第99話 敵陣(4)不歓迎
「挨拶を無視ね。ま、俺が不法侵入してる訳だしな。それも仕方ないか…てか、思ったより人が少ないな。逃げたのか?」
幾つもの壁をぶち抜いてようやく辿り着いた管制室は、俺の想像以上にハイテクな機械で埋め尽くされていた。
部屋はそれなりに大きく、中央部から後方部にかけては、パソコンがズラリと並んでおり、その脇には電話が備え付けられている。
前方部には巨大なモニターが備え付けてあり、そこには施設内部だけでなく、施設の周囲までが映し出されていた。
そうして俺がキョロキョロと辺りを見渡し、職場見学を楽しんでいると、1人のガタイの良い中年の男が口を開く。
「ここへは何しに来た…鬼灯の首領よ」
「鬼灯の首領か…なるほど、そんな呼ばれ方をしているとは思わなかったな。俺の情報も既に組織内で共有済みって訳か。で、ここへは何しに来ただっけか…そんなの情報を頂戴しに来たに決まってるだろ」
「…やはりそうか。ここを目指してくる時点で、そんな気はしていた」
「そう。で、その様子からして俺の欲する情報は確かにこの場に有ると思って良いんだな。まぁ、部屋の様相的に間違いないとは思っているが」
「そうだな。確かに平時であればここにはあらゆる情報が集まる。だが、残念だな。情報は既に削除済みだ」
言葉の真偽を探ろうにも、このオッサン中々肝が据わってるからか、圧倒的な格上と対峙しているにも関わらず、一切の動揺を見せない。大したものだ。
とはいえ、ここまで来て俺も手ぶらでは帰れないからな。
「へー、そうかい。それは確かに残念だな。だが、せっかくお前らの設置したアトラクションをクリアしてきたんだから、参加賞くらいは貰って行っても良いだろ?」
俺はそう言い、近くのパソコンに刺さったままとなっていたUSBを手に取ってみる。
「それはっ…!」
俺の手にある物を見たオッサンは焦ったように後ろの出口の方向を見る。そこには、プルプルと震え怯えたような様子の局員が数人座り込んでいた。
「ようやく動揺して見せたな。だが、お陰で分かったぞ。パソコンのデータは本当に消していたみたいだが、やはりバックアップはしっかり取ってあったみたいだな。そして、これは…大方、俺が近付いてきた事に、動揺した局員がUSBを抜くのを忘れたんだろう」
「くっ…」
俺の推理が図星だったのかオッサンは悔しげに拳を握る。だが、力の差もよく理解しているみたいで、俺に掛かってくる事はしない。
「良い判断だ。俺なら文字通りお前を一発でミンチに出来る。他の奴等も人肉ハンバーグの種になりたくなかったら大人しくしていろ。そうすれば危害は…多分加えない」
そうして、俺は部屋の中央部に移動し、部屋前方部にある巨大なモニターに繋がっているであろうパソコンを操作する。
言葉に少しの殺気をブレンドした影響か、俺の動きを制限する者は誰もいない。
「へー、こりゃ便利だな。施設内はほぼ死角なしか…」
操作する度に、モニターは施設内の色々な箇所を写していく。それは地上階層に限らず、地下階層、室内、通路まで満遍なく。この様子ならきっと監視カメラが設置されていないのはプライバシーを保護する必要のあるトイレや個室くらいのものだろう。
主要な設備のある場所だけ確認出来れば良いと思っていたが…ここまでカメラを細かに仕掛けてあるとは思わなかったな。これは全てを確認するだけでも、大分時間が掛かるぞ。
だが、事実有るのなら仕方ない。敵陣で状況を細かく把握するにはまたと無い機会だ。ここは全てを見る他ないだろう。
——ピッ
——ピッ
——ピッ
——ピッ
——ピッ
状況を正確に把握する為には膨大な数の画面を確認しなければならないが、だからといってスキルオーブを持ち帰るという最大任務が控えている中、こんな場所でゆっくりしている訳にもいかない為……俺はフラッシュ暗算の如くモニターを瞬時に切り替え、現在の施設内の状況を大まかに把握していく。
「よし、大体の状況把握は終わった…だが、お陰で地下に行く前にちょっと野暮用が出来たな」
ものの5分程で全ての画面を確認し終わると、俺はそれなりに苦労して辿り着いた管制室を後にして、野暮用を片付ける為にその隣の制御室へと入る。
その道中、俺をまるでばい菌のように局員達が避けていたが、単なる親切心だという都合の良い解釈をして、寛大な心で見過ごしてあげた。
「……」
目的を持って制御室にきたものの…複雑な装置ばかりがあり、その目的を果たす為の装置がどれか分からない。
仕方ない。ここは詳しい者に聞くか。
