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狂人が治癒スキルを獲得しました。  作者: 葉月水
会心の一撃

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第95話 非能力者vs能力者(2)




「やはりそう易々とは行かないか」


 銀次は、それなりの力で蹴った筈なのに、思いの外大したダメージを負っていない様子の小林を見て、ある一つのことを確信する。


 連中は何か自身の弱点を補うような対策を講じている。


 それが他の能力者によるものなのか、科学技術によるものなのか…それをどう可能にしているのかは現時点では分からない。


 だが、以前のクロに…野生のヒグマにすら通用した蹴りが人へ直撃して何ともないというのは、何度考えても違和感のある話だ。


「見たところ大した怪我はないか。手加減したつもりは無いのだが…頑丈なんだな」


「クソッ…これで大した怪我はないだと?骨にひびが入っているのにか?」


 銀次の言葉を、ある種の皮肉と受け取った小林は、徐々に腫れ上がる腕を庇いながら銀次を睨む。


 しかし、その視線を受けた銀次は本気で困惑した様子で首を傾げる。


「ん?…何をそんなに怒っているんだ。折れたのならまだしもひびは大した怪我ではないだろう。腕が千切れた訳でもあるまいし」


『………』


 まるで本当に何度も骨を折ってきたような…ましてや腕が千切れた事があるかのような物言いをする銀次に、3人は固唾を呑んで顔を見合わせる。


 戦い方も纏う雰囲気も全く違う…だが、底しれない不気味さが3人の苦渋を飲まされた過去を否が応でも想起させる。


「それで、その打たれ強さは一体どういうことだ」


「敵のお前に教える訳ないだろ!」


 銀次の質問に、小林はその嫌な過去を掻き消すように声を荒げて反応する。


 だが、銀次は少しでも能管の情報を得ようと構わず詮索を続ける。


「…その活動服に秘密があるのか?新しく2つ目のスキルでも手に入れていたのか?それとも…他の能力者の仕業か?」


「…っ!」


「後半目が泳いだな…そうか。一向に姿を現さないことからして、ここには来ていないみたいだが、そういった強化を他者に施せる能力者がいるんだな」


「なっ!」


「図星か」


「このバカっ!!」


 銀次の口車に乗せられ反論しただけでなく、まんまと動揺し情報を抜き取られた小林に…夢路は胸ぐらを掴んで怒りを露にする。


「アンタはもう喋るなっ!!」


「す、すまない…」


 そんな夢路に、小林は心底申し訳なさそうに頭を下げる。


「その辺にするんだ2人共。強化の秘密がバレたところで、俺達のやる事は変わらない」


「でも!」


「夢路が怒るのも尤もだ。だが、一応は小林も反省しているようだしその辺にしといてやれ。それでも足りないなら後で幾らでも反省させれば良い。だから、今はいい加減切り替えて、目の前の敵の事に集中してくれ」


「…許した訳じゃないから」


「…分かってる!」


 最年長の郷田の仲裁により、平静を取り戻した夢路と小林は一時和解し、再び始めの陣形を取り、銀次とクロを見据える。


「振り出し…いや、仕切り直しってところか」


 飛び道具が無くなった事で、こちらの様子を見るように一定の距離を保ったまま動かない3人を前に、銀次は軽く状況の整理を行う。


 始めと違うのは、現代武器の有無と小林の負傷という部分。そして、スキルを使う度に着実に減少しているであろうマナ。


 マナに関して言えば、夢路と小林は戦う以前にも救助や何やで使っていたようだし、恐らくここまででもかなり消耗している。


 ここで睨み合いとなっているのが、無駄遣いを気にしている何よりもの証拠だろう。


 そして、一番消耗の少ないであろう郷田に関しても、相変わらず鉄パイプのような棒状の武器を携えているが、クロの状態を見るに恐らくアレに状態異常をもたらすような特殊な効果は無い。故に警戒しすぎる必要はない。


