第83話 掟
カラーズ幹部との話が終わった俺は、拠点内の開けた場所で手合わせを行うテンマと銀次、そしてクロの元へと来ていた。
後でできる話をする為に、途中で手合わせの邪魔をするのもなんだと、俺は大人しく遠目からその手合わせの様子を観察する。
手合わせの組み合わせは、これは力量差を考慮してるのだろう。
銀次・クロvsテンマの2対1。
しかし、そこはスキルの有無という決定的な違いがある為か、やはり戦局はテンマの優勢に見える。
いくら銀次とクロが常日頃から頑張っているとはいえ、その差は大きい。加えて銀次やクロがやっている鍛錬は、当然テンマも同レベルで熟している。
となれば、この戦況は至極妥当なものだと言えるだろう。
「はははっ!銀ちゃんもクロも凄いね!この強さなら、スキルを獲得して初期の頃の僕ならちょっと危なかったよ!まぁ、どっちか1人は死んでたかもしれないけど」
「はぁ…はぁ…そうか、なら俺も順調に成長してるってことだな。だが、まだまだだ。そうだろう、クロ」
「ガゥゥ…!」
まだまだ元気な様子のテンマに対して、見るからに疲労感を漂わせた様子の銀次とクロ。しかし、未だその瞳にはしっかりと闘志を宿らせていた。
「いいね、いいね!僕も2人がスキルを獲得する日が待ち遠しくなってきたよ!ふふっ、僕もここからは少し本気を出すよ!最後まで手加減をしたままってのも本気の2人に対して失礼だしね!」
おそらく、テンマはここまでスキルのない銀次やクロに配慮して、スキルを直接攻撃で使用することを控えていた。銀次とクロの四肢が残っていることからしてもその事がよくわかる。
ん…いや、よく見ると銀次の右手首とクロの腹部から内臓っぽいのが見える気もするが…まぁ、そこは死なない程度の強度でテンマも相手をしていたのだろう。多分。
「ふふっ、銀ちゃんとクロはこれをどうやって対処するのかな!」
『…!』
そう言うテンマは、徐にダランと垂らしていた両手をポケットの中に入れ、警戒を露にする銀次とクロを見据える。
そして、テンマは不気味な笑みを浮かべ、油断とも取れるその格好のまま口を開く。
「風系統術『鬼雨十刃』」
『…?』
テンマから技名だと思われるものが発声されて尚、何も起こらないことに「不発か?」と首を傾げてアホ面をかます銀次とクロ。
「…っ!」
一方、俺はというとそんな奴等を他所に、テンマの発声と共に即座に銀次とクロの元へと駆け出していた。
急ぐ理由は、単純。俺はこの技を知っているからだ。そして、その威力を身をもって体験している。
故に分かる。今の銀次とクロがこれを対処するには荷が重い。
この技の攻撃の軌道は今までのものとは異なり、テンマを起点としたものではない。
鬼雨、それはゲリラ豪雨の別称だ。そして、その意とは急に激しく降る雨のこと。
つまり、鬼雨十刃とは…激しく降る雨の如く降る十の刃。
あのバカ、俺が見てると知ってか知らずか、完全に手加減を間違えやがった。
『?!』
物凄い速度で距離を詰める俺にようやく気付いた銀次とクロは、揃って驚愕で目を見開く。
以前までのように分かりやすい予備動作で風の刃を放つテンマはもういない。
豊富なマナ量と巧みなマナ操作技術。
それを身につけたテンマは、もはや間合いであればどこからでも攻撃の風を作り出すことが出来る。
今思えば、テンマがポケットに手を入れたのは、予備動作の有無が生死に関わる銀次やクロへの一種の手加減だったのかもしれない。
しかし、こと今回に限ってはその仕草はむしろ不意を突く必殺技へと昇華してしまう。
銀次とクロはこの技は初見だ。
「歯、食いしばれ」
刃の雨は、既に銀次やクロへ容赦なく降り注ごうと直ぐそこまで迫っている。2秒…いや1秒も有れば、銀次とクロは見るも無惨な姿に捌かれてしまうだろう。
故に、俺にもコイツらを態々抱えたりする余裕はない。
ここで俺共々、回避する手段は一つ。
『グァッ!?』
ぶっ飛ばす。
無論、文字通りの意味だ。
——ガシャーンッ
俺にぶっ飛ばされたもとい強制的な回避行動を取らされた銀次とクロは、物凄い音を立てて、使われなくなった道具や資材がひとまとめになっている場所へと突っ込む。
「…加減して殴りはしたが、とりあえずは大丈夫そうだな」
その後、直ぐに様子を見に行くと、銀次とクロには、これまでのテンマとの手合わせで負ったと思われる怪我以外は目立った外傷は見られなかった。まぁ、右手欠損に加え、内臓の突出は十分に重症なのだが。
「ゴホッ…あぁ、まぁ痛みからして…追加でどこかしらかは折れていると思うが」
「…ガゥゥ」
銀次の言葉に同意するように小さく鳴くクロ。
「そりゃ悪かったな、だが…あのままあの場に止まるよりはマシだっただろ?」
