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狂人が治癒スキルを獲得しました。  作者: 葉月水
変わり目

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第61話 トリックオアトリート


 殺人ピエロの一件からおよそ3ヶ月の時間が経過した。


 人の噂も七十五日とはよくいったもので、アレだけ世間を騒がせた殺人ピエロも10月の終わりともなるとすっかり過去の物と化していた。


 今や話に出す者は殆どいない。時折り、話に出ても「そんな事もあったね〜」のひとことで大体が片が付いてしまう。


 所詮他人事とはいえ、被害者の遺族からしてみれば事件からたった3ヶ月。


 政府が色々と動いて情報メディアに必要以上に取り上げられなくなったのも影響しているのだろうが…世間の興味の移り変わりとはなんとも残酷なものだ。


 まぁ、かくいう俺も興味を移した1人なのだから、人のことは言えないが。


「…」


 レジ横のサッカー台に肩肘を突きながら、俺はひたすらに父さんから借りたスマホをスクロールする。


 夕飯の買い出しに行くからと母さんに留守の間の店番を頼まれたものの…肝心な客が来ず、暇すぎるが故に俺は絶賛ネットサーフィンに耽っていた。


 客が来るまでの暇潰しにと思い、何となしにはじめたものだったが、その中でなかなかに興味深い記事を見つけた。


『例年に比べ犯罪件数の推移が上昇している』


 気になって詳細を読んでみると…どうやら、国内だけでなく海外でも同じような傾向が見られているらしい。なんでも、今年は特に犯罪が増加しているが、その割には検挙率が著しく低下しているとのこと。


 そのページを閉じて、ここ数日の内に国内で起きた事件のいくつかを確認してみる。すると、どうだろう…そこには案の定、殺人ピエロ程とは言わないまでも不可解な箇所が多い事件が僅かだが紛れていた。


 流石に、政府も同時多発的に起こる事件には手が回らなかったのだろう。スキルが関与している可能性が高いというのに情報処理が甘い。


「…やはり、そろそろだな」


 一頻り興味を引く記事の閲覧を終えると、俺は自分の仮説が正しかったことを確認し、口角を上げた。


 加速度的にスキルの情報が漏れつつある。きっと、もう間も無くスキルないし能力者の存在が世間に知れ渡る。それを、今改めて確信した。


 今は言わば、水面下…いや、表面張力のようなギリギリの状態でスキルの存在が世間に公になっていないだけだ。事態は、今この瞬間に動いてもなんら可笑しくないところまで進行している。


 そういえば、クロウズの定期連絡で、ここのところ能管があっちこっちへ忙しなく動いているってのは聞いていたが…どうやら、ニュース記事から推測するに、まだ各地に散らばっている能力者の手がかりを探していたみたいだな。まぁ、その後、特にクロウズからの報告がないところを鑑みるに未だ収穫はないのだろうが、精々頑張って欲しい。


