第92話 テンマvs森尾・火焚(3)
「以前に見せた動きや郷田さん達の話から侮れない相手とは思っていましたが…正直、これ程までの実力を有しているとは思いませんでした」
森尾は、掠め取ったテンマのTシャツの布片を投げ捨てながら口を開く。
しかし、テンマはそれに首を傾げて応える。
「んー、褒めてもらえて悪い気はしないけど、僕まだ殆ど全力…っていうか、まともな攻撃すらしてないと思うんだけど?ここまでは基本的に受け身だったし、攻撃したと言ってもほぼカウンターだったよね」
「…そ、うですね」
そのテンマの言葉に、森尾は一瞬そんな訳ないとつい否定の言葉を口にしようとするが、これまでの戦いを振り返ってみると確かに殺傷力の高い攻撃をされた覚えがないことに気付き少し言葉が詰まる。
「はっ、ここまではか弱いアタシらに配慮して手加減してくれてたってか?」
「あはは、当たり前じゃん。そうしなきゃすぐ終わっちゃうもん」
火焚は、森尾は以前の接触で鬼灯という組織を過大に評価しすぎる癖があると……テンマがハッタリをかましているだけだと、口角を吊り上げ高を括ったような態度を取る。
しかし、そんな火焚の物言いに当然とばかりに笑うテンマに、火焚も訝しむように眉を顰める。
「…すぐ終わっちゃうだぁ?随分と舐めた口聞くじゃないかよ、チビ。ついさっきまで必死に逃げ回ってたのをもう忘れたのかよ」
火焚はそう言い、先程までと同じように自身の前に火の銃弾を展開し始める。
しかし、テンマはその展開されたいくつもの炎を前に、分かりやすく肩を落として怠そうにする。
「んー、君が僕の言葉をどう解釈するのも勝手だけどさ。それはもういいやー」
「あ?そんな口先で止めさせようって魂胆なら…」
「いやいや、そんなんじゃないって!正直、その攻撃もう速度にも躱すのも慣れてきちゃったからつまんないんだよね……まぁ、そのまま撃つのも君の勝手だから止めはしないけど、どうせ僕には当たらないし、マナの無駄遣いになるからやめた方がいいよ」
「そうかよッ『螢火砲』」
「あー、結局撃つんだ」
テンマは、親切で忠告したのにも関わらず、お構いなしとばかりに攻撃を放ってくる火焚に呆れた視線を送る。
そして、迫り来るいくつもの火の銃弾をしかと見据え、特に焦る事もなく自分を軸にマナの操作を始める。
「ま、そもそも躱す必要もないんだけどね。風系統術『空界』」
その瞬間、テンマを囲うように螺旋状に回転する風が現れる。そして、それは火焚の放った火の銃弾の尽くを背面に逸らし、無効化していく。
『?!』
その光景に、目を見開き驚愕を露にする森尾と火焚。
「ね、無駄だったでしょ?」
「チッ…」
攻撃を全て捌き終わると、テンマは軽く息をついて火焚へ笑いかける。
火焚は、それに悔しげな表情をして舌打ちをするが、今の攻防でテンマの言葉通りマナの無駄遣いだと分かったのか、それ以上追撃してくる素振りはなかった。
「…で、これでこのままでは僕に通用しないって事が分かった訳だけど、君たちはこれからどうするの?」
「…どうするとは」
「いや、このままダラダラ戦うのかなーって思ってさ。だって君たち、完全に格上相手なのにいつまでもケチなマナの使い方してるじゃん」
自分で聞いておきながら森尾自身も分かっていた。このままではこの相手に勝てない。
自分と火焚…能管が持つ現在最高戦力の2人が協力しても倒せるか怪しい相手。いや、きっとこの相手に勝つには単に協力するだけでなくそれこそマナの消費を考えないレベルでの死力を尽くす必要がある。正直に言うならそれでも勝てるビジョンはあまり浮かばない。
だが、今までの戦い方ではダメという事だけは分かる。このままでは、いずれにせよマナが底を尽き行動不能となる、時間の問題だ。
しかし、それと同時に鬼灯のメンバーが残る現場に仲間を置いてきてしまった事が頭をよぎる。
敵は…どんな力を持ち、どれだけの強さがあるのかも分からない未知数の相手。クマを連れていたが、そこは鬼灯のことだ…きっとそのクマも普通のクマではないことは想像に容易い。
そこで森尾が抱くのは猛烈な不安。
能力者数人を無力化するには些か過剰だと思えるような装備と人手を集めて来たつもりだ。それも半ば上の反対を押し切ってきてまで。
