第74話 一攫千金
新生活に入ったのも束の間。
忙しなく動いていると、あっという間に時間は過ぎていき、俺は早くも怠い学校生活から一時的に解放されるゴールデンウィークを迎えていた。
そして、その初日。
俺は時間を最大限有効に使うべく、早速テンマと銀次を引き連れてある場所へと赴いていた。
「それで、快ちゃん。『元金さえあれば楽々大金持ちになれる方法が有るんだが、知りたくないか?ぐへへ』って言われて、僕たちここまでノコノコ着いてきた訳だけど…その話って本当なの?銀ちゃんなんて、力になれるって張り切っちゃって今までバイトで貯めてきたお金まで全部下してきたらしいけど」
「あの慎重な快が言うんだから本当なのだろう!幾らでも使ってくれ!」
「あぁ、なんだ…お前らとりあえず言葉を選んで話してくれ。その言い方は色々と誤解を招く。それとテンマ、変な脚色はするな。それじゃ、まるで俺がマルチ商法の勧誘をしているように聞こえる。逆に銀次は、もう少し人を疑え。その絶大なる信頼はありがたいが、それじゃ本物の方にまんまと騙されるぞ」
そう、先の会話でも分かるように、俺が今、新しく着手しようとしているのは資金稼ぎだ。
何故に護衛の動物探しやなんやと忙しいこの時期に?…と思うかもしれないが、答えは簡単、シンプルに金がないからだ。つまり資金不足。
これまでは、実家の太いカラーズの善意の出資や、少し前にクロウズが勝手に…あくまで勝手にしでかした方法で、方々の金を賄っていたのだが、いよいよそれだけじゃ賄えなくなってくる段階になってきた。
今はまだ、テンマと銀次の学費、交通費、破損した拠点の補修費…くらいで済んでいるが、これから本格的に活動するにあたって、金の使い所は無限に出てくるだろう。きっと資金はいくらあっても足りなくなる。
と、そんなわけで、俺は目下のその問題を取り除くべく、聞く必要のない授業時間を割いて、現段階で最も効率良く金を稼ぐ方法を考えた。もちろん合法的に。
そして、今日はその方法の記念すべき初の実践日なのだ。
「ねぇ、快ちゃん…来る途中でまさかとは思ってたけど、ここで本当に場所あってる?僕の目にはめちゃくちゃ競馬場に見えるんだけど」
「俺も、この場所は流石に予想外だな…」
テンマと銀次は、俺が設定した目的地が意外な場所だったのか、唖然とした表情を浮かべる。
だが、俺はそんな2人を特に相手にする事なく足早に歩を進める。
テンマや銀次を引き連れ、入場料を支払い、場内へと進む。そして、ゴールデンウィークという事でわんさかいる人混みを掻き分け、手頃な場所を確保する。
「よし、場所はこの辺りでいいか…じゃ、テンマ、銀次。そろそろ金出せ」
「うわ、完全に物言いがカツアゲのそれだよ。てか、本当にここで金稼ぐつもりなんだ…でも、本当の本当に大丈夫?競馬ってギャンブルだよね。僕の全財産、2万円。ちゃんと増えるんだよね」
「ごちゃごちゃとうるさいな。増えるからさっさと渡せ。にしても、大学生の全財産が2万円って情けないにも程があるな」
「うるさいわい!ほっといてよ!」
そう渋りながらも、テンマは2万円を差し出す。しかし、余程惜しいのか握り締め過ぎて札がシワシワになっている。
それに対して、銀次はすんなりと札が入っているのであろう封筒を差し出す。
「場所が場所なだけに不安がないと言えば嘘になる…だが、俺は快を信じている。これが俺が今差し出せる全部だ。気にせず使ってくれ」
「おぉ。これはまた…後悔はさせないぞ銀次」
銀次から渡された封筒の厚みについ頬が緩む。
「ちょっとここで待ってろ。馬券を買ってくる」
「え、馬券って子供だけで買えるのものなの?快ちゃん1人で大丈夫?何なら僕、一緒に着いて行こうか?」
「いや、1人で大丈夫だ。どうせ、ちんちくりんのお前が付き添ったところで、馬券は買えないしな」
競馬を含む、公営のギャンブルの年齢制限は20歳以上。その為、原則この場にいる3人の誰が行っても馬券は買えない。
