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狂人が治癒スキルを獲得しました。  作者: 葉月水
会心の一撃

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第93話 テンマvs森尾・火焚(4)




「ずっと受け身のままってのも味気ないからね。僕もここからは攻撃するよ。でも、つまんないから直ぐには死なないでね?」


「火焚さんッ!!」


「?!」


 森尾は何故だか分からないが、テンマの放つ雰囲気に危ない予感がして、機動力に劣る火焚の元へと駆ける。


「『鬼雨十刃』」


「…ッ!」


 森尾が火焚の元へと着いて早々、頭上から迫る刃に森尾は即座に火焚を抱えて地面を蹴る。


 ——ズシャンッ


 一刃を避けると、地面を抉るような音が周囲に鳴り響く。


 しかし、その威力に驚いている暇はない。既に幾つもの刃が迫ってきている。


「ッ…!」


 二刃、三刃…と、的確に回避先や急所を狙ってくる攻撃に、森尾は躱す度に神経を擦り減らす。


 加えて、足を滑らせればその瞬間、火焚諸共切断される…その事実が精神的な負担を倍増させる。


「…ハァハァ」


 攻撃が止むと、森尾は息を荒げ、多大な疲労感を滲ませて膝をつく。


 大した運動量ではない。トレーニングでは遥かに激しい運動を熟している…なのに、自分でも驚く程に疲労している。


 異様に震える四肢、何時間も全力で走った後のように低下している心肺機能…森尾は自分に降りかかる不可解な状態異常に困惑していた。


 だが、その後。森尾は普段との違いを考えると直ぐにその原因を悟った。そして、同時にここに来てこれまで自分が如何に緩い環境で訓練に励んでいたのかを痛感する。


 明確な死の恐怖による精神的負担。それが、無駄な筋肉の緊張を生じさせ、身体的な疲労にまで影響を与えていた。


「しっかりしなさい…」


 森尾は、原因が分かると自分に喝を入れるように呟く。そして、身体の震えを止めるように膝を握って、敵を見据える。


「おー!すごいすごい!まさかこれを人1人抱えたまま避けちゃうとはね!!なら、次はもう少しレベルを上げてみよう!!」


「…くっ」


 ——パシッ


 テンマの発言で、再び攻撃が来ると分かり、直ぐに火焚を抱えようとする森尾…だが、その手を火焚が叩いて拒否する。


「足手纏いになるくらいなら死ぬ」


「そんなことを言ってる場合では!」


「自分の身は自分で守れるって言ってんだ!だから、アンタもアタシの事は気にせず自分の事に集中しな!」


「…分かりました」


 火焚の目は死んでいない。


 それなら諦めたのではなく、何か考えがあるのだと解釈し、森尾は、テンマが技を繰り出すまでのその刹那に、自身の体内のマナへと意識を向ける。


 そして…


「『鬼雨百刃』」


「『昇獣奮迅しょうじゅうふんじん』」


 テンマの技の発動と同時に、森尾も変化を終える。


 体躯、姿勢、雰囲気…一瞬でより一層獣味を帯びた姿へと変貌した森尾は、変化後の差異を確かめる間もなく、直ぐに迫る刃を回避する場所の見極めへと入る。


 しかし、先程とは桁違いの数の刃を前に一瞬動きが止まる。


 逃げ場が全く無いわけではない。自分は問題なく回避する事は出来る。


 だが、火焚の身体能力では恐らく難しい。


 それなら…


「『爪牙…!」


 森尾が、火焚を背に迫る刃を避けずに真正面から捌こうとしたその時、火焚に肩を叩かれ動きを止めれる。


「?!」


 そして、あろうことか肉体の強度でも身体能力でも劣る火焚が、森尾を庇うような位置へとでる。


「『飛焔刃ひえんじん』」


 ——ゴォォォォ


『?!』


 火焚が、繰り出した炎の刃がテンマの風の刃のいくつかをまとめて相殺する光景に、テンマと森尾は驚きで目を見開く。


「お節介が…だから大丈夫だって言っただろ。あのチビと同系統のスキルって事は、逆に言やぁ、アタシもあのチビと似たような事ができるってことだ」


「火焚さん!」


「道はアタシが開く…ぶっ飛ばしてきな」


「はいっ!」


 森尾は、火焚の言葉に頷くのと同時に、攻撃が相殺され空いたスペースへと駆け出す。そして、十分な助走をつけて宙に浮かぶテンマへと迫る。


「あっはは!なるほど…等級は僕より上だから基本的な出力では負けてるって訳か!面白い!でも、まだまだ物量ではこちらが上だよ!…って、こっちも来てるんだったねっ!!」


