118.交渉を重ねて
通信先はまさかのナディア中佐。
幸い音声のみなので向こうの表情などはよくわからないけど、語気からものすごくお怒りなのは伝わってくる。
「お久しぶりですナディア中佐」
「トウマさんですね、どうして映像をつながないんですか?」
「生憎モニターのない船に乗っていまして音声だけでお許しください」
「その声は・・・あの件についてはまだ許した覚えはありませんが」
「その節は大変失礼をいたしました。今回は前回のお詫びも兼ねた素晴らしい情報をお伝えするべく通信をつないだ次第です、必ずやご満足いただけると自負しています」
「・・・いいでしょう自分から謝罪を入れるだけまだましというもの。ですがもし私が納得しなかった場合は、わかっていますね?」
「もちろんです」
なにがわかっているのか俺にはさっぱりわからないんだが?
っていうかいきなり中佐に通信を繋ぐとかいったいどういう神経してるんだ?
アリスが原因とはいえ、宇宙軍を総動員して管理宙域の端までガチで追いかけてくるような人だぞ?
モニターがないのにナディア中佐がものすごく怒っているのが伝わってきて、アリス以外全員の顔が引きつっている。
こいつ、いったい何をやるつもりなんだ?
「早速ですが、中佐は【ゴーストシップ】についてご存じですか?」
「聞いたことはありますね。確か工業コロニー周辺に出没するという正体不明の船、のはずです」
「担当宙域じゃないのによく知ってるな」
「軍関係者も被害にあっていますから当然です。カメラにもレーダーにも映らない謎の船、それがどうしましたか?」
「もしその船を宙賊が手に入れたら、どうされますか?」
「質問に質問で返されるのは好きではありませんが・・・そうですね、すぐに対処方法を検討します。幸い肉眼では確認できますから装備を短距離実弾兵器に切替えて狙撃。また、宙賊が量産できるとは思えませんのでその技術を提供している先を洗い出します」
あり得ない仮定でも本当にそうであるように即座に考えられるのがこの人のすごい所、通信のみではあるけれど満足のいく回答に何故かアリスがご満悦な感じだ。
俺が馬鹿だからこうやって知的な部分で満足することが少ないんだろう、そういう意味では中佐は非常に相性のいい相手と言える。
「では他国がこの技術を有している場合は?」
「やることは同じです。攻めてきているのかどうかはわかりませんが、わが軍が不利な状況にならないよう最善を尽くすまでです。技術を研究し、対応策を考え、国民と部下を守る。それが私の仕事です」
「完璧な回答ありがとうございます。現状、宙賊も他国もこの技術を手に入れたという話は出ておりません。幸い今は他国との関係も良好ですが、一部の弱小国家とは紛争状態が続いていますね」
「あれを国家と呼んでいいかは甚だ疑問ですが、否定はしません」
「現状は問題なくとも一年後二年後になれば話は別、もしそこがゴーストシップを手に入れた場合戦況は大きく変わってくるでしょう。その時、国民と部下を守るための方法を私達が持っているとしたら中佐はどうされますか?」
通信越しなのに明らかに雰囲気が変わるのがわかる。
頼むからあの人をこれ以上挑発しないでくれ、マジでお尋ね者になるぞ?
ただのんびりと旅をしていきたいだけなのに軍に追われるとかマジで勘弁してほしい。
「つまりその情報を流すからこの間の件を無かった事にしろと?」
「あくまでも仮定の話です。国民を守るために中佐はどこまでされるのかが知りたいんです」
「仮に私が納得のいく回答を出さなければその技術を他国に流出させるというのなら、生きてこの国を出られるとは思わないことです」
「あー、俺達は別にそこまで・・・」
「マスターは黙っていてください」
「そうです、これは彼女と私の戦いです。部外者は黙っていてください」
「・・・ういっす」
なんで俺が怒られるんだろうか。
イブさんとローラさんの方を見ると、二人は黙って左右に首を振るだけ。
俺達はただ事の成り行きを見守るしかないようだ。
「それで、どこまでできますか?」
「そうですね・・・軍を上げて敵軍の侵攻を進行を阻止している間に対処法を考えます。軍だけで解決できないのであれば民間の有識者にも助力を頼み軍民総出で解決するでしょう。もちろん貴方達にも参加してもらいますよ、私のネットワークに侵入する技術を使わない理由はありませんからね」
「つまり軍だけでは解決しないと?」
「出来るならとっくにしています、でもそれが出来ないからこそ助力を頼むのです。非常時に軍だけにこだわるなんて愚の骨頂、仮にその技術ができたのであれば即座に公表し全国民と共有することをお約束します」
「独占すればものすごい金額が手に入りますが?」
「お金が欲しくて軍にいるわけではありません。それに、お金には困っていませんから」
画面に映っていないのにナディア中佐がニヤリと笑った、そんな気がした。
この人はその場しのぎでこんなことを言っているんじゃない、もしそうなったら本気で今言ったことを実行するだろう。
短い付き合いだがそれだけの決断力と実行力のある人だと思っている。
だからこそその人を敵に回したくはないんだ。
「そう仰ってくださると思っていました」
「納得いく回答になったでしょうか」
「もちろんです。お気づきの通り、私達はゴーストシップに関する情報とその解決方法を有しています。しかしながらこれを実行するにはかなりのお金、そして権力が必要になります」
「つまりその二つを兼ね備えている私に情報を渡してお金を引き出そう、そういうわけですね?」
「もちろんいただけるのであれば頂戴しますが、それよりも事態は急を有すると思っています」
ん?