 能管の位置が特定できている今、アイツらが働けば働く程、俺は得をする。アイツらの得た情報は、即ち俺の情報となるのだ。


 ま、今のところこれと言って成果はないみたいだし、そこまで強くもなってないから、遊びに行くとしてもまだまだ先の話みたいだが…まぁ、楽しみにしておこう。


 ——チリンッ


 俺が暇にかまけてあれこれと都合の良い未来予想図を思い描いていると…入り口のベル付きドアが開く音がした。


「いらっしゃ……」


 その音に反射的に座っていた椅子から腰を上げて接客をしようと俺は声を上げる…が、扉の先から姿を現した人影を見て、俺は出した言葉を途中で飲み込んだ。


「トリックオアトリート!!」


「ト、トリックオアトリート…」


 控えめなBGMが流れる店内に、馬鹿みたいにデカイ声と遠慮したような小さな声が響き渡る。


「あー、快くんだーーー!!なんでお店にいるの??」


「っ…」


 店番をする俺を見てなんでなんでと更にはしゃぐ鶏に、それとは対照的に気まずそうに目を逸らすメガネ女児。


「ただの店番だ……で、トリックオアトリートとは一体なんの真似だ?」


「えっ!!快くん、トリックオアトリートの意味知らないの?なら、あたしが教えてあげる!あのね!トリックオアトリートっていうのはね!」


「違うそうじゃない。意味くらいは当然知ってる。俺はどういうつもりか聞いてるんだ」


「え、ハロウィンだからお菓子もらいに来たんだよ??」


 俺の言葉に、鶏は「当たり前でしょ?」みたいなムカつく顔をして首を傾げる。


「なるほど、なるほど」


 俺はそう相槌を打ちながら、徐にスマホを操作する。


「ね、ねぇ…快くん。それ…どこに電話してるの?」


 俺がスマホを耳に当て始めたのを見て、嫌な予感がしたのか、メガネ女児は頬を引き攣らせながら手を伸ばす。


「あぁ。新手な強盗が出たってちょっと国の治安維持組織に相談しようと思ってな。ハロウィンにかこつけた巧妙な手口だから…ただの代理の店番である俺には手に余る案件だ」


「え…それって…」


「まぁ、俗に言う通報って奴だな?」


「ちょちょちょちょちょっとっ!!」


 俺の言葉を聞いたメガネ女児は、焦ったように俺の手からスマホを奪い取る。しかし、タイミング悪く電話がつながってしまう。


『はい、110番警察です。事件ですか?事故ですか?』


「ままままま、ま、間違いです!ごめんなさい!!!」


 電話越しに大慌てで誤通報だったと頭を下げて謝罪するメガネ女児。そして…


「なんで友達が家に来ただけで警察に通報するの?!?!」


「いや、俺はあくまで番号を入力しただけだ。ただの冗談だったのに、お前が焦って奪ったりするから電話がかかったんだろ?全く…こんなことで警察の手を煩わせるなよ。迷惑だろ」