「おい、この施設を外から完全に遮断する方法はあるか」
『………』
俺の質問に、下手に動けば殺される…と迂闊に逃げる事もできず周囲で行き場をなくしていた局員達は沈黙を貫く。
「俺の質問に答えないのは組織への忠誠心か何かか?」
『………』
「よし、チャンスをやるから知っている者は直ぐに答えろ。組織への裏切りはこの際考えなくて良い…考えてもみろ、この施設から出れなくなって困るのは誰だ?俺だろ?…だから、寧ろこれは組織への貢献となる」
『………』
何か裏があると思っているのか、俺の言葉を聞いて尚、懲りずに沈黙を貫く局員達。
「よし、お前らに答える意思がないのはよく分かった。だが、俺は気が短いで地元では有名なんだ。だから、このまま誰も答えないとなると、うっかり誰かを殺しちゃうかもしれないがそれでもいいか?」
『………』
「黙秘権の行使か?だが、残念、ここは今より治外法権だ。この空間においてお前らの権利は一切保証されない。俺こそが法だ」
『………』
流石は国の組織という事だろうか。ここまで脅しても…もとい説得しても震えるばかりで誰1人口を割らない。イエローだったらこの時点で多分20回は漏らしてるというのに面倒ったらない。
だが、俺もこのまま引き下がる訳には行かない。これはモニターを確認して分かった事だが、地下階層の方で何やら怪しい動きをしている奴等が見えた。
まぁ、怪しい…といっても単なる俺の勘でしか無く証拠はないんだけどな。だが、その勘が今この行動を起こさないとこの作戦自体が無駄になりかねないと言っているのだからやっておく他ないだろう。
俺は声に殺気を混ぜながら、最後の警告を始める。
補足すると…これ以上は、流石に待ってやれないから、これでダメなら本当に見せしめに殺すから割とマジの殺気だったりする。
さて、効果はどれほどが。
「そうか。お前らは殺されるより拷問の方がお好みか。それならお前らのリクエストに応えてやるよ。どんなコースがいい。俺のおすすめは殺人ピエロコースだ。あいつは俺が直々に拷問したからな…アイツの首を実際に見たやつならその凄惨さは直ぐに察する事が出来るだろう。首から下は既に処分してしまったから見せてやれないが、首の方は森尾一冴にプレゼントしたから後でどんな顔をしていたか詳細を聞いてみると良い。ま、その時まで生きていたらだけどな……さて、ここまで聞いて諸君はどう思ったかな。出世のチャンスのある質問に答えるか、1秒で人肉ハンバーグの種となり殺されるか、1秒を永遠に感じる程の苦痛を受けた末に死ぬか…どれを選ぶ。強制はしない、好きなのを選べばいい」
『緊急ロックはその赤いボタンです』
「よろしい」
——バンッ
さっきとは打って変わって、声を揃えて俺の質問に即答してくれた局員達に、俺は心の中で感謝を伝えながら教えてもらったボタンを勢い良く押す。
如何にも緊急です…みたいなボタンだったが、その機能は俺が望んでいた通りのものだったみたいで、管制室に戻りモニターを覗いてみると施設を封鎖するように出入り可能な場所全てに頑丈そうなシャッターが降りていた。
「何を企んでいるんだ…」
俺がボタンを押して早々、立ち去ろうと出口に向かうと、始めに声をかけてきたオッサンが再び睨みながら声を掛けてくる。
「言った所でお前に止められるのか?」
「…」
おっと、思いの外、正論パンチがクリーンヒットしてしまったらしい。黙ってしまった。
だが、見ず知らずのおっさんのメンタルケアをしてやる義理も暇も無い為、俺は構わず管制室を後にし、スキルオーブがあるであろう地下階層へと向かう為、通路へと出る。
「っと、大事なことを忘れる所だった」
だが、直ぐにやり残したことがある事に気付き、管制室へと戻る。
そして、入口付近から踏み切って、部屋前方部にある巨大なモニターに向かって飛び蹴りを放つ。
——バキンッ
一瞬でバキバキのモザイク画面となる巨大モニター。
そして、俺は続けてパソコンが置いてある机をちゃぶ台返しの要領でひっくり返しまくる。
「えいっ」
——ガタガタッ
何台もの高そうなパソコンがドミノ倒しのように一斉に床に崩れ落ちる。これは全て買い直しだな。この税金泥棒共め。
「よし、こんなもんか。じゃ、世話になったよ」
そうして、この場でやるべき事を全てやり終えた俺は、最後にその場に残っていた局員達に軽い挨拶を終えると、今度こそスキルオーブのあるであろう地下階層へと向かう。
「ここからは監視カメラで捕捉されると少し面倒そうだからな。縛りプレイはここまでだ」