「ック!」


 未だ刃の雨が降る中、相殺により一瞬開けた空間を利用し、地上から一気に10メートル程の高さにまで軽々と跳躍して殴りかかってくる森尾に、テンマは腕を顔の横に構えて受け止める。


 そして、攻撃を去なされ次第に自由落下を始める森尾に、地面へと更に加速させるように蹴りを放つ。


 ——ズドーンッ


 森尾は、周囲に響く衝撃音と共に地面へと衝突する。


「…森尾ちゃんっ!」


 風の刃をやっとのことで凌ぎきった火焚は、森尾が落下し砂塵の巻き上がる方向を見て叫ぶ。


 だが、そんな火焚を他所に、テンマは嬉々とした表情を浮かべながら森尾の落下した地面へとすかさず空歩で距離を詰めに行く。


「蹴った感覚で分かるよ!今のあんまり効いてないでしょっ!!」


「ッ!!」


 そのテンマの声に応えるように砂塵から飛び出す森尾。地面をこれでもかと蹴ったのか、そのスピードはテンマに勝るとも劣らない。


「ありゃっ!」


 しかし、地面へと急速に距離を詰めていたテンマだったが、森尾が、予想外の方向から出てきた事に思わず呆けた声を出す。


 森尾は、テンマへと直線的な軌道で向かうのではなく、砂塵を逆に目眩しに利用し、中継で建物を間に一つ挟んだ。


 そして、建物の側面を足場に、脚に目一杯の力を込める。


 ——グッ


「わ!やばいかも!」


 テンマもその森尾の動きに慌てて軌道を修正しようとするが、重力と風の相乗効果でついた勢いは簡単には殺しきれない。


 そして、森尾は中途半端に空中で減速したテンマへ向かい飛び出し、最大火力の攻撃を放つ。


「『爪牙裂』」


 ——バリンッ


 攻撃をモロに食らい、コンビニのガラスを突き破りながら物凄い速度でぶっ飛んで行くテンマ。


「『業火輪ごうかりん』」


 そして、そこに火焚もダメ押しとばかりに超火力の炎塊を叩き込む。


 森尾としては手応えはあった。あまり言葉にはしたくないが、肉を抉るような感覚が確かにあった。そして、それを裏付けるように自身の指先にはしっかりと血痕が付着している。


