表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
狂人が治癒スキルを獲得しました。  作者: 葉月水
変わり目

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

77/146

第77話 勇気


 あの後、俺はユンを持ち帰り、無事新たな家族として迎え入れることに成功した。


 両親の性格的に考えて、あまり反対する事は想定していなかったが、一先ずその通りになって一安心というところだろう。


 まぁ、ユンを飼いたい旨を両親へ打診する時に、念には念を入れて、ユンが群れの中で仲間外れになっていたことや、子育てには一緒にペットを飼い始めると命の尊さを学べて、子供の情操教育に適してるのだのなんだのと、どこかで聞き齧った知識と事実を多少…本当の本当に多少大袈裟に脚色して話したのは、今となってはどうでもいいことだろう。


 そして、その話を聞いた両親が、俺の思惑通り、ユンを飼うことに一層歓迎ムードになったのは言うまでもない。


 何なら、今では近々生まれてくる子供の前哨戦とばかりにユンへ愛情を注ぎ、ペット用品を一式揃えるなどして、甘やかしている。


 その様子に、多少事実を誇張して伝え過ぎたか?とも思ったが、まぁ、そのお陰で警戒心の強いユンが家族に懐いたのだから、長期的にみればいい傾向と言えるだろう。


 漫画でも、大切な者を守る時にこそ、大概の登場人物は絶大な力を発揮するからな。今後、そういった感情も、いつかのユンには大切なエネルギー源となるだろう。


 そして、どのみち情報共有や任務の達成報告をしなければならないので、テンマや銀次をはじめとする鬼灯メンバーにも、目的の護衛動物の確保が無事完遂したことを伝えた。


 すると、当然「結局、どんな動物にしたの?ねぇ、どんな動物にしたの?」…という、テンマを筆頭とする面々の疑問もとい問いただすような動きが激しかった訳だが。


 それにタヌキだと簡潔に答えると、「タヌキかー、確かに可愛いけど…」と苦戦した割に…とでも言いたげな微妙な反応をされたのも、今となっては懐かしい。


 まぁ、その後スキルを獲得済みの動物だということを明かすと、見事にメンバー全員の度肝をぶち抜いたのは中々に爽快だったがな。


 そして、ここ数日。


 俺は、肝心なユンのスキルの能力の検証と把握をひと通り済ませた。


 まず結論から言うと、ユンの能力はやはりはじめに見せられた通り、影だった。


 その能力の詳細は次の通りだ。


 ・ユン【スキル:影(下)】

 基本能力は、自分を含む周囲にある影を自在に操ること。自身の影の中にはモノや人等を一時的に収納する事も可能。マナの減少は操作する影の規模等に比例する。攻撃への転用は、未だ検証中。


 まだ基本的な能力の把握や検証が済んだだけの段階ではあるが、その時点でも十分に護衛に適した能力だといえる。


 そして、極め付けはその将来性だろう。


 俺が思うに、このスキルは正しく成長させることさえ出来れば、将来的には下級という低等級でありながら、十分に特級と張り合える可能性を秘めている。


 まだまだ不明点は多い。しかし、俺の治癒のように生死を覆せるかどうか…というような、どうしようもない性能の差がない以上、テンマと同様にマナの総量さえあれば、いくらでも等級による格差を縮めることが出来る。


 護衛に適した動物を獲得できた上に、その動物がまさかの応用に適したスキルを持っていた。

 

 これは、僥倖だ。


 しかし、ここで俺にとっては予想外のある一つの問題が起きる。


 ——快の自室


「ユン〜、いい?マナを枯渇させる時のコツはね。ゆっくりやると怖いから、頭を空っぽにして一気に消費することだよ!!もう、フンッ!って感じ!いい?フンッ!フンッ!だよ!」


 テンマが、うちの両親によって与えられたペット用のベッドで震えるユンに、分かり易いような分かり難いような…メチャクチャに感覚的な言葉で、アドバイスを送っている。


 まぁ、現状を簡単に説明すると、昨晩、俺の指示のもと初めてのマナの枯渇を体験したユンが…その余りの痛みに、「あれをまたやるの?マジ?」といった具合で、怯えてしまっているといった感じだ。


