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狂人が治癒スキルを獲得しました。  作者: 葉月水
変わり目

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第71話 却下


 護衛の動物捜索から2時間。


「おい、条件はしっかり確認してあったはずだよな?」


 俺は、自信満々で俺を呼びつけたテンマへ呆れた視線を向けていた。


「うん!だからほら!条件通りじゃん!!」


 悪びれもせずにそう宣うテンマに思わず拳を振り上げそうになるが、グッと堪えて、小さく息を吐いて心を落ち着かせる。


「ほー、日本屈指の大学に現役合格した頭脳を持つテンマ君は、アレが条件に当てはまってると…そう言うんだな?」


「え、何その反応。もっと褒めてくれると思ったのに…」


 余程自信があったのか、テンマは俺の微妙な反応に本気で残念そうに肩を落とす。


「おい、その賢い頭でもう一度条件を思い出してみろ。本当にアレで問題ないか?」


 俺は今一度、その対象に指を向けテンマに最終確認を取る。


 しかし、俺の再三の確認に、テンマはうんざりとしたような表情をしてその対象に視線を向ける。


「えー、そんなにダメ??毒もないし、キモくもないし、爪も牙もあって、防御力も高そうでポテンシャルも高いよ。ほぼ条件通りだし、言うほど悪くないと思うけど…」


 その返答に俺は、偏差値底辺からの逆転合格を果たし、ここ最近、少し見直していたテンマへの認識を再度改める。やはり、バカは一朝一夕では治らないらしい。


 俺はため息混じりに口を開き、テンマ同様、その対象の方へと視線を向ける。


「そうだな、確かに初めに提示した条件も概ねクリアしているし、スキルを獲得した動物以外ではおそらく最も強く、珍しく、貴重な動物だろうな。きっと、この辺りではこれ以上のポテンシャルを秘めた動物は探してもそう居ないだろう」


 とはいえ、コイツは護衛には全く持って適さない。少なくとも今の時点では。


 しかし、テンマはその問題点にも気が付かずに、ニヤけた顔をして俺をツンツンと指でつつく。


「え、なんだ快ちゃん!さっきとは打って変わってベタ褒めじゃん!!ふふ、やっぱり、僕お手柄だった??…ぶふぅッ!?」


 しまった。ウザ過ぎて、つい手が出てしまった。


「な、なんで殴るの!僕、頑張ったのに!!」


「なんでも何もあるか。どこの一般家庭が、裕に2メートルはありそうなクマが飼えるんだよ」


 そう、コイツは何を見つけてそんなに自信満々にしているのかと思えば、クマを見つけてドヤ顔をかましていたのだ。それも、本州には本来居ないはずのヒグマを。


「大きさの指定もしっかりしてあった筈だよな?いつから大きさ無制限になったんだ?ん?」


「快ちゃんの部屋に難なく入るくらいでしょ?ほら見てよ!銀ちゃんよりちょっと大きいくらいじゃん!平気だって!」


「平気なわけあるかバカタレ。難なくの言葉の意味が分からなかったのか?誰がドアを通れるか怪しい大きさの動物探してこいって言ったよ。限度があるだろ限度が」


 そう、限度があるのだ。いくらウチの両親が色々と緩いと言っても、流石に自宅でヒグマを飼う事にすんなりと頷くはずがない。一体どこの親が子供が生まれるという大事な時期に家に危険生物を招き入れるというのだろうか。


 それに、問題はサイズだけではない。


 もし仮に、万が一、いや、無いとは思うが…罷り間違って許可が出たとして、一般家庭がヒグマを飼い出して、世間が放っておくだろうか。いや、まず間違いなく放っておかないだろう。


 ご近所に騒がれる程度ならまだしも、この能力者に対する注目が集まっている昨今だ。最悪、能管が能力者の有無を確認しに、出張ってくる事態にも発展しかねない。


 加えて、能管以外の能力者が接触してくる可能性も否めない。


 故に却下だ。俺の元へ寄ってくるならまだしも、家族の元へ能力者が近づくのは本末転倒だ。到底看過出来ない。


 注目を集めれば、それだけ危険に身を晒すことになる。その点、ヒグマは色々と護衛としては不適格だろう。


「もう!そういうのは先に言ってよ!部屋に入ればいいと思うじゃん!」


「いや、思わないだろ。じゃ、何か?お前は喧嘩にショットガン装備していくのか?」


「んなわけないでしょ!喧嘩で武器使うにしてもせめて金属バットとかでしょ!ショットガンって…戦争じゃあるまいし」


「そうだ、それが限度だ。分かったか?だからこのヒグマは却下だ。ポテンシャルは確かに魅力的だが、デカい上に、悪目立ちするから、家族の護衛という意味では全くもって不適格だ」