 それに加え、火焚の超火力の追撃。


 これなら…


「ハァ…ハァ…」


「ハァ…ハァ…」


 一瞬にして焼き焦げ、黒い煙を上げるコンビニへ、森尾と火焚は荒れる息を整えつつ、顔を見合わせてから視線を向ける。


 ——カランッ


『?!』


 煙で視認出来ないコンビニの最奥から石が転がるような音が聞こえてくる。


 それに2人は姿勢を低くして構える。


 そして…


 ——ゴホゴホッ


「チッ、ゴキブリかよ」


「同感です…」


 続けて聞こえてくる煙で咳き込むような音に、2人は愚痴を吐きながらその方向を見据える。


「ははっ、酷い目にあったよ!ってか、君たち意外とエグい攻撃するんだね!予想外が多くて、スリル満点だったよ!」


「普通は死ぬんだけどな」


「はい…」


 2人は、煙の中から姿を現すテンマを確認して、再び驚きを露にする。


 森尾の手応えの通り、胸元には血が滲んだ破けたTシャツがある。だが、逆に言えばそれ以外のダメージは殆ど見受けられなかった。


「いやー、まさか傷を付けられちゃうとはね。火攻めも防御があとちょっとでも遅れてたら今頃は笑えなかっただろうし…うん、僕もまだまだだな!」


『……』


 2人の紛れもない全力をぶつけたのにも関わらず、1人でまだまだだと笑って反省会をするテンマに、森尾と火焚は遂に絶句する。だが、間違っても警戒の態勢だけは解かない。


「おー、いいね!まだまだやる気だね!」


 ここまでやって尚、疲労を感じさせない楽しげな声を上げるテンマに、森尾と火焚は固唾を呑む。


 正直言ってマナの底も近く、肉体的にも精神的にも限界は近い…だが、それは相当数の攻撃を繰り出していた敵も同じなはず。


 2人は、そう思い無理矢理にでも闘志を奮い立たせる。


「火焚さん…私のこの状態ももう長くは持ちません。そして、今の所、この通り決定打にも欠けます。なので、ここからは消耗戦で行きましょう」


「…アンタとの協力やら2対1での消耗戦やら…この戦いは終始気に入らないことばかりだけど、このチビの様子を見るに今はそれしかないみたいだね」


 火焚は、森尾の提案を渋々ながら了承する。


 しかし、そこに…2人の切迫した状況とは似合わない声を上げる者がいた。


「あれ、君たちもうマナが切れそうなの?なーんだ、もっと戦えると思ったのに!残念、元気なのは僕だけか…ってか君たち、随分マナの総量が少ないんだね」


「今…なんと…?」


「もう…だと?!」


 耳を疑うテンマの発言に、森尾と火焚は今日何度目かも分からない驚きの声を上げる。


「ん、君たちのマナの総量が少ないって言ったんだけど?」


 テンマは、信じられないといった表情で見つめてくる2人に、再度感じたことを告げる。


 すると、森尾は額に汗を浮かべながら、にわかには信じ難い…いや、信じたくない言葉を口にする。


「それはつまり…現時点であなたは全く消耗してないという意味ですか…」


 森尾同様、火焚も、テンマの言葉を固唾を呑んで見守る。


「いや、流石に全くってことはないよ。でもそうだなー、体感で言うと多分10分の1くらいは減ったんじゃないかな!」


 ——ドタッ


 テンマの言葉に、火焚は途端に力が抜けたように膝をつく。


 森尾も、火焚が先に膝をついたから堪える事が出来たものの、実際には何故立てているのが不思議なくらい得も言えぬ浮遊感に襲われていた。


 やっとの思いで奮い立たせた闘志が音を立てて崩れていく。


 ここからは消耗戦しかない?それも殆ど残り滓しか残っていない満身創痍の2人が、まだ9割のマナを残した殆ど無傷の格上相手に?


 徒労。


 残酷な現実を前に、その言葉だけが2人の脳内で一致した。


 格上どころの話では無かった…どれだけ策を弄しても、どれだけ死力を尽くしたとしても、勝てる筈のない相手と戦っていた。


 そんな無力感が森尾と火焚を苛む。


「あー、しまった!もうちょっとサバ読んでおけば良かったな…せめて半分、いや8割くらいは消費している感じでやればもう少し…」


 衝撃の事実を明かされ、半ば茫然自失となる森尾と火焚を前に、テンマは遅れて自分の失敗に気がつく。


「ま、そんなのは後の祭りってね!って事で、もう限界で戦えないみたいだし、取り敢えずは無力化しようかなっ!」


 そう言うと、テンマは空歩で一瞬で膝立ち状態の火焚の目前へと移動する。


 そして…


「えいっ!」


「ガハッ…」


「火焚さんっ…!」


「本当は気絶させるなら首トンしたいところなんだけどね…あれ加減間違えると普通に後遺症残るらしいからね。我慢我慢」


 ——ドサッ


 テンマに鳩尾を殴られた火焚は、声を上げる間もなく、地面へと伏せる。


 そして、その場にはまだまだ元気な様子のテンマと既に獣化の変身が解けつつある森尾だけが残る。


「…以前もそうでしたが、あなた達鬼灯は…私たちを殺さないのですね」


 森尾は、力なく倒れる火焚を一瞥した後、テンマへと鋭い視線を向けながら疑問を口にする。


「んー、別に絶対に殺しはしないって決めてる訳じゃないよ。ボスに止められてる訳でもないし…実際、戦い始めの方はこれで死んじゃったら仕方ないかなくらいの認識で攻撃してたしね」


