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狂人が治癒スキルを獲得しました。  作者: 葉月水
変わり目

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第79話 誕生


 —— 7月7日


 朝方、母さんに陣痛の兆候が見られた為、病院へと緊急搬送された。


 常日頃、ニコニコと笑顔を崩さない母さんが、苦痛から顔を歪めている様子に暫し唖然としたが、その予定外の事態に、俺以上に動揺する父さんの姿を見たら、直ぐに平静を取り戻す事が出来た。


 その後、気が動転し完全に役立たずと化した父さんをとりあえず母さんと一緒に救急車にぶち込んだり…普段通り開店準備をしていた父さんが、動揺した事によって強盗が入った後みたいにぐちゃぐちゃに荒れた店内を綺麗に掃除したり…客に向け、急に休業日とすることになった旨を書いた張り紙をしたり…分娩後にそのまま入院することになるであろう母さんの着替えやその手続きに必要な諸々を準備したり…と、一般的な小学6年生にはまず熟せないであろう中々にハードな時間を送ったが、無事本格的な出産が始まる前に、遅れて病院へ到着することが出来た。


 因みに、気持ちとしては最近家族となったユンも病院に連れて行きたかったのだが、どっちみち院内には連れ込めないので、今は大人しく家の番犬となってもらっている。まぁ、犬ってかタヌキなんだが。


 そして、今現在。


 病院に到着するや否や、役立たずもとい父さんに散々謝られた後、陣痛のインターバルの合間に少し母さんと面会を果たした俺は、何故か俺よりも先に病院に到着していたテンマと銀次と共に待合室で並んで座っていた。


「で、お前らは何でここに居るんだ」


「いや、だって快ちゃんの兄弟が生まれるって時に家で大人しくしてる訳にも行かないじゃん。快ちゃんの兄弟ってことは、僕たちにとっても兄弟みたいなもんでしょ!」


 テンマの言葉に、同意とばかりに深く頷く銀次。


「いや、意味分かんねーよ。それに、どうせお前らがいたって何もできないだろ」


「やだな、快ちゃん。居ても居なくても同じってことは、居てもいいってことじゃん!それに、そんな事は僕達だって言われなくても分かってるよ!でも、居ても立っても居られなくなったの!だって、絶対可愛いし、生まれたらすぐ抱っこしたいじゃん!」


 それが本音かよ。なんて図々しいんだ、コイツら。


「で、俺より先に病院に居たのはどういう手口を使ったんだ」


「あ、それはおじさんが、テンパって快ちゃんのこと家に置きっぱにしちゃったから、出来れば様子見にいって欲しいって電話くれたの。病院の場所もその時に聞いた。で、銀ちゃんにもその事伝えたら、快ちゃんなら大丈夫だろうから先に病院へ行こうってなったってわけ」


「なるほどな…」


 父さんが発端ならなんも言えんわ。


 まぁ、来ちゃったもんは仕方ないか。今更追い返すのも逆に面倒臭いし、どうせ遅かれ早かれコイツらなら来ていた気もするしな。それに、呼ばなかったら呼ばなかったで、後々面倒臭いことになりかねなかったから結果オーライか。


「それで、快。お前は元さんと一緒に出産に立ち会わなくていいのか?愛さんもお前がいたら心強いと思うのだが…」


 銀次も平静を装っているが、万が一の事態を恐れているのだろう。顔が緊張で強張っている。


 幾ら俺の治癒スキルで事前準備を整えていたとしても、出産とはそう容易な行為ではない。それこそ不測の事態なんてのはいくらでも起き得る。


 確かに、俺が側にいれば一安心だろう。そういった事態も難なく対処できるはずだ。


 しかし、それは出来ない。


「俺もそのつもりだったんだがな。どうやら、子供が立ち会う場合には事前に手続きを済ませないといけないらしい」


 病院によって決まりは様々あるらしいが、予防接種の有無かなんかを事前に申告しなければならないのだとか。


「そうか…そんな決まりがあるのか。まぁ、今回は緊急でもあったからな。それも仕方ないだろう」


「あぁ。まぁ、母さんも一度経験しているし、父さんもついてるし何とかなるだろう。今はポンコツ状態でやや頼りないが、幸い声だけはいつも通りでかいしな。そのおかげで分娩室で何かしら問題があったら俺もすぐに気がつく事ができる。そしたら、無理矢理にでも乱入だ」


