第96話 敵陣(1)迷路
——能管施設内部
「…」
現在、俺は散策中に適当に入った部屋で、黙々と施設内の地図を探していた。
テンマ達がこの光景を見たらスキルオーブを探しに来た筈なのに何故そんな遠回りをしているんだと思うだろう。だが、これも目的達成の為には欠かせない必要な工程なのだ。
というのも、この施設。
控えめに言ってデカ過ぎるのだ。
いや、デカ過ぎるだけならまだいい。問題は利便性よりデザイン性を重視したのかは知らんが、内装の作りが同じ過ぎて自分の現在地すらあやふやとなる事だ。
第一局員との接触後…軽く施設内部を回ってみたものの、はっきり言ってハードモードの迷路を回っているような気分だった。いや、侵入者に対する不親切さで言えばもはやダンジョンと言い換えても良いほどだ。
これでは目的を達成するのにどれだけ時間があっても足りない。という訳で、現在は専ら地図探しに精を出している。
まぁ、別にその辺の局員に優しく道を尋ねれば解決といえば解決なのだが、何処にどんな部屋があるのかというのを一覧として確認できた方が、色々と探りたい俺としては都合が良いと判断した訳だ。
だが、捜索は難航していた。
——ザァーーーッ
この部屋は、空間の殆どを紙媒体が占めている…その為、この通り少しでも空間把握を間違えると紙が雪崩のように地面に散らばるのである。
「……」
俺は、その光景を横目で見届けると、落ちた資料は気にせず踏みつけ、そこらに綺麗に積んである資料を容赦なくひっくり返しながら再び地図の捜索を続ける。
綺麗好きで、整理整頓好きな俺としては、普段であれば中々に見過ごし難い光景だ。
だが、ここはきっと今後2度と立ち入る事のない場所であり、俺とは無関係の場所だ。となれば、効率重視で後片付けの事など俺の知った事ではない。
俺は、侵入者もといお客様。なので、能管には悪いが遠慮なく散らかして帰らせてもらいます。
「ふぅ…」
大きめのため息を吐いて、腰を伸ばすようにストレッチをする。
余りの資料の多さに、今時情報の保管に紙媒体かよ…なんてシニア世代に聞かれたら怒られそうな愚痴をつい吐きそうになるが、アナログの方が色々と都合の良い事も有るのだろうと喉元にある愚痴を飲み込み作業を再開させる。
して、捜索を続けること数分。
俺は遂にそれらしい資料を発見することが出来た。
施設の巨大さ故か…簡易的な地図だというのに青いファイルに何枚もの紙が綴じられている。
俺はペラペラとその紙をめくっていき、目的を達成するのに役立ちそうな情報を抜き取っていく。
「へー、地上6階に地下5階ね。規模感的にもう少しありそうなもんだが意外とそんなもんか。まぁ、地下があるってのは有益な情報だな」
生憎、地図にはスキルオーブの保管場所…なんていう重要な情報は記されていなかった。
だが、地図を見れば大凡の位置は何となく予想できるから問題はない。きっと構造的に1番厳重な場所だろう。
『ここだ…ここに侵入者が潜伏している』
俺がそうして地図に目を向けていると…部屋のすぐ外から微かに人の声が聞こえてきた。
部屋の防音性能が高いから並の聴力であればまともに聞こえないだろう。だが、俺の聴力は特別性だ…壁越しに複数の音を聴き分けるのくらいなんて事ない。
位置は、会員証を翳さないと開かない部屋の入り口付近。声に緊張感が漂っている事からして世間話をしている訳ではないだろう。そして、大勢に呼び掛けるような話し方から1人や2人ではないのが分かる。
「はぁ、もう来たのか…いやまぁ、警報もずっと鳴ってるもんな。流石にゆっくりし過ぎたか」
俺は、外から伝わってくる切迫したような気配で、ようやく能管の武装部隊が異分子の排除にやってきた事を察する。
あ、因みに…俺は既に害をもたらす存在だと能管側には認識されている。というより、はじめに遭遇した第一局員以降は割と早い段階で意図的な侵入者である事がバレた。
あの始めから警戒しているような素振りからして能管側は局員とは既に鬼灯との接触時の情報共有は済んでいるみたいだ。大方、第一局員は新人なのか…はたまた、聞くのと見るのとでは大違いで直ぐに俺と鬼灯とを結び付けられなかったのだろう…ってか、普通に敵対する組織がこんな所に居るとは思わなかったんだろうな。
まぁ、第二局員以降もバレた側からお昼寝してもらっていたから、直ぐには騒ぎにはならなかったのだが…広い施設といえど、そこにはその施設に見合うだけの人員がいる訳で…施設全体に俺の侵入が露見するのは時間の問題だった訳だ。
