第97話 敵陣(2)罠
——ダダダッダダダッダダダッ
「おー、これ結構楽しいな!」
『ッ!?』
俺は、途中で盾と同様拾った銃を乱射し、次から次へとやってくる部隊を牽制しながら、階段を駆け上がる。
上の階層に上がる程、送られてくる人員が増えているような気がするのは、きっと俺の気のせいでは無いだろう。
地図を粗方見た限りでは、地上階よりも地下階の方が主要な施設が揃っているような印象だった。
事実、地上階層には業務を遂行する上で最低限必要な資料室や会議室等といった設備を除けば、食堂をはじめとした局員の仮眠室や来客の宿泊を想定したような最悪無くても困らないような設備ばかりが目立った。
しかし、それは非常事態を想定していれば、当然の帰結なのだろう。地上よりも地下の方が人や物を守るのに適しているのは覆し難い事実だ。
だが、この施設の最上階に位置する管制室…そこだけはその地上階の中でも特別だ。当然、地下よりも安全性に劣る為、スキルオーブこそ無いだろう。だが、そこには随時有りとあらゆる情報が集まる。
故のこの入り口から最も遠い位置と警備の厳重さだ。
とはいえ、俺にも実態は分からない。期待外れの場所の可能性も大いにある。だが、管制室という単語を見れば、どんなことをしている場所なのかは容易に想像がつく。
俺の予想では、能管の組織内部の情報はもちろん全国各地から寄せられるスキルオーブや能力者に関する通報の数々の内容まで…きっと欲している情報の殆どをそこで入手できる。
だから、それを確かめる為に少し寄り道するのは決して悪い選択ではないはずだ。
「ようやく最上階か。にしても調子に乗って少し拝借し過ぎたな。これじゃ無駄に重くて仕方ない」
俺は最上階に向かう道すがら遭遇したダンジョンモンスターもとい武装部隊からドロップした装備品を全てその場に投げ捨てる。
装備を含め、この施設に入って以降、既に至る所をベタベタと触れてしまっているが、その辺は指紋を予め消しといたりと、生体情報を取られないよう事前に色々と対策済みだから問題はない。
「おー、軽くなった軽くなった。やっぱ俺には防具も武器も要らないな。身軽が1番だ……ん?」
そうして俺が、殆ど現代版の弁慶のような格好を解き、身体が軽くなった事を確認するように肩を回していると…管制室へと続く長い通路の先で現在進行形である異変が起こっている事に気がつく。
——ウィーーーーー
それは、アクション映画のワンシーンでよく見る……通路そのものを遮断するような仕掛けだった。
俺は、その仕掛けの存在を認識すると共に、緩む頬をそのままに颯爽と走り出す。
「ははっ、武装部隊が効果なしと分かって、遂に強硬手段へと出たか!罠は期待してたが、まさかこんなにも心踊るアトラクションを用意してくれるとはな!本当至れり尽くせりだな!能管!」
——ウィーーーーー
俺が駆け出してもその仕掛けは容赦なく上から地面へと向かい閉まっていく。気が付くのが遅れた影響でその降下率は既に半分を通り過ぎていた。
目測で距離は約100メートル。通常であれば確実に間に合わない間合い。それは、例え短距離の世界記録保持者であっても変わらず、あの場に到着する頃には到底人が通れるほどの幅は残っていないだろう。
加えて、大変タイミングのよろしい事で、俺が駆け出した途端に、難易度を上げるようにその仕掛けの降下する速度が上がる。
大方、局員達が廊下に備え付けの監視カメラで逐一状況を確認していたのだろう。それで、突破されかねないと思い、慌てて制御室でコントロールした訳だ。
「はっ、上等!」
テンマとの手合わせを除けば、ここまでの力を出す事は滅多に無い。その影響か、余裕をかましている暇は無いというのについ笑みが溢れる。
異なる環境下での能力の行使。それは思いの外、俺を高揚させる。
俺は20メートルを過ぎた時点で、次第に脚に込める力を増やし、加速していく。
そして、80メートルを過ぎ、十分に加速したことを確認すると、サッカーのゴールパフォーマンスのように、膝を折り、上体を背面に反らしながら地面を滑る。
絶えず降下し続ける仕掛けと地面との幅はもう僅か数10センチ。
速度と体勢、その2つの維持をほんの少しでも怠ればこの仕掛けの突破は出来ない。
加えて、チャンスは一回きり…俺はそのスリルを楽しみながら、完璧な体勢でその仕掛けに挑む。
そして…
——サラッ
