第53話 技
——餓鬼道会改め鬼灯拠点・廃工場
「あっははっ。やっぱ快ちゃんと戦うのが一番ワクワクするねッ!」
テンマは笑みを強めて地面を蹴り、肩慣らしとばかりに俺の周囲をものすごい速さで旋回する。
地面や天井を足場にし縦横無尽に動く様はやはりあの能管の獣女とダブる。
「何をしてくるのかと思えばいつもの高速移動か?馬鹿の一つ覚えが通用するのは格下か、同じ馬鹿な奴だけだぞ?」
「ふふっ。快ちゃん…僕だって成長してるんだよ?」
俺の挑発に一層笑みを強めたテンマは更に速度を上げる。
疾い。きっとあの獣女よりも。
「なるほどな…」
テンマの足場とされた廃工場の吹き抜けの2階にある頑丈そうな手すりが曲がっている。踏み込みの力強さが以前とは段違いだ。
どうやら、俺の治癒による肉体の強化術がいよいよ実戦でも効果を発揮する段階にまできたらしい。風と強化された身体能力による相乗効果で驚異的な速度を生み出している。
この分なら、単純な体術においての攻撃力も上がっているだろう。
「驚くのはまだ早いよ…快ちゃんッ!」
廃工場内を依然スーパーボールのように高速で移動するテンマは、続けて風の刃を放つ。
しかし、放たれた攻撃は、何故だか以前の風の刃より一回り小さい。
なんだ?マナをケチって陽動でもする気か?
俺は確かな違和感を感じながらも、一応テンマからも目を離さずに頭上から迫ってくる初撃を横にズレて最小限の動きで避ける。
——ズシンッ
風の刃が地面に直撃すると斬撃にも関わらず轟音が鳴り響く。横目で地面を確認すると、深く綺麗な切れ込みが入っていた。
「ははっ。そういうことか。よく考えたな!」
「ふふっ。まぁね!まだまだ行くよっ!」
そう言い、テンマは続々と風の刃を放ち始める。
この状況において一瞬の動きの乱れは命取りだ。
俺は、初撃で崩れた地面の邪魔な破片を軽く足で蹴り、回避するのに最適なスペースを確保する。そして、軽く情報を整理する。
見た目に反する異常な攻撃力の正体。あれは、マナの圧縮により生み出されるものだろう。
等級による出力限界により、攻撃に込められるマナには限りがある。だから、攻撃範囲を縮小する代わりに威力を伸ばした。
分かりやすく例えるなら、柔らかく握ったおにぎりと全力で握ったおにぎり…どっちが攻撃力がある?って話だ。
この方法なら使用マナ量を変えずに攻撃力を大幅に上げることが出来る。きっと、今のテンマの攻撃はその効果で本来の等級以上の威力が出ているだろう。
デメリットは攻撃範囲が狭くなり当たりにくくなる事だが、それは機動力に優れ体外でのマナ操作にも優れているテンマに限ってはあまりデメリットになり得ない。
自分の長所を活かし、見事にいいとこ取りをしたって訳だ。確かに成長している。
だが…俺には通用しない。
「あっははっ!やっぱり快ちゃんは避けちゃうかー!」
テンマは、数多の斬撃を無傷で切り抜けた俺を見て、まるでここまでの流れは想定内だとでもいうように盛大に笑う。
それに、俺はわざとらしく肩を落とし落胆したように返す。
「なんだもうネタ切れか?威力が上がっても当たらなかったら意味がないぞ」
テンマが斬撃を放つ時には分かりやすい予備動作がある。高速の動きを目で追えない者なら苦労するだろうが、それさえ見えれば大体の斬撃の軌道は読めるし、避けることはそう難しいことじゃない。
あいにく俺の戦闘相手は何故だかスピードに特化した奴が多いからな…反射神経はここ最近で随分と鍛えられた。俺からすれば以前より斬撃幅が小さくなった分、避けやすくなったくらいだ。
「ふふっ。いやいや、本番はここからだよ」
——ゾクッ
後半にかけて初対面の時を彷彿とさせるニヒルな笑みを浮かべて見せるテンマに、俺は背筋が寒くなるのを感じた。
ここからは本気でやらないと不味そうだ。俺は緩みそうになった警戒心を再び引き締める。
「ハッ!」
テンマは高速移動を続けながら手刀や脚を連続で振るう。
また分かりやすい予備動作だ。
このテンマの手の先や足の先を読めば自ずと狙う位置は見えてくる。
首、右足、腰、左腕…テンマの動きを瞬間的に読み取り、どう避けるのが最適かベストな体の動かし方を考える。
しかし…
「ははっ。こりゃ無理だな」
俺は、最初の2、3発目を避けた後に全てを避けることは無理だと確信した。
回避行動をとった数瞬の間に四方八方から迫る無数の風の刃。先刻まではあった斬撃と斬撃の僅かな間さえなく次から次へと斬撃が襲ってくる。
どうやら、テンマは肉体の強度だけでなく、マナの総量まで俺の予想を超えるほどに成長していたらしい。
視界いっぱいに広がるのは無数の風の斬撃…まるで台風の目にいる気分だ。いや、本物の台風の方が上空に逃げられる分まだマシか。
これは、シンプルに逃げ場がない。上下左右…どこを通り抜けようにも斬撃がある。
さてどうしたものか。
——スパッ
首に向かってくる斬撃を背面に反って避けると右手が切り落とされる。
失うなら首よりも手。簡単な取捨選択といえど痛いもんは痛いな。