「…ぐぬぬ」


 俺の正論にテンマは悔しそうに歯噛みする。


 そんな時…俺とテンマの背後からクロウズの跡を追ってきたのだろう銀次が額に少し汗を滲ませながら、声をかけて来た。


「ふぅ…すまん、結構距離が離れていて遅れた。なんだか楽しそうだが、条件に適した動物が見つかったのか?」


「いや、このポンコツが自信満々に呼びつけるから期待したが…まぁ、結果はご覧の通りだ」


 俺は、結果は見た方が早いと、のそのそと動くヒグマを指差す。


「アレは…クマか。いや、あれは流石に無理じゃないか?」


「あぁ、どっかのポンコツはイケると思ったらしいがな。結局、探し直しだ」


 俺は銀次の言葉に内心ホッとする。


 よかった、コイツまでバカを言い出さなくて。


 しかし、テンマは、俺と銀次の態度が気に入らないのか、不服そうに口を尖らせる。


「…快ちゃんも、銀ちゃんも碌に動物、発見できなかったくせに」


 正直それを言われると耳が痛い。


 銀次は、俺やテンマに比べ機動力に劣る分、探す効率が落ちるのは仕方ないだろう。クロウズに呼び出されるまで足場の悪い広大な捜索範囲を走り回り、奔走出来ただけマシというものだ。


 しかし、俺は…ことこの木々に囲まれた環境で限れば、獣女と戦った時のように木々を足場にする事で、機動力で言えばテンマにも引けを取らない動きが出来る。


 その上で、成果が無いのだ。


 テンマもそれが分かっているのか、銀次より俺の方に責めるような視線を集中させている。


 とはいえ…


「結局、採用されなかったんだから、お前も成果無しだろ」


 それに仕方なかったのだ。俺はどういうわけか、小動物は愚か虫1匹すら見掛けなかったのだから。


 俺のスキルは決して攻撃的なものでは無いし、無意識に威圧していたなんて事も無いはずなのだが…おかしいな。


 クマのせいか、うん。きっとクマのせいで怯えたんだろうな。


「それで快、初めに設定した3時間というリミットまではまだ少し時間があるが、これからどうする。もう少し範囲を広げて捜索してみるか?」


 未だ顰めっ面を崩さないテンマを他所に、この後の予定を聞いてくる銀次。


「いや、今日はどっちにしろ撤収だな。2時間ぶっ続けで走り回って得た成果がヒグマ1匹。正直、この辺りでこれ以上粘っても望みは薄いだろう」


「そうか、ならもう戻るか」


「あぁ、バイクのある場所へ戻る道すがら動物に遭遇できればラッキーくらいに思っておこう」


「了解だ」


 そう言い、俺と銀次は歩き始める。


 しかし、一向についてくる気配のない奴が1人。


「おいテンマ。ここでスローライフを送る気になったのなら自由にすれば良いが、そうでないなら早く着いてこい。このまま迷子になっても探してやらないぞ」


 大方、行きと同様に派手な原付で笑い者になるのを渋っているのだろうと思っていたのだが、どうやらそれは違うらしい。


 というのも、明らかにテンマの様子がおかしい。それは渋っている感じではなく、むしろやけに楽しそうな顔をしてこっちを見てくる。


 なんだか嫌な予感がする。


 そして、テンマは楽しげな様子のまま口を開く。


「…る!」


「あ?」


「あのクマ!連れて帰る!」


「却下、帰るぞ」


 どうせそんな事だろうと思ったわ。


 しかし、テンマは俺の即答にも諦めずに、ジタバタと駄々を捏ね始める。


「やーだー、連れて帰るー」


「子供か」


「まだ18歳!ギリ子供でしょ!」


 どうしたものか。発言までも子供だ。これが日本屈指の大学に現役合格とは…いよいよ、世も末かもしれない。


 しかし、コイツを見てると俺に兄弟が出来ても大丈夫なのか無性に不安になってくる。どうしよう。赤子を考える間もなくムカついて反射で引っ叩いて、殺してしまったら。


 ハァ…改めて、俺のスキルが治癒で良かったな。


 にしても、困ったことになった。こうなったテンマは、割とマジで要求を飲むまで意見を曲げない。その証拠に長年の幼馴染である銀次は、既にため息を吐いて諦めの顔をしていた。


「……どこで飼うつもりだ。念のため伝えておくが、俺の家では飼えないぞ。いや、飼わないぞ。例え、あの脳内お花畑の両親が許可を出してもだ」


 ここでオッケーを出しかねないのが、うちの両親だからな。予め言っておかないと、マジで実現しかねない。


「んー、やっぱり僕らの秘密基地かなー!あそこなら人目にも晒されないし!」


「まぁ、そうなるか…で、餌はどうする。クロウズみたいに放ったらかしとは行かないぞ。クマがゴミを漁ってたら瞬く間に通報される。そして、まず間違いなくニュースに取り上げられて要らぬ注目を集める」


