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狂人が治癒スキルを獲得しました。  作者: 葉月水
変わり目

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第67話 政府の選択


 波乱の戦闘訓練を終えた森尾は、シャワー室で汗を流すと食堂へと足を運んでいた。


「美味しい…」


 遅めの昼食と訓練後の疲労も相まって、好物の鯖の味噌煮が普段以上に美味しく感じる。


「…ふぅ」


 森尾は、定食に付いている味噌汁を一口飲んで、ほっと安堵の息を吐く。


 思い返してみると危なげなく終わったように感じる火焚との戦闘も、無事に勝利で終われたからこそ言える感想なのだろう。


 実際、訓練室だと周囲の被害を考えなくて良い等といったメリットも多いが、外とは違って使える空間が限られている為、機動力を強みとする森尾との相性はそこまで良くない。


 今となって考えてみると…おそらく、それこそが火焚の狙いだったのだろう。火焚のスキルの場合、空間が狭ければ狭い程、攻撃を当てるチャンスが増える。


 事実、もうほんの少しでも訓練室が広くなければ、完全に逃げ場を失い猛火の餌食となっていた。


 今更になって、少し背中がひんやりとする。結果的に勝ったから良かったものの、我ながら思い切った事…というより迂闊な事をした。


「ご飯中にごめんね、森尾ちゃん。俺もお昼一緒しても良いかな?」


 森尾は、食事に夢中で、普段敏感な人の気配に気づかず、不意打ちのように現れた浅霧に驚いたように目を見開く。


 そして、それと同時に口一杯に食べ物を頬張っているところを見られたことに森尾は少しの羞恥を感じる。


 しかし、このまま無視するわけにもいかず、赤くなる顔を隠すように手で口元を抑えて、黙って浅霧の言葉に頷いて承諾する。


「じゃ、失礼します」


 森尾の許可を得たことで、浅霧はカレーライスの載ったトレーをテーブルに置いて、森尾の正面の席へと腰を下ろす。


「コホンッ。お疲れ様です、局長」


 口の中のものを飲み込み終わり、森尾は恥ずかしさを取り払うように咳払いをしてから、浅霧に遅れて挨拶をした。


「うん、お疲れ様。森尾ちゃんも色々と大変だったみたいだね…」


「何か聞きましたか?」


「いや、何も聞いてないよ。でも、なんかさっきめちゃめちゃ不機嫌な感じの火焚ちゃんとすれ違って、何にもしてないのに舌打ちされちゃったから…訓練で何かあったんだろうなって」


「なるほど…すみません。今度しっかりよく言って聞かせて置きます」


「ははは。ありがとう。でも、大丈夫だよ。別に、特に何をされたって訳でもないしね」


「いえ、能管のトップに対して、その態度は飼い主として見過ごせません」


「ん、飼い主…?」


 森尾から発された単語に分かりやすく首を傾げる浅霧に、森尾はついさっき訓練室で火焚との間にあったことを大まかに説明する。


「うわ、だから火焚ちゃんの顔あんなにボコボコだったのか……って、違うよ!何で、ナチュラルに内輪で殺し合いしてるの?!てか、それ…結果的に勝てたから良かったものの、一歩間違えば大惨事だったよ?」


「はい…無断で危ない賭けをした事は反省してます」


 そう言い森尾は、一度食事を中断し、箸をおいて浅霧に頭を下げる。


「ま、まぁ、分かってくれればいいよ。でも以後は、そういう無茶は控えてね…心配なのもあるけど、外が色々と大変な時に、能管内でまで問題が起きたら、俺今度こそ心労で倒れちゃうから」


「はい、気をつけます。ですが、局長…その無茶のお陰で今後の憂がひとつ解決しました。今後、あの問題児の手綱は、私がしっかり握っておくので任せてください」


「う…うん。組織の上司という立場上、本来なら到底看過出来ない報告だけど、今は一先ず労っておくよ。良くやった、森尾次長!実を言うと、あの問題児の態度には、ほとほと困っていたんだ!正直助かった!」