「んー、ダメかー。やっぱり、すごい怖がってるよ」


 テンマの説得もといアドバイスを聞いても、ユンの状態に変化は見られない。依然、ユンはプルプルと震えている。


「まぁ、でも仕方ないんじゃない?アレ、マジ死ぬほど痛いし。それに、この子まだ子供なんでしょ?」


「俺も子供だが?」


『いや、それは当てにならない』


 俺の言葉に、今の今まで沈黙を貫いていた銀次までもがテンマと声を揃えてツッコミを入れる。


 んー、どうしたものか。ここで無理強いをする程、切迫はしていないが、先送りにすればする程こういうのは怖くなるものだ。


 ここで俺が譲歩するのは簡単だ。だが、きっと次に挑戦する時は、それ以上の勇気が必要になる。


 一度立ちはだかった壁を、時間経過と共に無意識に大きくしてしまうのは、人とタヌキという垣根に大した差はないだろう。


「…実際、そこまで厳しいものなのか?マナの枯渇とやらは」


 俺やテンマが考え込む中、銀次は少し緊張した面持ちで切り出す。きっと、自分が近い将来スキルを獲得した後のことを見据えているのだろう。


「ふふっ。銀ちゃん…僕は一回マナの枯渇をするのと、今すぐ自分の手足の指を全部切り落とすのと選ばないといけなかったら、一秒以内に全指を捧げるよ」


「そ、そんなにか…」


 そう、遠い目をして生々しい例えを出すテンマに、銀次はギョッとしたような表情をする。


 まぁ、テンマの例えはさておき、肉体破壊による強化術は既に何度か受けているのに対し、マナの枯渇は頑なに首を縦に振らないユンの様子を見るに、きっとその痛みの差は次元が違うものだったのだろう。


 未だ動揺する銀次に構わず、テンマはさらに続ける。


「僕がユンの様子を見るに、多分嫌がってるのはなにも凄く痛いってだけの理由じゃなくて、怖いってのも理由として結構の割合を占めてるんだと思うよ」


「怖い?」


「うん、マナの枯渇するまでには忌避感があるって話は前にしたよね?」


「あぁ、それは確かに聞いた気がするな」


「アレってさ。マナの枯渇の痛みが強烈過ぎて薄れがちだけど、あの忌避感も結構なものなんだよね」


 俺は、テンマの言うことも確かに一理あるかもしれないと内心感心しつつ、銀次と同様に大人しく耳を傾けてテンマの言葉の続きを待つ。


「僕もあの感じをどう表現したら良いのか分からないけど…海に潜る感じって言ったら、少しは伝わるかな?」


「海…?」


「うん、海。あ、海は海でも水平線しか見えないような、凄く深い沖合の海ね。マナの枯渇は正にそこに1人、深海に向けてひたすらに潜っていくイメージだよ」


「それは…確かに怖いかもな」


 銀次は、テンマの言葉を想像し、心配や不安といった感情がごちゃ混ぜになったような表情でユンを見る。


「ま、僕や快ちゃんは、もう深海まで潜るのが日課になってるから、その忌避感も慣れっこなんだけどね」


 そう明るく言うテンマに、銀次は呆れたような視線を送る。


 しかし、テンマは今度は真剣な面持ちで言葉を付け加えた。


「ただ、ユンは凄く怖いと思うよ。慣れた僕でさえ、未だに枯渇する過程は不快だしね。深海へ向けて潜るにしても、まだ陽射しの入る余地のある海面に近い、はじめの辺りはいい。ただ、深海に近づくにつれて、その恐怖は否が応でも倍増していくよ。果てしなく広い海に1人きり。そして、底知れぬ暗い深海に確実に待ち受ける想像を絶する程の痛み…きっとユンは痛みへの恐怖と同じくらい心細いんだよ」


