第91話 テンマvs森尾・火焚(2)
「お望み通り殺してやるよ」
その瞬間、火焚の掲げる手から轟々と燃え盛る炎の球体が現れる。
「わー何それ!すごい、小さい太陽みたい!!ってか炎もだけど熱もヤバいね!!」
普段見慣れない自分と同系統の能力に、テンマはおもちゃを前にした子供のように目を輝かせる。
しかし、ここで気になることが一つ。
「でも、それ…マナの消費大丈夫なの?」
火焚の作り出した炎の球体はそれなりに大きい。出力からするに恐らくスキル等級は中級以上。余裕を考慮するなら上級以上でも十分あり得る。だが、それでも相応のマナを消費しているはず。
スキルの等級に能力の格差はあるが、マナの総量にはおそらく明確な格差はない。となれば、長く戦いを楽しみたいテンマとしては敵のマナの消費は気になるところだ。
「はっ、ご親切にどうも。でも、お生憎様。口煩い上官のおかげで、まだまだエネルギーは有り余ってるんだわ」
「そうなんだ!なら良かったよ!」
これ程の規模の炎塊を前にしても、余裕の態度を崩さないテンマに、火焚は気に入らないとばかりに顔を顰める。
「余裕かましている場合かい?おチビさんよ」
「あははっ、やだなぁ。かましてるんじゃなくて実際に余裕なんだよ。ま、新鮮で見てる分には面白いけどね」
そう笑い、背筋が寒くなる雰囲気を醸し出すテンマに、火焚はその気持ち悪さをかき消すように技を展開させる。
「そうかよ、ならサービスでもっと近くで見せてやるよ『烈火輪』」
森尾から放たれた炎の球体は、テンマへと凄まじい熱気を放ちながら迫る。
「うわ!近付くともっと熱い!確かにこれは当たったらヤバいね。でも…風系統術『刃』」
テンマはその巨大な炎を難なく平行に斬る。
「な?!」
自分の繰り出した技があっさりと両断されるその光景に火焚は思わず驚きの声を上げる。
しかし、そんな火焚を他所に、テンマは炎の球体が切れたその間を抜けるように空歩ですかさず距離を詰めに行く。
「させません!」
火焚に猛スピードで迫る中、それを守るように森尾が立ちはだかる。
だが、テンマの目前にはついさっき放った風の刃が先行するようにある。だから、特に何かする必要はない。この状態を維持すれば簡単に火焚まで距離を縮められる。
そう思っていた。
しかし、テンマの予想に反して、森尾はその風の刃を避けることはなく真正面で受け止めるような位置に立った。
「何を?!」
刃の威力は炎を切ったといえど、未だ衰えていない。人1人を切断するくらいなら難しくない。
その為、テンマはその光景に目を見開く。
だが、森尾の目はしかと迫る刃を捉えていた。
森尾は、力を溜めるように両腕をクロスさせる。そして、獣化の応用で意識的に鋭く伸ばした爪を風の刃目掛けて勢いよく振るう。
「『爪牙裂』」
その森尾の攻撃によって風の刃は霧散するように消えていく。
「わぁ!すごいね!」
風の刃を真っ向から対処されたことに素直に驚くテンマ。
快以外にもこんな芸当ができる人間がいるのかと思うと、つい頬がだらしなく緩む。
「ふふっ、まさかこれを対処されちゃうとはね!まだまだ楽しめそう!でも、僕体術も得意なんだよねっ!」
テンマは、目前にあった刃が無効化されても構わず距離を詰めることをやめない。それどころか、大技を繰り出して少し体制の乱れている隙を逃さないよう、さらに速度を上げて、森尾の頬を容赦なく殴り付けにいく。
「ブハァッ!」
拳に伝わる確かな手応えと共に森尾は飲食チェーン店の看板のある建物へとぶっ飛んでいく。
「わー、変な感触!柔らかいのに硬い…なんかゴムみたい」
これまでたくさんの人間を殴って来たが、そのどれとも違う感触にテンマは首を傾げる。そして感覚を確かめるように手を握ったり、開いたりを繰り返す。
「ま、いいや!手応え的に頑丈だったから、すぐ復活するよね!」