 対して、快のポーションで随時回復でき、元より消費するマナのない俺とクロ。


 状況は、かなり優勢と言って良い。


 やはり、現代武器が無いだけで、随分と思考が軽くなったような気がするな…。


「よし、行けるなクロ」


「ガウ!」


「作戦はない、臨機応変に行こう!」


「ガウゥ!」


 一瞬で状況整理を終えた銀次は、一向に待ちの姿勢を崩さない郷田達に向かって先制攻撃を仕掛けるべく、クロと共に一直線に駆け出す。


「『蜃気楼ミラージュ』」


「!」


 距離を詰める最中に、突如現れる3人の姿を模した幻影の数々。


 形はもちろん、歩く足音まで忠実に再現がされている。


「…なるほど、確かに間近で体感するとこれは厄介だな。だが、クロっ!」


「ガウゥ!!」


 銀次の呼び声で、直ぐに意図を理解したクロは、郷田達のいる場所でない方向へと数多の幻影を掻き消しながら迷いなく走り始める。


 そして…


「ガウゥッ!」


 人影もない…何の変哲もない空間へと爪を横薙ぎに振るう。


「くっ…!!」


 その瞬間…一瞬空間が揺らいだかと思うと、つい先程まで影すら見えなかった筈の夢路が姿を現す。


「あーもうっ!だから獣は嫌いなのよ!匂いの再現までなんて無理…マルチタスクにも限度があるっつうの!!」


 夢路は、愚痴を吐きながらもクロの攻撃を後ろに転ぶようにしてギリギリで避けていた。


 恐らく、戦闘の再開を察した時点で、元居た場所に幻影を作り出し、オリジナルは背景と同化して移動していたのだろう。


『夢路!!』


「アタシは大丈夫…このクマは何とか引きつけとくからそっちの人間はアンタらが何とかして!」


 郷田と小林が声を上げ駆け寄ろうとするも、それを夢路が制止する。そして、言葉の通り直ぐに体勢を立て直しクロを引きつけるように走り出す。


「ガウ??」


 背中を向けて走り出した夢路を見たクロは、判断を仰ぐように銀次を見る。


「行ってこい!俺は大丈夫だ、そっちは任せた!」


「ガウゥ!」


 銀次の言葉に力強く鳴くと、クロは夢路を追いかけて物凄い速度で走っていく。


 そして程なくして…その場にはさっきまで展開されていた数多の幻影が消え、本物の郷田と小林だけが銀次の前に残る。


「夢路っ…」


 心配そうな表情をして、未だに夢路とクロの消えた方向を見つめる小林。


 銀次は、その隙を見逃さずすかさず距離を詰める。


「隙だらけだぞ」


「っ!?」


「ボサッとするな!!小林!!」


 小林に再び蹴りを放つも、直前で郷田に間に入られ棒で防御される。


「っく…!!」


 硬い感触と共に脚に奔るズキズキとした痛みに、銀次は僅かに声を漏らす。


「おぉぉっ!!」


 銀次の蹴りを防御した直後、郷田はカウンターをしようと大きく棒を振り被る。


「…」


 ——グシャァンッ


 予備動作の大きさから銀次は冷静に後ろに飛んで回避する…だが、その後すぐに周囲に響く轟音に目を見開く。


「…なるほど。俺とした事が…傲慢にも能力者相手に少し油断し過ぎていたみたいだな」


 文字通り地面を抉るその郷田の攻撃を前に…銀次は今一度、優勢だと思い上がり、無意識にも緩んでいた気を引き締め直す。


「蹴った感触はともかくその威力…それは硬化の能力だけでは説明が付かない。となると、それも強化役の能力者の仕業だな」


「あぁ、その通りだ」


 もはや、隠せないと思ったのか、郷田は銀次の推理をあっさりと認める。


 強化役の能力者の関与が分かれば大体のカラクリに予想はつく。


 大方、あの棒自体にそれなりの重さが有るのだろう。それを、強化による上昇した身体能力でカバーした。加えて、郷田の能力で身体と同様に物体にまで硬化の効果を広げる。そうすれば自然と攻守を兼ね備えた形になる。


