第94話 非能力者vs能力者(1)
「お前達が能管所属の能力者だな」
「ガウゥ」
テンマと別れた後の銀次とクロは今、テンマが森尾と火焚を追う道すがらに放った攻撃により部隊と完全に分断された3人の管理官と相対していた。
『………』
テンマと揃いの鬼の面をした銀次とクロに、3人は即座に乱れていた陣形を整える。
そして、2人の管理官を背にするように立つがっしりとした体格の男が、警戒の態勢を崩さぬまま、ゆっくりと銀次の声に応える。
「そうだ。お前達は見た事のない奴だが…鬼灯の構成員で間違いないな」
「あぁ、その認識で間違いない」
『ッ……』
以前の鬼灯との接触時の事もあり、3人は銀次の肯定の言葉に一層警戒を強くする。
「…やはりか…目的はなんだ…何故こんな騒ぎを起こす」
「何故…と言われると正直色々と答え辛いな。だが、確実に言えるのはお前達の相手は俺達ということだ。確か名前は…郷田、小林、夢路だったか」
『?!』
敵の口から自分達の名前を言われ、あからさまに動揺する3人。
「そうか、どうやらその反応的に人違いではないみたいだな」
銀次はその3人の反応で敵対する人物達が予め想定していた奴等だと確信する。
「…鎌をかけていたのか」
「いや、別にそういった意図があったわけではない。ただ、ウチの仲間の性格的に万が一にも人違いということもあるのでな。念の為確認しただけだ」
銀次は、本人確認が済んだところで、程なくして始まるであろう戦闘に備えて、今一度事前に叩き込んでいた敵の情報と目前に実際にいる敵の情報を擦り合わせ整理する。
敵の数は3人。左から、夢路、郷田、小林。
夢路と小林は自衛隊や部隊が持つのと同じ小銃を手に持ち、郷田は鉄パイプのような長い棒を持っている。
そして、3人は森尾や火焚も着用していた武装部隊とは違った濃い藍色の活動服に身を包んでいる。それぞれ微妙にデザインが異なっていることからして、大方各々の能力に合わせて作られた能力者専用の特別性なのだろう。
「うむ…聞いていたのとは少し違うな…っ!」
——ダダダッ
情報を整理する最中、唐突に銃を構え撃ち始める夢路に銀次とクロは即座に飛び退き回避する。
「夢路っ!何をしている!」
その夢路の行動に声を上げたのは、攻撃を受けた銀次やクロではなく、夢路と隣り合うように郷田の後ろにいる小林だった。
「はぁ?何をしているって攻撃してるに決まってるでしょ!見れば分かるじゃない!」
「そんなことは分かっている!だが、あんな卑怯なやり方があるか!」
「…バカじゃないアンタ。この期に及んで卑怯も何もないでしょ。既に化け物集団が相手って分かってるんだから、不意打ちの一つでもするのが当然の戦略ってもんじゃない。ってか、現に避けられちゃってるし。人間の方はともかく、何よあのクマ…デカい図体してるくせにうさぎみたいに動くじゃない」
夢路は、未だに呑気なことを言っている小林と、不意打ちが不発に終わったことに苛立たしげに唇を噛む。
「落ち着くんだ小林…やり方が気に食わないのは分かるが、今のは夢路が正しい」
「だがっ!!」
「奴等が普通の相手ではないのは今の動きを見れば明らかだ。そして、以前の事もある…鬼灯を名乗る者相手に、今更手段を選んでいる余裕は俺達にはない」
「くっ…」
郷田の言葉に、小林は悔しげに歯噛みする。しかし、その内容に納得はしているのか、小林は郷田と夢路と同様に武器を構えて銀次とクロを見据える。
「クロ、俺達も気を引き締めよう。連中に俺達に対する油断は一切ない。殺す気で来るぞ」
「ガウゥ!!」
戦う事を避けられないと感じた両陣営は互いに睨み合い、相手の動きを見逃さないように注意深く観察する。
『………』
正に一触即発。
僅かなきっかけでどちらかが倒れるまで決して終わることの無い殺し合いへと発展する。
その事実が、ジッとしているだけなのに、息が詰まるような異様な緊張感を生み出す。
だが、その睨み合いもそう長くは続かない。事態は唐突に動き出す。
「ガウゥッ!!」
火蓋を切ったのはクロ。
クロは一度立ち上がるようにして勢いをつけ、爪を立てて、そのまま全体重を地面へと叩きつける。
——グシャァンッ
『……』
クロの攻撃によりその直線上にいる能管目掛けて地面が盛大に崩れる…だが、能管に焦る素ぶりは見られない。それどころか分かっていたとばかりに冷静に横にズレて回避する。
「なるほど、それが未来視か…」
「クソっ!やっぱり俺達の能力も把握してるのか!だがっ、夢路!」
「分かってるってば!」
——ダダダダダッ
遠距離攻撃のある小林と夢路は、回避したのも早々にそれぞれ銀次とクロへと狙いをつけて発砲する。
「クロ!お前は左だ!」
「ガウ!!」
銀次は、クロを夢路の方へと回避させ、自分はこの相手に武器を持たれた現状において一番脅威となる存在であろう未来を視る事の出来る小林の方へと回避する。
「…やはり厄介だな」
銃弾を躱しながら距離を詰めるも、そのいくつかが銀次の右腕を掠る。
やはり未来が視えている効果なのか、単に速度で躱そうと動くと銃弾は自分に吸い込まれるような軌道で向かってくる。
咄嗟に動きを変えれば躱すことはそう難しくないが、そうなるとやはり中々近付くことが出来ない。