「はい!」


 そう、お手柄だと親指を立てる浅霧に、森尾は控えめにだが、声を弾ませて返事をする。


 その後も、2人で食事をする傍ら当たり障りのない世間話をしていると、ふと浅霧が辺りを見渡して感慨深そうに呟く。


「いやー、にしても本当にガラッと変わったよね。俺達の職場も…」


「…そうですね」


 森尾は、その言葉に短く同意する。


 能力者やスキル…そして、能管の存在が世間に公表された事で、能管の待遇は随分と改善された。


 スキルでの戦闘訓練でも滅多に壊れることのない耐久性の高い訓練室に、その後すぐに汗を流せるシャワー室。加えて、シェフが常在し栄養満点なメニューが食べ放題の食堂に、最新の器具が揃ったトレーニングジム…そして、遂にはいつでも仮眠が取れるよう管理官一人一人に個室まで完備されている。


 世間が能管を、殺人ピエロのような厄介な能力者を取り締まる機関…という正義の味方のような位置付けをした影響か、もはや、その待遇はこちらが申し訳なく思うほどに手厚いものとなっていた。


「局長と私の2人で能管を名乗っていた頃が、随分と昔のことのように感じますね。まだ、あれから1年も経っていないというのに」


「ははは、そういえばそうだね。今となってはあの古くて無駄に広いオフィスで、2人でヒーヒー言いながら書類仕事やなんやに明け暮れていたのが嘘みたいに感じるよ」


「2人でヒーヒー…セクハラですか?」


「…うん、そうだよね。遅れて気付いたけど、我ながら失言だったわ。いや、でもマジで意図して言った訳じゃないんだけどね」


「それも、セクハラする人が言いそうなセリフですね」


「勘弁してよ、森尾ちゃん…いや、でも待てよ。そういう単語に敏感に反応する方が実はむっつr…………ま、お互い冗談は程々にしとかないとね」


「そうですね。冗談は程々が1番です」


「それ以上言ったらどうなるか分かりませんよ」とでも言いたげな鋭い眼差しで無言の圧を放つ森尾に、浅霧はすかさず方向転換をする。


 そして、浅霧はセクハラのくだりがあたかも無かったかのように話を再開した。


「ま、まぁ、設備も整って、大幅に人員も追加された事で、ようやく能力者管理局って名前に見劣りしない組織になって来たんじゃないかな」


「そうですね」


 森尾も、話を蒸し返されたくないのか浅霧の話におとなしく加わる。


「設備が整ったのも大きいですが、実働部隊としては、やはり人員の追加が1番効果を感じますね。以前の能管では、目の前の仕事を片付けるので精一杯で、到底訓練に充てる時間なんて取れませんでしたから」


「… 現場で実際に能力者を相手に活動する実働部隊と実働部隊のあらゆるサポートを主な活動とする支援部隊…か。今の能管は明確に役割が分担されているからね。まぁ、追加されたほとんどの人員は支援部隊だし…シンプルに負担が減った分、以前よりずっと時間的な余裕は感じるよね」


「はい。まぁ、環境が整った分、家に帰ることも少なくなって、却って職場にいる時間は増えているような気もしますが…」


「うぅ、それは確かに。何ならこれだけ良くしてやってるんだから、決してミスは許さないぞっていう得も言えぬプレッシャーを感じるよ。でも、ご飯も美味いし、正直家より居心地いいんだよね。通勤時間もないから、ギリギリまで寝てられるし…」


「なんだか私達、上に上手いこと飼い慣らされてるような気がしますね」


「言うな、森尾ちゃん。それを認めたらおしまいだよ」


 そう否定しつつも、浅霧は空となったお皿を持ってしっかりカレーをおかわりしに行く。そして、再び山盛りとなったカレーを持って帰ってくる。


「コホン。それで、ここからは少し真面目な話なんだけどさ」


「はい。全く誤魔化せていませんがどうぞ」


 取り繕うようなキリッとした顔をする浅霧に、森尾はジト目を向けながら続きを促す。


 そして、浅霧は周りにいる支援部の局員に聞かれないように、気持ち声を顰めて話し始める。


「日本政府が今後、能力者にどういった姿勢で対応をするのか…その方針が決まったよ」


「…はい」


 森尾は浅霧の言葉を脳内で咀嚼するようにゆっくりと頷く。


 能力者の存在が秘匿されていた以前とは違い、明らかとなった今は政府がどのような方針を取るのか、森尾には想像出来ない。いや、正確には自分の都合のいいような想像しか出来ない。


 既に、前例として殺人ピエロのような凶悪な能力者が出てしまっている以上、良くも悪くも政府がどんな方針を取るのかは未知数だ。


 能力者を危険分子だとして排除しようと攻めの姿勢を取るのか、はたまた少数とはいえ強力な力を持った能力者の反抗を恐れて守りの姿勢を取るのか…正直なところ、政府がこのどちらの選択肢をとっても驚きはない。