そう言い…俺は、未だ沢山の廃棄物に背を預ける銀次とクロに、つい先程まで自分達が立っていた場所へと視線を向けさせる。
「な…んだ、あれは…」
「ガ…ガゥゥ…」
銀次とクロは、驚愕から口と目を同時に見開く。
その視線の先には、まるで掘削用の重機でメチャクチャに荒らしたような跡が残る地面があった。
もし、快の言う通りあのままあの場にいたら…
「何か他に言うことはあるか?」
そう言い、俺は埋もれる銀次とクロに手を差し伸べる。
「助かった…ありがとう」
「ガゥゥ…ガゥゥ」
銀次とクロはあの攻撃を防ぐ術がなかったのを察して、俺の差し伸べた手を握り返しながら礼を言う。
俺はそれと同時に治癒を施す。
そして、銀次とクロの治癒が完了した頃、そこにこの事態の元凶がノコノコと現れる。
「快ちゃーん、酷いよ!僕たちの戦いを邪魔するなんて!ってか、カラーズと話してたんじゃないの??」
——ガシャーンッ
俺は、そう文句を垂れながら不用意に近づいてくるテンマをつい先程まで銀次とクロがいた廃棄物の山へと殴り付ける。
『?!』
俺以外の奴等は、その俺の唐突な行動に理解不能とばかりに目を見開く。
「な、なにするの!!」
「うるさい、殺人未遂犯。当然の報いだ」
「さ、殺人未遂犯って大袈裟な!僕だってちゃんと手加減したよ!…まぁ、最後のは少し僕もやり過ぎかなとは思ったけど…」
多少なりとも自覚はありか。まぁ、なければもう一度ぶん殴る所だったがな。
「お前が戦闘中にどんな思いで、あの攻撃を放ったのかは容易に想像がつく。大方、銀次とクロがどこまでやれるのか試してみたくなったんだろう」
「う、うん」
これは俺の本気の説教だと察したテンマは、さっきとは打って変わって地面に正座をして話を聞き始める。
「俺もお前のその気持ちは分かるし、お前の考え自体を否定するつもりはない。だが、最低限行動に移す時と場所は考えろ。銀次とクロにあの攻撃が対処できなかったのは、さっきの様子を見てれば明らかだ」
「うん…」
「お前の口ぶりからして、俺がいた事には気が付いて居なかったんだろう。もし、この場に俺が居なかったら今頃どうなっていたか……その時のことをよく考えてみろ」
俺の蘇生も決して万能ではない。時間が経過し過ぎていたりすると効果は発揮しないし、それ以外にもその人間自身に生きる意思がなければ、蘇生は出来なかったりする。
さっきの攻撃で銀次とクロは死んでいたかもしれない…俺の言葉で、テンマはその可能性にようやく気がつく。
「うぅぅ…」
自分のしでかした事の深刻さが今になって実感できたのだろう。
テンマは涙をポタポタと地面に落として、頭を項垂れさせる。
「本気で手合わせに臨むのはいい。死ぬかもしれない鍛錬に臨むのもいい。だが、それは俺という十分な安全マージンがある時だけにしろ。分かったな」
「はい…ごめんなさい」
「俺に謝ってどうする。謝る相手が違うだろ」
そしてテンマは、涙と鼻水で汚くなった顔を、汚い地面に擦り付けて銀次とクロへ謝罪する。
「うぅぅ、ごめんなさい。銀ちゃん、クロ。本当にごめんなさい」
「もういいんだ、テンマ。確かにお前が軽い気持ちで放った攻撃で死んでいたかもしれないと考えると怖いし、多少なりとも怒りはある…だが、それと同時に俺はお前が真剣に相手してくれたのが嬉しいと感じているんだ。だから、俺にこれ以上謝る必要はない」
「ぎ、銀ちゃん…も、もう怒ってない?」
「あぁ、それは快が既に俺の何十発分もの威力で殴ってくれたからな。気は晴れている。だから、もう怒ってない。きっとクロも同じ気持ちだと思うぞ」
「ガゥゥ!!」
クロは銀次の言う通りだとでも言うように、泣きじゃくるテンマへとスリスリと身を寄せ慰める。
「うぅぅ、ありがとうぅぅう、ごめんねー、本当の本当にごめんねぇ。今度は加減間違えないからーーーー」
テンマは、感激で更に涙を流す。
コイツは、もっと銀次とクロの懐の深さに感謝するべきだな。もちろん、俺にも。
しかし、久しぶりに本気で説教をしてしまったな。
単に話をしに来ただけなのに、まさかこんな事態になるとは…毎度のことながらコイツらには随分と手を焼かせられる。鈴よりよっぽど手が掛かるというものだ。
だが、こういった軽く見過ごしてしまいそうになる物事ほど、後々尾を引いてきたりする。
それを考えれば、これは決して無駄な行為ではないだろう。
実際、テンマの性格を考慮すれば、いつこういった事態に発展してもおかしくなかった。
むしろ、俺が感知しない所でこういった事態を起こすより前に、手遅れになる前に、テンマが自分の失態として経験することが出来たのは暁光と言えるだろう。このことが、今後いい教訓となるはずだ。