——ダダダダダダッ
回避線上にあった車両に身を隠し、連射から一時的に逃れる。
そして、銀次は瞬時に作戦を練る。
このままこの場で弾が尽きるまで待機し、難を凌ぐ事は可能だ。だが、それをすると俺がこの場から出てこないのを良いことに、クロへとその矛先が向く可能性がある。それはポーションがあるといえど、避けなければならない。
ならどうするか…。
銀次は、作戦を練る制限時間を小林のこの連射が続くまでと設定し、冷静かつ迅速に最適解を考える。
小林は未来は視えるかもしれないが、敵の動き全てを見通せる訳ではない。つまり、密かに俺が攻撃を目論んでいても、それを感知する術はない。
なら、それを逆に利用し密かに行動を起こせばいい。
結果を見通す事が出来たとしても、過程は俺の自由だ。加えて、その結果も覆せないものではないのだから、いくらでも勝機はある。
接近を嫌がるのは脅威に思っている証拠。つまり、肉体的な強度は十分でないということだ。
そして恐らく、小林はマナの消費を最小限にする為に、ずっとスキルを発動している訳ではなく、小まめにその効果を切っている。つけ入る先はそこにある。
ここまで、ものの数秒。一つの解を導き出した銀次は即座に行動へと移す。
——ダダダッ…ダダダッ…ダダダッ…
銀次は、顔を適度に囮として出して、小林の連射を誘う。
すると、必然的にその銃弾のいくつかは、銀次が身を隠す車両の前方部…つまりはエンジンのあるボンネット付近に着弾する。
「頃合いか…」
車からモクモクと煙が噴出するのを確認すると、徐に車両の運転席のドアを開ける。そして、それをボンネット側に限界まで開くと、その方向へ続けて力の限り蹴り付ける。
——ガチャンッ
「っ…はぁ…思い付きで出来るか不安だったが、やってみると案外なんとかなるもんだな」
煙で隠れ蓑に、敵の感知を掻い潜っての防具の確保。時間をかければクロの方へと負担が行ってしまう為、あまり時間はかけられなかった。
銀次は思惑通りいった事に安堵するのも程々に、車のドアもとい盾を手に取り、煙で視界の悪くなったところから密かに相手の様子を窺う。
幸い、まだ小林はクロの方には行かずに、状況が一時膠着したことをいい事にリロードしている。
一見、隙のようにも見えるが未来を視ることの出来る奴にとっては、その限りではない。目に見えて隙となるリロード前には、確実にスキルを使用しているはずだ。それなら罠の可能性もある為、今は安易に動かない方がいい。
「クロ」
横目でクロの方を見てみると…多少の出血をしているが、運良く夢路から早い段階で武器を取り上げる事に成功したのか、今は郷田が相手をしていた。
だが、状況はあまり芳しくないようで…夢路のスキルの幻影の視覚的な情報に気を取られてしまうのか、郷田がやや優勢といった感じだ。
「ふぅ…」
銀次は助けに向かいたいと焦る気持ちを抑え、タイミングを逃さないように小林をジッと見据える。
狙うのはリロードが終わり、意識が攻撃へと移るその瞬間…有効な攻撃をしようと未来を視るその直前だ。そこなら未来が視える奴が相手でも機先を制することが出来る。
——ガチャッ
「ッ!」
リロードが終わる音と共に銀次は陸上の短距離走の如くスタートを切る。
「クソッ!」
大量の煙を出す車両の陰から唐突に姿を見せる銀次に、小林は驚きの声をあげ、未来を視る間も無く咄嗟に銃を放つ。
「なんっ!」
銃を放ちながら遅れてスキルを発動したのだろう。だが、それも意味を為さない。
銀次は避ける素振りも見せずに、車のドアを盾に好きなだけ撃ってこいとばかりに直進していく。
——カチカチッ
リロードしたのも束の間、連射のし過ぎで小林の銃弾は直ぐに底をつく。
「くっ…こうなったらッ!」
「させるか」
爆弾か何かなのか…小林が手を背に伸ばそうとしたところを銀次は手に持っていた盾を投げてその動きを制止する。
「ッ!?」
反射神経がいいのか小林はそれを躱わす…だが、そこに距離を詰めてきていた銀次がすかさず小林の顔面に向かって回し蹴りを放つ。
「ふん」
「んぐッ!?」
小林は何とかといった具合で直撃直前に腕を差し込むが、声にならない声を残して…クロと戦う郷田に目掛けて勢いよくぶっ飛んでいく。
『?!』
突如、飛んでくる小林に郷田と夢路は驚き目を見開く。
そして…
——パリンッ
「郷田っ!小林っ!」
2人揃ってガラス張りの建物の入り口を突き破っていく光景に、夢路は心配するような声を上げ、駆け寄る。
「ふぅ…すまん、待たせたなクロ。怪我は大丈夫か?」
「ガウガウ!!」
問題ないとでも言うようにクロは嬉しそうに隣へ来た銀次へと身を寄せる。
「そうか、大丈夫ならよかった。だが、一応ポーションは使っておこう」
「ガウゥ??」
「良いんだ、数はまだあるしな」
「ガウ!」
銀次の言葉に、クロは分かったとばかりに力強く頷くと、銀次の差し出すポーションを口に入れ、一気に飲み干す。
「治ったか?」
「ガウガウ!」
「そうか、でもまだ気を抜くなよ。敵もまだまだ元気みたいだからな」
クロの全快を確認した銀次は、蹴っ飛ばされた先からしっかりと歩いてくる3人の姿を捉え、再度気を引き締める。




