第63話 超常の存在
「ワン◯ォー・オール…!」
「領◯展開…!」
「ハ◯ストリングス魔法…!」
…
どこか聞き覚えのある技名がそこかしこから飛び交う年明けの教室。
俺の通う小学校では今、空前の異能力ブームが到来していた。まぁ、これらを異能力と呼ぶのはちょっと違うような気もするが、それはこの際どうでもいいだろう。些細な問題だ。
事の発端は冬休み中にまで遡る。
海外である一つの動画が動画投稿サイトへアップされた。物を浮かせたり、自身を少し浮かせたり…と動画の内容自体は、今の時代では何処にでもありふれたなんの変哲もないトリック映像だった。
碌な編集すら施されていない1分とない極端に短い動画。本来であれば、数多に溢れるその類の動画に紛れるはずだった。
しかし、この動画は不思議とそうはならなかった。
古いスマホで撮ったような画質の荒さや明らかに演出ではない拙いカメラワーク等が、逆にリアリティを演出していたのだろう。トリックではなく本物の超能力としか思えない内容とのギャップでその動画の伸び率は凄まじかった。
日を追うごとに再生数と登録者は増えて行き、あっという間に日本でも話題になった。
『ふーん、まだ魔法使いっていたんだ』
『それは言い過ぎ。まぁ、確かにトリックは分からんけども』
『うぉー、タネ明かししてほしいーー!』
『実際のところどうやってるんだろ』
『どうせ編集してない風にみせた編集だろ』
『にしては動画撮るの下手すぎじゃね?バズんなかったら意味ないじゃん』
『現役マジシャンです。解説します。これは、物体を超極細の糸で…いと…い……。失礼しました。これはですね。超透明なアクリル板で…アクリル…アク……。魔法ですね』
と、反応は様々だったが、概ね作品として良く出来ていたという評価であった。ここまでは。
しかし、そこから数日もせずに事態は思わぬ急展開を見せる。というのも、その動画を投稿した張本人が、視聴者のリクエストに応えるように唐突にライブ配信を始めたのだ。
突然の配信にも関わらず、当時話題になっていたこともあり、その接続者はあっという間に増えていった。
ライブ中、配信者は姿や声から身元を特定されないように色々と偽装工作を施してはいたが、随時配信に送られるコメントを読み上げたり、その場でそのリクエストに応えたりと、中々にサービス精神旺盛だった。それはもう、本業の配信者さながらに。
しかし、その配信を見ていた視聴者は…徐々にこれがトリックではなく、本物の超能力であったのだと確信していくことになる。
そのきっかけは、視聴者からの軽い悪ふざけのイタズラコメント。
『小物だけじゃなくて、デカイのも浮かせられんの?笑』
それを見た他の視聴者は、当然このコメントは配信者に無視されるものだと思っていた。何故なら、超能力のパフォーマンスをする者が、その最中に出来ないと明言するのは、その界隈では御法度とされる行為だからだ。
しかし、その配信者は無視しなかった。それどころか即座に実演してみせた。それも、予想を遥かに上回る方法で。
配信者は、そのコメントを拾い読み上げると…徐にその辺に停まっていた車に手を向け、すぐに宙に浮かせてみせた。そして更には、そのまま触れることも無く他の停まっていた車へ衝突させるようにふっ飛ばして見せたのだ。
『は…?』
『ヤバくね…、何これ』
『どう見てもトリックって感じじゃないでしょ』
『モノホンの魔法使い現る』
『…めっちゃ燃えてるし。これはマジで洒落にならん』
『え、なんかのドッキリじゃないの?!?!これマジ?!』
『多分マジ。現地の人がもう他のSNSに爆発の様子投稿してた』
『うわ、確認したけどマジだったわ…バカにしてたけどこんなんガチの魔法使いじゃん』
画面越しにリアルタイムで流れてくる映画でしか見ないような光景に視聴者は思わず騒然とした。そして、それが単なるフェイク映像ではないという確たる証拠が次々とコメント欄には揃っていった。
その時点で、既にその現場周辺には大勢のスマホを構えたギャラリーが集まっていた。それと同時に、それを目にしていた皆が確信していた。これはトリックなんてちゃちなものではなく、本物の超能力なのだと…。
そして、衝撃映像はこれだけでは終わらなかった。
なんとその配信者…ライブ配信の終わりには、生身で空を飛んで見せたのだ。それは、もはや宙に浮くなんてトリックレベルではなく、それこそアニメのキャラクターのように自由自在に空中を。
かくして、世界中に能力者の存在が露になった。
それまで絶妙なバランスで保っていた所為か、この出来事以降のスキル関連の情報の拡散は、正にドミノ崩しのようにあっという間だった。それこそ、政府が情報を隠蔽する間もない程に。
「ねぇ、快くん!快くんならなんのスキルが欲しい?」
例の如く、俺とメガネ女児の下へと来ていた鶏がなんともタイムリーな話題をぶつけてくる。まぁ、今は学校中…というか世界中がその話題でもちきりだが。
「そうだな。とりあえずお前を黙らせる事のできるスキルが欲しいな。重宝しそうだ」
「えー、そうなんだー!あたしはねー、お菓子が出せるスキルが良い!!」
俺に質問した割に、返答にも特に興味を示さずに、真っ先に自分の話をし始める鶏。