 国を治めるというのは綺麗事だけで成り立つものではないのは、門外漢の森尾にも容易に想像がつく。


 きっと時には、残酷な選択肢を選ばざるを得ない時も往々にしてあるのだろう。そして、もし政府が能力者の排除という選択肢をとった場合、その役目はきっと能力者である自分が担うことになるのだろうと…。


 森尾は、緊張した面持ちで浅霧の続きの言葉を待つ。


「あんまり緊張させても仕方ないから、端的に言うけど…一先ずは能力者と非能力者、そのどちらもが共存して行けるようにっていう無難な形で落ち着いたよ」


「…そうですか。良かったです。危うく、国が能力者を始末しようと動く前に、国の重鎮を人質に取るところでした」


 森尾は、そんな冗談を言いながらも、ホッと安堵の息を吐く。


「ははは、何それ。まぁ、そう言いたくなる気持ちは分からないでもないけどね。正直、俺も結果を聞くまでは、政府がどんな方針をとるのか気が気じゃなかったよ。選択を違えば、余裕で国が滅んでた。ま、取り敢えずは一安心かな」


「そうですね。ですが、局長。共存を目指すと言うからには、政府もこのまま何の処置もしないという訳でも無いんですよね」


 共存を目指すという選択には安心だが、過去に実際に能力者による被害を出している以上、何かしらのルールないし決まりが必要なのは明白だ。


「あぁ、それはもちろん。政府は能力者との共存を目指すに際して、新しくガイドラインを制定したよ」


「ガイドライン…ですか?法律などでは無く?」


 浅霧は、分かりやすく首を傾げる森尾に補足するように説明する。


「うん、一先ずはガイドラインだね。まぁ、これに関しては、政府を含めた国民はまだ能力者…ひいてはスキルの事に関して無知だからってのも理由の一つだろうね。事態としては、新しく法律を作ってもなんら可笑しくないほどの異常事態だけど、いざ先行して能力者かなんかを取り締まる法律作りましたってなっても…認識が甘く想定外の事態起こりました。だから、やっぱなしで……とは、簡単にならないのが法律だから。ま、ガイドラインも法律の下に作られたものだし、これは、現状からしたら妥当な処置じゃないかな。能力者を法律でガチガチに縛りすぎても、反発の恐れもでてくるだろうしね…政府としても能力者による武力行使は恐い、ならその辺の事も十分に考慮してるだろう」


 森尾は、なるほどと相槌を打つ。


「では、私達の役割としてはこれまでと大きくは変わりませんか?」


「そうだね、取り敢えずはそういう事になるかな。まぁ、以前とは違い大々的に活動出来たりと、その辺の差はあるけどね。ただ、ガイドラインの制定に際して、能管が担う所もあるからそこだけは予め確認しておこうか。遅くても今週中には、世間にも公表されるだろうし………とりあえず、ガイドラインを要約して伝えるから、必要ならメモでもとって置いてよ。ま、分からなくなったら、俺に随時聞いてくれても良いけど…」


「はい、ならお言葉に甘えて、分からなくなったら局長に随時確認することにします。メモは正直面倒くさいので…」


「うん、その潔さよし。そういうところ嫌いじゃない!」


「ありがとうございます」


 そうして、浅霧はガイドラインの要約を、5分ほどにまとめて分かりやすく森尾に語っていった。


 浅霧が話し終えると、森尾は脳内にある情報を整理するように言葉に出して確認して行く。


「なるほど、つまり…民間人が、スキルオーブや能力者の情報を獲得した場合の窓口として、能管が機能するというわけですね。そして、その情報の真偽を確かめに現場へ赴いたりすると…」


「そうそう、そういうこと。それで、その情報が正しかったら、その情報提供者に何かしらの報奨が与えられる。虚偽の場合は、何かしらの罰則を…まぁ、それはどちらも分かりやすくお金だろうね」


「…何となくは予想していましたが、既に能力者となってしまっている方の受け入れ先としても、能管は機能するのですね」


「あぁ、うん。でも、これは戦力の増強というより、能力者を把握しておきたいという意味合いの方が強いんだよ。現状は、どれだけ能力者がいるのか全く分かっていないからね。だから、もちろん管理下には入るけど、能管に所属し、管理官として活動するかはその人の意思に委ねられるよ。危険も多いし、なにより森尾ちゃんのように、誰しもが能力を望んで獲得したわけじゃない可能性もあるからね。まぁ、その場合だと日常生活で能力を使うのは制限されたり、使ったことが発覚した場合には、罰則が発生してしまうけど…その分、政府からの色々なバックアップを受けられる。身の安全とか色々ね」