 シンプル故に強力だ。


「…お前のその様子だと既に力の使い方まで見当が付いているのだろう。だが、分かった所で防ぎようがないのは変わらないぞっ!」


 距離をとった銀次に、今度は郷田が仕掛ける。


「おぉぉっ!!」


「………」


 ブンブンと鈍い風を切る音を出して棒を振るう郷田の攻撃を、銀次は冷静に後退しながら対処する。


「俺を忘れんなよっ!おらぁっ!」


 その回避の最中、小林は逃げ場を奪うように回り込んでメリケンサックを嵌めた拳を放ってくる。


「!」


 事前に未来を視ていたのかその位置取りが絶妙だ。


 右前方からは郷田の棒、左後方からは小林の左ストレートが迫る。


「ふっ!!」


 銀次はその挟撃を咄嗟に真上へ飛んで回避する。その跳躍は体格の良い郷田をも軽く超える。


「小林っ!!」


「ぁあっ!?」


 銀次が真上に飛んだ事で郷田の棒による攻撃は、十分な勢いを付けて銀次へと迫って来ていた小林へと肉薄する。


「ぐぬぅッ!!!」


 このままではマズイ…と、郷田は上から振り下ろすように振るっていた軌道を、力づくで上へと軌道修正する。


「…ッ!!」


 それを、小林は咄嗟に地面に膝をついて髪スレスレでなんとか直撃を免れる。


 だが、2人に一息つく暇はない。


 直撃を避けたのも束の間。そこには、頭上へと跳んで回避していた銀次が重力に従って落ちてくる。


 しかし、咄嗟の事で体勢を大きく乱した2人。1人は棒をホームランを打った後のように振り抜き、片や地面に膝を突いてしまっている。


 その為、間も無く銀次の攻撃が来ると分かっていてもそれを回避する術は今の2人にはない。


「ふっ!」


 銀次は、着地するや否や膝を突いて中腰の状態となっている小林へと膝蹴りをかます。


「グハァッ!」


「小林っ!!」


 急いで体勢を整えた郷田は直ぐに銀次へと掴み掛かろうとする。


 だが、銀次はそれを膝蹴りをモロに喰らい後ろに倒れ込もうとしている気絶した小林を盾にする事で制する。


「卑怯な…!」


 銀次の行動に思わず先の小林のような事を言って顔を顰める郷田。


 だが、銀次はそれを悪びれもせずに返す。


「2対1も大差ないと思うぞ」


 そして、銀次は間を置くことなく、攻撃を続ける。


 現状、銀次には郷田に致命打を与える事は難しい。恐らく、本気の蹴りを繰り出したとしても大したダメージは与えられない。


 それどころか、下手をすれば自分の体を痛めることになる。事実、先程の攻撃を繰り出し、防がれた右足は未だに少し痛む。


 硬化の能力による郷田の防御力は本物だ。


 なら、どうするか…。


 不思議にもその解決策は直ぐに銀次の脳内に浮かんだ。


 銀次は、そうして浮かんだ考えを即座に実行しようと行動する最中、ある一つの事を強く思った。


 テンマ同様、俺も随分と快に影響されてしまったな。


「お前…まさかっ!そこまで!!」


 銀次のとった行動に…郷田は、これまでにあまり見せなかった感情を大きく表に出して怒りを露にする。


 その郷田の反応に、銀次は面越しに申し訳なさそうな顔をして返す。


「すまんな。これでも俺も自分の行動に驚いているんだ…だが、不本意にもこれ以外にいい案が浮かばなくてな」


 そして、銀次は新たに獲得した武器…もとい気絶した小林を手に郷田へと迫る。


「防御をするならしてもいい。だが、その時はコイツが無事ではないだろうな」


 銀次は、小林の足首を持ち、それを刀の如く郷田へと振るう。


「クソっ…!」


 だが当然、郷田はそれを直接防御する事は出来ない。


 銀次の強大な腕力で振るわれついた勢いを、硬化した郷田が受け止める…それは、殆ど地面に叩きつけるのと同義だ。


 故にこの銀次の攻撃を…郷田は後退しながら躱すしかない。だが、銀次のスピードも並ではない為、全てを躱す事は出来ない。


 それならば、当然…


「グハァッ!」


 攻撃に当たってしまうこともある。


 だが、小林の安否を思えば、郷田は直撃の瞬間にも硬化を使う訳にはいかない。


「ハァ…ハァ…ハァ…」


 そうして、郷田の顔がボコボコに腫れ上がって来た頃。


 銀次は罪悪感に押し潰されそうだった。


 郷田がボコボコなら当然…その衝撃を与えている小林の顔もボコボコな訳で…しかも気絶しているから死体蹴りも同然な訳で…。