「だが、そうだな…今後、こういった機会もそうないだろうから、お前らにはこの際、改めて俺の考えをはっきりと伝えておく」
俺やテンマの楽しむ為という目的の下、半ばノリと勢いで結成したこの鬼灯という組織には、これまでこれといった掟やルールはなかった。
しかし、俺はこれから…鬼灯という組織の長として、新たに一つの絶対的な掟を定める。
もしかしたら、これは何のルールも無かった今までと比べると多少窮屈に感じるかもしれない。だが、今後こういった自爆紛いの行き違いを防ぐ為にも、この掟は絶対に必要になってくる。
それに、何もデメリットばかりというわけでもない。組織に一つ、絶対破ってはならないルールがある…その存在は、それだけで行動の意思決定を容易にしてくれる。
銀次やクロ、そして未だに涙目のままのテンマは、普段とは違った俺の真剣な眼差しに、無意識に佇まいを正す。
「お前らも知っての通り、俺は薄情な人間だ。故に、俺は自分が大切だと思うもの以外に大した執着はない」
薄情…それは現代社会においては道徳心の欠如とも呼べる代物なのかもしれない。
しかし、俺は自分が良ければどうでもいい。自分が不快に思わなければどうでもいい。貧困に、飢饉に…どれだけの人間が苦しもうが、どれだけの人間が死のうが、俺は自分の周りさえ良ければどうでもいい。
他が為に動くのを善とするなら俺は悪でいい。
俺は、心底こう思っている。もはや、信念と呼んでもいいほどに。
「大切なもの以外に執着はない。面白いもの以外に興味はない。そして、それらを害するものには容赦しない……これが俺の紛れもない本心であり、性根だ」
『………』
2人と1匹は俺の言葉を真剣な面持ちのまま受け止める。
害するものには容赦しない。
これはお前らも例外ではない…そう俺が言外に滲ませているのは、付き合いの長いテンマと銀次の2人はもちろん、優れた動物的な勘を持つクロも察していることだろう。
「だから、俺はこれからお前らに一つ。鬼灯という組織の長として、そして俺という一人の人間から…絶対服従の命令を与える。いや、これは命令というより掟か。因みに、絶対という修飾語からも察せるように拒否権はない。それでも拒否すると言うのなら……後の想像は任せる」
——ゴクリッ
俺の言葉に、場の空気は一気に張り詰める。
一体、どんな命令を下す気なのか…そして、どんなことを約束させられるのか…と面々の顔が露骨に緊張していく。
そんな中、俺は特に勿体ぶることもなくその掟を口にする。
「勝手に死ぬな」
「えっ……」
『?!』
俺から発された言葉が、予想と掛け離れたものだったのか…抜けた声を出すテンマとそれに続き抜けた表情をする銀次とクロ。
呆けた顔をする奴等に構わず、俺は言葉を続ける。
「お前らが死んでいいのは、俺が殺すか、自然死かの2択だけだ。それ以外で死んだらいっそ殺して欲しいと懇願する程、散々痛めつけた挙げ句、殺して、また生き返らせてやる」
「…な、なんなんだろう。めちゃくちゃエグい事言われてるはずなのに、何処か快ちゃんの優しさが垣間見えてるような気がするのは……いや、ほんとそんな気がするだけなんだけど…」
「あ、あぁ…俺も不思議な気持ちだ。嬉しいやら、恐ろしいやら…」
「ガゥゥガゥゥ…」
俺の慈悲深い言葉に、顔を見合わせ困惑の表情を浮かべる面々。
「全く失礼な奴等だな。これだから察しの悪いバカは嫌いなんだ。これが優しさ以外の何だと言うんだ。今この瞬間から、お前らの生涯の無病息災を確実なものとしてやったんだぞ。何なら、頭を垂れて蹲ってもいいくらいの幸福だ」
「…無病はともかく息災はどうだろ…ブフゥッ!?!」
あ。
「そ、息災は?!僕、今殴られたんだけど?!ねぇ、今し方確実なものとなったはずの息災はどこいったの?!」
「…不慮の事故だ。ノーカンだ」
「もう故意を不慮と言いはじめたらおしま…ブフゥッ?!?!」
あ。
「ねぇ、だから息災は?!僕の息災だけどこ行っちゃったの?!」
「口は災いの元とも言うだろう。どうやら、流石の俺も突発的な災いは防ぎようがないみたいだ。そして気をつけろ。得てして、二度ある事は三度あるものだ。また不慮の事故もとい災いが起きかねん」
「な、なんで僕だけ!こんなの依怙贔…ブフゥッ?!?!」
あ。
「ふむ。二度ある事は三度あるとはこういうことだったのか。なんだか抗えなかったぞ。これが、俗に言う言霊か…怖い怖い」
「…」
俺の悪びれもしない態度に、テンマは遂にその口を閉じた。
ま、このくらいで銀次とクロを殺しかけた事は許してやるか。何なら優し過ぎるくらいだが。
テンマよ、俺の親友であった事を感謝するんだな。でなければ今頃…。




