第89話 翻弄
「うわぁぁぁぁ!!」
「な、なんだコイツら!動きが速過ぎて攻撃が当たらねぇぞ!!」
「お、おい!だからって無闇に銃を乱射するな!味方まで巻き込まれる!!」
テンマの思い描いた通り、クロウズに襲い掛かられた能管部隊は、物の見事に翻弄されていた。
「鬼灯、あなた達は一体どこまで…」
森尾は、夥しい数のカラスによって、刻々と仲間が無力化されていく光景を驚愕の表情を浮かべて眺める。
以前の大敗もある為、決して油断や侮りがあったわけでない。しかし、十分な準備をしていたはずなのに、機先を制するつもりが逆に制された。
その事実が、森尾に否が応でも鬼灯という組織の底知れなさを今一度思い知らせる。
この現場にも他の戦力がまだ隠れているのか、一体どれほどの力を隠し持っているのか、そもそもの目的は何なのか…この異様な状況を前に疑問は次々と溢れてくる。
しかし、このまま現状維持という訳にもいかない。本当は今すぐにでも加勢に向かいたいが、目の前の敵を自由にさせる訳にもいかない為、安易に動く事は出来ない。
「ふぅ…」
森尾は思考を瞬時にまとめ、乱されたペースを取り戻すように小さく息を吐く。
「あれ、随分と落ち着いてるんだね。僕としてはサプライズのつもりだったから、もう少し驚いて欲しいところだったんだけど」
「それなら喜んで下さい、十分に驚かされました。サプライズは大成功です」
「え、そうなの?それにしては反応薄いと思うけど…あ、もしかしてドッキリ苦手なタイプ?」
「そうですね…確かにドッキリをされるのは嫌いです。ですが、仕掛けるのは存外嫌いではありません」
「ん、それってどういう…?!」
森尾の言葉に、テンマ同様銀次とクロも首を傾げる
しかし、その後直ぐにその言葉の意味を理解した。
——ドカーンッ
突如、周囲の建物を揺らすほどの振動と共に爆炎が起こる。
場所はクロウズが能管部隊を襲撃していた付近で、その炎は不自然にも高い火柱を形成したまま、敵陣頭上で高速飛行をしていたカラスを次々と焼き落としていく。
「はぁーーーーー、スッキリした。アタシ、カラスって昔から大嫌いなんだよね。汚いし、臭いし、邪魔だから」
今も尚、爆炎が揺らめく中、そう愚痴を溢しながら姿を見せる1人の女。
『?!』
その光景に、鬼灯一行は驚き目を見開く。
その女は、森尾とよく似た深い藍色の活動服に身を包み、通常なら一瞬触れただけでも身もだえしてしまうような灼熱に晒されながらも平然としている。
「火焚さん。助かりましたが、後のことを考えてもう少し力をセーブして下さい」
「あーもーうるさいなー。アタシだってそれくらい分かってるってば。だから、車ごと燃やしたんじゃん。ガソリンのおかげで威力の割にそんなに力は使ってないって」
「驚きました。火焚さんがそこまで考えていたとは…」
「流石の森尾ちゃんでも燃やすよ?…っと」
火焚と呼ばれるその女は、燃料を出し切ったとばかりに黒い煙を放出する車から飛び降り、森尾と並ぶように鬼灯一行の前へと立つ。
「アンタらが鬼灯っての?」
「ふふっ、そうだよ〜!」
テンマは見知らぬ能力者の登場に、面の下で頬を緩ませながら火焚の問いに答える。
「ふーん。森尾ちゃんが散々強力な能力者集団って言うからどんな奴らかと思えば……鬼の面をした凸凹コンビにクマって…ははっ、随分と奇天烈なメンバー構成じゃない!こんな騒ぎ起こしてないで、トリオ組んでお笑い芸人にでも転職したら?そっちの方が絶対向いてるって!」
「お前も初対面なのに随分と喋るな。俺たちがトリオならお前はピンで芸人を目指したらどうだ?まぁ、お前はクマという可愛らしいマスコットがいる俺たちとは違い、売れはしないと思うがな…」
顔を合わせて早々に仲間を悪し様に言われカチンときた銀次は、売り言葉に買い言葉で火焚を挑発する。
そして、滅多に怒らない銀次が自分たちの為に怒ったことに嬉しくなったテンマは、悪ノリして更なる挑発を繰り出す。
「おー、そうだそうだ!このクマが居る限り僕たちの成功は約束されたようなもんなんだぞ!芸人どころかサーカスでだってやって行けるわい!舐めんな、この三下ピン芸人!」
「ガウガウ!」
テンマの言う通りだとでも言うように、クロも鳴き声を上げる。
人だけに限らず、クマにまで挑発された事に青筋を立てる火焚。遂には、攻撃を放とうと掌に火の玉まで作り出し始める。
「この…!」
「火焚さん、落ち着いて下さい。先に煽っておいて、簡単に挑発に乗らないでください。感情的になればそれこそ敵の思う壺です。待てです。待て」
「…ねぇ、森尾ちゃん。それ止めてるんだよね?別に煽ってる訳じゃないんだよね?」
「何のことですか?」
飼い犬に躾けるような物言いで諫めようとする森尾に、火焚は更に青筋を際立てさせる。