「…それなら、何故今は生かすのですか」


「そりゃ、結構楽しかったし、伸び代を感じたからだよ!今回見逃せば、きっと次はもっと強くなってる!」


「楽しかった…ですか。そう言えば、以前あなた達のボスだと言う子供も戦いを楽しむような発言をしていましたね…あなた達は…楽しむ為だけにこんな騒ぎを起こしたのですか…」


 森尾は、戦闘の余波で荒れに荒れた周囲を見渡し、悔しげな表情を浮かべる。


「まぁ、そこは本当に迷惑かけてごめんなさいだよね。でも、楽しいことをするのが僕たちの基本理念だからさ。仕方ないでしょ」 


 テンマは、森尾の言葉を肯定する事で、陽動という目的がある事を隠す。


 そして、今は丁度いい機会だからと…陽動とは別に快から事前に言付かっていたあるちょっとした任務をここで消化する事にした。


「でも、これは君たちにとってもいい経験になったと思うよ?」


「いい経験…ですか」


 もはや立っているのもやっとと言った具合の森尾に、テンマは気持ち早口で言葉を続ける。


「今回僕と戦って痛感したと思うけど、君たちと僕等には根本的な差がある。この戦いを思い返してみれば、その差は態々言わなくても明白でしょ。だから、それに気付くことができた今回は君たちにとっても良い機会って訳……それとこれは期待を込めてっていうか、忠告、警告、ご褒美?…まぁ、好きなように捉えて貰っていいけど一つだけ良いことを教えてあげるよ」


 テンマは、話を続けながら自分を軸にこれまでと比較にならないほどのマナを注ぎ込み、風を展開させる。


「なにを!?」


 そして、その様子に警戒を露にしてふらふらの足で踏ん張ろうとする森尾へと続きを口にする。


「君たちがその差を埋めようと必死に努力しなければ、僕たち鬼灯はおろか、いつか他の能力者にすら負けることになるよ。だから今から見せるこれは…今後の君たちにとって一つの指標となるかもね」


「指標…?」


 森尾が疑問を口にするも、テンマは止まらずに手を空へと伸ばす。


 そして…


 「そこから動かないでね?『鬼雨千刃』」


 ——ザーーーーッ


 「な……?!」


 テンマの声の直後に、自分と火焚の場所を除いて、降り注ぐ刃の豪雨。


 それは最早、避けるという選択肢を森尾から奪い、容赦なく周囲の建物や地面を切り刻んでいく。


 動かない事が1番の最善策。故に…その悪夢のような光景を…森尾はただただ口を開けて見ている事しかできなかった。


 ——ドタッ


 攻撃が止むと、森尾はほんの数秒で更地のように変わり果てた場所で、遂に火焚と同様に膝をつく。


 「こ…こまで…」


 「少しは分かったみたいだね」


 「っ…ガハァッ?!」


 言葉を紡ごうにも、驚きで言葉が出てこない。そして、攻撃が止むのと同時に空歩で距離を詰めて来ていたテンマに鳩尾を殴られた事で意識の方が先に無くなり、森尾はテンマにしなだれかかるように倒れる。


 テンマは、そんな森尾を火焚の横へと投げ捨てると、程々に満足といった表情を浮かべ、伸びをしながら誰に聞かせるでもない感想を叫ぶ。


「あー終わっちゃったなー!ま、予想以上に楽しめたから悔いはないけど!それに言われた通り、見込みがあったからアドバイスもしたしね!これで、次はもっと楽しめそうかな!……まぁ、それでもやっぱり僕の1番は一生揺らがないだろうけど」


 そして、一息つくと銀次とクロのいる方向を眺めて、今後の動きをサッと決める。


「ふぅ、とりあえずは向こうに戻るかな!ここに居ても特にやる事ないし……もしかしたら万が一があるかもだしね!」



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