第60話 銀次の意欲
俺と銀次の戦いは数時間にも及んだ。そのおかげでまだ9月で日は長い方だというのに辺りはもうすっかり暗くなり始めている。
まぁ、戦い…とはいっても、能力者と非能力者。その戦闘は当初の予想通りあまりに一方的なものとなった。
この短い時間で一体銀次は何度死に掛けただろうか。少なくとも、数を思い出すのが面倒なくらいには死に掛けたのは間違いない。
「まさか自分の肢体をカラスが食すところを見る事になるとは思わなかった…」
銀次は、自分の血で染まりに染まった地面を、ホースの水で洗い流しながらなんとも複雑そうな顔をして呟いた。
俺は、殺人ピエロの一件でこの手の清掃作業にも慣れたものだが、それを目にしていない銀次からしたらこの光景はとても新鮮に映るらしい。何やら面食らったように頬をピクピクと引き攣らせている。
まぁ、確かに改まって見てみればカラスが大量の積み上げられた人肉を食すシーンは、滅多に…というか、B級ホラーでも中々にないシチュエーションだろう。あるとしても終末世界が舞台のゾンビ映画くらいか。
銀次は食事に夢中なクロウズを一瞥して、自分の体を感慨深そうに見渡す。
「しかし、快の治癒のスキルは前から強力だとは思っていたが…実際に欠損からの再生を体験してみると、その凄さがより身に染みるな。失くなった肢体もすっかり元通りだ」
短時間で何度も肉体の破壊や修復を繰り返したことで、普段の肉体破壊による強化よりも数倍効果を実感できているのだろう。銀次は上がった性能を確かめるように、手をグーパーと握っては開いてを繰り返す。
「まぁ、俺の治癒スキルは特級だからな。失くなった腕や脚の一本や二本を生やすのくらいどうって事ない」
「等級の能力としてはそうなのかもしれないが、それを何度もとなると話が変わってくるだろう。欠損の再生ともなると、消費するマナもバカにならないのだろうしな」
「それもなんとも言えんな。最近はマナ器の拡張が効率的にできるようになったおかげで、この程度なら特に消費した感じもしないんだ。それに、俺は現状ある治癒系統術を除いて戦闘に関しては、殆どマナを消費しないからな。今日に限って言えば、お前相手に治癒系統術は使っていないし、マナはまだまだ有り余っている」
「…この程度とは言うが、俺の肢体は何百回とダメにされたんだがな。それを逐一治しておいて消費した感じはしないって、一体お前はどれだけマナの総量があるんだ。…いや、まぁ、それもお前に限っては今更の話か。そもそも、マナの総量以前に、治癒のスキルで攻撃手段を持ち合わせてる時点で色々とおかしい」
なんだか、銀次の物言い的に非常識と言われているような感じがしないでもないが、ここはスルーして褒め言葉として受け取っておこう。お金と同じで、マナや攻撃手段があって困ることは無いからな。
——パシッ
あわよくば当たればいいなと銀次の頬へと繰り出した不意打ちは、当たる寸前で手のひらで受け止められる。
「おー、これくらいは反応出来るようになったか」
「あ、あぁ、なんとかな…心臓には悪いが」
やはり死の恐怖というのは、人を成長させるのか、程よく加減したとはいえ、不意打ちにも中々の反応速度で対応された。
元々のセンスもあったのだろうが、テンマの付き合いで喧嘩に明け暮れていただけあって勘が良い。
この分なら、数ヶ月後には、うまく立ち回れば獣女は流石に無理でも、テンマが相手した3人のうちの1人とくらいならいい勝負ないし、場合によっては勝利することも出来るだろう。
真面目…というより愚直か。俺やテンマに比べて力不足なのを既に自覚している為か変な見栄がない。だからか、苦痛を伴う鍛錬や手合わせにも意欲的だ。
俺との戦いでも、一方的にやられ続ける最中であっても、銀次は自分の出来ることを精一杯考え、痛みを恐れずに最後まで果敢に挑戦していた。
「こいつは…化けるかもな」
快は、銀次の行く末を想像して口角を吊り上げる。
しかし、そんな快に反して、銀次は浮かない顔をしていた。
「どうした銀次。そんな情けない顔して。不意打ちにビビって漏らしでもしたか?」
「いや、ビビリはしたが、幸い漏らしてはない」
「なら、なんだ。まだ戦い足りないのか?俺としては、もう少し付き合ってやってもいいんだが、生憎夕飯の時間が差し迫っててな。まぁ、それでもどうしてもと言うなら、今すぐぶちのめしてやるが…」
「い、いや…何でもない…今日はもう十分だ。続きは明日以降で頼む…」
煮え切らない銀次の態度に苛立ちが募る。