「おらっ」
「あっぶなっ!?」
腹いせに切り落とされた右手をダイレクトでテンマの方に蹴り飛ばしてみるが、空中で器用に身を反らして避けられる。
少しでも隙ができればいいと思ったがこれも無駄か。
テンマはまた直ぐに高速移動をし、斬撃を繰り出し始めた。どうやら、この斬撃の牢獄から出さずにハメ技で俺を倒すつもりらしい。
——スパッ
——スパッ
——スパッ
左足、右肩、左肘…続々と切り落とされる肢体。どこかを庇えば、また別のどこかがか切り落とされる。
数多の斬撃が積み重なるから、時間を経れ経るほど逃げ場がなくなるな。
「このまま防戦一方ってのもつまらないよな」
即座に方針を定めた俺は、失った部位を瞬時に回復させると、即席の遠距離攻撃を放つ。ちなみに弾丸はまたまた自分の旧肢体だ。
狙いはもちろんテンマ一択。
——ブシャッ
勢いよく放たれた弾丸は、周囲にある斬撃達によってトマトの如く切り刻まれ多量の鮮血を飛び散らせる。
俺の体は強靭だが、テンマの元へ数多の斬撃を耐え抜いて届く程強くはない。それははじめから分かっていた。
だから、これは予想通りであり狙い通りだ。
「わぁ?!って何これ血?!」
弾丸もとい旧肢体から飛び出た血がテンマの顔にかかり、テンマは空中で浮きながら動きを止める。
人間は、五感の中で視覚から得る情報が1番多いらしいからな。突然に…それも超高速で動いている最中に視界を塞がれたら、そりゃ驚いて立ち止まりもするだろう。
「…っ」
——スパッ
——スパッ
…
俺は、チャンスを逃すまいと地面を思い切り踏み抜き、肢体が切り落とされるのも構わず、テンマが立ち止まった隙に出来た僅かな斬撃と斬撃の空間を一気に潜り抜ける。
「…ふぅ」
何度か肢体は切り落とされたが、しっかりとタイミングと場所を見計らったおかげでミンチにされるのだけは避けられた。
一息つく間に治癒を済ませると、必死に目を擦り、視覚を取り戻そうとする宙に浮いているテンマに視線を向ける。
地上から約10メートルくらいか。地面から跳んで届かないこともないが、空中はテンマの土俵だからな。それなりに勢いが無いとせっかくの攻撃も避けられる可能性がある。
それなら…
「…っ!」
俺は近くの壁に向かい5メートル程の高さの所に向け跳んで、壁に着地するのと同時にテンマ目掛けて勢いよく踏み切る。
「…なっ快ちゃ?!」
血が目に入り視界がぼやけるのか、薄目でなんとか目前にまで迫る俺の姿を捉えたテンマは、驚きの声を上げた。
「捕まえたぞ」
勢いそのままにテンマの首元を掴むと、俺とテンマは重力に従うように地面へと落下していく。
——ドシンッ
「ガハッ…」
テンマを下敷きにして緩衝材にするように地面に着地すると、地響きと共にテンマが赤黒い血を吐き出した。
「ぅぅ…ぃった…ぃった」
何やらテンマが苦しそうな表情で声にもならない声で何かを伝えようと、必死に口をパクパクしている。この様子を見るに碌に呼吸も出来ていないみたいだが…なにを伝えたいのだろうか。
参ったと言っているような気もしなくはないが、明確には聞こえないな。なら、今度こそ俺の番って事だな。
「今日はずっとお前のターンだったからな。ようやく俺にも順番が回ってきたよ」
「…ぅ…ぅ…」
テンマは俺の言葉にまだ呼吸が出来ないのか、首を高速で横に振るだけでなにも言ってこない。
「お前も色々と成長しているのだと分かって嬉しい限りだ。だが、成長しているのは何もお前だけじゃないんだぞ?実はな、俺もお前みたいに技を考案してみたんだ。遅くなってしまったが、それを今からお前を相手に披露してやる」
テンマは俺の新技を体験できるのが余程嬉しいのか、首を更に高速で横に振っている。
これは、期待に応えてやらないとな。
全く、腕が鳴るよ。
俺は、馬乗りの状態からテンマの胸の上に手を乗せマナを流す。ここまでは、普段の治癒を使う時と何ら変わらない。
だが、ここからが違う。
俺は、人体実験で何度も治癒を繰り返す内にある事に気が付いた。いや、とっくに知っていたのに重要な事を見落としていたのだ。
俺のスキルの発動条件はマナを流す事ではない。それはあくまで過程だ。マナを流し、俺が治したいと念じることによってようやく治癒が発動する。
俺の体内には常に治癒のマナが流れているはずなのに、負傷してもオートで治癒が発動しないのはそういうことだ。
つまり、他対象にマナを流しても、俺が治したいと念じない限りは治癒は発動しない。
でも、マナは確実に体内に流れている。それなら、俺はそれを操作し攻撃に運用する事ができる。
数秒でテンマの全身に俺のマナが十分に行き渡った事を確認すると、俺はそのマナを外側から内側に圧縮するように操作する。
そして…
「治癒系統術『砕』」
そう技名を口にするとテンマの体は、激しく振動し、吸えていなかった空気を精一杯取り込んで叫び出した。
「ぅぅぁぁあああっ!!!!」
そして、その数秒後ピクリとも動かなくなった。
「あれ、死んだ?」