だが、その能力者数人が鬼灯ともなれば途端に話は変わってくる。無力化するのに、一体どれだけの被害を出してしまうのか…いや、どれだけ持ち堪えられるのだろうか。
自分の敵対する相手も決して出し惜しみをして勝てる相手ではない。だが、ここで自分が力を使い果たし倒れてしまったら、後で加勢に向かう事も出来ない。
そんな反発し合うような考えが、森尾の行動を中途半端にさせる。
「ふーん、なるほどねー。アンタの方が格上ってのは気に入らねぇが、言ってる事は確かに一理あるかもなー」
「火焚さん…」
「なんだよ森尾ちゃん、別にいいじゃない。どっちにしろここで負けたらお終いなんだ。この期に及んで面倒臭いこと考えるのやめなよ」
「………そうですね。確かに、その通りです。ここで負けたらお終いです」
火焚の敵の挑発に乗るような言動で、森尾は却って冷静になる。
加勢に向かうにしても、この敵を引き連れて行く訳には行かない。となれば、ここで例え力を使い果たしたとしても、この場で倒しきることが全体的に見れば最善だ。
「火焚さん、ここからは一切の出し惜しみ無しで行きましょう」
「へー、いいのかい?そんなこと言ったらアタシは本当に加勢に向かう余力なんか残さないよ」
「構いません。今は、この場で倒し切ることが最善ですから。それに、きっともう少し経てば自衛隊などの援軍も来てくれるはずです」
「あっそ、なら遠慮なく」
森尾の言葉に、火焚は殺意を感じさせる目で地べたに座ってあからさまに舐め腐った態度を取るテンマを見据える。
「あれ、作戦会議は終わった?…みたいだね」
テンマは2人の顔つきの変化に、ピョンっと飛んで立ち上がり戦う体制を整える。
「うんうん、その様子ならようやく本気で戦う気になってくれたみたいだね!」
「おかげさまでな…そしてこりゃまたご親切に待ってくれたって訳だ」
「まぁ、そこはハンデ…っていうかサービスだよね!」
「サービスね…そりゃいいや。この際だ…何ならもっとしてくれたら嬉しいんだけどね?」
「んー、もっとかー」
テンマは火焚の軽口に真剣な表情をして考える。
「そうだなー、急に言われたからパッとは思いつかないけど…うん、まぁこれくらいなら良いかな」
『?』
何か重要な事を明かしそうなテンマの雰囲気に、2人は自然と顔を見合わせる。
「君たち2人のスキル等級って上級ぐらいでしょ?」
『…』
テンマの唐突な質問に2人は情報を取られないよう咄嗟に黙秘する。
しかし、テンマはその反応に笑みを浮かべながら言葉を続ける。
「はははっ、2人とも嘘を吐くのは苦手みたいだね。でも、僕身近に嘘つくの悪魔的に上手い人いるからそういうの解っちゃうんだよね!ここでの黙秘なんて肯定してるのと変わんないよ!」
「チッ…だからなんだってんだよ」
「火焚さん!」
「もうバレてんなら隠したって仕方ないだろ。で、それがどうしたんだよ」
明からさまにイラつく火焚に、テンマは「ごめんごめん」と話を続ける。
「僕が言いたいのは、スキルの等級…いや、もっと言えばスキルの種類は強さに比例しないってことさ」
「あ?んな訳ないだろ。スキルの種類は当然として、スキルの等級は確実に強さに直結する」
「…」
森尾は火焚の言葉を聞いても沈黙する。
どんなスキルも使い方次第…という風に理解はしている。だが、テンマの言うように、その種類や等級が強さに比例しないというのは、なかなかに頷き難いのが本心だった。
しかし、テンマはそんな2人の心境を知ってか知らずか、ニヤリとして口を開く。
「そう?でも君たち2人を圧倒してる僕のスキル等級は中級だよ」
『!?』
あっさりと重要な情報を明かすテンマに、2人は驚愕で目を見開く。そして、その明かされた内容にもまた言葉を失う。
「君たちの言うように等級で強さを測るなら、僕は君たちの格下ということになるね。どうかな、この情報は…少しはサービスになったかな?」
『……』
信じ難いとでも言うように硬直する2人。
「ふふっ、その様子なら十分驚いてくれたみたいだね!なら、サービスタイムはこれでおしまい!……いつまでも固まってると殺しちゃうよ?」
——ゾクッ
ここに来て初めて放たれるテンマの殺気に、森尾と火焚は瞬時に正気に戻る。