「何でもないなら、俺が居なくなるまで終始何でもない顔をしてろ。聞いて下さいみたいな顔して、何でもないなんて2度というな、面倒くさい。2秒以内に白状しろ。でないと、殺人ピエロ以来のアイスピックで全身串刺しの刑に処してやる」
「わ、分かった!言うから、今すぐ言うから!だから、その手一杯に持ってる釘とトンカチを置いてくれ!!何をする気か知らんが、それをされたら今度は本当に漏れる!!」
銀次は、すぐ手元にないアイスピックの代わりに釘で代用しようとした俺を見て、露骨に狼狽える。
そして、観念したのかすぐに白状し始めた。
「俺なりに考えてみたんだが…快の治癒は、破壊と修復を繰り返す事で肉体を強化できるだろ。なら、それを応用すればもっと早く肉体の強化が出来るんじゃないか?例えば…切断した腕や脚をこれでもかと痛めつけ、それを自身の胴体に繋げれば…」
銀次は、早口で捲し立てるように話す。
その内容は、一見前向きな話のようにも思える……だが、これは違う。話し方になんだかいつもの余裕がない。
「お前、焦ってるのか?」
俺は、銀次の話を遮って下手な遠回りをせずに本意を探る。
俺の言葉に銀次は気まずそうに頷く。
「…あ、あぁ。焦っても直ぐには強くなれないとは頭では分かっているんだがな。もっと効率的な方法があるならそれを試せれば…とな」
快は、態度には出さなかったが、内心では銀次の言葉に驚いていた。
今回の俺と戦うという提案も、コイツの俺やテンマに置いてかれてしまうという焦燥感からくるものとは理解はしていた。
だが、まさか散々死にかけた後にまでそんな事を考えているとは思わなかった。
向上心があって何よりだな。やっぱりコイツは化ける。俄然、銀次がスキルを手に入れるのが楽しみになった。
焦りの要因としては、俺と戦い思った以上に手も足も出なかった事もあるのだろう。だが、恐らく1番の理由は近いうちに世間にスキルの存在が知れ渡るというところだ。
そうなれば、俺やテンマの動きはより活発になる。だから、そこには意地でも参加したい。銀次が考えているのはきっとこんなところだろう。
「お前の気持ちはよく分かった。だが、こればっかりはお前の言っていた通り焦っても仕方がないことだ。お前が今出来ることは、このまま肉体強化と並行して俺やテンマとの手合わせをして、スキルを獲得した時の為に最大限備える…これだけだ」
「そうだな…すまん。だが、肉体強化の効率の方はどうだ?意外と理に適ってると思うのだが…」
銀次は俺の言葉に頷きつつも、まだ諦めきれないのかしつこく食い下がる。
しかし、俺はそれに首を横に振った。
「無駄だな。お前の言った肉体強化の方法は、俺も欠損しても問題ないということが発覚してから直ぐに試した。欠損した部分を刀の如く痛めつけて鍛える事が可能なら、痛みは切断する時の一度で済むからな。だが、どうやらこの方法は運営から禁止されてるらしいぞ」
「ど、どういうことだ?」
「チート判定ってことだよ。言ってしまえば反則だ。マナの総量にしろ、肉体の強化にしろ…痛みという代償があるから、対価を得られる。つまりはそういうことだ。例え、別個で痛めつけた腕や脚を、その後胴体にくっつけたとしても、それは切断以前の能力値となんら変わらなかった。何度も試したからこれは間違いない」
「そうか…やはりそう都合よくは行かないか。確かによく考えてみれば、それが出来ればマナの総量なんて増やし放題でインフレ待ったなしだもんな。というよりそもそも、俺が思いつくようなことを快が試してないわけないよな」
銀次は、余程ショックだったのか露骨に肩を落とす。
「まぁ、お前が落ち込むのも無理ないけどな…ただ、俺的には切断されても痛みを伴って獲得した肉体の機能はそのまま引き継がれるんだから、結構親切仕様だと思うけどな。所詮痛いだけだ、我慢しろ。てか慣れろ」
「相変わらず逞しいな快は。無理難題を簡単に言ってのける。いや、言うだけならまだしも実際にやってのけるから文句の一つも言えないのか」
銀次は複雑そうな顔をして笑う。
どうやら、秘策がダメだとわかり却ってやることがハッキリした為か、銀次の表情はやる気に満ち溢れていた。
時間があればもう一戦!とでも、言いそうな雰囲気さえ感じる。相変わらずな向上心だ。感心感心。
「そういえば、カラーズは今何をしているんだ?連絡してもなかなか返信が来なくてな。随分と忙しくしているみたいだが…」
俺が、血のついたTシャツやら何やらをビニール袋に仕舞いながら、帰る身支度を整えていると、ふと銀次がそんな事を口にする。
どうやら、カラーズとはいつの間にか連絡先を交換するほど仲良しになっていたらしい。