「な、なんで私が悪いみたいに…」


 やれやれと首を振る俺を、親の仇の如くジッと睨んでくるメガネ女児。その迫力は獣女にも勝るとも劣らないものを感じる。


「おーーー!なんか賑やかだと思って来てみれば、夏休みの時の君たちか!」


 騒がしい声が厨房にまで届いてしまっていたらしい。父さんが何事かと様子を見に来てしまった。


「こんにちは!!快くんパパ!!」


「こ、こんにちは!」


 鶏とメガネ女児は頭を下げて挨拶をする。


 やり取りから察するに、どうやらコイツら2人は母さんだけでなく父さんとも既に顔合わせを済ませていたらしい。


 夏休み中、よく家に遊びに誘いに来ていたとは聞いていたが、まさかここまで侵食しているとは思わなかったな。


 父さんはこれでもかと俺の頭を撫で付けながら、2人に声をかける。


「あー、こんにちは!それで、今日はどうしたんだ。また2人で快を遊びに誘いに来てくれたのか?」


「強盗だよ」


 2人が口を開くより先に俺は、父さんの言葉に反応した。


「強盗?」


「え、あの、これはえっと違くて…ハロウィンなので…トリックオアトリートって言ったら…えっと…」


 俺の言葉に首を傾げる父さんに、メガネ女児はゴニョゴニョと弁明を始める。しかし、焦りからか、図々しいお願いだから言い辛いのか、言葉に詰まっている。


 メガネ女児の様子から、大体の経緯は予想がつく。


『ハロウィンだから快くんのお家にお菓子をもらいに行こう!もしかしたら前みたいにパンが貰えるかも!ハロウィンだから万引きにはならないよね!!』


 大方こんな感じで鶏が言い出したのだろう…だが、肝心な鶏は、四苦八苦しているメガネ女児を他所にキラキラとした視線を既に辺りのパンに巡らせていた。


「なるほどな!なんとなく事情は分かったぞ!俺も営業中にイタズラされたら困っちゃうからな!2人とも!好きなパンを選んでいいぞ〜〜!」


 2人の様子とメガネ女児の発したトリックオアトリートという言葉で大体の事情を把握したのか、父さんは2人の頭を撫でながらそう言った。


「わーーー!やったーーー!!ありがとう!快くんパパ!!」


「ありがとうございます。ありがとうございます」


 父さんの言葉に、露骨にはしゃぐ鶏に、鶏の親の如く頭を下げてお礼を言うメガネ女児。不憫だな、幼馴染。


「父さんいいの?コイツらハロウィンって言う割に仮装の一つもしてないけど…やっぱり強盗って言って通報しようか?」


「はははっ!快は冗談も上手いんだな。でも、良いんだよ。もうすぐ閉店だし、今日ぐらいお前の友達にサービスしても、別に家計には響かないからな」


「いや、コイツら味占めてるからイベントの度に来そうだけど…てか、既に常習犯と化しつつあるけど」


「はははっ!そりゃ困ったな〜!」


 俺の割とマジな忠告に全然困ってないような顔をして困ったと盛大に笑う。


「じゃあ、快。悪いが後はまた頼んでもいいか?まだ、明日の仕込みが残っててな」


「あぁ、うん。いいよ。仕事の邪魔してごめん」


「いや、邪魔なんかじゃないさ。お客さんの喜ぶ姿が直接見られてもうひと頑張り出来るってもんよ。そういう意味ではもうお代は貰ってる…お前も手伝ってくれてありがとな!」


 そう言い、またも俺の頭をガシガシと撫で付け父さんは厨房へと戻っていく。


 お客さんの喜ぶ姿がお代ね…我が父ながら中々に粋なことを言う。鶏のうるさいくらいの笑顔でも役に立つ事があったらしい。


「前から思ってたけど…快くんってご両親とあまり似てないよね」


 父さんが戻った厨房の方を見ながらメガネ女児が呟く。


「なんだ、俺が捨て子とでも言いたいのか?」


「あ、いや…そうじゃなくて性格が!性格がね!見た目はお二人とも綺麗だしカッコいいしで…快くんそっくりだなって…ってそうでもなくて!快くんのお母さんはおっとりして優しい感じだし、お父さんは元気で明るい感じだから、なんか快くんとは雰囲気が違うなって!そういうこと!」


 俺の冗談を間に受け、メガネ女児は露骨に狼狽える。


 無意識なのだろうが、メガネ女児の物言いだと俺の褒められる箇所は見た目だけって事になるな。まぁ、言いたいことは何となく伝わるが。


 ——ピッ


「いた!」


 余計なことを言ってしまったと今更顔を赤くしてあたふたとするメガネ女児に、俺は落ち着くように最大限に加減したデコピンを喰らわせる。


「分かったから少しは落ち着け。そんなに動くとホコリが立つだろ」


「う、ぅぅ、ごめんなさい」


 恥ずかしさでここがパン屋だという事を失念していたのか、反省を示すように小さく頭を下げる。


 にしても、今日コイツは頭を下げてばかりだな。


「まぁ、いい。お前の言いたいことも分かるからな。だが、子の性格が必ずしも親と似るとは限らないだろう。特に、性格なんてのは環境の影響をもろに受けるからな。一概に遺伝するとも言いきれん。お前もなにも自分の性格が両親とそっくりって訳でもないだろ?」