「お、おう。そんな事態にならないのが1番だが、万が一の時は俺も手伝おう」


「そりゃ、どうも。ならその時は、お言葉に甘えて、腕を切り落とさせてもらうわ。それで、お前が暴れて現場を混乱させれば、分娩室の中にも入るくらい容易いだろう」


「あ、あぁ、やってくれ…!」


「冗談だっつの。そんなことしたら、逆に事態が悪化しかねないだろ」


 全く、父さんといい、コイツも相当冷静じゃないな。


 唯一いつも通りなのは、テンマくらいか…まぁ、コイツの場合、能天気なだけだろうが。てか、いつのまにか俺が朝食用にと店から持ってきたパンを許可も取らずに食ってやがるし。


 …もう勝手にしてくれ。俺は少し休む。それに、どうせ緊急事態が起きない限りは、コイツら同様、事が終わるまで俺の出番はないしな。気長に待つとしよう。


 経産婦の場合、分娩所要時間は平均6時間程度らしいが…さて、どれくらいかかるかな。


「ふぅ…」


 そして、俺は深めの息を吐いて、何事もないことを祈りながら背もたれへと背を預けた。



 ——そして待つこと3時間


「おおおおおおおおおぉぉ!!!」


 俺の耳朶を打ったのは、赤子の産声や周囲の歓喜の声ではなく、男…もとい父さんの雄叫びだった。


 想定よりもかなり早い時間帯。


 その事実も相まってか、テンマや銀次は何事かと立ち上がり、俺を問答無用で分娩室へぶち込もうと早まった行動を取ろうとしたが、その後に聞こえてくる歓喜の声と元気そうに泣く赤子の産声にその動きを止めた。


「おい、いい加減手を離せ。多分、生まれたことに感動して父さんが興奮しただけだ。ほら、赤子の声も聞こえるし、歓喜の声にも悲壮感はないだろ。おそらく母子共に問題ないんだ」


