第58話 実演
カラーズが気絶から目覚めた後。
銀次は、何故だか俺が既に話した情報を懇切丁寧に1から説明し直していた。なんでも俺の説明はカラーズへの配慮に著しく欠けるとのこと。
俺が、同じ説明を何度もするなんて時間の無駄だ!と言っても、銀次は説明を決してやめることはなかった。
挙句…
「荒事に慣れてない一般人に向かって、政府との対立やら殺人やらを、助走も無しにいきなり告白する奴があるか!そんなのショッキング過ぎて気絶するのも無理はないだろ!」
と、珍しく…というか初めて銀次に怒られてしまった。
その末、反省の意を示そうと説明に口添えしようとしたら「快が省いた詳細を話すから少し大人しくしていてくれ」とまで言われてしまった。
負担を減らしてやろうという俺なりの心遣いだというのに厄介者扱いまで受ける始末…解せん。
しかし、その銀次の献身的な説明の甲斐あってか、今ではカラーズはすっかり平静を取り戻していた。
その上、何やらスキルの話で大層盛り上がっている。どうやら、銀次の話でスキルや能力者に俄然興味が湧いてきたらしい。
そして…
『もし良ければ、実際にスキルがどういうものか見せてもらえませんか?』
と、興奮したように俺やテンマを見つめてくる。
5人の熱烈なリクエストを前に、俺は怒られた手前、一応銀次の顔色を窺う。
すると、銀次はコクリと頷いた。
それを確認した俺は、皮肉混じりに口を開く。
「口うるさいのっぽメガネの許可も出た事だし、お前らのリクエストに応えて実際にスキルを見せてやる。実際、口頭での説明だけだと、実感が湧きにくいだろうしな」
『ありがとうございます!』
嬉しそうに声を揃えて返事をするカラーズ…に反して、銀次は露骨に落ち込み肩を落とす。
「の、のっぽメガネ…。か、快、怒鳴って悪かったから頼むから名前を呼んでくれ…」
まさか、こんなに落ち込むとは思わなかった。
別に常識人枠の銀次がいて助かっている所もあるから、俺としては別に言うほど怒ってないのだがな。まぁ、面白いから今日1日はのっぽメガネでいいか。
俺は、膝をつき些か大袈裟に絶望している銀次の背中を摩り慰めているテンマに指示を出す。
「よし、テンマ。出番だぞ、飛べ」
「え、僕がスキル見せるの?てっきり快ちゃんが見せるものだと思ってたけど」
「お前のが派手で分かりやすいだろ。俺のは手間がかかるし、面倒くさい」
「あー、確かに。分かったよ!よっ!」
そう言ってテンマは、その場でジャンプして一気に飛び上がる。そして、廃工場の高い天井スレスレの所までいくとその場でぷかぷかと泳ぐように空中に停滞した。
「おーーー!すげぇぇぇー!」
「マジで飛んでる!!」
「魔法みたいだ!!あれがスキルか!」
「てか、なんの力だ!あれ!」
「小っちゃい空気の渦みたいなの見えるし風じゃないかな!!」
カラーズはそれぞれ空を見上げて、歓声を上げる。この構図だけ見たら、季節柄もあって完全に遅めの花火大会だ。
「ふふっ!こんなのも出来るよ!!」
大歓声に気をよくしたテンマは、調子に乗って高速移動に加えて、風の刃まで放ち始める。
「マジかよ。もう動きがアニメじゃん」
「だな、あのスピードで空を飛んだら完全にドラ◯ンボールだ…」
「てか、あの威力なんだ。地面に豆腐みたいに切れ込み入ってるんだが」
「威力は、気◯斬だな」
「いいなー、僕も空飛びたいなー」
非現実的過ぎる光景に驚きが一周回ったのか、逆に冷静になり始めるカラーズ。
「ふぅ、こんな感じかな」
テンマは一頻りリクエストに応え終わると、トタンと軽い音を立てて地面に着地した。
『おぉ!!すげ〜!!』
「えぇ、そうかなー!!はははっ!」
テンマの身のこなしやスキルを見たカラーズは、これでもかとテンマを賞賛する。
カラーズの反応が新鮮だったのか、テンマはそれに照れたように頭をかいた。
「よし、スキルはもう十分見たな。なら次は…」
俺は、なかなか興奮の冷めそうにないカラーズを見かねて、半ば強引に話を切り出した。
だが、俺が話し始めてすぐ。カラーズの面々が何やら気まずそうな顔をして手を挙げ話を遮った。
「なんだ、早速クレームか?いいぞ遠慮なく言ってみろ」
「あ、いえ、クレームではなくて…お願いですかね」
「お願いだと?」
「は、はい。テンマ君のスキルは風ってのは見て分かったんですけど、俺達からしたらボスがなんのスキルを持ってるのかが1番気になってて……」
——コクッ
レッドの言葉に手を挙げていた他の4人も同意を示すように頷く。
なるほど。どうやら、コイツらは俺のスキルもテンマ同様に実演して欲しいらしい。
「快ちゃんのスキルはね!本当にもうメチャクチャなんだから!皆、多分見たら凄いビックリするよ!!」
「えーー!そんなに?!テンマ君のスキルもメチャクチャ強そうに見えたし、十分ビックリしたけど!?」
「あははっ!いやいや、僕なんて全然だよ!僕は快ちゃんに一度だって勝てた事ないんだから!!」
『うぉぉー、マジかよ。やっぱボスやべぇーー!!!』
