第87話 潜入
——能力者管理局施設 上空
事態が動き出したのは、事前に取り決めていた時間から僅か5分後のことだった。
「どうやらテンマ達は上手く注目を引けたみたいだな」
能管の施設に目をやると…けたたましいサイレンが辺り一体に鳴り響く中、局員だと思われる奴等が何やらあっちこっちへと忙しなく動いている。
しかし、その動きに迷いは一切感じられない。
恐らく、通報があった場合なんかには消防局のようにいち早く現場に辿り着けるようにマニュアルが決められているのだろう。
「おっ、どうやらとうとう出動するみたいだな。ここでどれくらいの戦力が動員されるかで、俺の負担も変わってくる。俺としては、多ければ多いほど仕事は楽になるが……」
動員される大体の戦力の把握をしようとそのまま様子を窺っていると…「え、そこ開くの?」みたいなまるで扉に見えない扉が次々と開いていき、そこから続々と戦力が乗っているであろう車両が出てくる。
「えーっと、1、2、3…6…9、10…うん、ちょっと多いな。いや、想定より結構っていうか大分多いな」
俺は内心少しだけ焦る中、ざっと戦力計算を始める。
うちの戦力がテンマ、銀次、クロ、クロウズ1000〜1500羽。
で、敵さんは…今し方出て行った能管の直属部隊と能力者複数。そして、必要に応じて確実に出動するであろう自衛隊、警察の現代兵器部隊。
「結構危ないか?いや、もしくはワンチャン死ぬか?…うん、分からんな。流石の俺の脳内スーパーコンピュータでも未知数が多すぎる。まぁ、ポーションも過剰だと思える程持たせてあるし、危険だと判断すれば全力で逃げろとも言ってあるし大丈夫だろ……………多分」
正直なところ現代兵器の方はあまり心配はしていない。武器自体は強力だが、テンマやクロウズの能力や敵陣の奴等を盾にするような立ち回りを利用すれば、無力化するのはそう難しくないだろう。
だが、能力者は違う。能力者には相剋関係とでも言うべきか…相性というものがある。マッチングによってはテンマですら危なくなりうる。
1年前に敵対した時には、そういった類の能力者は見られなかったが、現在はどうか分からない。
加えて、実力に劣る銀次やクロを人質にでも取られたら、テンマが居たとしても戦局は余裕で覆されてしまうだろう。
で、差しあたっての鍵を握るのは、やはりどれだけの能力者が戦力として動員されたかどうかなのだが………今からでも、今し方出て行った能管部隊追っかけてぶっ潰すか?それなら少なくともアイツらが死ぬような事態にはならないはず…
「…いや、無しだな」
俺は浮かんだ考えを被りを振って取り消す。
これは考え方次第では、テンマ達に対する裏切り行為だ。
ここでアイツらを信じて動くことができなければ、きっと今後もこう言った危ない局面で俺は出しゃばってしまう。ここで信じてこその仲間というものだろう。
ダメだな。俺が優しすぎるのか、油断をすると最近どうも過保護な考えになってしまう。鈴の影響か?