「う、うん。お母さんと少し似てるかな?ってくらいかな」


「俺もそれと同じだ。まぁ、俺の場合、反面教師というかなんというか…何かと緩い両親よりしっかりしようと小さい頃から心掛けた結果だろうな」


「ゆ、緩い…でも、優しいご両親だよね!」


「まぁな。比較的いい親なのは否定しない」


 俺の言葉に、ホッと安堵の息を吐くメガネ女児。そして、今度は何かを思い出したかのように笑い始める。


「ふふっ。でも、快くんが撫でられる姿なんて初めて見たな!いつもキリッとしててそんな所想像出来なかったから!なんか得した気分!」


「そうかよ。お前もパン選んでさっさと帰れ。じゃないと今度こそ通報するぞ」


「ふふっ、分かったよ。なら、なんか快くんのオススメある?夕飯前だからいっぱいは食べられないし、種類も沢山あるから迷っちゃって」


 閉店間際とはいえ、売れ残りはそれなりにあるからな。迷うのも無理はない。


 とはいえ、俺のオススメね。俺としては、売り物なだけあって全部美味いと思うが…。


「メロンパンとかじゃないか。甘いしおやつにも丁度いいだろ」


 俺も好きだし、テンマもよく食ってるからな。これで不味いって事はないだろう。


「分かった!メロンパンね!まだ食べた事ないやつだから凄い楽しみ!」


 本当に楽しみなのかメガネ女児は今日一顔を綻ばせる。


 しかし、俺はメロンパンの置いてある棚を一瞥して、即座にひとこと付け加えた。


「まぁ、まだ残ってればいいがな…」


「え…?…あっ!」


 俺の視線の先を確認して固まるメガネ女児。


 そこには、その場にある限りの全てのメロンパンを続々と自分のトレーに乗せる鶏がいた。


 鶏は、俺とメガネ女児の視線を感じたのか、パッと笑みを浮かべ山盛りとなったトレーを持って嬉々として近づいて来る。


「へへへ!迷ったやつ、全部取っちゃった!!」


 よく見ると、確かにトレーの上にはメロンパンだけでなく他の種類のパンも混ざっていた。


「俺が言うのもなんだが…お前は、加減っていうか遠慮というものを知らんのか」


「何、えんりょって??」


 流石、鶏。文字通り遠慮の意味を知らないらしい。もはや、天晴れすぎて言葉が出ない。


「ねぇ、あーちゃん。夜ご飯前なんだから少しだけにしとこう?それ、全部食べたら夜ご飯が食べられなくなっちゃうよ?」


「え、みーちゃん何言ってるの!甘いものは別腹なんだよ!!いくら食べても平気なの!」


「いや、あーちゃん…パッと見でも甘いもの以外も混ざってるんだけど…」


「あ…そうだった…じゃ、メロンパンだけ…」


「それが良いよ。でも…私もメロンパン1つで良いから食べたいんだ。だから、分けてくれない?」


 流石、メガネ女児。伊達にこの問題児の幼馴染をしていない。もはや鶏の親は、メガネ女児に給料を払うべきとさえ感じる程の面倒見だ。それに加えメンタリストのような巧みな話術で話を誘導している。


「じゃ、じゃあ。一個だけ…ね」


「ありがとう。あーちゃん」


「…う、うん」


 山盛りのメロンパンの中からたかが一個譲るだけなのに、鶏は断腸の思いと言わんばかりに顔を歪める。ここまで来ると、どれだけ食い意地を張っているんだと逆に感心する。


 父さんがこの光景を見たら「そんなに俺のパンを」とかいって、泣きそうだ。いや、確実に泣く。この場にいなくて本当によかった。


 その後、俺が大量のメロンパンを包み、袋に入れて鶏に渡す。


「すぐ食べるから袋はいらないよ?」なんて鶏は言っていたが、どうせ食い切れないんだろうからな。後になって、「やっぱり袋ちょうだい!」とか言って戻ってこられるのも面倒だ。


「快くん!!今度は遊びに誘いに来るね!!」


「いや、2度と来るな」


「じゃあ、また明日!!学校でね!!」


 やはり、都合の悪い言葉は鶏には無効化されてしまうらしい。聞こえていないんじゃないかと見紛うほどに、スルーされている。


 そのやり取りが面白かったのか、メガネ女児は笑いながら手を振った。


「ふふっ。またね!パンありがとうね!」


「…あぁ」


 ——チリンッ


 ベル付きのドアが閉まると、ようやく俺の心に平穏が訪れる。


「…なんだか無駄に疲れた気がするな。にしても、鶏もメガネ女児も…もうすぐで世界の常識がひっくり返るってのに呑気なもんだな」


 そう愚痴を吐きながらも、快は薄い笑みを浮かべて椅子に腰掛けた。








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