確か前は技術の単一化による弊害を知らしめるために飛ばしているのであって、危険はないみたいなこと言ってなかったか?
にもかかわらず今は急を要する・・・つまり危険があると言っているわけで。
もしかするとネットワークから何か見つけたのかもしれないけれど、明らかにやばい案件っていう感じになってるんだが?
「ふむ・・・。この件、他の人には?」
「まだ誰にも」
「いいでしょう、この前の件を忘れるに足る内容かは私が直接そちらに伺って判断します。今度は逃げないでくださいね?」
「逃げるだなんて、首を長くしてお待ちしています」
「という事ですので、皆さんまたお会いしましょう」
そういうと一方的に通信が切られた。
なんだかよくわからないがとりあえず話は丸く収まったらしい。
相変わらず頭のいい人間同士の会話にはさっぱりついていけないんだが。
「無事中佐の怒りは収まったのか?」
「恐らくは」
「あの、結局どういう事なんでしょう。話を聞いていてもちんぷんかんぷんで・・・」
「要はあの技術を悪用されても対処できるように軍へ技術協力するという約束を取り付けたんです。これにより報酬が出るかはわかりませんが、少なくとも軍がゴーストシップに悩まされるという事態は回避できるでしょう」
頭の上にクエスチョンマークを浮かべるイブさんの為にアリスが優しく説明をする。
俺が聞いたらこんな風に教えてくれなかったんだろうけど・・・よくまぁ今の話でそこまでの約束を取り付けられたもんだ。
「アリスはゴーストシップの技術がいずれ軍事転用されると思ってるんだな」
「むしろされないはずがありません。あれだけ有用性をアピールしたのであれば必ずよからぬ連中が手を出します。向こうはドヤ顔で第二のゴーストシップを作り、それを使って脅しをかけてくる。軍以外は対処方を知らないわけですから多少の被害は出るでしょうけど、向こうがそれに味を占めて大胆に動き出したところへ・・・」
「軍が現れてそいつらを一網打尽にすると。それなら尚の事被害が出る前に対処法を広く周知させるべきだと思うんだが」
「それをすると相手が隠れてしまいます。今ゴーストシップを運用している人たちは当初の通り技術の単一化による弊害について広く知らしめたいんでしょうけどそれで終われるはずがないんです。絶対によからぬ連中が手を出しそして技術が流出、結果第二のゴーストシップが悪さを始める。そこであえて解決法を流さないことで彼らは調子に乗り、大きな動きを見せたところで軍によって制圧される。それによりゴーストシップの技術はすごい物じゃなかったという事になり結果沈静化することでしょう。こうなればわざわざ対処法を標準化する必要もありません。技術の単一化による弊害は解消しないことになりますが啓蒙した事実は残ります、少なくとも最初に考えた人たちの願いはかなえられたと言えるのではないでしょうか」
なるほどなぁ。
対処法を広く広めると今よりも規格が複雑化して今後の開発などが非常に複雑になってしまう、それならば問題定義を理解したうえであくまでも技術の単一化にこだわることで不要な投資を減らそうという事か。
よくまぁそんなこと考えつくよなぁ。
「・・・」
「どうされました?」
「いや、お前って賢いやつだったんだなと思っただけだ」
「実はそうなんです、ですからもっと褒めていいんですよ?」
「それは全部が終わってからな。とりあえず中佐が来るまでには時間がかかるわけだしそろそろ仕事にとりかかろうぜ。難しい話過ぎて頭がパンクしそうだ」
難しい話はこれで終わり。
とりあえず今できることをやって来るべき時を待つとしよう。
ゴーストシップ、ここにきてすぐに聞いた噂がまさかこんな大事になるとはだれが想像できただろうか。
俺はただ船を修理したくてここに来たはずなのになぁ。