やはりコイツには、都合の悪いことは、見えないし、聞こえないというこのストレス社会においての万能スキルが既に備わっているらしい。羨ましい限りだ。
「みーちゃんは!みーちゃんは、どんなスキルがいい??」
「んー、私は…あまり欲しくないかな」
「えーー、なんでーー!」
「なんか怖いし…」
鶏が嬉々としてする質問に、メガネ女児は俯きながら答えた。
怖い…というのは、恐らく殺人ピエロの事を連想しているのだろう。
スキルの存在が公になって…『おかしいところも多かったし、あの殺人ピエロも実は能力者だったんじゃね?』という推測が出るのにはそう長い時間はかからなかった。
そして、被害者が多かったこともあり、今となっては、日本政府もそれについては公式に認め、謝罪している。
スキルを悪用した前例…それが既にある日本は、比較的スキルに対してマイナスな意見が多いのは紛れもない事実だ。
能天気な鶏を含めた子供ならまだしも、比較的利口なメガネ女児はそれなりに思うところがあるのだろう。
「これからどうなっちゃうんだろう…」
メガネ女児は、不安げに呟く。
ふと、周りが静かになったことに気がつき辺りを見渡してみると…俺とメガネ女児の返答が気に入らなかったのか、鶏はいつの間にか教室内で繰り広げられている異能バトルごっこに混ざっていた。話題を振った張本人だというのになんとも勝手な奴だ。
「なんだ」
「快くんは、どう思うのかなって。スキルの事とか」
あからさまに向けられる視線が鬱陶しく反応すると、メガネ女児は待ってましたと言わんばかりに俺に意見を求めてくる。
これは、俺の意見を言うしかないのだろうが…俺は能力者であり当事者だからな。
さて、なんと言えばいいものか。
「急にどう思うと言われてもな。特に何とも思わん」
スキルの諸々に対して驚くのは、俺は1年以上前に既に済ませてある。だから、嘘ではない。
「え…じゃあ、不安とかもないの??」
「ないな」
「な、なんで?また怖いことがあるかもしれないんだよ。もしかしたら、それよりももっと怖い事が起きるかも…」
メガネ女児は、余程先行きが不安なのか食い気味に俺を見る。まだ将来に不安を持つには早い年頃だろうに、全くご苦労な奴だ。
スリルを求める俺としては、その怖い事とかいうのがどんどん起きてほしい所なのだが……ここは、面倒くさいがそれなりにメガネ女児が納得する理由をでっち上げるしかないだろう。横でいつまでも陰気な顔されても目障りだしな。
「今のところ世のスキルに対する意見は、お前のように人智を超えた力を恐れ非難する者と、逆に鶏のようにその力に魅了され賞賛する者に、綺麗に二分されている。それが今後、世にどういう影響をもたらすか分かるか?」
分からないというように首を横に振るメガネ女児。
「意見が五分五分…という事は、いずれは両方の意見を取り入れたところに落ち着くという事だ。スキルがあることによるメリットとデメリット。その両方を加味した所にな」
「そ、そんなに上手くいくかな?」
「さぁな。どうせ最後に決定を下すのは国のお偉いさんだ。俺も確実なことは言えん。ただ、人間は適応する生き物だからな。他生物に比べて、劣るところが多いのに生物界の頂点に君臨しているのが、それを何よりも証明している。言ってしまえば、能力者は新種の生物だ。だから、まぁなんとかなるだろ。人間はどんなに受け入れ難い事実であっても、いずれは慣れるように出来てる。そういうもんだ」
「…なんか、快くんにしては楽観的だね。私は、快くんならもっと能力者を危険視すると思ってた」
ん、コイツ中々鋭いな。流石に適当言い過ぎたか?確かに、普段の俺ならもっと客観的な立場でものを言っている。コイツの言うように、スキルの存在に対して前向きな気持ちがなければ俺は今頃、能力者の事を危険分子だなんだと言っていたはずだ。
だが、まぁこの場はこのまま誤魔化そう。別に全部が全部嘘というわけでもない。
「かもな。だが、スキルの存在が明らかになった今も、日本は未だ法治国家であり続けている。無法国家になっていない以上、基本的な人権の尊重という原則が根底にあるのだから、そう悪い事にはならないはずだ。スキルという超人的な力を持った能力者が現れたといえど…その数は、依然世界の人口からしたら圧倒的に少数だからな。なら、世界の大多数が非能力者である以上、それらを無視した法や規則は今後も出来得ないだろう。まぁ、それは逆も然りだが」
「な、なるほど…確かにそう言われてみたらそうかも」
メガネ女児は、そう得心したように頷く。俺の言葉で少しは安心したのか、不安で強張っていた表情が和らいでいく。
「ありがとう、快くん。ちょっと怖くなくなったよ!」
「はいはい」
メガネ女児の礼を適当にいなすと、俺は窓の外に視線を向ける。
その景色は、スキルの存在が明らかになる前と何ら変わっていないように見える。
ただ、それは違う。
今は情報が公開されたばかりで、混乱の方が強いが確実に世界は変わってきている。まだ、単に表面化していないだけだ。
「ははっ…嵐の前の静けさかね」
その呟きは教室の異能バトルごっこという喧騒に掻き消されるが、快は他のクラスメイトと同様に楽しげな笑みを浮かべた。




