第68話 祝賀会
「母さんの妊娠とテンマ君と銀次君の大学合格を祝して!!乾杯!!」
『かんぱ〜い!!』
父さんの音頭に続き、食卓を囲む皆がジュースの入ったグラスを持ち上げ声を上げる。
「いただきまーす!うわー、何から食べようかな〜〜!!」
「テンマ、行儀が悪いぞ。招待されている身とはいえ、もう少し落ち着いてだな…」
銀次は、対面に座り、子供のようにはしゃぎながら自皿に次から次へとおかずを盛るテンマの態度を注意する。
「うふふっ、いいのよ銀次君。喜んでくれてるのが分かって嬉しいもの!ほら、銀次君も遠慮しないで沢山食べて!」
「そうだぞ。テンマ君と同じで、銀次君も今日の主役なんだからな。遠慮なんてしなくて良い!どれ、俺がおかずを山盛りに盛ってやる!」
「す、すみません。ありがとうございます。いただきます!」
両親の歓待におろおろと困惑しながらも、銀次は心底嬉しそうな笑みを浮かべる。
その様子に、大学の進学が決まったことがそんなに嬉しいのか…と思ったが、2人の様子を見れば、決してそれだけの理由で喜んでいるのではないことが十分に窺える。
詳しくは話されてもないし、興味もないから聞いていないが、2人の家庭環境が色々と複雑なのは、これまでの付き合いで何となく察している。
恐らく、こうした家族や友人で集まり、和やかな雰囲気の中、食事をすることもこれまでに無かったのではないだろうか…。
まぁ、やはり、その中でもチート半分とはいえ、勉強の成果が出た事が一番大きいのだろうが………今日くらいは色々と大目にみてやる事にしよう。元はと言えば、このパーティを開こうと言ったのはウチの両親だしな。無礼講だ。
「しかし、能力者とかスキルとか、一時はどうなることかと思ったが……取り敢えずは何事も無く日常が続いて良かったな!」
「そうね〜。こうして皆でお祝いを出来るくらいには、変わりないものね。良かったわ!」
両親の会話に、テンマと銀次はおかずを頬張りながらチラリと俺の方に視線を向ける。
俺はそれに「事前の取り決め通りだ」と言うように軽く頷き、唐揚げを一つ口に運ぶ。
政府が、今後の意向を示すガイドラインを発表してはや2ヶ月。
これまで想像上のものでしか無かったスキルや能力者といった超常の存在が明らかとなって以降、世間が抱いていた得も言えぬ不安感は、政府の政策により大分緩和されていた。
当初は、人間を逸脱した力を持つ能力者との共存を目指すという政府の方針に対し、難色を示す者も多く居た。
しかし、今となっては能管という抑止力の存在もあってか、徐々にだが国民はその意向を受け入れつつある。
いや、やはり受け入れつつあるというのは些かポジティブが過ぎる表現かもしれない。
依然、能力者を危険視し、排除を推奨する声はある。
ただ、それ以上に大多数の人間があまり以前との変化を感じない為か、どこか他人事のように認識しているところがあるだけだ。
俺の両親に大して動揺が見られないのも、偏にこの事が影響しているのだろう。
いや…まぁ、俺の両親の場合は、元が色々と緩いからそんな世論が無くても、大して動じないような気もするが。
「でも、混乱が最小限で済んで良かったですよね!能力者管理局のお陰で、今の所は安心して過ごせてますし、何より今病院に通えなくなるのは困っちゃいますから!」
諸々の事情を知っていれば、「どの口が言っているんだ」とツッコミたくなる発言をするテンマに、俺と銀次も白々しく深く頷いてその言葉を肯定する。
今の所というより、今後も俺は両親に余程のことが無ければ能力者である事を明かすつもりは無い。
まぁ、両親の性格からして明かしても大して問題ないような気もするから、絶対に隠し通したいという訳でもないのだが、今がその時ではないのは確かだろう。
今の状況で、俺が能力者だと明かせば、これから能力者同士の諍いかなんかがニュースで報道された時に、少なからず心配をかける事になる。ならば、隠せる間は程々に隠して置くのに限る。
