第85話 イベント準備
作戦の概要を鬼灯の面々に伝えてからの数日。俺は早速それを決行する準備へと着手していた。
まずは、治癒ポーションの増産。
本作戦は、十分な戦闘能力のあるテンマはともかく、銀次やクロはある程度の怪我を負うことはもはや織り込み済みだ。
その相手となる奴が能力者なのか、はたまた強力な現代武器を装備した非能力者なのかは、今の時点ではまだ分からない。だが、どっちにしたって無傷で済むはずがないのは想像に難くない。
銀次とクロは、俺やテンマとの手合わせや肉体強化の過程で怪我を負うことには慣れているから、その事による戦意の喪失なんかは心配していない。
しかし、大きな怪我をすれば当然動きのパフォーマンスは落ちるものだ。それは、どれだけ事前に肉体を強化していようが変わらない、不変の事実だ。
戦闘は強い思いだけではどうにもならない。戦場での行動不能、それは即ち敗北であり死だ。
故に怪我を放置したままには出来ない。
となれば、俺がその命綱となるポーションを増産するのは当然の事だろう。今回、俺と別行動となる以上、鬼灯の戦力を維持する要は間違いなくポーションの存在だ。
まぁ、テンマには「流石に用心し過ぎなんじゃない?僕、日本人がそんなに人に向けて銃とか撃つとは思えないんだけど」…なんて言われたのだが、準備のし過ぎで困る事はないから良いだろう。
それに、俺はテンマの考えとは違う。
俺は、政府は既に能力者を脅威となる存在だと認識していると考えている。
表向きは、ガイドラインを制定し能力者と非能力者の共存を謳っているが、その実、能力者を一般市民の認識以上に警戒の対象として見ているのは間違いない。
だってそうだろう。
脅威だと思っていなければ、もう少し国の総力を上げて実力行使もとい能力者の徹底管理に出てもなんらおかしくないはずだ。
しかし、政府はガイドラインなんて消極的とも取れる手段を取っている。
それは、政府が…強力な能力者1人の力で国を落とされかねない。そう認識している何よりもの証拠だ。
となれば、政府に反抗勢力とみなされた場合、その存在にどういった処置を取られるのかは言うまでもないことだろう。
国を守る為という大義名分があるのなら…きっと銃の一発や十発、爆弾の一つや二つは状況次第で余裕でかましてくる。
これまでの常識なんてのは、何の当てにもならないのだ。
それには、やはり万全な準備をすることが不可欠だろう。楽しむにしても命を失ったのなら意味がない。
そして、ポーションの増産に続き、俺がしたのはカラーズへの協力の打診だ。
これまで散々こき使って置いて、今更打診する必要が??とツッコまれてしまいそうだが、いや、現にテンマや銀次に散々ツッコまれたのだが…今回はその必要があると俺は判断した。
今回の作戦は、有り体に言ってしまえば誇張なしで犯罪だ。うん、改めて考えてみても犯罪も犯罪。何なら大罪と言ってもいい。
罪の重さを考えてみても、イカサマ競馬で一儲け…とはレベルの違うものとなるだろう。
なんせ国の運営する組織に喧嘩を売るんだ…例え少しの関与であったとしても、それが露見した時の影響は決して少なくない。
カラーズは、もはや死ぬことすら覚悟の上で俺の遊びについてくるテンマや銀次とは、考え方が根底から違う。
今でこそ、社会的な死を与える担保を抹消したが、元はと言えば俺の自作自演で巻き込んだ奴等だ。まぁ、被害者ともいう。
だが、俺も付き合いが長く、奴等にはそれなりの情はある。
なら、これまでもそれなりの関与があったからといって、流石にこれほどの一件を一言の断りも入れずに、無断で手伝わせるのは酷というものだ。
きっとこの作戦を決行した後、鬼灯という俺のお遊びで始めた組織は、本格的に国にマークされることとなる。主犯格のテンマや銀次はもちろん首謀者の俺も。
だが、奴等ならまだ引き返せる。
というわけで、改めて相談という形で協力を打診したわけだ。
当然、その打診の際に力で脅したりなんて物騒な事はしていない。あくまで平和的に意向を聞いた。いや、本当に。これは銀次が証人だ。
して、その結果はというと…
『やりますよ、手伝います』
と全員二つ返事だった。
控えめに言って、事の重大性を理解していないバカなのか?と思ったが、銀次と共に話を聞いてみると…驚くことにそういった感じでもなく、全て理解した上で即答したらしい。
なんでも…
