てたわけじゃありません」
「悪かったな」
「別に、謝らなくても結構です」
「あー、見せつけてくれるのは結構だがそういうのは自分の船でやってもらえるか?こっちは仕事を頼んでいるんだ」
俺達のやり取りにエドガーが辟易とした感じの顔をする。
その言葉にアリスもいつもの感じに戻ったのかそのまま俺の横に静かに座り、イブさんはというとまるで護衛のように何故かソファーの後ろ側で立つことにしたようだ。
まぁ出会って二日の相手、しかもこんなオッサンの横に座りたくないよなぁ。
「悪い、ちょうどうちの先生が来たんでもう一度説明を頼めるか?」
「先生?まぁいい、とりあえずお前らに頼みたいのは荷物の輸送だ。緊急の依頼が入ったんだが生憎まともな船は全部で払っていて頼めるのがお前らしかなくてな。本来ギルド登録をしていないような相手に頼むことはしないんだが、例の宙賊を倒したお前達なら任せられると俺が判断した。この意味が分かるな?」
「つまり自分の顔に泥を塗るな、そういいたいんですね」
「流石先生よくお分かりで。別に非合法な物を運んでくれっていう依頼じゃない、迅速かつ確実に二つ先のコロニーで待つ貴族に薬を運んでもらう、それだけだ。報酬は50万ヴェロスそれと燃料費なんかの実費も出そう」
「運ぶだけでそれってすごいですよね?」
「まぁ運ぶだけならそうだな」
イブさんが言うように、運ぶだけで退職金の五倍の報酬を得られるんだったら大盤振る舞いもいいところだ。
おそらく特別報酬とかそういうのが含まれているからだろうけど、その中には別の理由も含まれているはず、素人の俺でもそれぐらいはすぐに気づくぞ。
「どこを通る二つ先のコロニーか先に場所の提示をお願いします。場所によっては追加報酬をいただいてもお断りいたします」
「まぁそうなるよな」
「私たちは傭兵ではなくただの輸送業者です。出来るだけ危険を避け、安全かつ確実に航海することを基本としています」
「とはいえ宙賊を倒せる実力はある。じゃなかったらあいつらの船をあんな綺麗に捕縛することは不可能だし、そんな船に乗っといてただの業者ですってのはちょっと無理があるだろ」
「はて、どんな無理があるんでしょう」
「茶番はいい、こっちも急いでるからとりあえず受けるか受けないかを早急に決めてくれ」
しびれを切らしたエドガーさんが机の上にホログラムを投影する。
ど真ん中に表示されている大きいのが今いるコロニー、そこから矢印が伸び始めす少し離れた場所にある小惑星群を越えた先にあるコロニーでそれが止まった。
距離にするとそこまで離れてはいない感じ、問題は真ん中の小惑星群なんだろう。
迂回すればかなり時間がかかり直進するには少々厄介な場所、とはいソルアレスのような小型船なら小惑星を避けるぐらい朝飯前なんだが・・・。
「小惑星群の先、そこまで遠くありませんね」
「映像だけならな」
「ですが昨日いただいた宙賊の出没データをここに当てはめると・・・」
「あ!一番出没が多い場所です!」
「つまり傭兵でもないただの業者を捕まえ高額な報酬を餌に無理やり危険な場所に突っ込ませようとしているわけだ。俺の客だと言いながら中々きつい事させるじゃないか、なぁエドガーさん」
俺のツッコミを聞いても表情一つ変えずただ無言でこちらを睨みつけてくる。
ぶっちゃけるとこんな依頼受ける必要はない。
アリスの言うように俺達は輸送業をやろうっていう業者で、宙賊相手にドンパチするような傭兵じゃない。
いくら物を運ぶだけの依頼とはいえあいつらの巣に飛び込んで無事でいられる保証はどこにもないだろう。
それを理解したうえで俺達に依頼を出しているのは何も殺そうとしているわけじゃない、それはわかるんだが会って一日の相手に出すような依頼じゃないよな風に考えて。
「基本報酬は50万のままで結構です、ただし成功報酬として別途20万加えて宙賊の討伐報酬を三割引き上げてください、其れで引き受けましょう」
「おい、アリス!」
「三割は暴利じゃないか?」
「私たちはただの輸送業者です、宙賊を倒すのが目的ではありませんからおまけのようなもの。ただそれぐらいのご褒美がないとこんな危険な場所に飛び込むようなことはできません。それと、先方コロニーから追加物資の要請もありますよね?私たちが責任を持って搬入しますのでそちらのリストを開示してください、本来これが私たちの仕事ですので」
「ったく、頼む相手を間違えたか」
「安心してください、あなたの素敵な顔を泥で汚すようなことはしませんから」
そういいながら最高の笑顔を向けるアリス。
追加報酬をもらってもやらないみたいなことを言っていたのにいったいどういう風の吹き回しだろうか。
ここで俺が断りを言うこともできるんだけど、彼女なりに何か策があって引き受けているはず。
この前もそうだったし今回も大丈夫・・・のはずだ。
書類を作る、そう言ってエドガーが部屋を出ていくのを確認してからその真意を確かめることにした。
「アリス、いったいどういうつもりだ?」
「どうもこうも仕事の依頼を受けただけです。内容は物資不足のコロニーへの必要物資の搬入。仕入れはこちらで行い言い値で向こうで売る最高のお仕事です。更に、カーゴを圧迫しない小さな薬を運べば追加で70万ヴェロスも貰えるんですからやらない理由はないでしょう。少々通り道が厄介ですが、出没する宙賊の装備情報を考えればソルアレスで十分対処が可能です。初仕事としては悪くない内容だと思いますよ、マスター」
最後の情報だけを拾えばこうなるのかもしれないけれど、それでも危険なことに変わりはない。
俺はただ自由に宇宙を旅したいだけで別に危険に飛び込みたいわけじゃないんだが・・・。
「はぁ、成功すればそれなりの儲けになるし貴族にも顔を売れるそういいたいんだろ?」
「ふふ、出来のいい生徒は好きですよ。今後ここで仕事をするにあたって貴族に顔を売れるのは非常にプラスになるでしょう。確かあそこにはこの宙域を治める貴族の別宅があったはず、そこの奥様が病気だと記録がありますので十中八九その薬です。命の危険も顧みず家族を助ける為に薬を運んでくれた、最高のパフォーマンスだと思いませんか?」
「お前、楽しんでるだろ」
「はて、何のことでしょう」
そんなすっとぼけた顔をしても意味無いからな。
まったくどれだけ表情豊かなんだよこのヒューマノイドは、ここまでくるとアーティファクトだからなんて言葉じゃすまされないぞ。
「絶対に大丈夫なんだよな?」
「今まで大丈夫じゃなかったことがありましたか?」
「悪いが最初に一回やらかしてるから」
「でも何とかなりましたよね?」
「あれを何とかなったって言っていいのかだけどな。なんにせよ軍資金はいるわけだし、大丈夫ならやらない理由はないか」
もうやる方向で動き出している。
とんだ初仕事になりそうだが、輸送業者としての実績づくりにはもってこい。
仕方ない、覚悟を決めるか。