仕掛けの下を通過する最中、その仕掛けは正に俺の目と鼻の先にまで迫る…だが、緻密なボディコントロールによって速度と体勢を維持した俺は、イメージ通り最後わずかに髪を掠らせるだけで難なくこの障害を突破する。
「ふぅ、中々楽しかったな。結構ギリギリを攻めてスリルも味わえたし、映画で見たことのある場面の再現も出来たしでアトラクションとしては言う事なしだ」
俺は、体勢を立て直すと膝立ちでついた汚れを叩いて落とす。
そして、時間も限られている為、直ぐに視線を再び管制室へと続く通路の先へと遣る。
「……なるほど」
だが、本来であれば視線の先に続いているはずの通路が途中で頑強そうな壁で阻まれ行き止まりとなっている事に遅れて気がつく。
「俺が今し方突破したやつは数ある仕掛けの中の1つって訳か。こりゃ一本取られたな…俺はまんまと閉じ込められたって訳だ」
活路を見出そうと後ろに視線をやるも、そこには当然前方と同じ…俺が今し方突破してきた仕掛けもとい壁がある。扉も何もない完全な密室。
——ガンッ
試しに前方の壁を殴ってみるが、鈍い音を立てるだけでびくともしない。
——ゴンッッ
もう少し強めに殴ってみるも、少し凹む程度で破壊にまでは及ばない。
「んー、殴って壊せない事も無さそうだが、大分時間がかかりそうだな」
殴る内に拳の骨が何度かイカレるかもしれないが、マナの消費は微々たるものだしさしたる問題はない。
だが、見たことのない材質なだけに、どれだけ時間が掛かるのか予測が難しい。今日中にこの作戦を終了させたい俺としては、時間というのは中々にシビアな問題だ。
「さて、どうしたものか。仮にこれの破壊に1時間かかるとして、この先に何枚の壁が立ちはだかるのか。通路の長さからして最低でも3枚はあるだろう…なら……ん?」
俺がそうして今後の動きを逆算して考えていると…不意に両側面の壁がスライドして開き、小さい噴出口のようなものが現れる。
そして…
——シューーーッ
もはやベタと言えばいいのか、思った通りとでも言えばいいのか…そこから白い煙状のガスのようなものが噴出される。
毒なのか、催眠の類のものなのかは分からない…だが、取り敢えず正体不明なものは吸わないに越したことは無いだろうと、俺は咄嗟に安全な空気を大きく吸い込む。
「……」
俺が息を止めたのも束の間、ガスはこの密室空間にあっという間に充満し、視界はまるで雲の中に居るように真っ白となった。
幸い、このガスは毒系のものでは無いのか、目を開けていても痛む事はなく、粘膜を刺激するような心配をする必要はなさそうだ。
加えて、通路に対して正面を向いていた為、視界不良でも方向感覚が狂うような事もない。
「……」
俺は限られた酸素を使い、思考を回して状況を軽く整理する。
毒系統のガスでないのだとしたら、やはりここは催眠ガスと仮定するのが妥当だろう。それならこの場を切り抜ける制限時間は俺の息が続くまでという事になる。
なら、やる事はひとつだな。
そうしてやるべき事を明確にした俺は、即座にそれを行動へと移す。
——ゴンッッ
——ゴンッッ
——ゴンッッ
パワーは全てを解決する。
という訳で俺は、ブレることのない体幹で同じ軌道での攻撃を何度も繰り出す事で、酸素の消費を最小限にしながら壁の突破を図る。
通常、息を長く止め続けるにはリラックスする事が不可欠だ。激しい運動をすれば息は上がり、体は酸素を求めて呼吸を促す。
だが、常人の心肺機能を遥かに凌駕する俺に関してはその常識は当てはまらない。
このペースだとやはり人が通れるほどの大きさにまでするのは当初の予想通り1時間、急いだとしても最短で30分くらいだろうか。
やはりその程度で有ればこのままの運動量を維持したとしても問題なく息は続く。
——ゴンッッ
——ゴンッッ
密閉された空間に鈍い音が響いていくのと同時に、壁の凹みは徐々に…ゆっくりと…着実に大きくなっていく。
そして、辛抱強く続ける事数分。
遂に…
——ズボッ
俺の右腕が分厚い壁を貫通する。
「……」
だが、俺はそれを喜ぶ事は無く、拳部分に感じる確かな違和感に気を取られていた。
本来、腕が壁を貫通したのであれば、向こう側の新鮮な空気を手に感じるはずだ。だが、俺が今感じているのは空気のそれではない。
冷たく、柔らかく、そして指先を動かすと僅かに抵抗を感じる…これは、まるで水に浸かっているような感触だ。
室内の…それも最上階の通路に水?