「すごい喋るな、お前」


「いや、快ちゃん…空気読んでよ。今完全にシリアスパート入ってたでしょ。僕の稀に見せる知的なギャップの見せ所だったでしょ」


「うるさいな。途中まではいいとして、後半は流石に脅し過ぎだ。お前の言葉でユンが更に怖がったらどうするんだよ。見てみろ、銀次ですらビビって汗かいてるぞ」


「あはは、それはごめん。話し始めたらついノッちゃって…」


 テンマは動揺する1人と1匹の様子を見て、申し訳なさそうに頭を掻く。


「多少の悪ノリがあったとはいえ…お前らはそんな過酷な事を常日頃からやっているのか」


 銀次は、真剣な顔のまま汗を拭いながら俺やテンマを見る。


「そんな深刻に捉えるな。やってればその内慣れる」


「そ、そうか??」


 銀次は俺の言葉にほっと安堵の息を吐く…が、そこにすぐに邪魔が入る。


「あっはは。やだなー銀ちゃん。もう何度も言ってるけど、快ちゃんは全く参考にならないってば。素で頭おかしいんだから!ブフゥッ!」


「おっと右手が勝手に失敬した」


「いてて…もう…すぐ手が出るんだから」


「お前にだけだ。嬉しいだろ?特別扱いだぞ」


「いや、そんな特別扱い嬉しくない…」


 そう言い、頬を撫でるテンマ。少し赤くはなっているが、この程度ならまぁほっといても大丈夫だろう。


「で、実際のところユンはどうするのさ。快ちゃんとしては、等級が低いなら尚更、マナの総量は上げておきたい所でしょ?高等級の能力者が敵に回ることも考慮して」


「あぁ、それは間違いない。それにユンの最大の武器はやはり影に人を入れることで、真っ向から戦わずに敵の攻撃を無力化できるところにある。それを考えれば、マナの総量の底上げは護衛役の絶対条件だ」


「なるほど…確かにそれは快の言う通り、底上げをしなければ不安材料となり得るな。非常時のマナの枯渇は、絶対に避けなければならない。正に生命線だ。しかし…」


 俺たち3人は、未だ蹲ったままでいるユンの方に視線を向ける。


『…』


 3人が3人共、その様子にどうしたものかと頭を抱え暫しの沈黙を作る。


 テンマや銀次に動く素振りはない。それどころか、お前が行けと言わんばかりに露骨に視線を俺の方へと向けてくる。


 ま、確かにこれは俺が果たすべき役目か。ユンを拾ったのも、家に迎えたのも、家族を守って欲しいという願いも…その全てが俺の我儘なのだからな。


 俺は、ペット用のベットで蹲るユンを両手で抱え、膝の上に下ろす。そして、言葉を選んでユンへと話しかける。


 意思の疎通を明確にする為に、脳の強化はそれなりに進めているから、俺の言葉の意味は今でもなんとなくは理解できる筈だ。


「なぁ、ユン。マナの枯渇をするのが怖いか?」


「ユーン…」


 ユンは、俺の言葉に申し訳なさそうな声色で…しかし、しっかりと肯定するように頷く。


「まぁ、痛いしな。気持ちは分からないでもない」


「ウソツキ…ブフゥッ!」


 何か雑音が聞こえた気がしたが、きっと俺の気のせいだろう。そうに違いない。


 俺はそのまま言葉を続ける。


「痛いことや怖いことをやりたくないのは生物なら誰しもが持つ当然の感情だ」


「ユーン」


 ユンは、真っ直ぐと俺の目を見て話を聞く。


「俺も、お前と同じでマナの枯渇はめちゃくちゃ痛い。だが、俺は決してマナの枯渇をする事をやめない。それが何故だか分かるか?」


「か…ブフゥッ!まだ、何も言ってないのに…」


 ユンは、テンマの出す雑音にも目もくれず、俺の言葉を受け止め、考えるように首を右へ左へと傾ける。


 しかし、考えても答えが思いつかないのか、暫くすると答えを求めるように俺を見る。


「答えは簡単だ。マナの枯渇以上に怖いものがあるからだ。そして、それを未然に防ぐ為にはマナの枯渇をして、マナの総量を底上げするのが1番合理的だからだ。ユン…お前はどうだ。これまで、マナの枯渇以上に怖いことは何一つなかったか?」