「いや、ちんちくりんって、それは快ちゃんにだけは言われたくないから。え、ってか買えないならダメじゃん」
「いや、そこは予め人を雇っているから問題ない」
「人?」
「あぁ。カラーズに取り込んだ者の中から、20歳以上の人間を見繕ってな。代わりに買い物をする簡単なお仕事で、日給3万円って言ったら志願者がわんさか来たぞ。元が不良だから意外と歳いってる奴等もいてな。探す手間が省けて丁度良かった。一度、徹底的に壊した奴らだから滅多に口外もしないしな」
「どうしよう…銀ちゃん。この子、碌な大人にならないよ」
「安心しろ、テンマ。既に、快は碌な子供じゃない。つまり手遅れだ」
「フォローがフォローになってないぞ、銀次。死にたいなら遠慮するなよ。クロが居るからって俺が相手しない理由にはならないんだからな?」
「…すまない。口が滑った」
「いや、いい。謝ろうが何しようが、どっちにしろ2人ともペナルティだからな。テンマはマナ枯渇30回に、銀次は身体破壊30回。一応、腹案も考えているが、そっちにしておくか?」
『いいえ!』
内容の分からない腹案が怖いのか、2人は顔を引き攣らせながらも声を揃えてペナルティを受け入れる。
「なら、異論はないって事だな?」
『ありません!』
「よろしい、では俺は事前に連絡していたアルバイトとの待ち合わせ場所に行ってくるからな。この場から動くなよ」
『行ってらっしゃい!』
ったく、親しき仲にも礼儀ありって言葉を知らないのかコイツらは。少々罰が甘い気もするが、まぁ、いいか。今は機嫌が良いからな。
快は、札の入った封筒を見てほくそ笑む。
——あ、おかえり〜
俺がアルバイト共への指示と金の受け渡しを済ませて、テンマと銀次の元へ戻ると、屋台で買ってきたのであろうチキンを頬張るテンマがいた。
「おい、この場から動くなって言ってたはずだよな。それになんだそのチキンは。2万円がお前の全財産じゃなかったのか?」
「いや、お昼ご飯用にちょっとね…あー、快ちゃんもひと口食べる?」
俺の表情を見て事の深刻さを察したのか、頬を引き攣らせながら、チキンを差し出すテンマ。
俺は、それをひと口で全て頂く。
「あー、僕のチキン!ひと口とは言ったけど、全部食べる事ないじゃん!」
「うるさい、俺の計画をダメに仕掛けた罰だ。俺が何の考えもなく、お前達にここから動くなと指示したとでも思うのか?」
「え、計画って…僕達もなんかしなきゃいけないの?」
「当たり前だろ。俺は何も、お前らに馬のかけっこを見せるために態々連れてきた訳じゃないぞ。俺は大金を獲得する為に必要だから、お前らを連れてきたんだ。この計画は、俺たちが協力してこそ盤石となる」
「うわ〜〜、なんか読めてきたよ。それってイカサマなんじゃないの」
「いや、応援の仕方は人それぞれだ。それに、スキルを使っての応援はダメなんてルールは、ホームページやこの会場の何処にも記載されていなかったからな」
「流石、快ちゃん。抜かりない上に相変わらずモラルガン無視だね。よっ、完全犯罪者」
「言うな、テンマ。俺は、正直この場に案内された時点でなんとなく予想はついていたぞ」
ハハハと乾いた笑いをするテンマと、捕まる時は一緒だとでも言うように深く頷く銀次。
2人の物言いに、今度は本気の拳が出そうになるが、人前だからと鋼の意思で自重する。
「ま、何となく話は見えてきたよ。それで、僕は具体的に何をすれば良いの?」
「簡単に言うと、レースの順位操作だな」
「うわ、本当に簡単に言うね。でも、僕の風でもそんなに緻密な操作はできないと思うよ?不正するとは言っても、やっぱり目立たない程度になんでしょ。あからさまに風を集めたら、それこそ注目集めちゃうし」
「そうだな。だからお前は、運動会のリレーの時にして見せたように大まかな補助だけで良い。俺の指示した馬を上位グループに入れてくれ。そしたら後は、俺に任せろ」
