第75話 組織改革
馬を相手にした予測不能なギャンブルを、俺のイカサマもとい完璧な策略により、大金を手にした日から早2週間。
やはり、金の力は偉大ということだろうか。俺たち鬼灯は、早くも少なからずの変化を見せていた。
——元餓鬼道会拠点 廃工場 現鬼灯拠点
「ありがとうございます!」
「あざす!」
「っす!!」
拠点には今、子供が見たら10人中8人は泣くであろう凶悪な顔面を持つ輩達が揃っていた。
しかし、その雰囲気は意外にも柔らかく、皆揃って顔に見合わぬ朗らかな笑みを浮かべている。
「本当に皆にお給料出すんだね、なんだか勿体無い気がしちゃうな〜」
テンマは、レッドらカラーズ幹部が、遂には餓鬼道会をも吸収した新生カラーズに、次々と封筒に入った金を渡す光景を見て、不満げに愚痴を溢す。
「まぁ、そう言うな。コイツらには結構な無茶振りをしているし、いつまでも無報酬でこき使う訳にもいかないだろう。実際、スキルオーブを探すにしたって、移動でバカにならないくらい金が掛かる」
「まぁーねー、僕もそれは分かってはいるんだけどさ。なんていうか理屈じゃなくて、気持ちの問題だよ!」
「まぁ、お前の言わんとしていることは分かる。だが、別に苦労して稼いだ金じゃないんだ。また稼げば良い話だろ」
「う〜わ、快ちゃん。相変わらずドライだね。普通の人は、そうは思えないんだって。ほら、銀ちゃんなんて見てみなよ。僕以上に悔しがってるよ」
そう言うテンマの視線の先には、確かに抜け殻のように呆然と佇む銀次の姿があった。俺を信じて出資こそしたが、別に金に頓着がないわけではないらしい。
「…金で苦労したんだろうな。今はほっといてやれ。アイツには既に出資以上のリターンを渡してある。その内、勝手に立ち直るだろうよ」
俺達は初日に500万稼いで以降もレースのある日にお邪魔して、目立たない程度に稼がせてもらっている。その為、俺にあまり金に対する執着はない。
実際、カラーズには成人している奴等が結構いるし、そいつらを日替わりで使い、地方なんかの競馬場にでも遠征を繰り返せば、この方法で当分は金には困らないだろう。
ネットでも馬券は購入できるが、購入履歴に残ると万が一にもこの手法が露見した時に尻尾を掴まれる恐れがある。それなら、多少の手間は掛かるが現地に赴く方が安全だろう。
しかし、問題が何一つ無いわけではない。
資金に困っていないとはいえ、決して余裕があるわけではない。ぶっちゃけ、今は必要経費を除けば、カツカツの状態で、自由に使える金は殆どない。
まぁ、これに関してはもう何回か競馬場を荒らせば余裕も出てくると思うが、根本的な問題は他にある。
というのも、いつまでもこの方法は使えないということだ。
今でこそ、世間の混乱に乗じて、利益を得られているが、それが規制されるのも時間の問題だろう。きっと、そう遠くないうちにそういったスキルによる反則行為に対する処罰の規則が政府によって加えられる。
てか、今でもこの手法は露見すれば確実にアウトだ。見過ごされてるのは、単にそこまで気が回っていないだけに過ぎない。まぁ、限りなく黒に近いグレーってところだな。
それに、例え政府の介入がなかったとしても、やはり現実問題として当分はこのやり方で良いとしても、いつまでもは続けられない。
どれだけ稼げても所詮ギャンブル収入、一時的な資金稼ぎとしては優れているが、やはり長期的に見れば安定して資金を作り出せる環境が欲しいところだ。いつまでも危ない橋を渡り続けるのもそれはそれで面倒臭い。
つまり、もっと真っ当な収益モデルが必要な訳だが…まぁ、その計画も既に進行中だから、特に問題はないか。
「にしても、最近は3人行動が多かったし、こうやって人が集まってる所を見るのはなんか新鮮だね。なんだか快ちゃんと出会う前に戻ったみたいだよ!」
「確かに、そう言われてみると懐かしいな…」
テンマと銀次には、普段ガラガラの拠点に人が大集合をしている様子が、餓鬼道会の頃の光景と重なるらしい。
「でもさ、本当に良かったの?皆に情報明かしちゃって」
懐かしむ時間はもう終わったのか、テンマは明るい表情を一変させ、少し心配したような表情で俺を見る。
「いいんだよ。どっちにしろいつかは必要な事だったしな。まだ情報を開示して2週間だから気を抜くのは早いが…まぁ、今のところ裏切る気配もないし問題ないだろ」
「…あー、そういえばそうだね。僕は快ちゃんのする事に慣れてるから忘れてたけど、あの時の様子なら心配するだけ無駄か…皆、快ちゃんに引くほどビビってたもんね」
テンマは、俺の言葉に心配そうな表情をやめ、今度は憐れむような目で前にいる集団を見る。