「いずれにせよ、能力者を決して無碍には扱うことはないという事ですね……ありがとうございます。概ね理解は出来ました。ですが、ガイドラインという仕様上…仕方がないとはいえ、全てが義務でなく、推奨という形になってしまうのはどうしても弱い気がしてしまいますね。これでは、本当に効果があるのかどうか…」


 浅霧は、森尾の言葉に困ったような顔をしながらも、肯定するように頷いた。


「そうだね。でも、現状、能力者やスキルオーブの総数が明確に把握できていない以上、どれだけ効果があるかなんてどんな手段であっても分からないんだ。だから、一先ず今は手探りにでも動いて行くしかない。政府も、元より、試験的な処置としてガイドラインを制定したところもあるだろうからね。どれだけ効果があるかどうかは暫く様子をみないと何とも言えない……ま、なんにせよ俺達は俺達のやれる範囲で精一杯頑張ろうってことだよ」


「はい…そうですね。その通りです。ですが、やはり上のやり方は気に入りません。まるで私たちを盤上の駒のように扱っています。この能管の設備もですが、私達にすら明かさずに、色々と勝手に動き過ぎです。今になって考えれば、スキルの存在を秘匿させられていたのも、こういった設備や明らかになった後の対応を考える為の単なる時間稼ぎじゃないですか。実際に動いて苦労するのは私たちなのですから、もう少し情報共有をしてもいいではないですか」


「お、仰る通りです…中間管理職、浅霧、以後善処します」


 森尾の、怒涛の不満連発に思わず敬語になる浅霧。


「ただの愚痴ですので、気にしないでください。局長を責めているつもりは微塵もありません」


「そ、そう?」


「はい。悪いのは上ですし、局長の苦労は分かっているつもりですから。最近も、いきなり能管の規模感が大きくなって戸惑ってるみたいですしね……そんな人にこれ以上負担は掛けられません」


「え…バレてた?俺としては、結構隠してたつもりだったんだけど…」


「いえ、全くそんな風には見えませんでしたよ。鎌を掛けてみただけです。まさか、本当に戸惑ってるとは思いませんでしたが…」


「いや勘弁してよ、森尾ちゃん。せっかく、どんな状況でも余裕を崩さないかっこいい上司を演じてたのに…」


「どこで見栄を張ってるんですか…」


「男はいつだってカッコつけたいモノなのよ…まぁ、今更隠しても仕方ないから、白状するけど…ぶっちゃけ俺、めっちゃ戸惑ってるわ。だって、前は局長ってより、班長って感じだったじゃん」


「はい、まぁ、そうですね。人数も10人と居ませんでしたし」


「うん、だからさ、正直なところ自分のキャラ設定とか色々と迷ってるんだよね。支援部隊の人なんか普通に年上ばっかだっりするけど、一応は俺この組織のトップな訳じゃん?……親しみある感じでいこうか、威厳のある近寄り難い感じでいこうか…ねぇ、森尾ちゃんはどっちが良いと思う?」


 森尾は、もはや逆に余裕しか感じない浅霧の馬鹿馬鹿しい質問に今日一大きなため息を吐く。


「真剣に相談に乗ろうとした私が、馬鹿でした。そういえば、カレーもおかわりしてましたもんね……そんな下らない事を考える元気があるなら、心配要らないですね。早速、上層部にガツンと言ってきて下さい」


「うわ、1番頼りになる部下に見捨てられた。こりゃ、中間管理職の多くが仕事に行きたくないと嘆くわけだ。俺も今、多大なる精神的ダメージを食らった」


「……調子の良いことばかり言っても無駄です」


 頼りになる…森尾は、浅霧の言葉につい緩みそうになる頬を自慢の身体能力を総動員して抑える。


「いや、これは割とまじで本心だって!森尾ちゃん居なかったら、こんな所とっくに辞めてる!」


「……知りません。この後も訓練があるので失礼します」


 そう言い、森尾は浅霧を置いて足早に席を立ち、空の食器の載ったトレーを返却口へ持って行く。


「あれ、怒らせちゃったかな」と、浅霧が背後で呟くが、森尾がそれに振り返ることはなかった。


 

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政府も頑張ってんだなぁ
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