 俺は、とりあえず俺の腕を片方ずつ抱えるテンマと銀次に、落ち着けと声をかける。


「そ、そうか…う、生まれたのか」


「う、生まれた!生まれたよ!やったね、ほら、赤ちゃん泣いてる!泣いてるよ!!」


「おー、やった!やったなテンマ!」


「うん!すごいよ!銀ちゃん!」


 両手を上げて大喜びするテンマと銀次に、またも俺は逆に冷静になる。


 てか、なんだその喜び方。別に、お前らは何もやってないだろ。


 そして、その後程なくして、可動式の寝台の上に乗って少し衰弱したような様子でほのかな笑顔を浮かべる母さんと、その傍らで泣きじゃくる父さんと対面する。


「母さん、お疲れ様。体調は大丈夫?」


「うふふ…ありがとう、快ちゃん。少し疲れて怠かったんだけど…不思議ね。快ちゃんの顔を見たら、一気に吹っ飛んじゃったわ」


 それは当然だろう。なんせ、姿が見えた瞬間に治癒系統術『弾』で、治癒の弾丸をこれでもかとマナを込めて、ぶち込んだんだからな。


 とはいえ、普段のような明るい笑顔を見せる母さんの姿を見て、俺はほっと安堵する。


「なら、良かったよ…てか、外野がうるさいな」


 俺と母さんが話しているのを他所に、赤子並に泣きじゃくる筋肉ゴリラに釣られたのか、そのゴリラと何故か肩を組みながら一緒に泣いているテンマと銀次。


「うふふ…放っておいて大丈夫よ。快ちゃんの時もこんな感じだったから、すぐ落ち着くと思うわ」


 ならいいか。面倒臭いし、丁度いいから放っておこう。


 その後、母さんはそのまま入院する病室へと運ばれていった。


 そして、男泣きをしていた3人はというと、今度は色々と疲弊しているでろう母さんの都合も考えずに怒涛の勢いで労いの言葉をかけていっていた。


 それを母さんが心底嬉しそうに受け入れていたから良かったものの、そうでなかったら俺が直々に3人とも強制退場とさせていたところだ。


「入院に必要になりそうなものは粗方持ってきたつもりだけど、大丈夫そう?追加で欲しいものあったら今のうちに持ってくるけど…」


「何から何までありがとうね、快ちゃん。本当に助けられてばかりだわ。でも、それは大丈夫よ。必要なものは大方揃っていたし、もし忘れていたとしても明日以降で十分だからね」


「そう、なら良かったよ」


「えぇ。それに、もう少しであの子の検査も終わると思うのよ。だから、快ちゃんにはここに居てもほしいの。あの子もお兄ちゃんに会いたいと思うから」


 母さんの言うあの子…とは言わずもがな、今し方生まれたばかりの赤子のことを言っているのだろう。


 母さんの産後処置が比較的早めに終わった影響で、俺はこうして母さんと面会することができているが…赤子の方は、様々な検査とケアがあるため、俺はまだ対面できていない。


 どうやら、この病院では出産当日でも新生児室か母子同室かを選択することが出来るらしい。そして、母さんの様子からするに、後者を選んでもう少しでこの病室に赤子が来る予定なのだろう。


「え、え、赤ちゃんもう少しで来るの!」


「つ、ついにか!!」


 そう興奮した様子で病室のドアに視線を向けるテンマと銀次。


 その瞳は、今か今かと待ち受けているようで、メラメラとまるで漫画によくある炎が見えそうな程、熱い眼差しだった。


 しかし、そう待ち構えている時ほど来ないもので、暫しの間、暇つぶしとばかりに歓談を楽しむ。


 まぁ、楽しむとは言っても、実際のところ既に赤子を見ている父さんが、やれ可愛かっただの、やれ小さかっただのと当たり前のことをペラペラとテンマと銀次へ力説していただけなのだが、この間も絶えず母さんへ治癒をかけ続けた影響か、本来なら相当疲弊しているはずの母さんも楽しそうにしていたので良しとしよう。


 そうして、待つこと数分。


 ついにその時は来た。


 ——コンコンッ


「はい、月下さーん、失礼しまーす」


 看護師なのか、助産師なのかは知らんが、とりあえず医療従事者であろう中年のおばさんが、ノックをした直後、快活な声と共に入ってくる。


 その手には、ショッピングカートの如く赤子専用のベッドが押されている。そして、その中にはしっかりと50センチ程の大きさの赤子がいた。


 赤子専用ベッドは、そのおばさんの手によって、自動的に母さんの座るベッドの横に添えられる。


「どう、快ちゃん…」


 母さんは赤子を抱きながら、俺に感想を問う。


 しかし、どうと言われても、正直顔の造形はまだしわくちゃであやふやだし、特に感想は出てこない。


「小さいね」


 俺には、今の時点での感想なんて、こんな形容詞で精一杯だ。


 しかし、母さんはそんな俺の無機質な感想にも嬉しそうに笑う。


「ふふ、そうね。小さいわ。でも快ちゃんもこれくらい小さかったのよ」


「そうだったなー、懐かしいなー!」


 母さんの言葉に父さんも同意するように、豪快に笑う。


「快ちゃん、抱っこしてみる?」


 母さんの提案に一瞬体が硬直する。


 抱っこ?俺がこの小さい生物を?