恐らく、俺が2週間前に行った組織改革の時の事を思い出しているのだろう。
まぁ、元が統率された集団でも無かったから、組織改革というには些か大袈裟な表現かもしれないが、それがきっかけでこれまでの鬼灯の体制がガラリと変わったのは事実だ。
俺が主にした事としては、大きく分けて2つ。
傘下への情報の開示と報酬の導入だ。
具体的にしたことで言うと、殺人ピエロの捜索作戦に参加した餓鬼道会のメンバー100人とすでに情報を共有済みのカラーズ幹部の5人を除くカラーズメンバー50人(現在は餓鬼道会の名称を破棄し、そのメンバーもカラーズへと吸収済み)に、俺やテンマが能力者であるという事実とこれまでにしてきた活動の大まかな内容を明かした。
当然、テンマが心配するように事情を知る者が増えると、情報漏洩などの抱えるリスクは増える。だが、俺はここはリスクを負ってでも開示するべきだと考えた。
というのも、これまで能管や世間への情報漏洩を防ぐべく、意図して内部事情を知る者を必要最低限としていたが、スキルや能力者の存在が世に認知された今、それを曖昧なまま放置するのはかえって危険なのでは?…という結論に至ったのだ。
想像してみて欲しい…しっかりと事情を伝え、箝口令を敷いていなかったばかりに、この輩達が『もしかして、ウチのボスも能力者何じゃね?』という噂を、何の気なしに漏洩する可能性を。
そうなったら目も当てられない…というわけで、俺は傘下達へ情報の開示を決心したわけだ。
だが、どういうわけかその驚くべき事実の数々に、面々は驚いてはいたが、思いの外、反応は薄かった。
何故なのか…と気になり面々に話を聞いてみると、どうやらカラーズ幹部に明かした時と同様に、薄々、俺やテンマの異常性については気がついていたらしい。その結果、驚愕というより、納得という気持ちの方が大きかったのだという。
その言葉にふと心配になり…「お前らは存外、気が利くからもちろん誰にも口外なんてしていないよな?」と、念の為、優しい笑顔に少しの殺気をブレンドして聞いてみたところ、メンバー総員がブンブンと高速に首を縦に振って頷いていたので、まぁ、問題はないだろう。
とはいえ、念には念を…ということで、万が一にも今後、人の目や耳がある所で、迂闊にもこの話をしたならどういった目に合うかというのを、親友2人に協力してもらい面々の前でデモンストレーションをさせてもらった。
デモンストレーションの具体的な内容は、心臓の弱い方に配慮して、あまり細かい描写は控えさせてもらうが、テンマとは勝負という名の殺し合いを、銀次とは日課の肉体破壊を…とだけ言っておこう。
そして、このデモンストレーションの効果はそれはもう抜群で、これ以降の鬼灯の結束力はより強固なものとなったと言って良いだろう。
俺がその場を後にする時なんて、面々全員が打ち合わせをしていたかのように頭を下げていたからな。
それを見たテンマと銀次は、恐怖政治やなんだのと言っていたが、面々との立場と近いレッドに「これは恐怖政治なのか?」と優しく率直な意見を求めてみたところ、「いえ、ボスのカリスマ性かと…」と体をプルプルと喜びを露にさせて言っていたので、間違い無いだろう。決して忖度したわけではない。
その証拠に、情報の周知をして暫くが経過するが、俺が危惧していたような情報が漏洩した痕跡は一切見られない。これぞ結束力の賜物だ。
事前に、私欲から裏切る奴等の可能性を考慮し、多少の面倒事は覚悟していたのだが、これも無事杞憂に終わった。正に嬉しい誤算というやつだ。
そして、もう一つの改革として始めた報酬の導入というのは、働きに応じて金を払うという至ってシンプルなものだ。
これは主にモチベーションの低下を防ぐ効果を期待して導入したものだが、これも存外効果的で、皆以前よりも情報の収集に意欲的になった。
加えて、人手が何倍にも跳ね上がったことで、その効率はカラーズの幹部5人で、情報収集していた頃とは比較にならない程にまで膨れ上がっている。
まぁ、肝心な精度の方はあまり高くなく、スキルオーブや能力者の情報なんかも未だに実用的な情報はないのだが、人手がある分、成果を出すのも時間の問題だろうと思っている。
この通り、組織のことに関しては、忙しくはあるが大方順調だ。
しかし、悲しいかな。やはり、様々なことを同時進行している以上、全てが順調という訳にもいかないのだ。
この2週間。あの問題に関しては、全くもって進歩がなかった。
「差し当たっての問題としては、やはり護衛の動物か…さて、いよいよどうしたものか。いっそ、金も入ったし、ペットショップでも覗いてみるか?」




