102.極秘データを突き付けて
「大変お待たせいたしました」
「すごい資料だな」
「せっかくの大仕事ですからできる限りのことをご提案しようと思いまして」
「それは?」
「弊社のこれまでの修理実績と先ほどお話にありましたマテリアル結合の資料になります。今回はカーゴを含めた複数個所を結合、増設することになりますので参考になればと思いまして」
なるほど、抱えてきたのはすべてそっち系の資料だったのか。
俺を上客と判断し、できる限りの対応をしようと思ってもらえるのは非常にありがたい。
この後、それをどん底にまで叩き落すのが確定しているとはいえいい仕事をしようと思ってくれるのは素直にうれしかった。
「複数個所になるとどうしても強度は落ちると思うが、そこは大丈夫なのか?」
「弊社では戦艦クラスの大きさまで対応しておりますので問題ありません」
「戦艦?それはすごいな」
「普通に結合するだけでは強度に限界がありますが、弊社の特殊技術があればその問題もクリアできます。実際に稼働している戦艦に問題が起きていないことが何よりの証拠かと」
「確かに、とはいえそれだけの技術を使うとなるとかなり高くつくよな」
ただ穴の開いた場所を補修する程度であれば修理代なんてたかが知れている。
だが、今回はそういうのではなく根本的な部分からの改造になるので費用はその五倍場合によっては十倍になってもおかしくはない。
「それはまぁ、そうなります」
「結局いくらになりそうだ?」
「まず諸々の修理・改善費用が値引き前で3200万、そこからまずコンテナ回収のお礼としまして300万とお持ち込みいただいた船の買取額が450万、さらにそこから弊社を気に入っていただけると期待しまして250万お値引きしてズバリ2200万ヴェイルで如何でしょう」
まぁ予想通りと言えば予想通りか。
かなりオプションを盛り込んだことで修繕のはずが新造船を買えてしまうぐらいの値段になっている。
女性陣たっての希望でシャワールームを増設、さらにカーゴを今の二倍にしそれに合わせてエンジンを増強。
その他諸々の改造を加えていくとこんなもんだろう。
ぶっちゃけた話ソルアレスの自己進化プログラムがあればこんなお金かけなくても増設は可能、だが何もないところから物質を生み出すことはできないので最低限の材料を船の形として結合させる必要はある。
言い換えればそれさえすればシャワールームだなんだってのをマテリアル結合を利用しなくても準備することができる。
それこそがソルアレスの能力であり誇るべき部分、とはいえあくまでも今は修理の話だ。
定価で資材を買えばこんなもん、そこに今の値引きを含めれば現在の財力で十分支払える範疇ではあるけれど・・・。
「そこまで値引きしてもらって非常にありがたいんだが・・・やっぱり高いな」
「金額としてはこれが弊社の精一杯、しかしながらそれに見合う出来は保証いたします」
「んー、アリスどう思う?」
「そうですね、お話を聞いていましたが総額に関してはそのぐらいかと。値引きに関しては多少頑張ってくださったようですが、船の買取額は少々お安めですね。そこにコンテナを運んだ報酬も含めると・・・まぁ1000万というところでしょうか」
「1000万!?いったいどういう・・・」
「開発コードNX-9、機体名ジェイド。この名前に聞き覚えは?」
「それは!」
あの無人機の正式名称がズバリこれ、いきなりとんでもないことを言われたと思ったら更に想像もしていなかった船の名前が出てきたことでエドさんの動きがぴたりと止まってしまった。
さぁ、ここからがアリスのターン。
俺がテンション高くしゃべりすぎたせいで本人のやる気も一気に上がり、早く話を切り上げろとインカムごしに何度も怒鳴らていた。
元々交渉は戦場だと言い切ってしまうぐらいに本人のやる気がすごいだけに、やりすぎないように注意しないと大変なことになりそうだ。
「御社のコンテナの中身なんですから知らないはずありませんよね?ただのコンテナを運んで300万ももらえるなんて普通に考えればおかしな話、船の値引きに混ぜて色々とごまかそうとしてもそうはいきません。あのようなものが世に出てしまったらどうなるか、その意味をご理解されていますか?」
「もしや中身を?」
「例え御社の極秘機体だとしても宇宙空間で発見した拾得物に関しては発見者に所有権が移ります。中身を確認するのは当然かと」
「ですがあのコンテナには厳重なセキュリティロックがされていたはず、まさかそれを?」
「ここにジェイドの実戦データがあることが答えです。ちょうどいいところに宙賊がいましたので彼らには的になっていただきましたが・・・実際に動かしたところ『流石にやりすぎ』というのが率直な感想です。どのような事情があってあれを廃棄しようとしたかは存じませんが、あのような危険な物をそのまま放置するというのは普通では考えられません。あまつさえ宙賊の手に渡ろうものなら・・・これは想像に容易いかと。安心安全実用的、多くのユーザーから絶大なる信頼を得るゼルファス・インダストリーがこのような危険な兵器を製造していることが世に広まってしまったら、世間はどう思うでしょう」
背中に目がついていないので直接確認することはできないが、さぞいい笑顔を浮かべていることだろう。
七割方脅迫みたいになっているけれど、あくまでもこちらは提案レベル。
『この落とし前をどうつけてくれるんだ?』
大昔のホロムービーでよく聞くセリフだが、まさにそんな感じだ。
世間に出せないようなものを開発、販売こそしていないもののそれをそのまま廃棄もしくは放棄していたというのは非常に由々しき事態。
そんな状況ではあるけれど俺達も鬼じゃないので1000万まで値引きしてくれるのならデータをすべて無かった事にしようと持ち掛けているわけだ。
さっきまでのテンションはどこへやら完全にフリーズしてしまったエドさん。
まぁそうだよな、普通に考えてこの人だけで片付けられるようなレベルじゃないもんなぁ。
「ちょ、ちょっと上に繋いでもよろしいでしょうか」
「それは構いませんが先程のが精いっぱいの値引きなのでは?」
「それはそうなのですが・・・」
「アリス」
「失礼しました、それでは話の分かる方をお呼びください。我々は別に脅しに来たのではありませんそこはお間違え無いようにお願いします」
口ではそういうけれど、明らかに脅してるよな。
慌てた様子で再び応接を飛び出していくエドさん、静寂が戻った応接室にイブさんとローラさんのため息が重なった。
「緊張してるのか?」
「緊張しますよ、むしろなんでトウマさんは大丈夫なんですか?」
「なんでって言われてもなぁ。あぁいう人とは前々から話をしてきたし、むしろこっちの話を聞いてくれるだけありがたい」
「マスターは修羅場を潜り抜けてきた猛者ですからこのぐらいどうってことありません。おそらく次に来るであろう方ともしっかりと話をされるでしょう」
「勝手にハードル上げるなよ」
「ここを乗り越えれば修理代を大幅に抑え込むことが可能です、頑張ってください」
頑張ってくれって言われてもここでの主導権はあくまでもアリス、俺はその補佐役に過ぎない。
3200万が1000万になるか、はたまた1500万になるか。
この後にやってくる人はいったいどんな人なんだろうか。




