第80話 名付け親
「それで、名前はまだ決まってないんですか??」
テンマは、再び抱く順番が回ってくるのを待ち侘び、赤子の方にチラチラと視線を向けながら、父さんと母さんへと問いかける。
名前。これは確かに重要なことだ。
いくら予定よりも早く生まれたとはいえ、いつまでも赤ちゃん等と呼ぶ訳には行かないだろう。
しかし、2人はその質問に露骨に困ったような表情を浮かべる。
「んー、それがなー。あえて性別を分からないようにしてたから、どうも名前を決めきれなくてな」
「そうなのよ。候補はたくさん出たんだけどね〜」
「あの…なら何で性別わからなくしたんですか??名前を迷うくらいなら事前に調べればよかったんじゃ…」
今のテンマの指摘は至極真っ当だ。
だが、テンマよ。今回は相手が悪かった。
「いやー、そっちの方が楽しいと思ったんだよな!快の時は、事前に調べたし、2回目だしせっかくだからな」
「そうね〜。実際ワクワクしたものね!」
「だな〜!」
『………』
その2人の言葉に、テンマと銀次は、あからさまに俺の方向をみて得心したような顔をする。
おい、そこ。この親にしてこの子ありみたいな顔するな。
両親と違って、俺はもっと考えて動いてる。好奇心旺盛なのが少し似ただけだ。
「だが、確かにこの子を名前で呼んであげられないのは可哀想だよな。どうするか」
「ん〜、そうね〜。なら、いっそのこと快ちゃんに決めてもらいましょうか」
「は?」
母さんの唐突な提案に、自然と声が漏れる。
「快が名付け親かー。はははっ、新しくて良いんじゃないか!快はしっかりしてる上に頭も良いからな。きっといい名前を考えてくれるだろ!俺は賛成だ!」
「んー、確かに悪くないかも?快ちゃん、これまでも結構名付けしてきてるし!」
「頑張れ、快!」
俺の困惑とは裏腹に、周囲は次々と賛成の意を示していく。
コイツら他人事だからって、勝手に話を進め過ぎだ。
子供の名付けとは、遊びで作った組織や拾った動物になんとなくで付けるのとは訳が違う。名前の出来が、その子の一生を台無しにすることだってあるんだ。名付け親…なんて、呼び方をされるのもその責任の重さ故だ。
しかし、それを理解しているのか、いないのか…はたまた俺の事を些か信頼し過ぎているのか、母さんは決は取れたとでもばかりに俺の方を見る。
「快ちゃん、皆もこう言ってる事だし、改めてお願いしてもいいかしら。後々、お兄ちゃんが名前を考えてくれたと知ったら、この子もきっと喜んでくれると思うのよ」
「…………うん」
過半数の賛成どころか満場一致なのだ。これは誰だって頷くしかないだろう。
ここで当の本人の意思を聞けたら俺の気持ちとしても多少は楽になるのだが、その赤子はまだ意思疎通を取れない状態だ…となれば、決定権は自ずと今この世で最もその赤子の事を理解をしているであろう人間に委ねられる。
つまり、この場において母親の言うことは絶対。
故に、その母さんにこの子も喜ぶと思う…なんて、太鼓判を押されたとなれば、俺も腹を括って、本気で考えるしかない。
とはいえ、名前は親から送られる初めのプレゼントともいう。なら、その全てを俺の一存だけで決めるというのも違うだろう。最大限、親の意志を汲んでこそ、最善の名前となる。そんな気がする。
「母さん、さっき名前の候補は沢山でたって言ってたよね。そのメモとかってあったりする?見せて欲しいんだけど」
「えぇ、それなら携帯のメモ帳にあるわよ…はい」
「ありがとう」
俺は、母さんから名前の候補が記されたスマホを受け取ると、一つ一つの名前を順に確認していく。画面には、男女別に10個くらいの候補が表示されている。
しかし、よくもまぁこんなに沢山考えたものだ。だが確かに、これだけ候補が有るなら、両親が迷うのも仕方のないことだろう。
だが、おかげで何となくその共通点が掴めてきた。
「候補の所々に、風とか涼とかって字が入ってるのは、やっぱり夏生まれだから?」
「あぁ、そうだぞ!」
「夏生まれの予定だったから、涼しくなるような名前をつけてあげましょうって話だったのよね〜」
なるほど、これで両親の考えは分かった。なら、これを元に考えれば、自ずと両親の意を汲んだ形になるだろう。
「んー」
それから俺は、強化した脳の性能を最大限に駆使し、深く考えを巡らせた。
そして、数分後。
その末に導き出した一つの名前を口にする。
「鈴ってのはどうかな」
『鈴…?』
俺の発した言葉を、揃って繰り返す面々にその由来となった経緯を簡単に話していく。
「鈴と書いて、りん。鈴という音は、予想はつくと思うけど風鈴からとった。理由としては、風鈴が夏の季語ってのと、これなら涼しげな響きにもなるから」
『なるほど』
俺の説明に、感心しているような声を出す面々。
『………』
「…」
ん、なんだこの間は。なんだこの俺の言葉の続きを待っているような空気は。普通に終わりなんだが。あと付け加えるとしたら、呼びやすいくらいのもんなんだが。
え、だめなのか?これで終わりじゃダメなのか?
俺としては、かなり意を汲んだし、それなりの理由付けもしたしでプレゼンを終わりたいところなんだが…。
『………!』
しかし、俺の意思とは反して、面々はそれでそれで!…とでも言うように、キラキラとした視線を向けてくる。
うん、これはだめっぽいな。どうやら、説明が簡潔過ぎて、少し浅く聞こえてしまったらしい。
とはいえ、俺にはこれ以上の名前は思いつかない。柄にもなく、俺なりに精一杯考えたつもりだ。
仕方ない。ここからは後付けだが、それっぽいことをそれっぽく言ってまとめてみよう。
「音だけじゃなく、鈴という字にも意味はある。鈴は、古くから厄除けにもなると言われていて、縁起がいいものされて来たんだ。その為、神社には至る所に鈴があるし、様々な運や幸福を呼び寄せるという招き猫が鈴を着けていたりする………だから、鈴と書いてりん。夏生まれだから、音は涼しげに、字にはあらゆる幸福を込めて…」
これで、ダメなら知らん。勝手にしてくれ。
「鈴…月下鈴か。呼び易いしいいかもな!!」
「えぇ、音の響きもかわいいし素敵な名前だわ!」
「さすが快ちゃん!でもまさか、鈴って字にそんなにたくさん良い意味が込められてるとは、思わなかったよ!」
「あんなに短い時間で、この名前を考えるとは…やはりすごい奴だなお前は!」
うん、なんだか由来というより、うんちく臭くなっていたような気もするが、何故だか響いてるっぽいし、まぁセーフだろう。
だが…鈴、月下鈴。うん、我ながら良い名前を考えられたように思う。
そして、皆の賛成で名前が決まったのも束の間、皆は、これまで呼べなかった分を込めてとばかりに…口々に赤子の名前を呼び始める。
「鈴ちゃん!」
「鈴!!」
「りんちゃーん!!」
「鈴!」
しかし、渦中の赤子はというと…皆が騒ぐ中でもスヤスヤとマイペースに眠り続けている。
快は、その光景を優しげな笑みを浮かべがら眺める。
「肝が据わってるのか、単に鈍いのか…ま、騒がしいよりはいいか」