 現状、クマを飼うのはメリットよりデメリットが多い。まぁ、長期的に見れば、今後の戦力にはなってくれるかもしれないが、それはあくまで飼える環境が整ってさえいればだ。


 こんな理屈で理解してくれたら有難いのだが、そう簡単にいかないのがテンマだ。


 そして、俺の予想通りにテンマは食い下がる。


「んー、そこはほら!僕らで折半しようよ!」


「却下。そんな無駄金はない」


「えー、無駄じゃないよー!クマかわいいじゃん!」


「かわいくない」


「じゃあ、快ちゃんの腕を餌にする」


 コイツ…。


「お前、俺が言うのもなんだが頭がおかしいんじゃないのか?そこは、言い出しっぺのお前の腕だろ。俺の腕は日頃役に立つクロウズにやるもんだ。役立たずにやる腕なんて一本もない」


「快よ…怒るところは絶対にそこじゃないだろ」


 銀次がなにやら引いたような目で俺らを見てたが、ここだけは絶対に譲れん。


「ハァ…分かったよ。なら、基本的には僕の腕か銀ちゃんの腕にするよ。それで、クマを鍛える間に出た熊肉も餌にするってことで。それならいい??」


 そこまでして飼いたいのかよ…。なら、まぁいいか。諦めそうにないし。


 だが、なんかムカつくからヒグマは実は草食傾向が強い動物ってことは黙っておこう。テンマはヒグマの凶暴なイメージのせいで、肉食だと思ってるみたいだから放っておけば面白いものが見れそうだ。


 気付いた時が見ものだな。


 俺は緩みそうになる頬を引き締め、渋々感を演出して、テンマの願いを了承する。


「まぁ…時には人肉も食すし、共食いもするらしいからな。俺の治癒もあるし、それならなんとかなるだろう。ハァ、結局こうなるのか…」


「やったー!!」


「いや、ちょっと待て。サラッと俺の腕も餌に換算されていたんだが…」


 銀次が何やらブツブツ言っていたが、テンマの喜色の声に掻き消される。毎度の事ながら不憫だな幼馴染。


 よし、テンマのせいで少し話が脱線したが、護衛の動物はまた日を改めて探すこととしよう。そもそも、家族の安全が掛かっているものだし、一回の遠征で決めるのもどうかと思っていたところだしな。まだ、ここで妥協する程急いでもいない。


 予定外ではあるが今日のところは気持ちを切り替えよう。テンマが駄々を捏ねた時点でこうなる事は半ば分かっていた。


 となれば今は、今後どうすればそのヒグマが最大限活かせるのかを考えるべきだろう。


「んー」


 俺は軽く思考を巡らせ、用途を考える。そして、早々に結論を出す。


「よし、用途は大体思いついたし、早速、調教しに行くとするか。クロウズが持ち運ぶ道すがら暴れられても面倒だしな」


「オッケー行こ行こ!!」


「ハァ…」


 そうして、俺たちは話している間に少し移動していたヒグマを目視できるところまで移動した。


 道中…若干一名、メガネをかけた背の高い男が憂鬱そうな表情をしていたが、まぁ着いてきてはいるし、ここは見て見ぬ振りをした。同情はするが関与はしない。


「で、なんで僕達は木の上に隠れてるのさ」


 テンマは、ヒグマに警戒心を抱かれないように、声を顰めて隣の木にいる俺を見る。


「ヒグマと言えど、俺やお前が相手したらすぐ終わっちゃうからな。せっかくの機会だし、ここは銀次に任せてみる」


「あー、なるほど。だから銀ちゃん下に置いてきたんだ」


「最近の鍛錬の成果を確かめる良い機会だろ」


 ま、銀次にはまだ説明してないんだがな。まぁ、面倒臭いし細かいことはどうでも良いだろう。


「ってな訳で、銀次。とりあえず、ちょっとアイツと喧嘩してこい」


「あ、アイツって…あのクマの事だよな?」


 銀次は俺の指示に露骨に頬を引き攣らせるが、俺は構わず言葉で背中を押す。


「あぁ、まぁ何とかなるだろ。多分。てか、なんとかしろ。この程度に手こずるようじゃ、到底能力者相手には勝てないぞ」


「…ふぅ。それもそうだな。行ってくる」


 俺の能力者相手という言葉で覚悟が決まったのか、銀次は迷いのない足取りでクマの元へと向かっていく。


「ガンバレ〜、銀ちゃん!」


 小声で応援するテンマを他所に、俺は今一度、銀次が相手取るヒグマを見据える。


 んー、実際どれくらい強いんだろうな。正直、ヒグマのバトルシーンなんて見たことないから、想像もできないな。だが、体躯はやはり立派だ。果たして、今の銀次に勝てるものなのか?


 まぁ、それは戦ってみれば分かるか。流石に死にそうになったら止めてあげよう。





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