そうして、テンマは視線を目の前に立つ火焚へと向ける。
「で、君はさっきのでネタ切れって事はないよね?」
「言ってろ」
そうしてテンマが、火焚へと距離を詰めようとした瞬間、それを牽制するように火焚の前にいくつもの小さな火の塊が展開される。
それは、10や20どころの数じゃない。裕に100は超えているだろうという火の塊。
「あはっ、それどうするの?」
テンマは期待の眼差しを火焚へと向ける。
「はっ、んなの決まってんだろ!チビを焼くんだよ『螢火砲けいかほう』」
——シュッ
「っ!」
火の弾丸はテンマの予想よりもずっと速い球筋で襲いかかってきた。体感で言うならそれこそ射撃されたものと殆ど変わらない。
弾が火で構成されている為、幾分捉えやすくかろうじて避けられているが、そうでなかったらきっと初撃で命中していた。
「ッ!ッ!」
「おらおら〜どうした〜!」
火焚は、テンマが防戦一方になった事に気分を良くしたのか、目の前で展開していた火が無くなるとすかさず新たに作り出し、畳み掛けるように火の弾を連射する。
実のところ、テンマにはこの猛攻を態々躱さずとも無効化する方法は幾らでもある。だが、この能管と戦うという貴重な機会に置いて、テンマはそんな勿体無い選択肢はとらない。
ここまで戦った感覚で、既に2対1といえど負ける事がないというのは薄々感じている。
マナの配分を気にしている所や死の感覚に疎いからこそ見せる僅かな隙。そういった些細な挙動が、地力の差を否が応でも浮き彫りにさせる。
きっと、このまま戦い続けても、快と初めて戦った時のようにどんでん返しで負けるようなこともなければ、ピンチに陥る事もない。加えて言うなら、本気で相手をしたのなら大技1つで勝負をつけられる。
だから、それが分かった時点でテンマの狙いは、死ぬかもしれないギリギリの戦いを楽しむことから、相手の全てを引き出しながら楽しむというものに変わっている。
ギリギリどころか、殺す気で掛かっても殺せない相手は既に居る。なら、その楽しさはそっちでいくらでも味わえばいい。故に落胆はない。
とはいえ、この攻撃も…決してつまらないものではない。油断出来るものではないのは紛れもない事実だ。
攻撃力は本物。直撃すればポーションなしではまず戦闘に復帰出来ない。
火焚の放つ火の銃弾は、弾丸こそ小さいものの、その真価は着弾した後に発揮する。というのも、着弾先に少しでも引火するものがあれば、それを火種に一気に燃え広がる。
その証拠に、周囲にある建物や車などの障害物を利用して避ける中、横目で自分の道程を確認するとそこには火の道が出来上がっている。
——シュッ
「…よっ……!」
テンマが遠距離射撃を避けるのにもそろそろ飽きてきた頃。急に何かが背後から迫る気配がした。
「『爪牙裂』」
「おっと!!」
森尾が背後から繰り出してくる爪攻撃を、テンマはインパクトまでのその刹那に火のない所を見極め空歩で距離を取る。
「ふぅ…今のはちょっと危なかったかな!」
テンマは、同時に視界に入れる為に、2人と三角形を作るような位置で一息つく。
「何やってんだよ、森尾ちゃん!」
「すみません。仕留めたと思ったのですが…服に掠らせるのが精一杯でした」
「ん、掠らせる?」
テンマは森尾の言葉に自身の服を確認する。すると、確かにTシャツの裾が僅かに切られていた。
「あちゃー、掠ってたのか!!これ、お気に入りなのに!!ってそうか!道理で僕が通ろうとした先々の道を攻撃される訳だ!味方のいる位置まで君が僕を誘導してたんだね!」
テンマは、これまでに得た脳内にある敵の情報を更新し、認識のズレを訂正する。
へー、見た感じ仲が良く無さそうだったから、どうせ口だけだと思って、協力してくる事はあんまり想定してなかったな。危ない危ない。