てか、この部屋に入る前には既に警報鳴りまくってた上に、ご丁寧に鬼灯と名指しで館内放送までしてくれてたからな。大方、十分な制圧準備をするのに手間取ったのだろう。
「入念な準備をしてくれたところ悪いが…逆ドッキリといこうか」
そうして俺は、地図の載ったファイルを手に、音を立てないように扉のすぐ目の前に立つ。
——ピッ
すると、丁度突入のタイミングだったのか、直ぐに軽い認証音を立てて扉がスライドして開いていく。
そこには前衛に盾部隊を置き、その上から幾つもの銃を構えた武装部隊がいた。
『?!?!』
だが、その部隊は俺がどんな抵抗をしようとも制圧してやろうと意気込んでいたのに、いざ扉が開いてみたら直ぐ目前に制圧すべき標的がいることに驚いたように目を見開く。
「う、撃t…」
「遅い遅い」
俺の予想外の行動から他の隊員より先んじて我に返った部隊長のような男が、急いで射撃号令を出そうとするが、俺はそれを目の前に構えられている盾の一つを押し出すように蹴る事で制する。
——ズドーンッ
「?!」
後ろに銃を構えていた隊員を複数巻き込んで、一瞬で壁にめり込む盾部隊の隊員。他の隊員もその光景に呆気に取られるように釘付けとなる。
俺はその一瞬の隙を見逃さず、銃を待つ隊員に狙いを定めて動く。
流石の俺もまだ現代武器を正面から喰らって無傷でいられる程の肉体の耐久性はないからな。少しでも思考の妨げとなるものは先に消しとく他ない。
銃は脅威…だが、部隊の懐に入りさえすれば、銃を持った相手を無力化するのはそう難しいことではない。ここで安易に引き金を引けば、俺の背後にいる味方をも巻き込む事になる。
故に無力化は簡単だ。
「そんな物騒なもの子供に向けるなよな」
「なっ?!」
俺は、まずはさっきもいち早く声を上げていた部隊長だと思われる男の銃口を捻じ曲げる。
こういうのは先に指揮を執る者を潰せば、後が楽になる…って以前漫画で読んだことがある。
『?!?!』
やはり漫画は人生の教科書という事だろうか…部隊長が簡単に無力化された事で、隊員の中に驚きと恐怖で後退る者が数人出る。
「これ借りてくわ」
俺は、それで空いた僅かな空間を某アメフト漫画のような軽快なフットワークで走り抜け、はじめに蹴飛ばした隊員が落とした盾を手に取り、通路の先へと足を進める。
「撃てぇ!撃てぇ!!」
——ダダダッダダダッダダダッ
背後から射撃命令と共に幾つもの射撃音が聞こえてくるが、その悉くを拝借した盾で防ぐ。
「おー、こりゃ便利だな。暫くはこれで凌そうだ」
防弾盾といえど耐久は無限じゃない。そう何度も銃弾を受けていたら、消耗もするし、いずれは貫通するだろう。
だが、俺にとっては威力を少しでも減らせれば十分…盾が緩衝材の役目を果たしてくれさえすれば、大砲やライフルでない限り、怖くも何ともない。
ま、仮に喰らっても治せばいいだけなんだけどな。だが、俺としては必要に迫られない限りは、まだ能管には能力を隠しておきたい。
だから、今回は避けられる攻撃は避けるし、防げる攻撃も最大限防ぐ。その分、攻略難易度は上がるが、それくらいの方が楽しみが増えるってものだろう。
「…っと、ここで分かれ道か」
背後からの銃弾を防ぎながら、そして対向から次々と向かってくる援軍による攻撃も適当に捌きながら進んでいくと…俺は突き当たりに差し掛かり、右か左かの進路を迫られる。
「えーーっと、確かここは左だな。よし、合ってる…てか、これもう要らないな」
念の為地図を確認しながら目的地への進路を選択するが、既に地図が頭に入ってる事を確認して、そのファイルをその場に投げ捨て盾を片手に先へと進む。
「よし、見えてきた」
俺は視線の先にはじめのチェックポイントである階段を捉え、走る速度を上げる。
階段と隣り合うようにエレベーターもあるが、遠隔で止められる可能性が高いからなしだ。ここは階段一択。
そして、次に決定するのは行き先。
上か下か。
俺は走りながら脳内にある地図を参照し、目的達成に最も効率的なルートを算出する。
算出条件は…無駄がなく、収穫が多い。そしてその過程をも楽しめるようなそんな最高なルートだ。
「よし、決めた」
1秒と掛からず今後のルートを決めた俺は、走る速度を落とさず、そのまま上へと続く階段方面へと舵を切る。
そして、既に駆けつけて階段前で構えてていた援軍と十数段ある階段を一度の跳躍で飛び越え、踊り場に立つ。
「はじめに目指すは最上階…管制室だ」




