第52話 アンモラル
俺が能管一行が集まる病室へとお見舞い品もとい殺人ピエロの首を投げ入れてから早数日。
世間は、殺人ピエロが捕まったという嘘の情報で溢れ返っていた。
事実は、俺が散々人体実験に使用した挙げ句、気を利かせて首を切り落として能管にプレゼントしたのだが…どうやら政府は色々と自分達の都合のいいように事実を捻じ曲げたらしい。
俺としては、投げ入れた時点で当然こうなるだろうとは思っていたのだが、実際に自分の手柄を他人のものとして報道されるのは何とも損したような気持ちになる。
人体実験中に殺人ピエロが嬉々として語った強姦や窃盗などの余罪もしっかりと報道されていることからして、俺がテンマに録音させ編集を施したものも聞いたのだろうし、少しくらい謝礼を寄越してもいいような気もするのだが…それは何処に請求すればいいのかわからないし、請求をしたらしたらで素性がバレてしまうしで、色々とこちらも都合が悪いので今回ばかりは多めに見てあげる事にした。
まぁ、ボランティアみたいなもんだ。
能管には強くなってもらわないといけないからな。失態ばかりだと意味のない処罰とかで時間を費やしそうだし、それを考えれば、手柄のお裾分けくらいなんてことない。
ちなみに音源はカセットテープにして、殺人ピエロの口の中にぶち込んで置いた。新聞での切り貼りメッセージもなかなか新鮮で楽しかったな。アナログだとこういう時に足がつかなくて便利だ。
「にしても、本当に嘘だらけだな」
テレビの報道、雑誌やネットニュースの記事。殺人ピエロの件を取り上げたものの内容はその全てが政府を称賛し、殺人ピエロの非道さを語るものとなっている。
当然だが、俺やテンマの内容を示唆する一文は何処にもない。それどころか、殺人ピエロはまだ死んでいないことになっている。
政府としてはこれまでの自分達の失態より、殺人ピエロにヘイトを集める方針を取ったのだろう。信用問題というやつだろうか。
そして、一体いくら積んだのだか…「威信にかけて〜」やら「総力を挙げて〜」など、大層耳障りのいい言葉を乱用して民衆の印象操作を行なっている。
影武者まで用意して全くご苦労なことだ。
しかしその影響か、散々無能だと叩かれていた政府陣も今では以前ほどのバッシングは受けていない。中には少数だが政府を擁護するようなコメントまである。
国家権力の賜物だな。
真実を知っている身からしたらニュースではなく小説でも読んでいるような気分になるが、これはこれでなかなかに面白い。
マスコミではなく小説家にでもなればいいのに…そう思うくらいには表現が豊かだ。
——殺人
ふと、パソコンの画面に映るこの文字が目に止まる。
「あー、そういえば俺も人殺したんだっけ」
快は事もなげに他人事のように呟いた。
俺は、不要となった殺人ピエロの首を切り落とした。そして、首から下の処理に困るものは度々出る俺の切り落とした腕や脚同様にクロウズの餌とした。
これは、刑法で言うところの殺人罪と死体損壊・遺棄罪に該当するのではないだろうか。
まぁ、実際には相手が無差別大量殺人を犯した大罪人という事と俺が二十歳にも満たない子供ということで少年法が適用され、十分に情状酌量の余地もあるのだろうが…何というか自分でもびっくりするほどその大罪を犯した実感がない。
今の心は凪いだ海のように落ち着いている。
これは…殺人ピエロが良心の呵責に苛まれない程の突き抜けたクズだったというのも理由の一つなのだろう。
だが、俺は人を殺したらもう少し心が揺さぶられるものだと思っていた。
しかし、今思い返してみても、実際に手を下す時も特に躊躇する事はなかった気がする。
「まぁ、何回も殺した内の一回だからな…そりゃ、何とも感じないか」
快は得心したように頷く。
そう。俺は既に人を何度も殺している。
というのも俺は、人体実験の段階を上げていく最中、不本意だが何度か殺人ピエロを殺してしまっていたのだ。