テンマが無意識に煽る事で、カラーズの俺への期待値がどんどん上がっていく。
「とは言ってもな。別に見せるのは構わんが、俺のスキルは実演には向かないんだよな…」
俺はそう言いながら、チラリと銀次の方に視線を送ってみる。すると、銀次は俺のやろうとしている事を瞬時に察したのか高速で首を横に振った。
ふむ。やっぱり、マジックショーのようにお手伝いさんを募ろうと思ったが、それは常識人枠の銀次さんが許さないか。
さて、どうしたものか。
まぁ、お手伝いさんが無理なら自分でやるしかないのは決まってるんだがな。
とはいっても、テンマが無意識に煽ってくれたおかげで半端なのを見せたら勝手に盛り下がりそうだしな。困ったもんだ。
空気を読まないと決めたばかりだがこればかりは仕方ない。半端なものを見せて、舐められても困るからな。
ここは文字通り出血大サービスといこうか。
「よし、お前らには殺人ピエロの件も含めて何かと世話になってるしな。日頃の感謝も込めて、特別にとっておきのやつを見せてやろう」
『うぉー!ありがとうございます!!』
俺の言葉にカラーズのみならずテンマや銀次までもが目を輝かせる。
「よく見ておけよ」
『はい!!』
カラーズが頷いたのを確認すると、俺は体に巡る大量のマナを感じ取り、右腕に意識を集中させる。
「治癒系統術『断』」
俺が技名を呟くと、俺の肘から先の右腕は地面へと自由落下を始めた。
そして…
——ポトッ
地面に俺の右腕が転がる音だけが響き渡る。
『………』
驚愕のあまり静まり返る場内。
面々の視線は完全に俺の元右腕へと釘付けとなっている。
「おい。本命はこっちだ」
声をかけ面々の視線を強制的に戻させ、失くなった筈の右腕を一瞬で再生させる。
「よし、これで実演終了だ。どうだ?俺の治癒スキルは。なかなかのもんだったろ」
俺が感想を聞くも、テンマの時のような賞賛の声は何一つ返ってこない。それどころか、拍手の一つすらない。
全く失礼な奴らだな。
俺が客の態度の悪さに呆れていると、愕然とする面々の中でいち早く立ち直ったテンマが口を開いた。
「ち、治癒系統術…なんか前見たやつより凶悪になってない!?」
「あー、この前お前に使ったのが『砕』で、今回使ったのが『断』だ。これのメリットとしては、一部分にだけマナを集めればいいから『砕』よりも早く発動できる事だな。使い所としては、手っ取り早く無力化したいなら『断』、甚振りたいなら『砕』ってところだ」
俺の説明を聞いて、露骨に引いたような顔をするテンマ。
それに、続き今度は銀次が口を開いた。
「なんというか…ちょっと見ない間に随分とスキルの使い方が変わったな。いや、テンマから話は聞いていたのだが…実際に見るのと聞くのとでは大違いだな…」
「男子三日会わざれば刮目して見よと言うだろ」
「そ、そうか…にしても変わりすぎだと思うが。まぁ、そういう事にしておこう。快は、成長期だしな」
んー、なんというかテンマにしろ、銀次にしろ期待していた反応とだいぶ違うな。カラーズに至ってはリクエストしたくせに未だに茫然としているし。
「おい、いつまでぼーっとしてんだお前ら。こっちは奮発して右腕棄ててるんだから、感想のひとつくらい言ったらどうなんだ」
「…!?…あ、いや、すみません。ちょっと、衝撃的過ぎて…」
俺の言葉で、レッドと共に他4人も肩を跳ね上がらせる。
「そ、それで…ボスのスキルって…すみません。治癒とかって単語が聞こえたんですけど、聞き間違いですよね?」
「いや、聞き間違いの訳ないだろ。この通り、切り落とした筈の腕が元通りになっている。これが、俺が治癒のスキルを持つ何よりもの証拠だ」
俺の返答が余程信じられないのか、互いに顔を見合わせるカラーズ。
「お、おい…ボスのスキル治癒に見えたか?」
「いや、正直腕が治った事より、腕が忽然と切り落とされた事が衝撃的過ぎて…」
「だ、だよな。俺もボスのスキルは治癒ってよりは破壊ってのが納得できるわ。コンクリの地面とか軽々ぶっ壊してたし」
「確かに…てか、そもそも治癒のスキルで風のスキルを持つテンマ君に勝ち越せるか?普通に考えて無理じゃね?」
「いや、ボスを普通の尺度で考えちゃダメだよ。きっと、治癒のスキルを応用してなんとか…いや、やっぱり破壊のスキルも持ってると考えるのが現実的かも…」
随分と好き勝手に言われてるな。なんだ破壊って。俺の治癒とは真逆じゃないか。まぁ、口外さえしなければ何とでも言えばいいが。
「…でさ!」
「え〜!」
そして、俺のスキルの驚きから完全に立ち直った面々は、その流れでまたも楽しげにスキル談義に興じ始める。もはや驚き過ぎて、アニメや漫画のようなものと同格に位置付けしたらしい。
カラーズに情報共有をした今、俺はこれからまだ頼みたい事があったんだが…まぁ、それはあとでメールを送ればいいか。
俺が話し忘れた重要事項も銀次が合わせて話してくれたみたいだし、仲も良さげだしで取り敢えずは今日の1番の目的は果たせた。




