105.ギルドで名前を憶えられて
「ようこそノヴァドッグ輸送ギルドへ、今日はどのようなご用件でしょう」
10人以上同時に手続きができるカウンターなのに自分の番が来るまでに20分は待たされてしまった。
俺がいる受注カウンターの他にも報告カウンターや相談カウンターなど何種類もの場所が別に設けられており、その一つ一つに大勢の職員が対応している。
ロビーにあふれる同業者達、ここはみなおとなしいからまだいいけれどこの規模の傭兵ギルドになったらいったいどんな状態になっているんだろうか。
「コロニーに来たんで挨拶と仕事の確認だ。確か船舶登録が必要なんだよな?」
「ご丁寧にありがとうございます。当ギルドでは登録船舶の大きさに合わせた仕事を提供しています、稀に希望以上の仕事を希望される方もいますが無用なトラブルを避けるためにも規格外の仕事はお受けできませんのでご注意ください」
「なるほど。アリス、データを頼む」
「こちらが登録船舶です」
「おや?これはゼルファス・インダストリーの登録になっていますね」
「修繕を頼んでいるからその間貸し出してもらっているんだ」
「そういう事でしたか。ですが念のため先方に確認いたしますので少々お待ちください」
目のぱっちりとしたボブヘアーの受付嬢がハキハキとした感じでコンソールを叩いている。
如何にもベテランという感じ、受付嬢と言えば美人な感じを思い浮かべるけれどてきぱきとした仕事ぶりにディジーの事を思い出してしまった。
ずいぶん遠くまで来てしまったが元気にしているだろうか。
「お待たせいたしました。ゼルファス・インダストリー社より貸与されている船で間違いありません。登録は中型船、今後はそのサイズに合わせた依頼を提供させていただきます。ギルド登録をしますのでインプラントをスキャンさせていただきます、腕をこちらへ」
「これでいけるか?」
「はい、確認できま・・・えぇ!?」
カウンター上のインプラントスキャナーに手をかざせば輸送ギルドの登録も含めた個人情報がすぐにわかる仕組み、いつものように手をかざしたのだがそれを見た受付嬢が大きな声をだした。
慌てて自分の口を押えて頭を下げる受付嬢、周りの視線が俺に集まりなんとも居心地の悪い気持ちになる。
「大丈夫ですよマスター」
「何がだ?」
「おそらくマスターの登録内容に驚かれているだけですから」
「登録内容って・・・まさか何かしたんじゃないだろうな」
「さすがの私もインプラントデータの改竄が重大な違法であることぐらい理解しています。まぁやろうと思ったらできますけど」
「やるなよ、絶対にやるなよ?」
「それはフリですね?わかりました」
「わかりましたじゃないっての」
インプラント情報の改竄は極刑こそないけれど数十年は宇宙刑務所に服役しなければならないほどの重罪、そもそも改竄するには幾重にも張り巡らされた防壁や認証を通過しなければならないらしいけど、そんなものアリスにかかれば赤子の手をひねるよりも簡単なんだろう。
やらないって言ったことを平気でやるだけに、なんだか不安になってくる。
事実受付嬢は口元に手を当ててフリーズしたままだ。
それを心配してか、近くにいた職員が彼女の後ろからコンソールをのぞき込み、また口元に手を当てて慌てた様子で裏へとかけていく。
なんなんだよ、その反応は。
「お待たせいたしました。お手続きをさせていただきますので、どうぞ奥の通路へお進みください」
「ん?ここでするんじゃないのか?」
「滅相もありません、すぐに参りますのでどうぞ奥へ」
しばらくしてものすごい速度で走ってきたのはキチっとしたスーツに身を包んだ女性職員。
黒髪のロングヘアーをなびかせ更にはシルバーのメガネがなんとも特徴的な感じ。
見た目通り一切隙の無い動作にこちらが恐縮してしまうがとりあえず言われるがまま奥の通路へ移動する。
周りが何事かと俺を見てくるがアリスは特に気にする様子もなく、むしろ当たり前だと言わんばかりの態度で先を歩いていた。
「こちらへどうぞ」
案内されたのはこじんまりとした会議室、ではなく立派な応接室。
偉いさんを案内するのならまだわかるけど来たばっかりの余所者を案内するには聊か豪華すぎないだろうか。
案内されるがままソファーに座ると、すぐに飲み物が運ばれてくる。
これまた高価そうなティーカップに注がれているのは本物の香茶、さっきの店もそうだがここでは本物が当たり前のように出てくるんだな。
「お口に合えばいいのですが」
「本物の香茶なんて出してもらって申し訳ない。今日はただ登録に来ただけだし次からはあのカウンターでも問題ないぞ」
「滅相もありません!ライエル男爵様や宇宙軍のナディア中佐ともお知り合いの方にあのような場所でお手続きをしていただくなど・・・」
「男爵はともかくなんで中佐の名前が出てくるんだ?」
男爵からは困った時には自分の名前を出してくれて構わないと言われているし、実際に客人としての登録もされているのは知っている。
だが中佐とはそこまで親しい仲でもないし、なんなら最後は命を狙われた?わけだから指名手配こそされても知り合いという登録にはならないと思うんだが。
「インプラント情報に何かあったら自分に連絡するようにと書き込まれているからですよ」
「は?そんなのきいてないぞ!」
「逃げられたのがよほど悔しかったんでしょうね、彼女なりの嫌がらせというわけです」
「まったく・・・勘弁してくれよ」
「その他登録も確認させていただきましたが、輸送業だけでなく傭兵としてもご活躍されているようで・・・そんなすごい方に当ギルドを利用していただけるなんて光栄です。申し遅れました、今後トウマ様の専属として対応させていただきますノヴァドッグ輸送ギルド副主任のハルヴェリアと申します。お気軽にハリアとお呼びください」
深々と頭を下げるハリアことハルヴェリアさん。
見た目だけでなく立ち振る舞いもものすごく綺麗でキチっとしたスーツを着こなしながらも、タイトスカート越しに見える健康的な膝にかなりのギャップを感じてしまった。
普通はもっと丸みがあるというか柔らかい印象があるけれど、スポーツか何かをしているのかそこだけちょっとごつごつしているというかなんというか・・・。
「マスター?」
「おっと、失礼。ハリアさんだったか、確かにすごい人と知り合いだけど俺は別に偉くもなんともないから様付けは勘弁してくれ。それと、今後はやっぱり最初のカウンターで手続きしてもらえないか?」
「申し訳ありませんがそれはできません。先のお二人だけでなくゼルファス・インダストリーのオルド様のご友人ともなれば尚の事先程のような粗相があってはなりません。先ほどの職員には厳重注意いたしますのでどうかお許しいただけませんでしょうか」
「許すも何も気にしてないから罰とかそういうの与えないでくれ」
「寛大なお言葉誠にありがとうございます」
なんだろう、こういう対応をされてしまうと偉くなったわけじゃないのに偉くなったような気分になってしまう。
いやいや、俺はただの35過ぎたおっさんで嫁にも逃げられるような男なんだから勘違いしちゃいけない。
落ち着け、落ち着くんだ。
「安心してくださいマスター、そんなに偉くありませんから」
「知ってるっての」
「それならよかったです。ではハリア様、私はトウマ様付きのヒューマノイドでアリスと申します。今後の仕事についていくつか質問したいのですが、このままお時間よろしいでしょうか」
「もちろんです。アリス様ですね、どうぞよろしくお願いいたします」
それからは美人と美女が何やら難しい話をしているのを少しぬるくなった香茶を飲みながら聞く時間だけが過ぎていった。
なんという場違い感。
はぁ、早く終わらないかなぁ。