 きっとここでユンが思い出すのは、これまでにあった辛い思い出の数々だろう。


 仲間外れにされたこと、見捨てられたこと…俺がユンの事について知るのはこの程度だが、それさえ知ってれば問題はない。


 家族に見限られる。その事実は、自然界では相当に重い現実だ。ましてや、未だ庇護が必要な頃なら尚更。


 ユンは、仲間に見捨てられても、俺への抵抗の意思を示していた。それは紛れもなく仲間の為にと取った行動だ。しかし、そんな行動を取って尚、ユンは残酷にも見捨てられた。


「お前は、マナを枯渇させる一時の痛みよりも、1人ぼっちになることの方が怖いのか?」


「!…」


 俺の言葉に、ユンはただでさえ大きな目を、さらに大きく見開く。そして、その目尻からはポタポタと涙を流し始めた。


 俺は、そんなユンの顔に両手を添え、涙を拭いながら言葉を続ける。


「俺もお前と同じだ。1人になるのが怖い。だって、1人はつまらないだろ?」


「ユーン」


 今、俺の言葉を聞いて、ユンがどんな感情を抱いているのかは想像に難くない。だが、おそらくそれは俺が抱いている感情とは、似て非なるものであるということもなんとなく分かる。


 しかし、ユンはそんな俺の言葉にも同意を示すように、頻りにこくこくと頷いて相槌を打つ。


 意思は完全に一致している訳ではない。だが、家族を守りたいという一点に関しては、完全に一致しているといっても間違いではない。


「俺もお前も1人になることは嫌なんだ。それなら、やる事は決まっているじゃないか。決して1人にならないための力を身につける。ただ、それだけのことだ。違うか?」


「…」


 俺よりも弱肉強食の自然界に少なからず身を置いていたユンだ。この言葉は、きっと俺が考えるより遥かにユンの心へと重く響くだろう。


「マナの枯渇は、確実にそれを成し遂げる為の力を身に付けさせてくれる。どうだ、ユン。マナの枯渇が、怖いのも痛いのもわかる。だが、俺やお前がずっと一緒にいるために、家族を守るために…俺はお前に力を貸して欲しい。その代わりに、お前が大変な時は俺が絶対に守ってやる。だから、ユン。もう一度、勇気を出して挑戦してみてくれないか?」


「…ユーン!!ユーン!!」


 ユンは、俺の名演説に感動したように、しかしどこか決心したような顔をして、俺の顔をぺろぺろと舐める。どうやら説得は完了したようだ。


 ——パチパチパチッ


 すぐ近くで白々しく聞こえてくる拍手の音。


「うわぁーん、いい話だったよ。快ちゃん。僕、感動しちゃったよ!僕もいざという時は守ってね、ユン…僕も快ちゃんの家族だから」


「……お、俺も頼むな。も、もちろん。俺もユンが大変な時は助けに行くぞ」


 図々しく家族の輪に入ろうとするテンマとそれに照れ臭そうにしながら便乗する銀次。


 なんだコイツら。


「ユン。コイツらを助けるのは二の次でいいからな。すぐに死ぬような軟弱者には鍛えてないから、少なくとも腕の一本が失くなった程度ではまだ様子見だ」


「ユーン!」


 ユンは、おれの言葉に「分かった!」とでも言うように深く頷く。


 うん、テンマよりもよっぽど利口で扱いやすい。コイツなら生まれてくる兄弟や両親も安心して任せられる。


「よし、ユンへの説得も終わり、話もひと段落したところで…」


「まさか…」


「ユンのマナの枯渇へと移るか」


「うわ、ユンといえど、流石に容赦ないね快ちゃん」


「当たり前だ。こういうのは変に時間を置くより、決心してすぐの方がいいんだ。それにコイツなら大丈夫だ。出来るよな?」


「ユーン!!」


 ユンは、やる気十分とばかりに鳴く。


 流石、俺のペットだ。度胸がそこらのペットとは大違いだ。


「よし、ユン。俺が支えててやるから、体外にマナを放出して行くんだ」


「ユ、ユーン……!」


 決心したといえど、まだ怖いのかユンは僅かに身体を震わせている。


 俺はそれを確認すると、ユンの背に手を当てて体内へと治癒のマナを流し込んでいく。


「…?」


 それに気が付いたのか、ユンは俺の方へ振り向こうとするが、それを言葉で遮る。


「大丈夫だ、お前はマナの放出に集中しろ。俺はスキルでお前の痛みは無理でも、精神的な負担を緩和する」


「ユ、ユーン!」


 そして、ユンはその後しばらくマナを放出していき…。


「ッ!!!!!!」


 部屋中に声を響き渡らせながら…昨晩に続き、2度目となるマナの枯渇を果たした。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