だから、これは事前にテンマと銀次と決めていた打ち合わせ通りの展開だ。
「ふふ、そうね〜!私は今、通院出来なくなると困っちゃうもの。能力者管理局様々ね!」
「うむ。そう言われると確かになー!今度、感謝の印にパンの差し入れでもしてみるか!はて、能力者管理局…どこで受け取ってもらえるのだろうか」
少し膨らみが目立つようになってきた腹部を撫でながら笑う母さんに、父さんは顎に手をやり、真剣な顔をしながら差し入れるパンの種類を考える。
いや、腐っても政府の機関なんだから、普通に考えてもそんな簡単に一般人の差し入れは受け取らないだろ。地下アイドルじゃあるまいし。
そう呆れる俺を他所に、テンマと銀次は『ぶっ飛び具合が似てる』と、ゲラゲラと笑いながら俺と両親の間に視線を行き来させる。
うん。今日は無礼講だと思ったが、流石に限度があるよな。親しき仲にも礼儀ありだ。
それに、故意でなく事故なら仕方がないだろう。5人で食卓を囲めば、当然足くらい踏む事もある。
——えい
『ッい!?』
「あら、どうしたの2人共。もうお腹いっぱい?」
「…あ、いえ…ちょっとお宅の息子さんに骨が砕けるくらい強く足を踏まれ…ッ!?じゃなかった!!!か、快ちゃんに兄弟が出来るのが今から楽しみだな〜って思いまして!!ね、銀ちゃん!!」
「…あ、あぁ!そ、そうです!心配していた大学受験も無事に終わったので…今から夏が待ち遠しいくらいだってテンマとここへ来る前から話していたんです!」
冷や汗を浮かべながら何とか話題の方向転換を図るテンマと銀次に、母さんは気付かずに朗らかな笑みを浮かべる。
「あら〜!それは嬉しいわ!!ねぇ、あなた!」
「あぁ!そうだな!無事に産まれたら2人にも抱っこしてもらおう!きっと喜ぶぞ!」
『是非!!』
咄嗟とはいえ、楽しみにしていたのは本当なのか、声を揃えて返事をするテンマと銀次。
——〜であるからして…能力者は…
そうして食事をする傍ら、俺はふと小さい音量で垂れ流しになっているテレビの方に目をやる。
画面に映っていたのは、分野の違うあらゆる専門家を集め、あーだこーだと討論する形式の番組だった。
議題は目下世間を騒がせている能力者やスキルについて。今となっては、別に珍しくない、もはや見慣れつつある議題だ。
ただ、その内容は形容し難い程に酷いものだった。
今までにないジャンルだとはいえ、これで良いのかと思わざるを得ないほどに、どの専門家も抽象的な言葉で、曖昧な討論を繰り返していた。ハッキリ言っていい加減だ。
専門家の中には、「能力者やスキルなんてものはそれほど気にする必要はない」等と何とも無責任な発言をする者もいる始末だ。そして、遂にはそれに同意する者が居るのだからどうしようもない。
きっと、これを能管の奴等が観たら頭を抱えるに違いない。いや、もしかしたらこの手の報道が多すぎて、既に抱え疲れているかもしれないな。
だが、当分はこの手の報道は続くだろう。
恐らくこれらも全て政府が意図してやっていることだ。
能力者、スキル…テレビ局はこれらの単語が、番組の見出しに入っているだけで簡単に視聴率が取れる。
そして、政府はテレビを通じて人々の混乱の沈静化を図れる…常識人枠の銀次さん曰く、ちょっとばかし賢い奴等の言う『大丈夫、心配要らない』という言葉には、どうやら例え根拠が無くても大衆にとってはこれ以上にない精神安定剤となるらしいからな。
分かりやすく両者にメリットがある以上、これらは仕組まれていると考えるのが妥当だろう。
ただ、これは諸刃の剣でもある。一時はこれで沈静化を図れても、その後に問題が起きた時に認識の差が広がり過ぎていたら事態は簡単に悪化する。
頻繁にある小さい地震に慣れ過ぎると、稀にある大きな地震が来た時の避難の妨げになるのと同じように、時に慣れは要らぬ油断を招く。
スキル…その力の破格さを身を以て知る俺からしてみると、この現状は危機感の欠如と言わざるを得ない。