『ボスはいつかデカいことをやりそうですからね!それこそ世界を救う英雄みたいになったり…まぁ、正直世界を陥れる悪の親玉になったりする可能性もなくはないですが…いや、そっちの方が可能性が高いかもですけど…まぁ、とにかく今のうちに関わっておいた方がいい気がするんですよ。今の時点でボスと会ってから、充実した日々を送ってるのは事実ですから!』
と、ちょっと終始何を言っているのか俺には理解できなかったが、銀次が「分かる」と深く頷いていたので、そういう事にしてとりあえずは快く了承してもらった。
かくして、カラーズも今回の作戦で一枚噛んでもらう運びとなった。
そして、肝心なその協力してもらう内容なのだが、これは散々脅した挙句、少々拍子抜けする程簡単な役割なのだが、カラーズにはモブとなってもらうことにした。
ここでは偏にモブ…とは言うが、モブはモブでも物語には欠かせない重要度の高いモブだ。
してその内容は、『能力者が暴れているぞ〜!!』と、大衆の恐怖を煽って貰う役だ。
作戦の流れとしてはこうだ。
テンマ達が能管から程よく離れた場所で近隣住民を巻き込まない程度に派手に暴れる。
カラーズの誰かがそれに怯えた様子で恐怖を煽るように叫び散らかす。
すると、それに焚き付けられた住民が通報。
そして、国の組織が鎮圧のため出動。
国組織vsテンマ、銀次、クロ、クロウズ。
その間に俺が組織施設内部に潜入。
ここでのポイントはカラーズは直接は通報しないという所だろう。
実際のところはどうなるかは分からないが、通報した後に事情聴取かなんかをされる恐れがある為、ここで直接通報する事は避けさせる。
今後も俺達と行動を共にする以上、カラーズも下手に身バレをしてもいい事はないからな。
そして、ここでの重要な役所。事情を知っていて尚、恐怖を煽るような叫び声を上げられる人物だが、これは厳正なる悲鳴オーディションの結果。
イエローと相成った。
そして、敢えて言おう。
これはもはや天才と言っても差し支えのない程の逸材であったと。
テンマなんか事情を知っているのにも関わらず、「え…快ちゃん、ヤバいよ。なんか知らないけど、なんかヤバそうだよ。とりあえず逃げとく??」と、イエローの醸し出す雰囲気に当てられてしまった程だ。
思い返せば、初めて会った時からその才能の片鱗はあった。イエローは小学生と対峙して失禁する程のビビリなのだ。
恐らく全国をひっくり返してみても、これほど恐怖に敏感な生き物を探すのは容易ではないだろう。きっと、コイツなら確実に役目を果たしてくれるはずだ。
そして、俺たちは着実と準備を進めていき…
——8月上旬 作戦決行日・早朝
——スッ
「なんだ、見送りか?」
「ユーン!」
「あぅぅ!」
俺が、作戦もとい遊びに出かけようと店の裏口の扉を開けると、突然、建物の影となっている部分からユンとその背に乗る鈴が現れた。
どうやら、見送りに来てくれたらしい。
「にぃにぃ…」
鈴はユンの背から落ちそうになりながらも懸命に俺へと手を伸ばす。
ここ数日、共働きの両親の代わりに殆ど付きっきりで面倒を見ていたせいか随分と懐かれたみたいだ。
「なんだ、鈴。寂しいのか?」
「あぁぅ」
鈴を優しく抱き上げると、鈴は俺の襟元を力強く掴んで絶対に離れないとばかりに胸元にピタりとくっつく。
俺は子供は嫌いなはずだ。だが、やはり鈴が相手だとこのワガママも悪い気がしないのは血縁だからだろうか。
てか、コイツ相変わらずすごい力だな。無理に引き離したら着ているTシャツの方が破けそうだ。それにさらっと見過ごしてたが、ユンを普通にタクシー代わりに使ってやがる。
全く、末恐ろしい乳児だな。
「鈴、俺はもう行くからそろそろ手を離せ。帰ってきたらまた遊んでやる」
「うぅぁあ?」
「あぁ、高い高いだな。いいぞ。なら、俺が帰ってくるまでに何メートル投げられたいか考えとけよ」
「あぁう!」
鈴は俺の提案が気に入ったのか、すんなりと掴んでいた手を離す。
「じゃあ、ユン。俺は少し政府の奴等と遊んでくるから、その間の家族のことは任せたぞ。お前が居るからあまり心配はしてないが、何か異常事態が起きて、守りきれないと思ったなら直ぐにクロウズへ知らせろよ。いいな?」
「ユーン!!」
「いい返事だ。じゃ、俺は行ってくる。だからお前らもそろそろ戻れ」
「ユーン!」
「あぅぅ!」
——スッ
鈴とユンは俺との挨拶が済むとまた直ぐに影へと消えていった。
俺はそれを見送ると、直ぐにクロウズの飛び回る空へと顔を向ける。
「じゃ、俺達も行くか…夏休みの一大イベントの幕開けだ」