「ま、とりあえず俺は俺の事に集中するかね。どうせ、アイツらが死にそうになったら能管の施設に残って居るであろう局員数百人か数千人かは知らんがそいつらと人質交換すれば良いだけだしな」
そうして、改めてこのままの作戦決行を決心した俺は、再び能管施設を見下ろして様子を窺う。
俺が突入するタイミングは、出て行った能管部隊が引き返すという手段が容易に取れなくなった頃合いがベストだ。となると、必然的にそのタイミングはテンマ達と能管部隊が接敵した時が好ましい。
それで逆算すると、ここからテンマ達が事を起こしたところまで、通常の車両で向かったとしたら約50分程度。だが、恐らく奴等の車両は緊急車両扱いとなる。ならこの場合、道路交通法による規定は無いと考えた方が無難だろう。
そうなると…ま、ざっと2、30分って所かね。
「今でようやく10分ってところか。なら、このままもう少し待機だな」
——そうしてクロウズの背で待ち続けること10分
俺は都合よく施設から出てきた局員を発見し、1羽の精鋭カラスに一つの命令を下す。
「あそこの局員が首から下げてる会員証を奪って来れるか?」
「カァー!」
「よし、行ってこい」
俺の命令を受けたカラスは、翼を畳んで瞬時に急降下を始める。それは重力の助けもありグングンと加速していく。
そして…
『え…?!』
そのカラスは見事に会員証らしき物を奪い取り、即座に急上昇を始める。その所業は、さながらトンビがご飯をかっさらう時のように見事だった。
局員の方はというと、あっという間の出来事に頭がついていかず未だに口を開けて呆けている。
「ふむ、これで入れるのか?まぁ、物は試しだな」
俺は、局員から奪い取った会員証を手に取り軽く確認すると、早速突入の為にクロウズへと降下を命じる。
ここから飛び降りても死にはしないだろう。だが、せっかく静かに侵入できそうなのに、ここで注目を浴びるような登場をしては意味がないからな。
まぁ、テンマあたりならカッコつけて飛びそうなもんだが、俺はそこまで考えなしじゃない。
それに、この際どこまでバレずに侵入できるかを試すのも楽しそうだ。今回は派手な戦闘はテンマ達に譲った分、これくらいの楽しみがあっても良いだろう。
先程と同様、クロウズは俺を乗せた状態でも物凄いスピードで地面へと迫る。そして、事前に確認していた侵入経路付近へと軌道を調整し、低空飛行を始める。
「よっと…ありがとな」
丁度良いタイミングで飛び降りた俺は、クロウズへと礼を言う。
『カァー!』
クロウズは一度返事をするように鳴くと、再び空へと急上昇を始める。
「さて、ようやく侵入作戦開始だな。いや、一先ずは潜入作戦か」
俺は、会員証を手に早速入り口へと足を進める。
周囲に俺以外の気配がないことからして、どうやら俺が会員証を奪った奴は、既に施設内部にいる奴に連絡をとって入れてもらったみたいだな。
「確か…この辺だったな」
——ピッ
遠目から確認していた場所へと、見様見真似で会員証をかざす。すると、改札を通る時のような軽い音を出して、繋ぎ目すら見えない壁がゆっくりと開いていく。
「おー、ここが能管施設内部か。こりゃ外観といい内装も大分金が掛かってるな」
先に続いていたのは、青白い無機質な素材で覆われた通路。イメージで例えるなら、近未来を舞台にしたSF映画に出てきそうな感じと言えば少しは伝わるだろうか。
潜入という体をとった以上、いきなり人が密集していそうな広い空間に出なかったのは有難いが…この建物の造りの感じだと、こういった事態も想定して普通に罠とかも設置されてそうだな。
ま、望むところだけど。
「お邪魔しまーす」
俺は、しっかりと挨拶を忘れずにその通路へと足を進める。
「ふむ、実は密かに生体認証かなんかで入った瞬間に警報!みたいなのも期待してたんだが…どうやら、そういった機能はまだ導入前みたいだな」
その証拠に、俺が通路を無防備に進んでも、一向に警報や人が駆け付けてくる気配はない。
まぁ、今回は正規の手段で入ったからな。
それに、これはこれで人や監視カメラに捕捉されるまでの過程を楽しめそうだから結構悪くない。
と、敵陣で呑気にそんな事を考えていると、早速第一村人もとい第一局員を発見する。