 俺は割と本気で焦っていた。だってそうだろう。比喩でも何でもなく、俺はこの生物を握り潰せるだけの力を有しているんだ。


 もし力加減を間違えたら?…なんて事を考えたら、このお祝いムードが台無しどころの話じゃない。


「え、快ちゃん抱っこしないの?なら僕が…!ブハッ」


 赤子を前に硬直する俺に、テンマがそんな戯言を言って割り込もうとしてくるが…不思議とそれを見るのと同時に体が自由になった。


 幸い、両親は赤子に夢中で俺がテンマへと繰り出したパンチを目撃していない。


 しかし、ある意味テンマのお陰で決心ができた。


 俺より先にテンマが赤子を抱く?


 そんなの許されるはずがないだろう。


「せっかくだし抱っこするよ」


 俺はそう言い、母さんが抱く赤子を受け取る。


 しかし、誕生日の翌日にお通夜を開くなんてのは、冗談にしても笑えないため、俺は抱く上で一応赤子が触れることになるであろう俺の両腕や胸には治癒のマナをこれでもかと結集させている。


「重い…」


 赤子は、抱き手が母さんから俺へ移っても、特に泣いたりぐずったりする事はなく、スヤスヤと眠っているようだった。


 俺の身体能力であれば、4キロとないこの赤子が重く感じることはない。しかし、何故だかものすごく重く感じる。


 それは、きっと赤子が脱力して俺に身を預けているからという理由だけではないのだろう。


 この赤子は、俺が今手を離したら簡単に死んでしまう。恐らくその事実が、俺にこの重さを与えて居るんだ。


 重い。この命は、俺にとってものすごく重いものだ。こうして抱いているとそれを強く実感する。


 しかし、それと同時に得も言えぬ多幸感に包まれているような感覚もするのだから不思議なものだ。


「性別は、快ちゃんに続いて男の子だったわね〜!だから快ちゃんの弟ね…」


「俺の…弟」


 母さんの言葉を復唱し、腕に包まれている赤子に意識を向ける。


 やはり、不思議だ。だが、これは血は水よりも濃いということなのだろうか。


 まだ対面して間もないというのに、この存在は絶対に守らなければ…と、母さんとの約束とは関係なしに、コイツを抱いていると自然と強くそう思わせられる。


「はい、はい!次!次、僕に抱っこさせて!!」


「ふふ、そうね。前に約束したものね!快ちゃんの次は、テンマくんと銀次くんにも抱っこしてもらおうかな!」


 その母さんの言葉に、本気か?と正気を疑ったが、普段通りにニコニコとしているので間違いなく本気なのだろう。


 さて、俺としては拒否したいところなのだが、この赤子をこの世に誕生させた1番の功労者の許可が出たのなら無視するわけにも行かない。


 俺は、赤子を抱えたままゆっくりとテンマの元へと近づく。


「落としたら殺すぞ。割と本気でな」


「う、うん。分かってる…」


 手合わせでも滅多に見せない俺の本気の殺気に、テンマは覚悟を決めたような顔をして頷く。


 そして、細心の注意を払ってゆっくり俺から赤子を受け取る。


 そして…


「うぅぅ、と、尊いぃぃ。かわいぃぃ。どうしようぅ、かわいぃぃ」


 壊れた。


「僕にコテンってもたれかかってるの分かる…?ヤバいでしょ、これ。可愛過ぎるんだけど」


「テ、テンマ…俺にも頼む!」


 そして、赤子はテンマから銀次へ。


「こ、これが…快の弟?!うそだろ…信じられない。て、天使だ」


 おい、それは一体どういう意味だ。


「銀次くん!次俺に!生まれてすぐに抱っこしたから2回目だけど、2周目ってことでいいだろう!」


「は、はい!もちろんです!どうぞ」


 そして、赤子は銀次から父さんの手へと渡る。


「うふふ、あらあら早くも人気者ね〜」


「そりゃ当然だろう!こんなに可愛いんだ!」


 父さんは太い腕で、赤子を慣れた手つきで抱きながら母さんと笑い合う。


 やはり、十数年前の事とはいえ、俺の時に培った経験が活きているのか、赤子を抱く姿に母さん共々、危うさは見られなかった。


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戦闘と日常のバランスと描写、テンポ感がとてもいい
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