だが、これに関しても当事者であるからこそ、そう思うだけなのだろう。
その存在が明らかになったとはいえ、その数自体は全人口の1%にも満たない。日常生活を送る上で、人々がその存在を直接認識することは殆ど皆無と言っていい。
つまり現状、能力者の被害に遭う人口より、交通事故で被害に遭う人口の方が圧倒的に多いのだ。
となれば、この現状は当然の帰結とも言える。
俺は実際に、殺人ピエロや能管とも一戦を交え、その強大さを知っているが、この世の大半の人々がそうではない。
現状、人々が危機感を持って生活するには些か変化や刺激が不足し過ぎている。
事実、SNS等には『最強スキルランキング(予想)』や『スキルオーブ 穴場』等という俺の考えとは対照的なラノベによくある現代ファンタジーを再現したような呑気な投稿で溢れている。
「政府もこの2択は迷っただろうな。混乱は大きくなるが後の事を考えて、危機感を植え付けるか…多少楽観的になれど、一先ずはこの異常事態に慣れさせ、混乱の沈静化を図るか…で、最終的に後者を取ったわけだが、良かったのか悪かったのか。ま、今の時点では何ともいえないか」
そう、オレンジジュースを片手に、ニュースを見て呟くが、誰も俺の発言を気に留めていない。というより、既に場内はそれどころではなかった。
視線を一時的に、テレビの方から皆の方に向けると…銀次と父さんは何故だか肩を組み揃って涙を流し、テンマはテンマで、母さんの腹部に向かってひたすら「君のお兄ちゃんだよ〜」等という無駄としか思えないバカな刷り込みを試みていた。
「カオスだな…」
そう呟くと、俺はそそくさとオレンジジュースを片手に席を立ち、テレビの前にあるソファーへと移動する。
これは流石の俺でも手に負えないからな。それなら、無視するに限る。幸い、俺が居なくても楽しそうに笑っているし、放っておいても問題はないだろう。
——スキル犯罪は…
ソファーに腰を下ろすと、ちょうど区切りの良い時間だったのか、既にテレビの番組は切り替わっていた。
次は、ニュース番組のようだが、依然その内容は能力者やスキルの事についてだった。
「スキル犯罪ね…新しい語句が次々と出来上がるな」
俺は感心するように、ニュースの内容を復唱する。
スキル犯罪…それは、文字通りスキルを使った犯罪。つまり能力者が引き起こした犯罪ということだ。その最たる例を挙げるとしたら、間違いなく殺人ピエロの名前が挙がるだろう。
「へ〜」
何でも、ニュースによると…ガイドライン発表以前にはいくつか散見された不可解な事件や事故が、最近は減少傾向にあるのだと言う。
「もしかしたら、現状一番以前との変化を感じているのは、非能力者側ではなく能力者側なのかもしれないな」
スキル犯罪の減少傾向…これは恐らく、能管という取り締り機関の存在が思った以上に機能しているのだろう。
確かに、クロウズの報告によると規模も以前とは大違いに拡大しているようだし、大衆の英雄視も半端ないからな。その影響で、これまで遊び半分で能力を行使していた奴等が揃って自重するのも頷ける。
だが、もう少し荒れた世界を期待していた俺としては、この現状は予想の範囲内ではあるが、些か落胆したと言わざるを得ない。
まぁ、こればかりは事前に色々と予測し準備をしていた政府を素直に讃えるしかないのだろう。そのお陰で、人々の混乱は最小限に抑えられたといっても良い。
とはいえ、別に焦りがある訳でもない。
俺の予想では、この平穏が続くのも少しの間だけだ。
交通事故で死人が出ているのにも関わらず、人々が車の運転を止めないのと同じように、この世に能力者が居る限り、そういったトラブルは決して無くなることはない。
きっとそう遠くない内に、俺が楽しむ機会は巡ってくる。まぁ、仮に巡って来なくても、その時はこちらから起こせば良いだけだしな。
だから、それまでは幾許かの平穏を楽しむのも悪くないだろう。
「…」
馬鹿騒ぎする面々を見て、快は微かに頬を緩める。