下半身を切り落とした直後は生きていたから、首を切り落としても数秒なら問題ないと思っての行動だったのだが…何故だか即死してしまった。
呼吸も、脈も、全てが止まり、生物学的には完全に死んでいたと言えるだろう。
やはり、心臓と脳を切り離すのはリスクが大きかったらしい。映画はしっかりフィクションだったというわけだ。
当時はめちゃくちゃに焦って、急いで首と体をくっつけて治癒を施したのだ…しっかり蘇生できたから良かったが、危うく実験が中途半端で終わるところだった。
我ながらいきなり首を切り落とすのは迂闊だったと随分と反省したものだ。
とまぁ、そんなわけで不覚にも、非常事態において俺の治癒は人の蘇生も可能だということが判明した。蘇生にも色々と条件なんかもあるのだが、それは今は一先ず置いておこう。
人を生き返らせる事が出来る。
きっとこの事もあって、俺は人を殺した今になっても実感が湧かないのだろう。
実際、蘇生出来ることを知ってからは、実験に遠慮も無くなりスピードは上がったしな。
スキルを獲得する以前は、戦国の世に生まれたいと思うほどに人殺しに興味を持っていたが、実際にやってみると大した事なかった。
慣れというのは恐ろしいものだ。
どうやら、俺はいつのまにか殺人に一分の罪悪感も感じない人間になってしまったらしい。
まぁ、正直なところはじめに殺した時も罪悪感なんてものは微塵も無かったような気もするが。
いや、やっぱり心を痛めながらの辛く厳しい実験だったな。その果ての悲しい変化だ。そういうことにしておこう。
ただ、俺がどれだけ人を殺すことに慣れたとしても、所構わず、人を選ばずに、殺すのだけはしないようにとこの実験を通して固く決意した。
殺すという選択肢が俺の中に出来るのは良い。だが、それを無闇に振りかざすようになれば、それはどこぞのピエロと同じだ。そんなの痛過ぎる。黒歴史確定だ。
それに、この時代において人を殺すという行為は言わずもがな忌避されることだ。
それは、例え殺した相手が殺人犯だろうと、正当防衛だったとしても大した差はないだろう。
人を殺せてしまうその精神が異常と見做され、恐怖の対象なのだ。
自由に、楽しく生きたい俺にとっては、この事実は決して忘れてはならない。俺は別に世の中を恐怖のどん底突き落とすという異世界の魔王染みた夢は抱いていないからな。
あくまで殺るなら必要最低限だ。
それに、あんまり怖がらせたら誰も歯向かって来なくなってしまう。それではつまらない。そういう意味でも気をつけなければならない。
「色々と収穫もあったし今後も楽しみだな」
パソコンの横に置いてある黒塗りの手帳を手に取る。
——能力者管理局 次長 森尾一冴
身分証のようなものなのだろう。所属と名前がバッチリと記載されている。
何か情報を掴めないものかと念の為ダメ元であの獣女が脱ぎ捨てたジャケットをかっぱらってはいたが…まさか、その内ポケットにこんな拾い物があるとは思わなかった。
名前以外には、特に新しい情報は記載されていなかったが、それでも無駄というわけではない。名前だけでも色々と使い道はある。
「暇になったら喧嘩も売り放題だ」
もう一つの収穫としては、あの日からずっと能管の奴等をクロウズに追跡させている事だろう。そのお陰で、あの場にいた者の居場所はいつでも特定できる。名前入りでお見舞いの品を渡せたのはその為だ。
とにかくまぁ、やはり人間を実験に使えたのは大きかったな。クロウズのメンバー補充や下っ端どもへの指揮と…色々と下準備などには時間がかかったが、その労力に見合うだけの成果は得られたように思う。
今後の課題としては、今回の実験で得た事から色々と発展させることだな。手始めにそろそろ本格的な技でも生み出してみるか?いつまでも身体能力に頼りきりの戦い方じゃ芸がないからな。幸い、イメージは出来てる。
「そうと決まれば勉強の合間にテンマに相手になってもらうか。殺しても平気だって分かったし、ちょっと本気でやってみよう」
狂人は、そう笑いながら残りの夏休みの予定を立てる。




