第50話 悔恨のピエロ
「ハァ…ハァ…ハァ…な、なんで…ぼ、僕の…ファンだ…って…し…使徒に…なるって…」
「あぁ、今でもファンだし、使徒だが?」
今にも死にそうな顔色で声を上げる殺人ピエロに俺は事も無げに応える。
「な…なら…何で…僕に…酷い事を…するんだ…」
「はて、酷い事とは何の事だろう」
「と…とぼけるな…!!」
殺人ピエロは鬼気迫る顔をして怒鳴る。
どうやら殺人ピエロの目には、俺がとぼけているように映ったらしい。
だが、俺は何故怒鳴られているのかさっぱり分からないくらいには真剣だ。
元来、使徒というのは裏切るものというのが俺の認識だったのだが、それは間違っていたのだろうか?
ファンに関しては、推し活のやり方は人それぞれということで多様性を尊重してほしかったのだが…殺人ピエロからするとそれは理解し難い文化らしい。
これが、俗に言うジェネレーションギャップか。
「まぁ、そう興奮するな。まずは落ち着いて話し合おうじゃないか」
「これが…落ち着いて…いられるか…!!」
「まぁまぁ、大人なん…いや、失敬。神様なんですから神様対応でお願いしますよ」
「ふ…ふざけるな…!!」
おっと、今度はふざけているように映ってしまったらしい。神様をもてなすのは思ったよりも大変だ。
俺の態度が気に障るのか、さっきからずっとご機嫌斜めなご様子だ。
「全く…怒ってばかりの神様だな。何がそんなに気に入らないんだ」
「お前は…僕の…味方…じゃ…ない…のか…」
痺れを切らして遂に核心の質問をする殺人ピエロ。緊張しているのかその瞳は揺れている。
俺からしたらようやくかという感じだが、コイツからしてみればギリギリまで自分にとって都合の良い未来を信じてみたかったのだろう。
しかし、その希望もこれまでだ。
俺は、淡々と事実を伝える。
「逆に疑問なんだが、どんな安直な思考回路をしてたら自分の四肢を切り落とした奴を味方だと勘違いできるんだ?」
「嘘…を…つい…たな…」
そう落胆したように言い、力なく目を瞑る被験体。
今回の死に際の言葉は「嘘をついたな」で決まりらしい…。
と、まぁ冗談はこの辺にして、俺は本当に被験体が死んでしまう前に直ぐに治癒を施しにかかる。
——プシュッ
被験体の体の至るところに刺さるアイスピックを引き抜くと、タイヤの空気が抜けるみたいに血が噴き出てくる。
「うぅぅあ…」
引き抜く度に気色の悪い喘ぎ声を上げるが、構わず治癒をかけながら引き抜いていく。
そして、その傍らこれまでの実験で得た情報を簡単に整理する。
まずはスキルについて。
・殺人ピエロ【スキル:変身(下)】
変身の対象は、直接触れるか、全身を視認したものに限られる。一度変身したものは、その後も鮮明に姿を記憶していれば変身も可能。体格の差に比例してマナの消費も激しくなる。しかし、体の構造が素の姿と異なり過ぎる場合は変身は不可能。
人体の耐久性。
・正中線上(後頭部、首、胸部、股間)のいずれかを負傷した場合は、やはり命の危険が大きい。しかし、体の正中線上以外の負傷ならば治癒をかけずとも案外耐えられる。
とまぁ、実際に整理してみると味気ないがこんなもんか。
こうしてみると、事前に分かっていた事の確認作業みたいになってしまったが、俺としては、単に本などで得た知識ではなく、こういった経験に基づいた確かなデータを取れるのはありがたい。
自分を基準にするだけではわからない他者の痛みに対する反応や俺やテンマとは違った系統のスキルのデータ…と、このように、実際に経験する事でしか得られない情報は確かにあった。
まだ、実験は始めたてだが、既に苦労して拉致した甲斐は十分にあったと言えるだろう。
「…スゥ…スゥ…」
仰向けの状態で浅い呼吸から正常な呼吸を取り戻しはじめる被験体。
どうやら、今回も治癒が間に合ったらしい。良かった。まだ死なれては困るからな。
だが、コイツが死にかけるのはこれで何度目になるだろうか。
詳しくは覚えていないが、辺りがもう軽い血の池を作っていることからして、そう少ない回数ではないのだろう。
因みに、意外にも戦闘時以外のグロ耐性がないテンマには、今はホームセンターに必要物質の買い出しに行ってもらっている。あとで掃除をしなきゃ匂いが残ってしまいそうだし、それ以外にも色々と器具も必要だ。
「もう……殺してくれ」
治癒が終わり全快した被験体は、言い淀みながらもそう口にした。
だが、殺せと言う割に自決する勇気はないらしく、被験体は弱々しく座り込み、ひたすらに自分の血が溢れる地面を眺めている。
これまでは回復させる度に何度か逃げる素振りを見せていたが、今回はそれをする気力も起きないらしい。いや、無駄だと分かっているのか。
この様子を鑑みるに、俺のこれ迄の言動を思い出し、ようやく自分の未来が明るくない事を理解したようだ。
「何を一丁前に絶望してるんだ?」
「……いつまでだ…いつまで耐えれば僕はこの地獄から解放されるんだ」
「取り敢えず俺の気が済むまでだな」
コイツには人という生物の限界みたいなものを色々と試させてもらわないといけないからな。そう簡単に楽にしてやる訳には行かない。
それに、自分以外での人での人体実験なんてそうそう出来るもんじゃないし、ここまで痛めつけても微塵も心が痛まない良心的な逸材もそういない。
「………」
俺の返答に目を虚にさせて一瞬で絶望する被験体。だが、俺はそれに直ぐに治癒を施し正常に戻す。
「な、なんで…!ぅぅうぇ…」
無理矢理現実に引き戻され、俺を責めるような目つきで見てくる被験体は、床に手をつき血とは違った液体をこぼし始める。
余程現実を受け止められなかったらしい。
滴る液体が血の池に波紋を作る。
「おいおい、吐くのはよしてくれよ。これじゃ、まるで俺が虐めてるみたいじゃないか」
「うぅ…実際に…うぅ虐めてる…じゃないか…」
えずきながら言葉を吐き、俺を睨む被験体。
おじさんのゲロとか誰得だよ。てか、こいつに俺を責める資格とかあったっけ?