「あー、アイツらならスキルオーブを探しているぞ。これまでは話せる情報に限りもあって人探しが中心だったが、今はスキルに関しての情報開示も済んだからな。せっかくだから今まで後回しになっていたスキルオーブ探しに尽力してもらっている。これといって今は特に他に任せたい仕事もないしな」
クロウズにも軽く探させてはいるが、アイツらは能管関連の任務もこなしていて何かと忙しいからな。正直、あまり進展はない。まぁ、カラーズとクロウズ…どちらか一方にでも情報が引っ掛かれば万々歳だろう。
「それは…色々と大丈夫なのか?!」
「色々ってなんだ?………あー、もし見つけてもアイツらがスキルオーブを使ってしまわないかってことを心配しているのか?」
図星だったのか銀次は気まずそうに目を逸らす。
仲良くなったとはいえ、数日の付き合いだ。疑ってしまうのも無理はないだろう。
それが、銀次が喉から手が出る程求めているスキルオーブともなれば尚更仕方ない。
「その辺の心配はしなくてもいい。アイツらには、スキルを獲得する事で発生するリスクはちゃんと話してある」
スキルを獲得したら本人にその気があろうと無かろうと、いずれ必ずトラブルに巻き込まれる事になる。それは、世界がスキルの存在を認知した後でも変わらないだろう。
カラーズはバカだが意外と考える力がある。世界の中でも少数しか手にできない力を手にする…その危険性は十分に理解しているはずだ。
テンマや俺の力を見た後なら尚更自分でその力を手にしようなんて思わないだろう。アイツらはスキルへの憧れはあれど、戦う意思はない。
「随分と信頼してるんだな。だが、スキルという不思議な力を前にしたら裏切る可能性もあるんじゃないか?」
信頼…信頼ね。
銀次の言葉で担保の事が頭をよぎるが、それはこの際わざわざ言う必要はないだろう。カラーズの名誉のために。
「まぁ、付き合いで言ったらお前やテンマよりも長いしな。アイツらのことはそれなりに理解しているつもりだ。その上で言っても、裏切る可能性は限りなく低い。だから安心しろ」
「そうか。お前がそこまで言うならそうなんだろうな。お前の信頼しているカラーズを疑ってしまってすまなかった。スキルオーブと聞いて少し興奮してしまった…」
自分が嫌な発言をしているという自覚はあったのだろう。銀次はこの場にカラーズが居ないのにも構わず、律儀に俺に頭を下げる。
別に俺に謝られてもな…まぁ、ここでとやかく言うのも面倒くさいし、適当にスルーしとくか。
「別にいい。お前の気持ちは分からないでもないからな。だが、スキルを獲得するに際してこれだけは忠告しておく」
「なんだ…」
銀次は、俺の声色から重要な事だと認識したのか、即座に目つきを鋭くした。
「もし、お前が偶然スキルオーブを見つけても無闇に使うな」
「?!」
銀次が驚いたように鋭くしたばかりの目を丸くする。だが、俺は構わず続ける。
「スキルオーブが希少なのは、俺も分かっている。だが、それを加味したとしても無闇に使うのはリスクが高い。2つ以上のスキルを獲得できるのか、どんな種類があるのか…スキルにはまだまだ謎が多い。だから、もしお前がスキルオーブを早まって使ってしまった場合、後に後悔する可能性がある」
銀次は俺の言いたいことが分かってきたのか、真剣な面持ちで相槌を打つ。
「テンマや俺のように…お前に合ったスキルはきっとある。お前が望むなら俺がいくらでも同行をさせてやる。足手纏いだろうがなんだろうが死にかけたらいくらでも治してやる。だから、焦りがあるからと半端なスキルで妥協するな。俺の言っている意味は分かるな?」
「あぁ!」
「ならいい。スキルオーブはカラーズが見つける。その鑑定方法は俺が何としても見つけてやる。だから、お前は余計な事は考えずに目の前の鍛錬にだけ集中しろ」
銀次は、瞳を揺らしながら俺の言葉に力強く頷いた。
よし、言いたい事は言ったし帰るか。
俺は、リュックを背負って出口へと足を向ける。
そして、俺が扉を潜るその時…後ろから銀次に呼び止められる。
「快!」
「なんだ!お前のせいで夕飯遅刻は確定なんだ!言いたいことがあるなら手短に言え!」
俺は苛立ちを隠しもせず、銀次に怒鳴る。
「そうか、それはすまんな!だが、ありがとう!明日からもよろしく頼む!!」
「あ、あぁ…じゃあな。そういえば、さっき鍛錬にだけと言ったが勉強もしろよ。テンマ程ではないにしろ、お前もバカなんだからな」
「あぁ!分かってる!またな!」
何故だか気持ち悪い程に笑顔の銀次に手を上げ、俺は拠点を後にする。
銀次の奴…最後やけに上機嫌だったな。
ダメージでも残ってて可笑しくなったのか?
全く、訳がわからん。