いやいや、いくら何でもTPOにそぐわないだろ!…と突っ込もうにも指先に伝わる情報は確かに水を示しているし、何より脅威的な侵入者に対する対処としては場面に適してると言える為、迂闊に突っ込めない。
「催眠ガスの次は水責めと来たか…能管も中々エグいことしやがる」
快は、言葉とは裏腹に心底嬉しそうな顔をして、この場を切り抜ける打開策を考える。
現状、俺の腕がこの密室への水の侵入を防ぐ栓の役割を成している。
そして、俺が拳を繰り出した位置から逆算して、壁の向こう側には少なくとも俺の身長以上の水が溜まっている事は確定だ。となれば、必然的に壁の向こう側にもう一つ壁がある事も確定だろう。
幾ら何でも俺1人を沈めて無力化する為だけに、復旧の難しい管制室や制御室のあるこの階層全体を水に浸すというのは考え難いしな。
ここで俺が取れる選択肢はそう多くない。
1つ、力技。
これはメチャクチャに急いでこの壁を破壊し、次の壁も空間全体に水位が上がり切るより前にメチャクチャに急いで破壊するという至って分かりやすくシンプルなもの。
そして、もう1つは裏技。
これは時短、簡単、落胆…という三拍子の揃った正に裏技的な手段だ。デメリットは俺の興が削がれるという一点のみ。
さて、どっちを選ぶか。
まぁ、どっちを選ぶか…なんて、現状を考えればもはや選択肢などあってないようなものなのだがな。
これが1人で作戦を決行していて、時間的に余裕もあって、なおかつ目的がフワッとしたものだったのなら正面突破を選べたのだが……生憎今回は、1人で決行したわけでも、時間的な余裕がある訳でもない。加えて、目的もしっかりしてる訳で…この後の予定もぎっしり詰まっている。
「…仕方ない」
俺は能管の用意してくれたアトラクションもとい罠の正面突破に後ろ髪を引かれながらも、肺に蓄えてある限られた酸素を使い、迅速かつ無駄のない動きで裏技的な手段の行動を取り始める。
——ボシュッ
腕を引き抜くと、小さい噴出口から勢いよく水が溢れる。水圧の強さから隣の空間には既に満タン近い水が入っている事が分かる。
ここからは時間との勝負だ。この俺のいる空間までも水で溢れてしまったら、息はともかく、水中で攻撃の威力が殺され脱出が不可能となる。
「…」
故に、俺はそのある種のジェットバスのようになっている水に構わず、直ぐに進行方向でない側面の壁を思い切り殴りつける。
——バキッ
殴りつけた拳には確かな手応えが残る。そして、その殴りつけた場所を触れて確認してみると僅かにだが亀裂が入っていた。
「やっぱりな」
そこで俺は、予想通り裏技が通用する事を確信する。
恐らく、仕掛けとして頑丈な壁を罠として設置した一方で、側面の壁の方はそこまでの耐久性はないのだろう。というより、進路を妨げる為に設置した罠の壁の方が特別性なのだろう。
現実的に考えて…あの壁の分厚さですべての施設を作り上げていたら、どれだけの費用が掛かるか分かったもんじゃないしな。きっとそれをしていたら倍ぐらい値段が変わってくる。
それなら、素直に真っ直ぐ進むよりも、横から遠回りをするように進めば、断然早く目的地に着く事ができる…急がば回れとは昔の人はよく言ったものだな。
俺は分厚い壁を破った時の要領で殴りつけ続ける。
すると…
——バコンッ
10回くらいで遂に俺の拳が側面の壁をぶち破る。それと、同時に空間が広がった事で辺り一体に充満していた催眠ガスの濃度が薄くなり、視界が晴れてくる。
「はぁ、これでようやく息を吸える。合計10分くらいか?まぁ、終わってみれば丁度いい強度の無酸素運動だったな。今度、鍛錬に取り入れてみるか…」
そうして、俺が10分振りの空気を楽しんでいると、足元に通路の先からどんどん噴射している水が浸水してくる。
「あーあ、これは復旧が大変だな。かわいそうに。まぁ、良い機会だし、施設の見直しに役立ててもらおう。それで、今度は俺が殴っても壊れないくらいにすればいい……で、ここはどこだ」
適当に殴りつけた場所が部屋に繋がっていたのはいいが、正規の手段で入った訳ではないからどんな用途で使われている部屋なのかが分からない。
「会議室っぽいな…なら、多分こっちだ」
俺は、部屋の様相から何と無くの用途を推測し、脳内の地図と照らし合わせ場所を特定する。
そして、そのまま管制室までの最短ルートを導き出すと…
——バコンッ
部屋から部屋へ壁をぶち抜きながら無理やり進路を進める。
そして、それを繰り返すこと数回。
遂に…
——ガッシャーンッ
俺は目的地である管制室の壁を壊すことに成功する。
「ふぅ、重要な場所だからか一際頑丈だったな……」
『……』
「……あ、お邪魔します」
快が遅れてその場にいる局員達に挨拶をするが、数々の耐久テストをクリアして出来た特別性の壁を素手で壊し登場した鬼に、一同は口を開けて迎えることしかできなかった。