「お前、何十人も一方的に殺しておいてよくそんな被害者面できるな。厚顔無恥の極致過ぎて逆に尊敬するわ。どうやったら、そんな図々しく生きられるんだ?やっぱり、半世紀の人生経験の賜物なのか?」
「…ぼ…僕は、粛清しただけだ!それに、お前には何もしてないだろ!!」
「あぁ、何もしてないな。でも、お前も何もしていない奴を殺して、犯して、濡れ衣を着せただろ?だから、俺がお前に何をしようが俺の勝手だ」
「…うぅ、僕はいいんだ!僕だけは!僕は…神に選ばれたから!」
厨二病がスキルを持つとこんな痛々しい事になるんだな。コイツを見ていると、本当にスキルを手にする奴はランダムなんだと思い知らされる。
俺も一応年頃だから気を付けないとな。
「お前の言う神に選ばれた基準ってのは、スキルを手にする事か?それなら、俺も神様に選ばれた特別な存在ってことだな。あー、そういえば、俺も神の啓示を受けた気がする。お前に罰を与えよってさ」
「…うそだっ!…でも…やめろ!やめてくれッ!もう…痛いのは嫌なんだ…」
俺が一歩踏み出すだけで、吐瀉物と血の混ざった液体に頭をつけて懇願する被験体。
俺は、それにも表情一つ変えずに応える。
「いいや、やめない。俺は、今後お前がどれだけ喚こうが吐こうが解放したりしない。唯一解放するとしたら、それは俺がお前に利用価値がないと判断した時だけだ。まぁ、解放と言っても死によるものだがな。あー、失礼。お前流に言うなら神の裁きだったか」
「…どうすれば許してくれる…謝ればいいか…謝れば許してくれるのか…」
「別に許すも何もはじめに言った通り、俺はお前から直接的な被害は被ってないからな…元より怒っても恨んでもいない。だから、俺にいくら謝られようが別に今後の展開は何一つ変わらないぞ」
「クソッ…クソッ…クソッ…クソッ!!」
悔しそうに地面に拳を叩きつける被験体。
拳を叩きつける毎に、溜まった体液がパシャパシャと音を立てる。
「身から出た錆ってことだ。覆水盆に返らずとも言うし、大人しく報いを受けて来世でこの経験を活かせ」
「死にたくないッ!死にたくないッ!死にたくないッ!」
「まぁ、そう言うな。物は考えようだ。能力者に痛めつけられて死ねるなんて貴重な輪廻転生のチャンスだぞ?ラノベでもこういう展開多いしな。もしかしたら、大罪人でも異世界のゴブリン辺りになら生まれ変われるかもしれない。良かったな?繁殖は得意分野だろ?そこで繁殖無双でもすればいいさ」
そう優しく慰めながら、俺は一歩、また一歩と被験体に近づいて行く。
俺が近づくにつれ被検体の顔は歪んでいくが、構わずに進みつつ今後の実験内容を考える。
基本的な確認事項は終わったからな。そろそろもっとリスクが高い実験へと移行したい所だが次はどうしようか。
四肢の切断後の反応やら何やらの確認はもう済んでいるし、そろそろ下半身でもぶった斬ってみるか?
でも、それなら精神的ショック死の危険性もありそうだから、脳と並行して治癒を使うことだけは忘れないようにしよう。うっかり途中で死なれるのは困る。
「よし、ようやく実験本番って感じだな。にしても、一応テンマにノコギリ頼んでおいて良かったな。危うく二度手間になるところだった」
その快の不穏な呟きに、殺人ピエロははじめて涙を流した。