「おっけー!快ちゃんが何する気か知らないけど、とりあえず僕のやる事は分かったよ!」
その後、俺たちはレースが始まる時間帯まで待機する。
そうして、待つ事数十分。
ついにレースが始まった。
「えーっと、僕競馬のことよく分からないけど、取り敢えず10番と5番と2番を上位グループに入れれば良いんだよね」
「そうだ。少なくとも挽回不可能な所までは落とすな。欲を言うなら最後の直線勝負の所までに上位争いできる位置に入れてくれ」
「ふふん、快ちゃん!僕のスキルの熟練度を甘く見ないでよ!それくらい朝飯前だよ!」
その後…テンマの助力もあり、レースは概ね、俺の描いたシナリオ通りに進んだ。
そして、レースは最終局面を迎える。馬や騎手が最後の力を振り絞るラストスパート。
俺もこのタイミングで望んだ結果を得る為の行動を始める。
手始めに手持ち無沙汰な銀次へ、口頭で指示を出す。
「よし、銀次。俺を頭上まで持ち上げて、俺の視界に遮蔽物が写り込まないようににしてくれ」
「ん、よく分からんが、これで良いか?」
「あぁ、バッチリだ」
そうして銀次に高い高いの如く持ち上げられた俺は、手で銃の形を作り、その砲口を10番、5番、2番の方へと向ける。
そして、指先で少なくないマナを練り上げ…
「治癒系統術『弾』」
一気に3発のマナの弾丸を射出する。
その結果…1着10番、2着5番、3着2番…と、当初の狙い通りの結果を手にする。
「え!最後、快ちゃん何したの?!」
結果を見て、そう興奮したように俺を見るテンマ。
俺はそれに簡潔に答える。
「治癒の弾丸を飛ばして、馬の身体に溜まった疲労を消したんだ」
「飛ばしてって…快ちゃん、遠距離治癒なんて今まで出来なかったよね?!」
「あぁ、長らく苦戦していたが、ようやく最近形になってきたんだ。体外に排出すると霧散しやすいというマナの特性があるから、普通に治癒する時の比にならない量のマナを込める必要はあるが、使ってみた感じ中々使い処はありそうだ。ま、断じてコスパは良いとは言えないがな」
「えー、凄いじゃん!良かったね!でもよく順位の操作まで出来たね?最後は僕、特に何もしてないのに!」
「あぁ、それは込めるマナの量を各馬ごとに調節したんだ。レース終盤…順位が拮抗している状態なら、馬の疲労度は順位に直結する」
「うぇー、なるほど!てか、快ちゃん、やっぱり抜かりねぇ〜!」
「当たり前だ。俺は勝てる賭けしかやらん」
そうして、スキルの話で盛り上がる俺とテンマを他所に、銀次は口を開け、半ば放心状態となっていた。そして、唇を振るわせながら徐に口を開く。
「な、なぁ…快。俺もあまり競馬に詳しい方ではないんだが、これは、さ、3連単という奴じゃないか?こ、これって結構凄い確率何じゃないのか??」
「まぁ、そうだな。今回の場合、全18頭だから、確率で言うと4896分の1。分かりやすく言うなら0.02パーセントってところか」
「そ、そんなに?!そ、それだと…どれくらいになるんだ。その…金額の方は…」
「…!」
銀次の様子を見て、只事ではないと察したのか、テンマも戦々恐々とした表情で俺の言葉を待つ。
「税金やら何やらで、最終的に手元に残るのは500万くらいだろうな。てか、それくらいになるように計算して馬や賭ける額も設定した。あまりに高額当選して注目を集めるのも、本意でないしな」
「ご、ごひゃくまん?!そんなに?!すご!」
「ゆ、夢か。夢なのか…」
「あー、高額すぎて銀ちゃんついに壊れちゃったよ。治したげて、快ちゃん」
「はぁ、全く…」
俺は、全てが狙い通りに行ったことに安堵しつつ、頭から煙を排出する銀次に手を当て、治癒を掛ける。
まぁ、何にせよ。これで暫くの金の工面は出来たな。楽に稼いだとはいえ、有効に使いたいものだ。
とはいえ成功記念だ。さて、何に遣ったものか。
テンマが駄々を捏ねるだろうから、美味いものを食べて帰るのは当然として…取り敢えず、帰ったらネットでベビー用品でも覗いてみるか。