「ふぅ…悪いが勝負を急がせて貰うぞ」


 俺の為にも。


 ——シュッ


 銀次は、郷田目掛けて小林を投げる…と、同時に同方向へと走る。


「なっ…!?」


 その行動に、郷田は驚くが…直ぐに小林を受け止める体勢へと入る。


 そして、郷田の元へと小林が届いた瞬間…銀次は小林を受け止める為に無防備な状態となっていた郷田の頬を殴りつける。


「悪いなっ!」


「グゥフッ……」


 ——ドサッ


 小林を抱えた状態のまま郷田は重い音を立てて数メートル先へと着地した。


「………」


「…終わったか」


 銀次が近づき確認してみると、全く起きる素振りもなく…これまでのダメージの蓄積もあったのか静かな寝息を立てて郷田は小林と同様に気絶していた。


「感慨深いな。やり方はともかく…俺が能力者相手に勝てるとは」


 銀次は嬉しそうな表情をして、自分の拳を握り締める。


「ガウガウッ!!」


 すると、そこへタイミングよくクロが現れる。その口には、戦利品とばかりに郷田と小林と同様に気絶した夢路が咥えられていた。


「クロ!お前もやったんだな!偉いぞ!怪我はないか?」


「ガウガウ!!ガウガウ!!」


 銀次の言葉に、クロは元気だと主張するように銀次を中心に走り回る。


 その時…


 ——おーーーーい!!!


 銀次とクロが無事だった事を互いに喜んでいる最中、突如頭上から聞こえてくる聞き馴染みのある声が聞こえてくる。


「よっ!」


 そして、その声の主は直ぐに2人の目の前に降り立った。


「みんな無事だったんだね!良かったよ!!ってか、凄いね!信じてはいたけど勝ったんだね!能力者相手に!」


「あー、なんとかな。お前も…流石だな。その2人を簡単に無力化してくるとは…」


「ガウゥ…」


 テンマがスーパーの袋のように雑に持っている森尾と火焚を見て、驚いた顔をする銀次とクロ。


「あははっ、まぁね!こっちはまぁまぁ面白かったよ!まぁ、ボスが1番なのは揺らがないけどね!」


 テンマは、全員気絶しているとはいえ能管の管理官がいる為、一応配慮して快の名前を呼ぶ事を避ける。


「まぁ、それはそうだろうな。俺も能力者を相手に実際に戦ってみて改めて痛感した…お前らは規格外だってな」


 銀次は、この戦いでそれなりに苦戦を強いられたし、多くの学びを得た。


 だが、同時に正しく理解した。快とテンマは現時点で確実に能力者の中でもトップ層の戦闘力を有していると。


 等級で言えば、恐らくテンマと大差ないであろう相手…だが、思考を凝らす事で攻撃を加え、あまつさえ数的不利の中でも無力化することまで出来た。


 どれだけ苦戦しようが関係ない。自分程度の力量で通用してしまった…それが天と地ほどの実力の差がある何よりもの証拠だ。


「それで…一先ずはこれで俺達の任務は終わりか?あ…いや、まだクロウズの方がどうなっているのか様子を見に行かないとならないか」


「あー、それはさっきここへ来る途中に覗いてきたから大丈夫だよ!半分くらいはやられてたけど、ちゃんと向こうも無力化出来たから!」


「そうか…なら俺達のやるべき事は一通りこれで終わったっていう認識でいいんだな」


「んー、そう言われてみると確かにそうかな?特にもうやる事もないし…まぁ、この場に長居しすぎたら自衛隊とかの援軍が来そうっていう問題はあるにはあるけど……それは、とりあえず今すぐ逃げればいいから……うん!おしまい!ミッションコンプリート!」


 ミッションコンプリート…そのテンマから発された単語に銀次は安堵したように息を吐く。


 そして、銀次は能管の施設のある方向を眺めて呟く。


「後は…向こうが上手くいくのかの結果待ちだが…」


「いや、それ心配する必要ある?」


「………やり過ぎないか心配だ」


「あーー…ご愁傷様です」


「ガゥゥ」


 能管の主力が眠る中、テンマとクロは銀次の言葉で、心から能管施設のご冥福をお祈りした。


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― 新着の感想 ―
オメェが武器になるんだよォォ…小林ィィ!
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