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1.職も家族も失って

「お前、明日から仕事来なくていいから」


 突然の解雇通達。


 いつものように出勤して作業着に着替え、仲間と共に宇宙船の清掃に汗を流して戻ってきた瞬間の言葉に最初は理解が追い付かなかったが、仲間の反応と机の上に無造作に置かれた私物の山を見てすべてを察してしまった。


 あ、そういう事か。


 知らなかったのは俺だけで回りは全部知ったうえで仕事をしていたのか。


 なんとなくいつもと違う雰囲気に違和感を感じていたのだが、それが全てつながった。


「・・・あ、はい」


「給与と退職金は明日振り込むから、さっさと帰ってくれ」


「今までお世話になりました」


「お前みたいなやつに退職金を支払うなんて普通はあり得ないんだが、前社長に感謝しろよ」


 吐き捨てるようなセリフを背中で聞きながらデスクの上に置かれた荷物を手に会社を後にする。


 ここに努めて15年。


 うちの親と社長が仲良いこともありその縁でこの会社に入社したが、昨年社長が亡くなり息子に代わってから俺への対応が一気に悪くなったように感じていた。


 元々父親と仲が良くなかったこともありその関係者に対していい顔をしなかったってのもあるけれど、まさかここまで強硬な手段に出るとは。


 幸い退職金は支払われるみたいだから次の仕事が見つかるまでは何とかなるはず、問題は妻になんて説明するかだ。


 結婚して7年、最近は会話もないしどことなくよそよそしい雰囲気があったけどしっかり話をするにはいい機会かもしれない。


 35歳。


 世間的に言えばそろそろ中堅、傭兵や戦闘機乗りからすればベテランの域に達する年齢のはずだがまさかこの歳で無職になるなんてなぁ。


 いつもなら報告書だなんだと夜遅くまで仕事して家に帰るのでこんなに明るい時間に帰るなんて一体いつぶりだろう。


 そうだ、たまには妻に美味いものでも買って帰るか。


 仕事はクビになったけど自由な時間は増えたわけだし、この機に前から行きたいって言ってたアリュマー星域に足を伸ばして温泉に入るってのも悪くない。


 確かターミナルから直行便が出ていたはず、そうだそれがいい。


 自由のない日々におさらば出来たわけだし、これからはもっと自分の時間を大切にしないとな。


 人生一度きり、広い宇宙広がっているのにこんなちっぽけなコロニーで死ぬまで暮らすなんて勿体無い。


 今までならできなかった夢物語を思い浮かべながらいつもよりも明るい気持ちで自宅の戸を開けたはずが、目の前には信じられない光景が広がっていた。


「って、なんだよ、これ」


 今どき珍しい合成機を使わない本物のケーキを手土産に家に戻った俺を待っていたのは真っ暗な空っぽの部屋だった。


 そこにいるはずの妻の姿はなく、なんなら家具家財何一つ残っていない。


 信じられない光景に思わず手に持っていたケーキの箱が床に落ち、箱が開いて中身が溢れる。


 その時だ。


 ポケットに入れていたタブレットから音が鳴り、慌ててそれを確認する。


 おそらく俺が帰宅すると同時に送信されるようプログラムされていたんだろう、タブレット上にホログラムで投影された妻の口から放たれたのは温かい【おかえり】の言葉ではなく別れの言葉。


 それと離婚届の電子署名が添付されていた。


 メッセージが終わっても再びホログラムが再生され、妻が同じ言葉を繰り返す。


 俺なりに一生懸命やってきた結婚生活、だが向こうには苦痛でしかなかったようで失った時間を弁償しろとまで言われている。


 家財道具一式はその賠償金のような形で持って行ったんだとか。


 俺個人の物なんてたかが知れているけれど、それがなくなると急にさみしくなってくる。


 今までなんのために頑張ってきたんだろうか。


 っていうか俺の人生一体なんだったんだろう。


 仕事を失い、さらには嫁まで同じ日々いなくなってしまった。


「俺が一体何をしたんだ?」


 確かにコロニーの中でもボロい部類に入るアパートだけど、トイレも風呂もちゃんと別だしターミナルだってそんなに離れていない。


 誕生日には妻の欲しい物を買ってあげたし、なんなら普段から欲しい物は工面してでも準備していた


 そういえば最近普段着ないような服とかアクセサリーが増えていたような・・・。


 今思えばこの準備だったのかもしれない。


 その違和感に事前に気づいて聞いておけばもしかすると何かが変わったのかもしれないけれど、いまさら言ってももう遅い。


『貴方は私と生活しているようで何も見ていなかったのね』


 ホログラムの妻がそんな言葉を発している。


 確かに俺は何も見ていなかったのかもしれない。


 その日は何もする気が無くなり、喪失感に打ちひしがれながら部屋の隅で一人眠るのだった。



「は?親父が、死んだ?」


 翌朝。


 突然なりだしたタブレットの呼び出し音に終わてて端末を確認すると、かかってきたのは知らない番号。


 もしかすると妻かもしれないと期待した自分を情けなく思いながらそれを受けると、聞かされたのは昨日以上に衝撃的な内容だった。


 ホログラムに映し出されたスーツ姿の男は親父に依頼された相続管理人で、死後諸々の手続きが終わってから俺に連絡するようにと契約を結んでいたようだ。


 遺体はすでに火葬され、本人の希望通り宇宙空間に撒かれたんだとか。


 わざわざ自分からスペースデブリになんてならなくたっていいのに、連日の衝撃的な内容にそんなバカなことを考えてしまう。


 僅か24時間の間に仕事も妻も最後の肉親さえも失うなんて。


 いや、親父はとっくの前に亡くなっていたみたいだけどそれでもそれを知るにはあまりにも間隔が短すぎる。


 あまりの情報量の多さに脳がパンクしそうだ。


「大丈夫ですか?」


「大丈夫ではないですね」


「心中お察ししますが、私共も仕事でして。ご本人様との契約により資産も含めすべて清算させていただきました。幸い借金はなく、残された貯金は私共への支払いと名義変更手数料に当てさせていただいております」


 何が心中お察ししますだ。


 そっちは親が死んだだけと思っているかもしれないが、こっちは仕事を失い更には妻にまで逃げられたんだぞ。


 その三つを同時に味わう俺の気持ちなんて誰が分かるっていうんだ!


 って、名義?


「名義変更?」


「故人様が経営されておりました探索船を利用したお店です。ご存じですよね?」


「あぁ、あのおんぼろ・・・まだやってたのか。」


「船の名義変更はすべて完了、本年度の所有税に関しては支払い済みですが次回のメンテナンス期限は半年後となっておりますのでご注意ください。それと、船内の物はすべて息子様にお譲りすると伺っておりましたのでそちらに関しては一切手を触れておりません。廃棄物処分料などはすべてそちらで負担していただきますのでご容赦ください。以上が故人様からの伝達事項になります。最後にメッセージをお預かりしておりますので転送いたします。それではこの度はご利用ありがとうございました。」


 社交辞令的な感じで男が頭を下げると同時にホログラムは終了。


 代わりにメッセージが送られてくる。


 この時代に文字だけという何ともアナログな感じ、親父らしいといえば親父らしいがせめて死ぬ前に顔を見ておけばよかったといまさらながらに後悔してももう遅い。


 おそらく連絡を貰っても仕事で忙しいとか言って断ってただろうしな。


 全ては自分の責任だ。


 何とも言えない感情を抱えながらメッセージを開封。


 空中に投影された文章は何とも短いものだった。

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