その局員は、どうやら外に用があるらしく出口から程近い俺の居る方向へと真っ直ぐに向かってきている。
幸い、馬鹿みたいに長い通路のお陰で、相手にはまだ俺の存在に気が付かれていない。
俺はその状況に、身バレを防ぐ為の面をしていることを確認し、完璧なファーストコンタクトを果たす為の準備を整える。
「え…あれ。なんで…子供…?」
ようやく俺の存在に気が付くメガネを掛けた男の局員。
俺が子供の姿をしているからか、面をしている不審者がいるこの状況でも、訝しむような表情をするだけで済んでいる。
「こんにちは」
「あ、はい、こんにちは…」
試しに頭を軽く下げて挨拶をしてみると、困惑しながらも普通に挨拶が返ってくる。様子からしてどうやら俺に釣られてつい返してしまったらしい。
あれ、何だかこのまま普通に中に入れそうだな。もう少し試してみるか。ちょっと面白いし。
俺は続けて試しに通路の先へ…男の局員との距離を詰めてみる。
そして俺は、すれ違い様にペコリと会釈をしながら通り過ぎる。
「お仕事お疲れ様でーす」
「あ、はい。どうも……」
白々しく関係者面して通る俺とそれを凝視しながらも見逃す局員。
あれ、もう通り過ぎちゃったぞ。マジでこのまま行ける?…と思った矢先。
俺はついに呼び止められる。
「あ、あの…!」
背後から聞こえてくるその声に、俺は内心どこか安堵する。
ある意味よかったわ。逆にこんな顔すら晒してない顔パスで通されたら割と危ない橋渡ってる銀次やクロに合わせる顔がないからな。
だが、これでどこまで行けるかは気になるから、一応この茶番は続けてみよう。
「はい?」
「あの、こちらにはどういったご用で…というより、どうやって中に入ったのかお聞きしても…」
俺はその局員の言葉にスッと会員証を見せつけるように掲げる。
「…これ近くで拾ったので届けようと思ったんです。でも、どうやって渡したら良いのか分からなくて…そしたらさっき中に入っていく人見て、同じようにすれば届けられるかなって…考えて…」
俺は子供らしく、しどろもどろな感じを演出してその局員の質問に答える。
「あ、そうだったんですね。それはありがとうございます。ですが、ここは関係者以外本来立ち入り禁止の場所なので、それは私が預かってもよろしいでしょうか。外までは私が責任を持ってお送りしますので」
侵入者相手に随分と丁寧な対応を見せる局員。教育が行き届いているようで関心だな。
にしても、怪しい面をつけてるのにも関わらずここまでさせてしまう子供という存在は全く恐ろしいな。もはや潜入においてはチート級だ。
ここまでしてくれた人間の善意を無碍にするのは俺としても心苦しい。だが、残念かな。俺の答えは既に決まってるのだ。
「いや、大丈夫です。自分で届けるんで」
「えっと、先程も言ったようにここは関係者以外立ち入り禁止なので…」
「あ、自分言ってなかったですけど関係者なんで本当に大丈夫です。実はここ…身内が働いているんで」
「み、身内…どなたのか窺っても?」
「それは…」
さて、どうしよう。考える間もなく口からでまかせを言ってみたが、当然の如く関係を語れるほど親しい間柄の人間など居ない。
ま、この際仕方ない。展開としては面白いし、試しに知ってる名前をあげてみるとしよう。
「森尾一冴」
「次長の?!年齢的にお子さんでは無いはず…」
「弟です。弟の……一希……森尾一希…っ…」
おっと、笑いを堪えるのが大変だ。面をしていて本当に良かったな。
「一希君…ですか。次長の弟さんなら…確かに…いえ、それでもやはりダメです。規定にもたとえ親族であっても特別扱いはしてはならないとあるので」
ふむ、そんな規定があったのか。なら仕方ない。少し名残惜しいがこの方法はここまでだな。
ま、十分楽しませてもらったし、ここからはもう少し真剣に作戦に取り組むとしよう。いつまでも遊んでいて銀次やクロに負担をかけるわけにもいかないからな。
「じゃ、その設定無しで」
「せ、設定?設定ってどうい…ガハッ」
俺は、適度に加減した拳をここまで茶番に付き合ってくれた局員の鳩尾に感謝を込めて叩き込んで気絶させる。
「ふぅ、一般人相手の加減は久しぶりだから緊張したが…問題なく気絶させられたな」
俺は軽く息を吐いて通路の先を見通す。
「先は長いな。ま、それでこそやりがいがあるってもんか」