「あははっ、やっぱりコンビで芸人を目指すことにしたの?」
「目指しません」
未だ興奮した様子の火焚に代わり、森尾が応える。
「ふーん。ま、そんなのは別にどうでもいいんだけどさ。君の仕掛けたドッキリはその人でおしまいなの?それなら、残念だけど形勢はまだ僕達の方に分があると思うよ。カラスだって燃やされちゃったけど、数にはまだまだ余裕があるしね」
実のところテンマとしては、数の利があるとはいえこのまま森尾と火焚との戦闘に入るのは避けたいのが本音だ。
森尾のように火焚に事前情報はないが、幸い先刻のことで既にそのスキルには当たりがついている。そして、それを考えるといくら強靭な肉体や優れた身体能力があるといえど、非能力者が相手をするには厄介な能力者なのが深く考えずともわかる。
現状、森尾は予測のつかない銀次やクロの力を警戒し、安易に仕掛けてきてはいない。だが、一度戦闘が始まって仕舞えば非能力者という事実が露見するのにそう時間はかからないだろう。
そうなれば、自分1人ならまだしも、協力されて立ち回られたら銀次とクロがポーションを飲む間もなくやられる可能性がある。
快が不在時の仲間の死…それだけは絶対に防がなければならない。
となれば、敵を分断するにしても、作戦を立てるにしても、現時点で敵の戦力を正確に把握しておく必要がある。
「おしゃべりを楽しむのは結構だけど、そろそろ加勢に向かわなくて大丈夫?僕としては、このまま簡単に全滅されちゃうのはつまんないんだけど」
「その心配には及びません。ドッキリはまだ途中ですので」
そう言う森尾は、先程までの驚いた表情ではなく余裕のある表情をして未だクロウズとの攻防を繰り広げる能管部隊を見る。
森尾と同様、その方向へと視線を向けると、テンマは得心するように頷いた。
「へー、なるほどね。そういうこと…」
あるのは僅かな違和感。
クロウズは、今も無力化する為に懸命に攻撃を部隊へと仕掛けている。だが、不思議な事に一向に部隊のクロウズに対する攻撃が止まないのだ。そして、それと同時に一方的に攻撃を受けているはずのクロウズも数を減らさない。
銀次もその異変に気がついたのか、テンマへと能管に気取られない様に細心の注意を図りながらの情報共有を試みる。
「テンマ…気づいてるか?」
「うん、クロウズと能管部隊の事でしょ」
「いや、それもだが…いつの間にか周りに倒れていた筈の人達の姿が消えている」
「…!?」
テンマは、銀次の言葉に動揺を出さないように静かに辺りを見渡し確認する。
すると自分達の周囲には、本当に先程までそこかしこに転がっていた筈の人間の姿が見当たらなかった。
「これは…」
「うん、いるね」
銀次とテンマは、森尾や火焚以外の能力者の存在を確信をする。そして、それと同時に事前情報からその人物を割り出し始める。
大勢の人数を運び出すには人手が必要だ。となると、気配を消すのではなく偽る事が可能な人物だと推測される。そして、その行動を全面的にバックアップ出来る人物がいると尚良いだろう。例えば、未来が見えたり、クロウズや不意の攻撃を防ぐ事が出来たり。
そうして銀次とテンマが真実へと行き着いた頃、事態は動きを見せる。
クロウズへ行われていた見せかけだけの攻撃が、見せかけではなく実弾によるものとなり始めた。
そして、クロウズは敵部隊の所在が特定できず、一気に防戦一方となる。
「狙撃ポイントが変わっている。恐らく、幻影で惑わせている間に、実際の部隊の位置を移動させたんだ」
「うん、きっと周りの人間を運び出したのもそのやり方と同じだろうね」
テンマと銀次の視線で2人が違和感に気がついた事を察した森尾は、重心を落とし戦闘体勢を整えながら口を開く。
「ドッキリは気に入っていただけましたか?」
「ふふっ、変わったのは人手や規模だけじゃなかったみたいだね」
テンマは、森尾の言葉に反応しながらも戦力を分断する算段を考える。
そして、すぐにその最適解を導き出し、銀次とクロへその内容を簡潔に伝える。
「クロウズは引き続き能管部隊を、この2人は僕が相手をする。銀ちゃんとクロは…」
「事前情報にあった3人だな」
銀次は、真剣な眼差しを向けてくるテンマと顔を見合わせ、作戦の了解を伝える。
「数の利は向こうの方にある。大丈夫?」
「あぁ、問題ない…俺たちが一体誰に鍛えられたと思ってるんだ?」
「ガウ!」
声色から心配しているのが分かるテンマに、銀次とクロは自信を見せ付けるように力強く頷いてみせる。
「ふふっ、それもそうだね!」
その2人の頼もしい姿に、テンマは即座に心配をやめ、普段の好戦的な笑みを浮かべて目の前の敵2人を見据える。
そして、自身の足下に風を集めながら作戦の開始を告げる。
「じゃ、作戦開始だよ!始めの分断は僕に任せて!」




